第40話 犬プレイは、もうやめたまえ

「全く、失望したよ」


 リビングに連れて来られた俺と優花は、ソファに座る賢一さんの前で正座させられていた。俺はそのままの恰好で。優花は露出度高めの犬コスチュームから着替えさせられ、元の私服姿にさせられた。


「岩瀬くん。以前私はこう言ったね。優花とは健全なお付き合いをしてくれたまえと。それなのに優花にハレンチな恰好をさせ、優花のお腹を撫で回すとは、一体何を考えているのだね!?」

「あっ、あれにはいろいろと事情がありまして……」

「事情など知ったことではない! 岩瀬くんは私との約束を破ったのだ! 許されることではない! そもそも優花に犬のような恰好をさせお腹を撫でるなど、もはや犬プレイではないか!」


 威圧感のある表情のまま賢一さんは激昂する。


 警視総監をやってるお堅い人なのに犬プレイのこと知ってるのか。

 なんて感想が頭に浮かんだが、そんなことを軽々しく言える空気ではなかった。


「君のことは誠実な人間だと思っていた。だというのに、実際は優花に犬プレイを強要するような不届き者だったとは。これは、君が優花と交際を続けることを再考する必要がありそうだね」

「待って下さいお父さん! 康士郎くんは悪くないんです!」

「優花は黙ってなさい! 私は岩瀬くんの責任を追及しているんだ」

「本当です! 康士郎くんは悪くありません! さっきお腹を撫でてもらっていたのも、私がやりたくて康士郎くんにお願いしたんです!」


 優花の主張に対し、賢一さんはそんなバカなという表情を浮かべる。


「お父さん。この際なので教えますが、私は犬として振る舞うのが好きなんです。康士郎くんと付き合い始めてからは、康士郎くんの犬として振る舞ってきました」

「なっ、何だと……?」

「お父さんが見たことも、康士郎くんに強要されたのではなく私の意思でやりました。露出度の高い犬のコスチュームを着ていたのも、お腹を撫でてもらったのも、全て私の意思です」

「……到底信じられないな。優花は康士郎くんを庇ってるだけではないのかね?」

「庇ってなどいません。嘘だと思うなら、私のスマホに残ってる通販サイトの購入履歴を見せます。それが私の言うことが真実だと証明してくれますから」


 真摯な瞳で語る優花を見て、ひとまず賢一さんは優花のスマホの購入履歴を確認すると決めたらしい。正座していた優花に移動を許し、スマホを用意させた。

 優花は自らのスマホを用意すると、通販サイトの購入履歴を賢一さんに見せる。


「これは、優花が着ていたコスチュームではないか……」

「それだけじゃありません。上には最近購入した首輪の購入履歴もあります」

「たっ、確かに、優花の名義で首輪を購入している……」

「これでわかりましたよね? 私の言ったことは真実だと?」

「あっ、ああ……」


 優花にスマホを返したあと、賢一さんは額に片手を当ててこの世の終わりみたいな顔をする。

 娘が犬プレイ好きと証明されたことで酷くショックを受けたようだ。親としては至極当然の反応と言える。


「今までも優花は、岩瀬くんと犬プレイをしてきたのかね?」

「はい。康士郎くんに『お手』をしたり、首輪を着けた私をリードで引っ張ってもらったこともありました。全て私が希望する形で」

「そっ、そうだったのか」

「隠していてすみません。本当のことをこと打ち明けたら、お父さんに叱られると思っていたものですから」

「いや、謝らなくてもいい。隠すのは当然のことだからね。それより、すまなかった岩瀬くん。よく知りもせず、君を疑ってしまって……」

「いえ、事情を説明してなかったこちらにも落ち度はありますから」


 賢一さんからは怒りの色がだいぶ消えていた。全てを知ったことで少し落ち着きを得られたらしい。


「そうか。優花までもか……」

「お父さん、何か言いました?」

「いや、ただの独り言だよ」


 その後、二人ともソファに座っていいと賢一さんが言ったので、俺も優花も空いているソファに腰掛ける。


「優花が犬プレイを望み、それに岩瀬くんが付き合ってきたことはわかった。その上で言わせてもらうよ。犬プレイは、もうやめたまえ」

「えっ……?」


 どうしてそんなことを言うんだという抗議と失意の気持ち。優花の表情に、それらが混じり合う。


「犬プレイは健全ではない。それくらい優花も岩瀬くんも理解しているだろう? 片方が飼い主の立場になって、もう片方を犬として扱う。これは犬側になった人間の、人間としての尊厳を著しく損なう行為だ。健全さの欠片もない」


 賢一さんの正論に俺と優花は何も言い返せない。

 なおも賢一さんはどこまでも冷淡な様子で続ける。


「一番よろしくないのは優花に首輪を着け、リードで引っ張ったことだ。これは相手の自由を封じ束縛する行為に他ならない。厳しい言い方をすれば、奴隷のように扱う行為とも言える。そんな行為をするなど、常軌を逸しているとしか言えないね」

「でっ、ですがお父さん。別に私は康士郎くんの奴隷になってるわけではありません。首輪を着けられてリードで引っ張られるのも、自分が康士郎くんの犬だと実感できて心地いいと感じます。それなら何も問題ないと思いますが」

「問題ないと思っていることが問題なのだ。実の娘にこんなこと言いたくはないが、今の優花はまともではない。岩瀬くんの犬だと実感すると心地よくなることがそれを証明している。なぜ恋人らしいお付き合いをしようと思えないのか、理解できない」

「……」


 賢一さんに容赦なく異常さを指摘され、優花は黙り込んでしまう。

 犬プレイしようとするとき、優花は俺に拒絶されてもめげずに自分の願いを押し通してくる。なのに今はあっさり主張を引っ込めている。

 それが娘と父親の力関係の差を如実に物語っていた。


「とにかく犬プレイはやめたまえ。恋人としてお付き合いをするなら、もっと健全であるべきだ。もし犬プレイをやめないと言うのなら、優花と岩瀬くんには速やかに別れてもらう」

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