第42話 言っておくけど、あくまで藤川さんのためだからね!

「我慢してないか、ですって?」


 放課後、俺は優花と校舎裏に来ていた。そこに来て俺が犬プレイが好きな気持ちを我慢してないか聞くと、優花はキョトンとする。


「この前映画デートしたとき、俺には優花が無理しているように思えたんだ。笑ってるときもぎこちない感じだったし、犬と一緒に散歩している人を見ると羨ましそうに見つめてたし」

「気のせいですよ。もう私は、犬として振る舞いたいと思っていませんし」

「今まであれだけ犬として振る舞うのを楽しんでいたじゃないか。賢一さんにやめろと言われたくらいで、どうしてあっさりやめてしまったんだよ?」

「やめないと康士郎くんとお付き合いできなくなるところでしたからね。康士郎くんの恋人でいるためには、お父さんに従うしかなかったんですよ」


 優花が犬プレイが好きなのはよく知ってる。

 知ってるからこそ、そう簡単に思いを断ち切れないと思うんだけどな。


「本当にこのままでいいのか?」

「構いません。私はもう、犬として振る舞うつもりはありません」

「けど……」

「前から康士郎くんは私の飼い主として振る舞うのに抵抗を抱いてましたもんね。ならこれでよかったんですよ。むしろ、康士郎くんはもっと喜んでいいと思います」


 そう。本当なら喜んでいいはずなのだ。なのに、俺の心は晴れない。

 ああもう、どうしてこんなにもやもやするんだ。


「ああ、それと。犬関連のグッズも全部手放すことにしました」

「手放すだって?」

「首輪もリードも犬用の皿ももう使いませんからね。ですので全部必要としている人達に寄付しようと思います」

「そっ、そうか。まあ、犬を飼ってる人達はたくさんいるもんな。寄付するなら、無駄にならなくて済むな」


 犬プレイ関連のグッズを手放すだなんて。本気で優花は犬として振る舞うことから卒業するつもりなんだな。

 でも、もしそうであるのなら──。


「康士郎くんの犬として振る舞っていたのはもう過去の話。これからはちゃんと、康士郎くんの彼女として振る舞います。ええ、これでよかったんですよ……」


 どうして優花は、そんなに名残惜しそうな顔しているんだよ……。


 ●●●


「おにい、最近様子おかしいよね」

「んっ? どうした急に?」

「だって、魚焼いたら焦がすし、砂糖と間違えて塩入れたこともあったし」

「それらに関しては本当ごめんなさい」


 夜、家での夕食の席で俺は玲菜に謝っていた。

 直後、玲菜が箸を止めて俺に尋ねてくる。


「おにいが料理でこんなに失敗するなんて一大事だよ。もしかして、藤川さん絡みで何かあったの?」

「どうして優花絡みだと決めつけるんだ?」

「料理に影響が出るほどのことだとしたら、藤川さん絡みしかないと思うから」

「まあ、合ってるんだけど」


 我が妹ながら鋭い観察眼だな。女の勘ってすごい。


「その、玲菜でよければ、相談に乗ってあげなくもないけど」

「乗る気があるのかないのかわかりづらいな」

「いいから、玲菜にちゃんと話して!」

「相談乗る気満々じゃないか」


 素直じゃないなと思いつつ、俺は玲菜に事情を説明する。話した内容は恵太のときと全く同じだ。


「好きなことを親に禁止されるとか、藤川さん可哀想……。でも、あっさり親の言いなりになっちゃったのは気になるなぁ。玲菜なら大好きなバドミントンを禁止されそうになったらとことん反発するけど」

「そこは俺もずっと引っ掛かってるんだよなぁ」

「藤川さんには聞いたの? これでいいのかって?」

「聞いたけど、本人は完全に卒業するつもりらしいんだ。好きなことに関連するものも手放すつもりみたいだし」


 そう伝えると、玲菜は疑いの眼差しになる。


「それ、藤川さんの本心なの?」

「どういうことだよ?」

「口では手放すって言ったけど、それは嘘かもってこと。だって好きなことに関わるものなんだよ? 簡単に手放せるほうがおかしいって」


 玲菜の言うことはごもっともだ。俺だって愛用している料理グッズ手放せって言われても簡単には手放せないし。


「おにいはこの目で確かめたわけじゃないんでしょ? 藤川さんが好きなことに関わるものを手放したかを?」

「確かめてはいないけど」

「だったら、一度確かめたほうがいいよ。それでもし藤川さんが好きなことに関わるものを残していたら、好きなことをやめたくない証拠になるよ」

「確かめるといってもなあ」


 俺が探りを入れようとしているとわかれば、優花は止めに来る可能性がある。優花が嘘をついてる場合は特に。

 そうなると探りを入れるときは優花がいない瞬間を狙う必要があるだろう。

 その観点でいくと、優花の家に行って確かめるのは無理だな。犬プレイ関連のグッズは優花の部屋にあると思うけど、部屋には優花がいるから本人がいないときにこっそり探すことができない。

 だったら優花を屋敷から連れ出せばいいことになるが、それも難しいだろう。下手に連れ出そうとしても、頭のいい優花なら俺が何かするつもりだと感づきそうだし。


「となると、調べるなら別荘か」

「別荘?」

「前に優花と藤川家所有の別荘に行ったことがあってな。そこにも優花の好きなことに関連するものがあるから、そこに行けば優花の言葉の真偽がわかると思って」

「ならそこに言って確かめればいいよ! もし藤川さんが好きなことに関わるものを残していたら、藤川さんは好きなことに未練があると確定する。そうなったら藤川さんが好きなことを続けられるよう、藤川さんのお父さんを説得すればいいじゃん!」

「なんか玲菜、やけに熱がこもってるな……」

「いっ、言っておくけど、あくまで藤川さんのためだからね! おにいのために必死になってるわけじゃないんだから!」


 問題を抱えているのは優花なわけだから、玲菜が優花のためだけを思うのは悪くない。けど相談を持ちかけた俺のためってのがゼロなところはちょっと寂しいな。


「まあ、おにいが元気ないと心配だから。早く元気になって、美味しい料理作ってくれるいつものおにいに戻って欲しいのもあるけど……」

「なんか言ったか?」

「なっ、何も言ってないし! とにかく、藤川さんの問題を解決すること! 彼氏なら、彼女のピンチくらいサクッと解決してみせてよね!?」


 本当、なんで当事者でもない玲菜が熱くなってるんだ?

 でも、これだけ真剣になってくれてるってことは、それだけ俺達のことを心配している証拠でもあるよな。そこは素直にありがたい。


「ありがとう玲菜。俺にできることはやってみるよ」

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