第三章

第27話 私が犬として振る舞うことを期待していたわけですね

「リビングを使おうと思うけど、いいか?」

「構いませんよ」


 優花と付き合い始めてもう一ヶ月が過ぎた。相変わらず俺の犬として振る舞う優花に振り回される日々だが、何だかんだで交際は続けられている。


 そんな中、5月もあと数日で終わるある日の放課後。俺は優花を自宅に招き、二人でテスト勉強をしようとしていた。


 来週黒座高校では前期の中間試験が行われる。テストで苦労しないためにも、そろそろギアを入れてテスト勉強する必要がある時期になってきた。

 そんな中、俺は優花から一緒にテスト勉強しようと提案された。提案を承諾したあと俺達は場所の相談をし、最終的に俺の家でやることになったのだ。


「最初はどの教科からやりますか?」

「そうだな。じゃあ、英語からでいいか? 一番自信のない科目だから、優花にいろいろ教えてもらいたくて」

「いいですよ。私でよければ、いくらでも教えます」


 俺自身、成績は入学以来学年で中程を維持している。

 ただし、今回は2年になって一気に難しくなった苦手科目の英語が足を引っ張りそうだった。

 赤点を取って補習になり、優花と過ごす時間が減るのは困る。

 なので俺は英語でそれなりの点数を取れるよう、優花の力を借りるつもりだった。

 優花は常に学年1位を取ってる秀才だ。勉強を教わる上でこれほど頼りになる人材は他にない。


「それで、どこで苦労しているんですか?」

「えーっと、例えばここかな」


 英語の教科書とノートを準備したのち、俺はよくわからない箇所を優花に聞いていった。

 俺からの質問に対し、優花は一つ一つ丁寧に教えてくれた。何度教科書を読み返しても消えなかった疑問点は、次々に消えていき。一通りわからない箇所を聞いた頃には、俺はとてもすっきりとした気分になっていた。


「助かったよ優花。優花に教えてもらえただけで、かなり点数を上積みできそうだ」

「大げさですって。私は習ったことを説明しただけですよ?」

「いやいや、優花のはただの説明とは違うよ。めちゃくちゃわかりやすいし、例文の覚え方も丁寧に教えてくれたし。これだけ教え方が上手かったら、将来は教師になれるんじゃないか?」

「もう、褒めすぎですよ……」


 照れ臭そうにしつつも、優花はまんざらでもない様子ではにかむ。


 むっ。待てよ。

 あくまで予想だが、このあと優花は犬プレイを要求してくるんじゃないか?

『ご主人様のために頑張って教えたんですから、頭を撫でながら偉いぞって言って欲しいです!』とか言い出してさ。


 うん、あり得るな。育ち方のせいで優花は褒められることに飢えているみたいだし。その結果飼い主に褒められる犬みたいに、自分も褒められたいって思っているようだし。


「他にテスト範囲でわからないことはありますか?」

「今のところは大丈夫かな」

「そうですか。では、一旦他の科目のテスト勉強を進めましょうか。わからないことがあったらいつでも相談して下さい」

「おっ、おお」


 あれ? 犬プレイしてこない?

 妙だな。いつもの優花なら隙あらば犬プレイしてくるのに。

 いや、まだ油断はできない。二人きりであればどこかのタイミングで優花は犬として振る舞ってくる。引き続き優花の動きは警戒しておこう。


 そう思っていたのだが、優花が犬プレイしてくる気配はなかった。それは英語のテスト勉強を終え、違う科目に切り替えてからも同じ。気付けば優花が犬プレイしてこないまま1時間が経過した。


 おかしい。これはおかしい。二人きりなのに優花が犬プレイしてこないなんて、熱でもあるのか? でも、顔を見る限り至って健康そうだし。


「優花。一つ聞いてもいいか?」

「はい、何でしょう?」

「どうして今日は全然犬プレイしないんだ?」

「今日はテスト勉強するのが目的ですからね。犬になって遊んでる場合ではないと思いまして」


 すごくまともな回答が返ってきた。本当にどうなってるんだ?


「こっちはいつ優花が犬プレイしてくるかって身構えてたというのに。これじゃあ拍子抜けだよ」

「康士郎くんは、私が犬として振る舞うと思っていたんですか?」

「そりゃあまあ。俺と二人だけのときは、優花は俺の犬として振る舞ってくるし。今日も犬として振る舞いながらいろいろ要求してくるものだと」

「ふーん。そうですかそうですか」


 なぜか優花はニヤニヤしながら俺を見つめ続ける。

 何だこの意味深な笑いは? 不気味なんだけど。


「つまり康士郎くんは、私が犬として振る舞うことを期待していたわけですね」

「ちょっと待て! どうしてそうなる!?」


 俺は期待していたなんて一言も口にしてないんだけど。


「だって、康士郎くんは私が犬として振る舞うものだと信じ切っていたんでしょう? そうなるってことは、私が犬として振る舞うのを康士郎くんが期待している証拠だと思いますけど?」

「バっ、バカを言え! そんなのはただのこじつけだ!」


 俺は優花の犬プレイをやめさせようと策を巡らせもしたんだ。犬プレイを期待するなどあり得ない。


「口ではあれだけ文句を言ってましたのに。もうすっかり飼い主として犬の私を受け入れてくれていたんですね……! 嬉しいです!」

「受け入れてない! 犬プレイは今でもどうかしてると思っているからな!」

「そのわりには、学校で私の頭を撫でるときとかノリノリな気がしますけど? この前なんか、私の頭を撫でながらうっとりした顔になってましたし。『優花は可愛いなあ』って呟きながら」

「あっ、あれは優花が可愛かったからつい頬が緩んだだけだ! 犬プレイを楽しんでるからうっとりしていたわけじゃない!」


 惑わされるな俺。優花は誘導尋問しようとしているだけだ。

 頭を撫でられている優花を可愛いと思ったからといって、犬プレイを受け入れたと決めつけるのは早い。


「仕方ないですね。そこまで私に犬として振る舞って欲しいならお望み通りにしてあげましょう!」

「しなくていいから」

「さあ、ご主人様! したいことを言って下さい! 『お手』や『お座り』を命じますか? 私の頭を撫で撫でしますか? それとも散歩に出かけて、首輪を着けた私をリードで引っ張りますか? 首輪とリードなら準備してありますよ!」

「どれもお断りだあああ!」

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