第15話 そこは『優花は勉強熱心でお利口さんだなぁ』って飼い犬の私を褒めるところですよ?

 作戦を決行する場所は俺の家と決めていた。動画を見せる関係上、俺の部屋に呼んで周囲の雑音を気にせず視聴するのがいいかなと思ったのだ。

 あとはこの前優花の家に行ったので、今度は俺の家を紹介したいというのも理由だったりする。


『いいんですか? お邪魔しても?』

「もちろん」

『でっ、では、お邪魔させていただきます』


 よし、優花の了承はもらえた。

 明日だと急だし優花が困ると思ってあさってにしたのは正解だったみたいだな。


「じゃあ、あさっては放課後、一緒に俺の家まで行くってことでいいか?」

『はい、問題ありません。ところで、康士郎くんの家では何する予定なんですか?』

「一緒に犬の動画を見ようと思うんだけど、どうかな?」

『いいですね。ぜひ見ましょう』

「じゃあ、決定ってことで」


 これで準備は整ったな。

 待ってろ優花。

 あさっては人間と犬は違うってことを徹底的に叩き込んでやるからな。


 ●●●


「お邪魔しまーす」


 作戦決行日、俺は優花と共に我が家に帰還した。

 優花はお金持ちで広大な屋敷に住んでいる。そのためか、庶民の家の中が新鮮に映るらしく、まだ玄関に入っただけなのに視線を右往左往させている。


「扉を開けたら広いスペースがあると思っていましたが、そうではないんですね」

「一般人の家の玄関なんてこんなもんだよ。優花の家の玄関が広すぎるだけで」


 その後俺は優花を自室に案内した。

 自分の部屋に彼女を呼ぶのはいかにも恋人って感じでいいな。そう考えていると、「康士郎くんの部屋は意外と普通ですね。今度のデート用に、私に着ける首輪を用意してくれててもよかったんですよ?」と優花が言ったせいで萎えた。

 少しくらいムードに浸らせてくれよ。


「お菓子と飲み物持ってくるから、ちょっと待っててくれよ」


 一度一階に下りた俺は冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを取り出す。次にコップを二人分用意しそれらに注ぐ。

 お菓子は母さんが職場の後輩から貰ったというチョコレート菓子があったので、それを持っていくことにした。

 ジュースとお菓子を自室に持っていったのち、俺は小さなテーブルを用意する。そこに動画視聴用のタブレット端末を置き、飲み食いしながら二人で動画を見られるようにした。


「じゃあ、まず一本見るか」


 俺は大手動画サイトNowtubeを開き、犬関連の動画を検索する。飼ってる柴犬に芸をさせる動画がぱっと目に付いたので、俺はその動画を再生した。


「可愛らしい柴犬ですねー」

「そうだな」

「今度は柴犬モードで康士郎くんに接するのもありですね」

「柴犬モードってなんだよ……」


 何なの? 他にチワワモードとかゴールデンレトリバーモードとかあるわけ?

 意味不明すぎるわ。


「この柴犬、お座りの姿勢がすごくきれいですね。背筋がぴーんとしていて。私も見習わないと。あの、メモ取ってもいいですか?」

「取らなくてもいいわ」

「そこは『優花は勉強熱心でお利口さんだなぁ』って飼い犬の私を褒めるところですよ? さあ、言って下さい。『優花は勉強熱心でお利口さんだなぁ』と!」

「ゆうかはべんきょーねっしんでおりこーさんだなー」

「なんで棒読みなんですか!」


 だって、犬の座り方についてメモ取ろうとする姿勢なんか褒めたくないもん。褒めるなら人間らしい行動の中で褒めるところ探すわ。


「次行こう、次」


 今見ていた動画が終わったのち、俺は別の動画を検索し再生する。

 今度は飼い犬と屋外で遊ぶ動画だった。


「ああ、こんなふうにボールを使って遊ぶのもいいですねー。ご主人様が投げたボールを犬が取りに行き、ご主人様に返すこの連携プレイ! 愛を感じますよね!」

「愛は大げさだろう……」

「ああ、今犬が飼い主にお腹を見せてます! 知ってますか? 犬がお腹を見せるのは信頼の証なんですよ? つまりこの犬は、自身の体を好きにしていいと思えるほど飼い主との絆を育んでいることになります! この美しい絆は、もはや芸術!」

「どういう思考回路してたら犬がお腹見せるのが芸術になるんだよ……」

「見て下さい! 犬が飼い主にお腹を撫でてもらってますよ!? いいなぁ、私も康士郎くんにお腹を撫で回されたい! 康士郎くんの巧みなテクニックで気持ちよくしてもらいながら、お腹全体で康士郎くんの愛を感じ取って、はあっ……はあっ……!」

「興奮するな! 一回オレンジジュース飲んで落ち着け!」


 お腹撫で回されたいとか意味わからないんだけど。お腹見せたり触られるの恥ずかしくないのか?


「いいか優花。俺達が見ている動画はあくまで飼い主と犬が交流しているところだ。これと同じことを人間同士でやるのはおかしいんだよ」

「えっ? 別におかしくないですよね?」

「よく考えてみろ。普通の人は人間相手に『お手』とか『お座り』って命じるか? 命じないだろう?」

「まあ、他の方がそういう行為をしているのを見たことありませんけど」

「それに『お座り』に関しては、そもそも人間と犬で座り方が違う。人間が人間の座り方をせず、犬みたいな座り方していたら違和感しかないだろう」

「私は気になりませんけどね。むしろ犬らしさが出ていて可愛いと思います」

「なんでだよ……」


 俺は普通に座ってる優花のほうが可愛いと思うけど。両手を膝に置いた態勢だとどことなく上品さが出るからなおよし。


「他の行為だってそうだ。ボールを投げて、それをくわえて投げた相手のところに持ち帰ることも。その場でお腹を見せて、見せた相手に撫でてもらうことも。あくまで犬と飼い主の間で発生する行為であって、人間同士でやることじゃないんだよ」

「ですが、人間同士でやっちゃいけないという決まりはないと思います」

「そりゃあ明文化されたものはないだろうけど。けど考えなくてもわかることじゃないか。人間が犬と同じことをするのは常識からずれてるって」

「常識的かどうかは関係ありません。犬から飼い主への行為の大半は、飼い主のことが好きだからこそなされる愛情表現です。パートナーを信頼し、様々な形で愛情表現を行う犬は一つの理想的な存在と言えます。その理想を体現することに問題などないはずです」


 くそぉっ、いくらこっちが力説しても屈する気配がない。それどころか俺を論破する勢いじゃないか。

 

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