第41話 これを機に犬として振る舞いたい性癖は封印します

「ちょっと待って下さい!」


 気付けば俺は立ち上がり、優花より早く賢一さんに抗議していた。


「優花は犬プレイが好きなんです。元々はその性癖を一人で抱えていましたが、俺と付き合うようになって、俺といるときは思う存分犬として振る舞えるようになったんです!」

「それがなんだというんだね?」

「俺の目から見ても、犬プレイしているときの優花は楽しそうです。生き生きとしています。なのに犬プレイをやめさせて優花の好きなことを封じたら、優花が可哀想ですよ!」


 あれ? なんで俺はこんな一生懸命になっているんだ?

 賢一さんに従えば、もう犬プレイというやばいプレイに付き合わなくて済むのに。


「岩瀬くんは、優花の肩を持つというのかね?」

「彼氏なら、彼女の肩を持つのは当然だと思いますけど」

「普通の人間は犬プレイを楽しいと思わない。それは岩瀬くんだって同じはずだ。犬プレイをやめれば岩瀬くんは優花と恋人らしいお付き合いができるのだ。岩瀬くんとしては、そのほうが好都合ではないかね?」

「そっ、それは……」


 俺の本心を見透かしたように賢一さんは語りかけてくる。

 そうだよ。犬プレイさえやめれば恋人らしいお付き合いができるんだ。デートのときに優花に首輪を着け、リードで引っ張るようなこともしなくていい。

 なのに、釈然としないのはどうしてだろう……。


「さて、そろそろ答えを出してもらおうか。犬プレイをやめて健全なお付き合いをするのか。それとも犬プレイはやめないと主張し、別れる道を選ぶか」

「……わかりました。もう、犬として振る舞うのはやめます」

「ちょっ、優花!?」

「それでいいのかね?」

「私は康士郎くんのことが好きです。康士郎くんと別れるなんて考えられません。ですので、これを機に犬として振る舞いたい性癖は封印します」

「うむ。賢明な判断だ」


 満足したかのように頷くと、賢一さんは俺達に告げる。


「犬プレイをやめるのであれば、今後も交際を続けて構わない。ただし、あくまで健全なお付き合いを心がけてくれたまえ。いいね?」

「はい、お父さん」

「岩瀬くんも構わないね?」


 賢一さんから発せられる圧力が俺の肌にひりひりとした感触を与えてくる。

 どうして優花はあっさり賢一さんに従ってしまったんだ? 犬プレイが好きな性癖を封印することになるのに。


 そんな考えが浮かんだものの、優花が決断してしまった以上俺には何も言えない。

 結局俺も、賢一さんに対して「わかりました」と返すことしかできなかった。


 ●●●


 犬プレイを封印し、健全なお付き合いをする。

 そう優花が決断し、俺もそれを尊重した日から一週間以上が経過した。


 あれからの俺と優花の毎日はとてつもなく平和だ。優花と会っても、話したことといえば学校のことや昨日の晩ご飯の話くらい。


 休日は優花と映画デートもしたが、デートの最中に優花が犬として振る舞う場面はなかった。

 初デートでは優花に首輪を着け、リードで引っ張って街中を歩いた。

 だが今回は首輪もリードも使わず、普通に歩いただけ。周囲から白い目で見られることもない、健全そのものな歩き方だった。


 映画を観に行った際も、前回のように映画を鑑賞中『お手』をされることもなかった。映画鑑賞後喫茶店で感想を言い合った際も、前みたいに犬プレイが始まる気配はなし。

 最初から最後まで、普通の恋人が行う映画デートだった。


 ようやく手に入れた優花と普通に付き合える日々。犬プレイに辟易させられてきた俺にとっては、願ってもない出来事と言える。

 それでも俺は、ずっとしっくりこない思いを抱えていた。


「おーっす、康士郎」

「あっ、ああ。恵太か。おはよう」

「覇気がないなあ。最近ずっとそんな調子だぞ?」

「そうか? 俺はいつもこんな感じだけど」

「いやいや、明らかに元気ないぞ。オレの目は誤魔化せないからな?」


 他のやつらには気にも留められてないが、恵太には気付かれてしまうか。


「元気ないといえば、藤川さんもそうだよな。ここのところ康士郎にもあんまり話し掛けてこないし。もしかして、二人の間で何かあったのか?」

「何もないよ」

「何もないのに、二人そろって元気なくなるわけあるか。絶対何かあっただろ。オレでよかったら、話聞くぜ?」


 気を遣ってくれてる恵太の厚意に感謝しつつ、俺は場所を変えようと恵太に促す。やがて人気のない場所に移動し、俺は恵太に事情を説明した。犬プレイうんぬんは伏せつつ、優花の好きなことが優花の親に否定されたと伝える形で。

 また犬プレイをやめなければ交際を認めない件も、話すとややこしいので省いた。


「そんなことがあったのか」

「優花が納得していたから、俺も優花の意思を尊重した。けど、どうにもしっくりこないままで」

「それって、藤川さんが本心では好きなことを我慢するのを納得してないからそう思うんじゃね? かつ康士郎も藤川さんに好きなことを貫いて欲しいと思っているから、余計もやもやしているとオレは思うぞ」

「優花はともかく、俺は優花に好きなこと貫いて欲しいと思ってないけど」


 それは確かなはず。はずなんだけど……。


「とりあえず、一回藤川さんの本心を聞いてみろよ。それから本当にこのままでいいか、よく話し合えばいい」

「それがいいのかな」

「言葉も交わさずあれこれ悩むよりはよっぽどいいぞ」

「わかった。優花と話してみるよ。ありがとな、恵太。話聞いてくれて」

「いいってことよ。オレは二人のこと応援しているからな。二人とも元気ないと、さすがに心配なんだよ」


 その後俺は優花に声を掛け、放課後に話がしたいと伝え、了承を得たのだった。

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