第35話 私も犬と同じ様式で食事しようと思ったんです

「ストッープ!」

「ひゃっ! もう、大きな声出さないで下さいよ。危うく皿を落とすところだったじゃないですか。二枚のうち一枚は陶器でできているので、落としたら割れちゃうんですよ?」

「ああ、すまん。じゃなくて! どうして犬用の皿を出しているんだ!」

「この皿で食べるからに決まってるじゃないですか」

「人間が使う皿で食べろよ!」


 自分が作った料理を犬用の皿で食べられるとかいやすぎる。俺はドッグフードを作ったわけじゃないのに。


「今日は康士郎くんが作った料理を食べられるんです。それにレストランで食べるときと違ってお皿も勝手に用意されるわけじゃありません。となれば、自分が持ってる犬用の皿を使うのは当然でしょう」

「人間は人間が使う皿で料理を食べるのが当然だと思うけどな」

「それは人間にとっての当たり前じゃないですか。私は康士郎くんの犬ですから、当てはまりませんよ」


 だめだ。話が通じない。

 俺は常識に則って話しているだけなのに。


「陶器でできた皿はおかず用にして、康士郎くんに選んでもらったステンレス製の皿は主食用にして。よし、これでいきましょう! えーっと、まずはサンドイッチをこの皿に」

「乗せるなあああああっ!」


 ああ、俺が作った料理が犬用の皿の上にぃっ……。

 これじゃあ本当にドッグフード作ったみたいじゃないか……。


「うーん、いいですね! 既に美味しそうな康士郎くんの料理が、犬用の皿に盛り付けたことで一段と美味しそうに見えます……! じゅるり……!」


 俺にはまずくなったように見えるよ……。

 よく犬用の皿に盛り付けた料理見てよだれ垂らせるな。逆にすごいわ。


「って、おい。何しているんだ優花?」


 二枚の犬用の皿に料理を盛り付けたあと、優花はそれらをリビングに敷かれたカーペットの上に置く。

 料理は全てキッチン横のテーブルに並べてある。優花もテーブルのほうで食べるものだと思っていた俺には、優花の行動が引っ掛かった。


「犬はテーブルの前に座って食事しないですよね?」

「そうだけど、それがどうかしたか?」

「私も犬と同じ様式で食事しようと思ったんです。箸や手を使わず、口で直接食べる犬食いというものを」

「やめろおおおおおおっ!」


 だめだって! リアル犬食いはだめだって!

 俺にリードで引っ張ってもらうのもやばいけど、リアル犬食いは同じかそれ以上にやばい!

 あと単純に俺がその光景を見たくない! 彼女が人間としての尊厳を度外視して犬食いしている姿とか誰が見たいというんだ!


「ていうか、俺とデートしたときとかは普通の食べ方だっただろう。どうして今になって犬食いしようと思ったんだよ?」

「可能ならデートのときも犬食いしたかったですよ? ですが本当にそうしたらお店側に閉め出されてしまいます。世間では、レストランで料理を床に置いて犬食いするのは御法度ですから」

「当たり前だ」

「ですが今は私と康士郎くんの二人きり! 邪魔する者は誰もいません! となれば、犬食いするしかないでしょう!」


 犬食いのチャンスを得ただけで水を得た魚みたいになってるな、おい。

 どんだけ犬食いの機会に飢えていたんだよ。


「頼むから普通の食器で食べてくれ。あと普通の食べ方で食べてくれ」

「いやです」

「普通の食器で食べ──」

「いやです」

「最後まで言わせてくれよ!」


 俺としては普通に食べて欲しい。けど優花の頑固さを見るとこのままじゃ平行線に終わりそうだな。


 いっそ、優花の好きにさせるか? ここでも優花の犬プレイに合わせれば、俺が犬プレイを楽しんでいるかの判断材料になるし。

 考えた末に、俺は優花の好きなようにさせることに決めた。


「わかった。もう食器はそれでいいし犬食いしてもいいから、お疲れ様会を始めよう。料理も冷めちゃうし」

「はい、そうしましょう!」


 気を取り直して、俺は優花とのお疲れ様会を始めることにした。


「優花。中間試験お疲れ様。それと、学年一位おめでとう」

「ありがとうございます。康士郎くんも、中間試験お疲れ様でした」

「ありがとう。それじゃあ食べるか。いただきます」


 俺はテーブル前の椅子に座り、食事前のあいさつをしてから料理を取り皿に盛り付けていく。それから、最初にレタスとハムを挟んだサンドイッチを口にする。

 あれ? さっき俺しか「いただきます」言ってなかったような?


「優花。『いただきます』って言ったか?」

「言ってませんよ」

「もう『いただきます』って言って食べていいんだけど?」

「いえ、食事をするには、あと一つ足りないことがありますから」

「足りないこと?」


 手元に箸がないとか?

 けど優花は犬食いするつもりらしいから、箸はいらないよな。


「ご主人様から『待て』の指示を受けて待ったのち、『よし』と言われてから食べる。犬であるならば、そうするべきだと思うんですよね」

「そんなの無視して食べればいいじゃないか」

「そうはいきません! 今日の私はとことん犬らしい振る舞いを追求していくつもりなんです! 四足歩行とボールをくわえるのは断念しましたが、食事のときは完全に犬っぽく振る舞う所存です!」

「四足歩行とボールくわえるのを断念した時点で、人間らしい振る舞いに戻そうとは思わないのか?」

「思いませんね! 康士郎くんの犬として振る舞うために使うこの別荘に来たからには、最大限犬にならないと気が済みません!」


 犬として振る舞いたい気持ち暴走させすぎだろう……。もし犬として振る舞いたい欲を抑える鎮静剤があったら即注射必要なレベルだよもう。


「さあ、康士郎くん! 私に『待て』と命令して下さい!」

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