第11話(優花視点) 私が康士郎くんを好きになったのは

 私が康士郎くんを好きになったのは、高校1年の10月のことです。


 当時も私と康士郎くんはクラスメイトで、しかもその頃は席が隣同士でした。

 ある日のこと、昼休みになって私は気付きました。お弁当を持ってくるのを忘れてしまったことに。


 学校での昼食でいつも私が食べていたのは、藤川家お抱えの料理人が作ったお弁当。そのため学校の購買は利用しておらず、購買でおにぎり等を買うお金も持参していませんでした。


 その日も例に漏らず、私はお金を持っていない状態でした。

 このままでは昼食抜きになってしまうと困ってたところ、隣の席の康士郎くんが助け船を出してくれました。


「よかったら、俺の弁当食べる?」


 初めは断るつもりでした。お弁当を忘れたのは私の落ち度だから、康士郎くんに迷惑を掛けるわけにはいかないと。

 けど康士郎くんは自分の分は購買で買えると言い、私にお弁当を渡してくれました。昼食を食べられなかったら夜まで辛い思いをするからと。

 心配して助け船を出してくれたのなら厚意を無下に扱うこともできません。私はお言葉に甘えることにし、康士郎くんからもらったお弁当を食べ始めました。

 そして、お弁当の美味しさに衝撃を受けたのです。


 ハンバーグは固すぎず柔らかすぎず、その上ジューシー。キャベツサラダもキャベツがシャッキシャキで、とても箸が進みました。

 お金持ちの家に生まれた私は、小さい頃からかなりいいものを食べてきました。

 ですが、康士郎くんからもらったお弁当を食べて私は思ったのです。

 このお弁当の美味しさはうちの料理人が作ってくれるお弁当と同じ、いやそれ以上かもしれないと。


 一体誰がこれほど美味しいお弁当を作ったのか?

 気になった私は、康士郎くんに尋ねました。


「このお弁当は、どなたが作ったんですか?」

「信じられないと思うけど……。それ作ったの、俺なんだ」


 返答を聞いた私は椅子から転げ落ちそうなくらい驚きました。

 康士郎くんはまだ高校生です。なのにプロ級の料理の腕前を持っている。

 一体どうやってこれほど料理上手になったのか? そもそもどうして学校に手作りのお弁当を持ってきていたのか?


 興味が増すばかりだった私は、それらの質問を康士郎くんにしてみました。

 すると康士郎くんは親切に私の疑問に答えてくれました。


 親が共働きしている関係で、中学生の頃から料理は全て自分が作っていること。高校生になってからは学校に持参するお弁当も手作りしていることを。

 また、その話をする過程で、康士郎くんはこんなことを教えてくれました。


「何度も家のご飯を作っていくうちに、俺は料理を作るのが好きになったんだ」


 それを聞いた私は、男子で料理が好きなのは珍しいという感想を述べました。小学校から高校までで、料理好きは女子ならいたものの、男子ではいなかったからです。

 実際、康士郎くんも周りから珍しいとか変わってると思われたそうです。同じ男子の中には、少数派の康士郎くんに心ない言葉を浴びせる者もいたとか。

 そういった目に遭ってきて、料理を作るのが嫌いにならなかったのか?

 そう尋ねると、康士郎くんは清々しい表情でこう答えたのです。


「俺は好きなことに正直に生きていこうと思っているんだ。だから料理が好きな自分を貫くことにしたんだよ。好きな気持ちに嘘ついても、楽しくないからさ」


 康士郎くんの素晴らしい回答に、私は深く感銘を受けました。

 同時に、まるで私のあり方を認めてもらえたような気がしたのです。


 その頃私は康士郎くんの犬になろうとはしてませんでした。けど犬として振る舞うことは好きで、誰かの犬になりたいという気持ちも抱いていました。


 犬として振る舞うことが好き。

 そんな私の性癖は世間一般に受け入れられるものではありません。

 ゆえにずっと隠してきました。一方で、自分の異常な性質を理解してくれる人を欲してもいて。


 だからこそ、康士郎くんの言葉を聞いて私は嬉しくなったのです。

 康士郎くんなら私が犬として振る舞うのが好きでもバカにしない。きっと受け入れてくれる。そう思えたから。


 困ってる私を助ける優しさもあって、学業と両立して毎日家のご飯を作る家族思いな人でもある。加えて周りの声に屈さず自分の生き方を貫く強さもあって、私の秘密を理解してくれる可能性も持っている。

