第24話 頭を撫でていただけませんか?

「康士郎くん。ちょっといいですか?」


 お買い物デートとは名ばかりのデートをした日の三日後。放課後になり帰宅しようとしていた俺は、優花に呼び止められた。その後場所を変えたいと言われたので、俺は優花に付いていき人気のないところへ移動する。


「どうした優花?」

「実は、康士郎くんにして欲しいことがありまして。聞いてくれますか?」

「まあ、俺にできることなら」

「では、頭を撫でていただけませんか?」

「頭を撫でる?」


 優花にしてはまともなお願いだな。今までは『お手』と命じてとか、首輪を着けてリードで引っ張ってとか、ろくでもないものばっかりだったし。


「だめでしょうか?」

「そんなことない。頭を撫でるくらいお安いご用だ」

「ありがとうございます! それじゃあ、優しくお願いしますね?」


 少し前傾姿勢になり、優花は俺が頭を撫でやすいようにする。

 緊張を落ち着かせるべくふうっと息を吐いたのち、俺は優花の頭に触れた。


「こっ、こんな感じでいいか?」

「はっ、はい。大丈夫です」


 誰かの頭を撫でるのは、数年前妹の玲菜に対してやった以来だ。そのため完全に手探りの状態だが、俺は優花が不快にならないよう優しい手付きで頭を撫でていく。


「んんっ……! 康士郎くんの撫で方、とても気持ちいいです。康士郎くんは頭を撫でるのがお上手ですね」

「別に上手くはないと思うけど」

「いいえ、お上手ですよ。このままずっと撫でてもらいたいくらいです」

「そっ、そうか?」


 まさかここまで頭を撫でる技術を褒められるとは。玲菜の頭なら何度か撫でてきたが、その経験が生かされる日が来ようとはな。


 にしても、優花の髪は驚くほどサラサラだな。おかげで撫でてるこっちも気持ちよくなってきた。きっと高いシャンプーやリンスで念入りに手入れしているんだろうなあ。それにほんのり甘い香りもする。ちょっとミルクっぽい感じっていうか。


 今俺は、優花の美しい髪と甘い香りを独り占めしているんだよな。

 どうしよう、幸せすぎてどうにかなりそう。


「えへへっ……! 康士郎くんの撫で撫で、最高ですぅ……!」


 しかも優花ときたら、とても幸せそうな表情しているし。

 可愛すぎる……。

 優花が見せてるとろけきった笑顔を、いつまででも眺めていたくなる。


「康士郎くん。手が止まってますよ?」

「あっ、悪い。ぼーっとしていた」

「まだまだ物足りません! 康士郎くんの撫で撫で、もっと欲しいですぅ……」


 遊び足りない子供のような無邪気な瞳を向け、甘ったるい声を出しながら懇願する優花。


 ああもう、本当可愛いな!

 よし、こうなったら優花が満足するまで撫でまくってやる。

 そうして俺は優花の頭を継続的に撫でていく。撫でる度に優花が幸せそうな顔をしてくれるのが嬉しくて、俺のほうも嬉しくなっていった。


「ふうっ。大満足でした。ありがとうございます!」

「こちらこそ、撫でさせてくれてありがとう」


 いやあ、頭を撫でるのってこんなに楽しいことだったんだな。しばらく優花の髪の感触は忘れられそうにないね。


「あの、これからも私がお願いしたら、頭を撫でてくれますか?」

「もちろん」

「嬉しいです。これで学校でも康士郎くんの犬として振る舞えます!」

「……今なんて言った?」

「学校でも康士郎くんの犬として振る舞えると言いました。それが何か?」


 優花の頭を撫でていたときの楽しさが徐々に薄れていく。

 それどころか俺は憤りを覚え始めた。


「さっきの俺が優花の頭を撫でるのって、犬プレイの一種だったのか?」

「はい」

「騙されたっ!」


 恋人同士のスキンシップかと思いきや犬プレイだったとは。

 これは詐欺だ。ナデナデ詐欺だ。


「学校では犬として振る舞っちゃだめって話だったよな? どうして犬プレイしようとしたんだよ?」

「学校でも康士郎くんの犬として振る舞いたかったんです。これまで私と康士郎くんは、付き合ってはいるけど学校ではあまり恋人らしいことができずにいました。なので私は、恋人らしくもっと積極的に康士郎くんと接しようと思ったんです」

「そこで犬プレイにつながる意味がわからないんだけど。恋人らしいことをしたけりゃそうすればいいものを」

「私が一番恋人らしく動けるのは、康士郎くんの犬として振る舞うときですから!」

「うん。その理屈からしておかしいよね」


 普通の彼女なら犬として振る舞わなくても恋人らしいことできるはずなのに。相変わらず優花は特殊すぎる。


「とにかく、学校で犬プレイはだめだ。学校以外でもだめだけど。犬プレイしているところを他の生徒に見られたら大変なことになるってわかるだろう?」

「その点は問題ありません。頭を撫でる行為は犬相手だけでなく、人間相手にもすることがある行為です。なので人前でやったところで違和感は持たれませんし、私達の秘密もバレません。むしろ恋人同士のスキンシップと思ってもらえるでしょう」

「まあ、優花の言い分はその通りかもしれないけど。でも、犬プレイの一種には変わりないんだろう?」

「ですね」

「じゃあだめだな」


 あっさり俺が切り捨てると、優花は頬を膨らませぷんすか怒り出す。


「いいじゃないですか! 頭を撫でるのは、首輪を着けてリードで引っ張ることと比べたら健全だと思いますよ!?」

「健全ではあるけど、犬プレイとしてやると思うと途端にやりたくなくなるわ」

「お願いです! これからも学校で頭を撫でて下さい! 秘密がバレない範囲で学校でも康士郎くんの犬になりたいんです!」


 どんだけ犬プレイしたいんだ優花は。学校にいるときくらい普通でいいだろう。


「そもそも、どうして優花はそんなに犬プレイが好きなんだ? 性癖とはいえ、世間的にやばさ満点の犬プレイにこだわる理由がわからないんだけど」

「私が犬として振る舞うのが好きになったのは、育ち方に原因があるんです」

「育ち方?」


 それから優花は、自らの家の教育方針を語り始めた。

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