第7話 言うことを聞いてくれたら、今日一日康士郎くんに全力で甘えます!
「言うなって言っただろおおおおおおっ!」
ちゃんとしたデートができると思っていた俺がバカだったよ。
結局は、結局は犬プレイになるんじゃないかっ!
「私、ずっと憧れていたんです。首輪を着けた状態で、康士郎くんにリードで引っ張ってもらいながらデートすることに……」
「頼むから憧れないで欲しかった。そして今すぐその憧れを捨てて欲しい!」
「首輪につないだリードを通じて康士郎くんとつながることができる。まるで一心同体になったかのように、二人で歩くことができる。これこそ、恋人の理想の歩き方だと思いませんか?」
「いや、反面教師もいいところだと思う」
だって、考えてもみてよ。首輪着けた女子を男がリードで引っ張るんだよ? 犯罪臭がするレベルじゃん。やばいにもほどがあるよ……。
そもそも優花は風紀委員だよね? 首輪を着けて、俺にリードで引っ張られながら歩いたら、自分から風紀乱すことになるよ……? それでいいのか?
「さあ、康士郎くん! まずは私に首輪を着けて下さい! 早くしないと貴重なデートの時間が奪われてしまいます!」
「貴重なデートの時間を首輪を着けることに使いたくないんだが!?」
「あっ、もしかして首輪が取れなくなったらどうしようって思っています? 安心して下さい。ちゃんと私に合ったサイズの首輪を選んでいますから」
「そんな心配はしてない! とにかく、俺は優花に首輪を着けない! リードで引っ張ることもしないからな!」
街中には多くの人がいるんだ。もし優花の言うことを聞いたら、その人達にリードで引っ張ってるところを見られてしまう。
社会的にアウトな光景を見られて大勢にドン引きされるなど、御免被る。
「あくまで私のお願いを断るつもりなんですね。なら、こちらにも考えがあります」
俺に何らかの見返りを提示して自分の願いを通すつもりか?
でも無駄だ。どんな見返りが来ようと、俺は断ってやる。
「言うことを聞いてくれたら、今日一日康士郎くんに全力で甘えます!」
「なっ、何……?」
今日一日全力で甘えるだと? 優花が、俺に……?
「飼い主に甘えるのも犬の本分ですからね。それに男子は女子に甘えられると嬉しいと聞きました。康士郎くんだって、私に甘えられたら嬉しいですよね?」
「そっ、それは……」
嬉しいよ。嬉しいに決まってる。俺の好きな優花が可愛らしく甘えてきたら、優花が愛しくてたまらなくなるよ。
「ボディタッチも、たくさんしてあげますよ?」
「ボっ、ボディタッチも、たくさん……!?」
それって、優花のほうから俺にベタベタしてくれるってことだよな?
なっ、何だよそれ。夢のようじゃないか。
もし優花の言う通りにして犬プレイに付き合えば、その夢のような展開を堪能できるというのか……。
「どうします康士郎くん? 私のお願い、聞いてくれますか?」
いや、だめだ。優花が全力で甘えてくれるのは最高だけど、その代償がでかすぎる。ここは断腸の思いで断ったほうが……。
でも、甘えまくる優花はすごく見たい! 普段から凜としていて、隙がない優花の甘える姿は破壊力抜群だろうし……。
「5秒以内に答えて下さい。5、4、3、2、1……」
「ストップ! えーっと、その……。優花のお願い、聞かせてもらうよ」
「……! ありがとうございます! その返事を待ってました!」
甘えまくる優花が見られる誘惑には勝てなかった……。くそぉ……。
「では、まずは首輪を着けて下さい! お願いします!」
「ちょっと待ってくれ! その前にもっと人がいないところに移動させてくれ! 人の多い駅前で優花に首輪着けるのは恥ずかしいって」
「私は人が多い場所でも構いませんよ。というか、この程度で恥ずかしがっていては、私をリードで引っ張って街中を歩くなんてできませんよ?」
「どんだけ強メンタルなんだよ! とにかく、まずは人が少ないところに移動だ」
一体優花の羞恥心はどうなっているんだ。人前で優花に首輪を着けるとか、俺なら恥ずかしさで死にそうになるわ。
俺達は駅前を離れ、人通りの少ない路地裏へと入る。ここなら女子に首輪を着けるというやばい光景を見られる危険性は薄いだろう。
それから俺は優花から赤い首輪を受け取り、一度留め具を外して優花の首に着ける準備を整える。
デート開始早々彼女に首輪を着けるはめになるとは。俺は恋人らしいデートができたら満足だったのに。でも、これも優花に全力で甘えてもらうため。こうなったら腹をくくるしかないか。
「じゃあ、着けるよ」
「お願いします」
優花に首輪を着けるため、俺は優花の背後に回る。
すると優花は背中に掛かる青みがかったロングの黒髪を持ち上げ、首元が見えるようにした。それによって、髪に覆われていた優花のうなじが露わになる。
別に俺はうなじフェチではないが、初めて見る優花のうなじの艶めかしさに思わず生唾を呑み込む。
優花が痛い思いをしないよう、俺は慎重な手付きで優花に首輪を装着していく。初めはうなじが視界に入っておりドキドキしていたが、首輪を着ける行為のせいでみるみるドキドキが減少していった。
「着け終わったけど」
首輪装着後、優花は首輪に指を這わせながら恍惚とした笑みを浮かべる。
「感無量です! こうして康士郎くんに首輪を着けてもらって。結婚指輪をはめてもらったときの感覚も、きっとこんな感じなんでしょうね……!」
「絶対違うと思う」
ていうか首輪を着けるのと指輪はめるのを同列に扱うなよ。首輪を着ける行為にはロマンチックの欠片もないからな?
「次は首輪にリードをつないで下さい」
「まだそれがあったか……」
苦行の連続にげんなりしつつ、俺は優花に教えられながら首輪とリードをつなぐ。
これで準備完了なわけだが、酷い絵面だな。
犬と飼い主のペアなら問題なく見えるのに、人間同士だとやっぱり犯罪臭がする。あるいは一種のSMプレイと勘違いされそうだよ、これ。
どうしよう。いくら全力で甘える優花を見るためとはいえ、帰りたくなってきた。
「では、康士郎くん。そろそろ出発しましょう!」
「まっ、待ってくれ! まだ人に見られて歩く心の準備が……」
「もたもたしていないで、早く行きますよ」
「って、ちょっ、先に行くなって! うおわっ……」
先行してどんどん歩く優花に引っ張られる形で俺は移動させられる。慌てて歩調を合わせた頃には、既に大通りに入っていて。
それが、地獄の始まりを告げる合図となった。
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