第37話 ご主人様……。だーいすき……です

「えっ?」


 今の二つの質問で何がわかったんだろう?

 疑問に思っていると、優花は俺が納得するように解説していく。


「首輪を着けた私をリードで引っ張る。犬食いしている私を眺める。それらを楽しいと感じていないなら、飼い主として私と接することを楽しんでいるとは言えません。本当に飼い主として接することを受け入れているなら、楽しいはずですから」

「けど、俺は犬プレイ中の優花を可愛いと思うことが増えてるんだよ? 犬プレイを楽しんでなきゃ、可愛いって気持ちも出てこないと思うんだけど?」

「可愛いと思えた=楽しんでいるとはなりませんよ」

「そうなのか?」


 犬プレイを楽しんでるからこそ、犬プレイしている優花を可愛いと思うようになった。そう俺は考えていた。


 けどその考えは誤りということか?


「例え話をしますが、お仕事って基本的には楽しくないですよね? ですがもし康士郎くんと一緒にお仕事する人が美人さんだったとします。その人の笑顔が見られたら、可愛いと思うでしょう?」

「まあ、相手が美人なら可愛いって思うかも」

「それと同じですよ。自分がやってることを楽しいと感じてはいない。それでも犬として振る舞う私が可愛いところを見せれば可愛いと感じられる。今の康士郎くんは、そういう状態なんだと思います」


 なるほど。そういうことだったのか。

 俺は犬プレイを楽しむ変態になったわけじゃなかった。ただ優花の新しい魅力に気付いただけだったんだ。


 犬プレイが好きで、俺の犬として振る舞う優花も可愛いということに。


「って、私ってばなんてこと話しているんでしょう! 『犬として振る舞う私が可愛いところを見せれば』なんて言って……。これじゃあ自分の可愛さに自信を持ってるナルシストみたい……! 忘れて下さい! さっきの発言は忘れて下さい!」

「そんなに慌てなくてもいいだろう。優花が可愛いのは事実なんだし」

「んなっ……! そっ、そんな、ストレートに……!」


 優花ってば、どんどん顔が真っ赤になってるな。

 犬プレイをしているとき、優花は照れもしないし恥じらうこともない。こうして照れ臭そうにしているということは、今は素に戻ってるみたいだな。


 それにしても、妙なこともあるもんだよな。

 優花と付き合い始めたばかりの頃の俺は、優花の表の部分しか知らなかった。

 清楚な美少女で頭もよく、風紀委員として活躍しており教師受けも抜群。そして料理好きを貫く俺の生き方を素敵だと言ってくれた、優しさもある。

 そんな優花の内面や美しく立派な姿が、俺は好きだった。


 けど付き合ってからは、今まで知らなかった優花の一面をどんどん知っていった。

 犬として振る舞うのが好きで、俺の犬として振る舞うことに全力を尽くそうとする。犬プレイのときは引いちゃうくらい積極的だけど、素に戻るとすごく恥ずかしがり屋。これらは学校では見せない裏の部分だ。


 優花と付き合ってなかったら、裏の部分を知ることもなかった。

 犬として振る舞うことや、自分がしでかしたことを思い返して恥じらう一面も知らないままだった。

 そう考えると、やっぱり優花と付き合えてよかったなぁ……。


「どっ、どうしてニヤニヤしているんですか? 人が照れ臭くて困ってるのに」

「そこで『飼い犬の私』って言わず『人』って言うあたり、よっぽど俺に可愛いって言われたのが効いたんだな」

「こっ、康士郎くんがいけないんです! 素に戻ってる私に不意打ちで可愛いって言うものですから……。あんなの反則ですよ!」

「なんで俺責められてるの?」


 素の状態の優花に可愛いと言っただけでこの言われよう。理不尽すぎる。彼氏が彼女に可愛いって言うくらい自然なことだろう。


「もう怒りました! こうなったら、康士郎くんにも辱めを受けてもらいます!」

「にもって何だよ! それじゃあ俺が優花を辱めたみたいじゃないか! 実際は優花が勝手に照れ臭くなっただけだろう!?」

「細かいことはどうでもいいんです! とにかく、康士郎くんにも恥じらいを与えないと気が済みません!」

「そんな意地は捨てて構わないと思う」


 冷静に突っ込みを入れた俺だったが、それをスルーし優花は続ける。


「素のままだと康士郎くんを辱める自信がないので、康士郎くんの犬に戻りますね」

「そうまでして俺を辱める意味がどこにある……?」

「覚悟していて下さい。さっきのお返しで徹底的に辱めますので。さしあたっては、これでもかというほど康士郎くんに好きって言います!」

「ただ好きって言うだけか。そんな単純な攻撃に引っ掛かるわけないだろう」

「ご主人様、好きです!」

「だから引っ掛からないって。それに俺の嫌いなご主人様呼ばわりしているんだし」

「ご主人様大好きです! ずっと一緒にいたくて堪らないほど大好きです!」

「好きのレベル上げても無駄だ。そもそもご主人様呼びが響かないんだよ」

「ご主人様……好きです」

「……っ!」


 ふいに優花が俺の横に立ち、耳元でささやいてきた。

 少し吐息を混ぜ、透明感のある声で放たれた言葉に俺の心は激しく揺さぶられる。


「おやぁ? 康士郎くん、顔が赤くなってきましたねぇ? さては照れてます?」

「そっ、そんなわけないだろう」

「ご主人様……。だーいすき……です」

「……っ!」


 ぬおわっ! こっ、今度はさっきよりも甘えん坊な感じの声で……!


「ちょっ、もうやめろって! 耳元でささやくのは反則だ!」

「うふふ。照れてる照れてる。康士郎くんは可愛いですねぇ」

「まさか俺まで可愛いと言われようとはっ!」


 料理を食べることそっちぬけで続く優花からの好きです攻撃。

 俺は見事に辱められてしまったのだった。

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