第32話 犬であるならば、四足歩行でボールを取りにいくべきだと
「よし、じゃあ投げるよー。それ!」
現在俺は優花にお願いされ、実際の飼い主と犬がやるようなボール遊びを始めた。飼い主側がボールを投げ、犬がそれを取って飼い主のところへ戻るあれである。
「あれ? 取りに行かないのか?」
俺がボールを投げたあとも、優花は俺の前から微動だにしなかった。どこか具合でも悪いのだろうか?
「本来であれば二足歩行で走り、ボールを取って帰ってくるところです。ですがこうも思うんですよね。犬であるならば、四足歩行でボールを取りにいくべきだと」
「何言ってるんだ……」
普通に二足歩行で取りにいけよ。犬として振る舞ってはいても、優花の体は人間の体なんだからさぁ。
「これまで私は様々な形で康士郎くんの犬として振る舞ってきました。ですがところどころ犬らしくない立ち振る舞いがあったのも事実。現にリードで引っ張ってもらっていたときも、ずっと二足歩行でしたし」
「ちょっとくらい犬らしくなくてもいいじゃないか」
考えてもみろ。
優花をリードで引っ張る行為は、優花が二足方向でもやばい。それなのに優花が四足歩行してみろ。やばさが10倍くらい高まるだろうが。
最悪俺が優花に四足歩行を強制しているゲス野郎と勘違いされかねない。それはいやすぎる。
「康士郎くんの犬になってもう1ヶ月以上経ちます。そろそろ私も、一匹の飼い犬として進化を遂げるべきではないでしょうか?」
「進化する前に退化してしまえ! あと自分のこと一匹って言うな! ちゃんと一人って言え一人って!」
「ですが、犬は一匹二匹と数えるものですよ? それくらい知ってますよね?」
「なんで俺が常識ないみたいな返し方するんだよ!」
おかしいだろう。どう考えても常識が欠落しているのは優花のほうだろう。どっちが常識ないか百人にアンケート取ったら、百人が優花って答える自信あるよ。
「やっぱり、私は進化を追い求めます! ということで、四足歩行のスタイルでボールを取りにいきます!」
「やめろ! これ以上犬らしさを高めるな!」
両手両足を地面に接地させ、尻を浮かせた状態で優花は四足歩行する態勢を取る。
だから尻を強調するようなポーズを取るなって言ってるだろう。何回俺のほうに尻突き出したら気が済むんだよ。俺を尻フェチに目覚めさせる気か。
「行きます!」
人間としての尊厳はどこへやら。
とうとう優花は四足歩行で走り出そうとして──。
「きゃうん!」
子犬のような可愛らしい悲鳴を上げて前のめりに転倒した。
うん。こうなるんじゃないかって気はしていたよ。
人間が犬のように四足で走れるわけないんだから。
「ううっ……あごが痛いですぅ……」
「何やってるんだよ……」
優花は転んだ際にあごを強打したらしい。寝っ転がったまま、優花は涙目で自分のあごをさする。
不慣れな四足歩行で走ろうとして即コケるとか。アホとしか言いようがない。
「諦めて普通にボール取りにいけよ」
「いえ、それでも私は四足歩行で走ります」
「今失敗したばかりだろうが……」
再び優花は両手両足を突き、四足歩行で走ろうとする。だがまたしてもすぐに転倒してしまう。
「もう諦めろって」
「止めないで下さい! ときには飼い犬の成長を黙って応援することも、飼い主の役割ですよ!」
「成長じゃなくて退化しているように見えるんだが……」
その後も優花は四足歩行を試みたが、最後は諦めて普通にボールを取りに行った。
ボールを取りにいった優花は、俺のところに戻ると荒い呼吸をしながらボールを渡してくる。
「はあっ……はあっ……。よっ、よかったぁ……! どうにか、持ち帰ることができましたぁ……」
「なんで命がけで目的果たした人みたいな雰囲気出しているんだよ。無理して四足歩行した結果コケまくって無駄に体力消耗しただけだろうが」
「どうですか康士郎くん? 苦労してボールを取り、帰ってきた私を見て感動したんじゃないですか?」
「一連の流れのどこに感動要素があったというんだ……」
正しくはお笑い要素しかなかっただろう。あんだけコケてたら。
「すいません。ちょっと休憩させて下さい」
俺にボールを渡したあと、優花は持ってきていた水をかばんから取り出す。それからキャップを開け、水を飲みつつクールダウンする。
最初の運動後に即休憩とか、もはやギャグだな。
●●●
気を取り直して、俺と優花はボール遊びを再開することにした。もう優花は四足歩行を封印してくれたので、少しはマシなボール遊びになるだろう。
「じゃあ、投げるよー。それ!」
俺が遠くにボールを投げると共に、体操服姿の優花が走り出す。休憩して元気になった優花は瞬く間にボールのところまで到達し、ボールを腕で拾う。それからUターンし、俺のところまで戻ってこようとする。
その道中、俺の視界にとんでもない光景が映ってしまう。
走っている間、優花の胸が揺れ続ける光景が。
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