 そんな康士郎くんが、私にはとても魅力的に映るようになりました。


 気付くと私の心臓はドクンドクンと激しい鼓動を奏でていました。それは康士郎くんとの会話を終えても収まらないままで。


 その日以降、私は康士郎くんのことばかり考えたり、ついつい康士郎くんを目で追うようになりました。以前なら話そうと思えば話せたのに、康士郎くんに話し掛けようとするとドキドキしてためらってしまう。そんなこともよくありました。


 一体私はどうしてしまったのだろう? 困った私は女友達に相談してみました。

 そのときもらった回答のおかげで、ようやく私は自分の気持ちに気付いたのです。


 私は、康士郎くんに恋をしたのだと。


 ○○○


「いいデートでしたぁ……」


 帰宅し晩ご飯を食べたあと、私は大浴場で一人お湯に浸かっていました。

 藤川家の浴室の広さはかなりのもの。湯船は十人入ってもまだまだスペースが余るほどです。


 それにしても、康士郎くんとの初デートは楽しかったです。念願だった首輪を着けた私を康士郎くんにリードで引っ張ってもらうことも果たせましたし。

 思い出すだけでも胸が高鳴ります。リードを握りしめ、優しく私を導いてくれた康士郎くんの背中のかっこよさときたら……!


「ふへっ、ふへへへへへっ……!」


 おっと、いけません。頬が緩んでしまいました。少し落ち着きましょう。


「次のデートでは、犬耳や犬尻尾を付けましょうかね? うん、それがいいです! 康士郎くんには、犬の私をもっと好きになって欲しいですもん!」


 楽しみにしていて下さいね、康士郎くん。次も私は、精一杯康士郎くんの犬として振る舞いますから。


「ですが、リードで引っ張ってもらう以外にもいろいろなことをしたものですね」


 康士郎くんに抱き付いて甘えてみたり、映画鑑賞をして、その最中に『お手』をしてみたり。喫茶店では映画のシーンを再現して、康士郎くんの頬を舌で舐めたりもしましたね。


「……」


 ふと私の脳裏に、康士郎くんの頬を舐めたときの映像がフラッシュバックします。

 直後、私の中で急激に恥ずかしさがこみ上げてきました。


「よく考えてみたら、私はかなり大胆なことをしてしまったのでは……!?」


 あのときは映画で観たシーンを再現したくて行動しました。けど……。

 さすがに頬を舌で舐めるのはやりすぎだった気がしてきました!

 だというのに私ったら、周りからどう見られてるのかも考えず康士郎くんの頬を舐め回して……。しかも、唾液もたくさん付けて……。


「~~~っ! わわわ私、風紀委員の身でなんてハレンチなことを……!? あれでは痴女みたいじゃないですかああああああっ……!」


 ただでさえ入浴中で火照っていた私の頬がどんどん真っ赤になっていきます。


 犬として振る舞っていれば、私は康士郎くんに対して積極的になれ、大胆な行動だって取れます。

 けど、一度康士郎くんの犬という武装を解除すればただの奥手で純情な乙女。冷静になったら舌で舐める行為はさすがに恥ずかしいと感じてしまうのでした。


 今度は舌で舐めるのは遠慮したほうが……。でも犬として振る舞ってないとあそこまで積極的に甘えられないですし……。

「~~~○△☆@※!」


 広い大浴場に日本語になっていない私の奇声が反響します。

 このあと、一人もだえているうちに長風呂になった私は、少しのぼせてしまうのでした。

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