第26話 もう康士郎くんの撫で撫でがないと生きていけません……!

 勘弁してくれ。今みたいな言い方されたら要求を突っぱねづらくなるだろう。


 優花が学校でしようとしているのは、俺に頭を撫でてもらう犬プレイだ。

 それくらいなら周りからは恋人同士イチャついてるとしか思われないはず。


 だったら、やってもいいのか?

 いや、しかし。頭を撫でるのも犬プレイではあるし。

 でも、リードで引っ張るとかならともかく、頭を撫でる程度のことを禁じるのは心が狭いか。


「優花」

「何でしょう?」

「犬プレイはやばい行為っていう俺の認識は変わらない。だから犬プレイが好きっていう優花の性癖に理解を示すこともないだろう」

「そっ、そんな……」

「でも、優花にもいろいろ事情があったんだなって、話を聞いてわかったわけで。だからその……。頭を撫でるくらいなら、学校でやってもいいけど」

「……! いいんですか!? 本当にいいんですか!?」

「あっ、ああ」


 優花はその場で少しだけ体を沈み込ませる。それから膝をバネのようにして俺に抱き付いてきた。


「うおっ、ちょっ! とっ、突然なんだ!?」

「嬉しいから抱き付いたんです! やっぱり康士郎くんは、とても優しい理想のご主人様です!」

「恥ずかしいから離れろ! あとご主人様呼びするな!」


 全く、学校でも条件付きで犬プレイできるようになったからって喜びすぎだろう。

 けど、これだけ嬉しそうにされたら、文句も言えないな。


 ●●●


「康士郎くん! 頭を撫でてくれませんか?」

「仕方ないな。ほら、これでいいか?」

「はっ、はい。ありがとうございます」


「康士郎くん! 今日も撫で撫でをお願いします!」

「はいはい」


「康士郎くん! 撫で撫でして下さい!」


 学校で優花の頭を撫でることを解禁して以降、俺は頻繁に撫で撫でをねだられるようになっていた。

 だが、そのせいで問題が生じていた。


「なあ、優花。今は撫で撫でするのやめていいか?」

「どうしてですか?」

「だって、いろんな生徒に見られているし」


 現在俺達がいるのは学校の玄関から校門へと続く道。放課後ということもあり、周りには帰宅しようとする生徒達が多くいる。その生徒達が先ほど、優花が俺に撫で撫でしてと頼んだのを聞いて一斉にこちらを向いたのだ。


「見られていたら問題なんですか?」

「男子の嫉妬の眼差しの数が半端ないんだよ」


 元々優花は人気のない場所で撫で撫でを要求していた。だが今日あたりから人前でも平気で頼んでくるようになった。優花曰く、俺に頭を撫でられるのが病みつきになって、頭を撫でられたい欲が止まらないのだとか。


 廊下ですれ違った数人に撫で撫での光景を見られ、男子から嫉妬の眼差しを向けられる。これくらいならどうにか耐えられた。

 しかし今は軽く十人以上の男子に見られ、撫で撫でする前から嫉妬の眼差しを向けられている。これはさすがに精神的にきつい。


「嫉妬されているのなら、一ついい考えがあります」

「何だよ?」

「嫉妬している男子の皆さんが照れて逃げ出すほど、濃厚な撫で撫でをしてくれればいいんです」

「やめろ。火に油を注ぐだけだ」


 優花は嫉妬に狂った男子の怖さを知らないんだろうな。だからのんきなことが言えるんだろう。


「さあ、早く頭を撫で撫でして下さい! もう待ちきれません!」


 頭をずいっと俺に近付け優花は撫で撫でを催促してくる。

 くそっ、ここで断ったら「てめえ何藤川さんのお願い断ってるんだ? 彼氏だからって調子乗ってんじゃねえぞ!」って思われる。やるしかないか。


「んぅっ……! ああ、極楽ですぅ……!」

「その感想温泉に浸かる以外で初めて聞いたわ」

「はわぁっ……。やっぱり康士郎くんの撫で撫では最高ですぅ……! もう康士郎くんの撫で撫でがないと生きていけません……!」

「大げさすぎる……」


 突っ込みを入れつつ、俺は優花の表情を見る。

 今日も優花の表情は幸せそうで、思わずこっちの心が温まった。頭を撫でられているときの優花は小動物のようにも思え、とても可愛らしい。


 んっ? ちょっと待て。

 今俺は優花の頭を撫でている。これは俺達にとって犬プレイの一種だ。その最中に優花を可愛いと思うってことは、俺は犬プレイを受け入れつつあるのでは?


 いやいや。そんなわけあるか。

 頭を撫でるのは恋人同士のスキンシップとして違和感がないからやってるだけだ。他の犬プレイはしたくないし、犬プレイはやばいという認識は変わらない。

 そうだとも。俺が優花と同じ性癖に目覚めるわけがない。


「くっそお! 岩瀬のやつ、イチャイチャしやがって!」

「俺達が願ってもできなかったことを平然とやりやがって! 羨ましすぎる!」

「へい、MIRI。『トラック・人・事故』で検索して」


 ああもう、嫉妬に狂った男子生徒達の怒号が聞こえてくるんだけど。

 ていうか、最後のやつ。いつぞや俺を海に沈めようとしていたやつじゃないか! しかも今度はニュアンス的にトラックに俺をひき殺させようとしているし。怖すぎるんだが!

 俺にはトラックにひかれて異世界に転生する予定はない!

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