第10話 お別れのあいさつを言うときは、『ハウス』が正解ですよ
「いやあ、楽しかったですね! 今日のデート!」
夕方、俺と優花は待ち合わせをした駅へと戻ってきていた。
デート自体はもう終わり。あとは家に帰るだけである。
「康士郎くん、何だか疲れてません?」
「誰のせいだ誰の……」
「私をリードで引っ張ることはそれほど疲れることじゃありませんよ? しかも休憩も挟んでいるというのに。康士郎くんは運動不足みたいですね」
「俺が疲れてるのは肉体的にじゃない。精神的にだ……」
本当、首輪付けた優花をリードで引っ張るの精神に堪えるわ。合計で五回くらい周囲の視線に耐えられなくて休憩取ったけど、それでも心が疲れ切ったままだよ。
その後俺は優花の首輪を外し、リードと一緒に優花に返した。
首輪を外すときはまた優花のうなじを拝めたが、疲れている俺にドキドキする余裕はなかった。
「康士郎くんのリードさばきはとても上手でした。それに思いやりのあるリードさばきだったと思います」
「思いやるのは当然だろう。強く引っ張りすぎて優花が首痛めたらまずいし」
犬プレイがいやだからって、優花に痛い思いさせるのはだめだからな。
「そうやって言われなくてもそうしてくれる優しさがいいんですよ。ああ、大事にしてくれてるんだなぁって感じがして」
「そういうもんか?」
「ええ! ですのでそういうさりげない気遣いができる康士郎くんは、最高の飼い主だと思います!」
「褒められてるのはわかるけど、最後のワードのせいで喜びづらいわ」
どうせ言われるなら最高の彼氏だと言われたほうがよかったんだけど。
飼い主としての評価上がっても嬉しさにつながらないわ。
「優花って、帰りも専属の運転手に家まで送ってもらうのか?」
「はい、そうですよ」
「俺は電車だから、ここでお別れだな。今日はデートしてくれてありがとう。じゃあ、またな」
にしても、初デートはめちゃくちゃだったな。
首輪を付けた優花をリードで引っ張るはめになるわ。そのせいで周りから白い目で見られるわ。他にも映画観ている最中に『お手』をされたり、優花に頬をペロペロ舐められもしたし。
振り返ってみたら犬プレイばっかりだな。
これデートって言わなくね? まあ、デートの中で優花は俺にたくさん甘えてきたから、それはよかったと思うけど。
でも甘える行為だってほぼ犬プレイばっかりだったからなぁ。
俺の腕に抱き付いてきたのは犬プレイじゃないと言えた。けど抱き付いている間優花が頻繁に『ご主人様』って口にするし、マーキングとか言ってきたときもあったし。結局は犬として飼い主に甘えていただけなんだよなぁ。
次こそ、次こそはちゃんとしたデートをしなければ。じゃないと一般的な恋人のイメージから逸れる一方だ。
「康士郎くん。ちょっと待って下さい」
「んっ?」
駅の中へと歩いていると、優花が駆け寄ってきて俺を呼び止めた。
「さっき『またな』と言いましたが、あれは私へのお別れのあいさつにふさわしくありません」
「はい?」
一応お別れのあいさつにはなってるだろう。何も問題ないと思うが。
優花としては、「さようなら」とかのほうがよかったのか?
「私は康士郎くんの犬であり、これから家に帰るところです。私にお別れのあいさつを言うときは、『ハウス』が正解ですよ」
「超言いたくないわ」
こっちは疲れてるんだよ。頼むから普通にお別れさせてくれ。
「さあ、早く言って下さい! 言ってくれないとお家に帰りませんよ?」
「いや帰れよ。親御さんが心配するだろう」
「わっ、私のお父さんとお母さんを盾にするなんて、卑怯ですよ!」
「なんで俺が悪者みたいになってるの?」
「『ハウス』と言うくらい造作もないことでしょう? 言ってくれたっていいじゃないですか」
これは簡単には引き下がりそうにないな。かくなる上は。
「なら、ジャンケンで決めよう。俺が負けたら、優花の言う通りにしてやる」
「わかりました。それでいきましょう」
俺が「最初はグー」と言ったのち、俺達はジャンケンを行う。
俺が出したのはパー。一方、優花が出したのは──チョキ。
「やりました! 私の勝ちです!」
「くっそおおおおおおっ!」
なんでパー出してるんだよ俺は。一発で負けてしまったじゃないか。
「さあ、『ハウス』と言って下さい!」
優花め、これみよがしに目キラキラさせやがって。腹立つわぁ。
「……ハっ、『ハウス』」
「……! はい! ご命令に従います、ご主人様!」
「ご主人様言うな」
「ごしゅじんしゃまぁ」
「甘ったるいロリボイスで言うのもだめだ!」
こうして、犬プレイに彩られた優花との初デートは終わったのだった。
はあっ、本当疲れた……。
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