第6話 私に首輪を着けて、リードで引っ張ってくれませんか!?
「あと青色のズボンだけど、あれ明らかにだぼだぼだったじゃん。前にちょっとだけ履いてるとこ見たけど、かっこ悪すぎて目に毒だったから絶対履かないで」
「そんなにだめかよ! ネットのおしゃれなメンズのコーデで使ってたから、デートのとき使えると思っていたのに」
「だぼっとしたズボンは着こなし間違えるだけで一気にダサく見えるの。適当に選んだらかえって後悔するだけだからね」
そんな、英文字シャツはかっこいと思っていたのに。ネットの記事を信じて、デートで履くズボンはだぼっとしたやつって決めてたのに。
「英文字シャツに、明らかにだぼだぼでサイズ合ってなさげなズボン組み合わせるとか。本当バカじゃないの? そんな恰好でデート行けるわけないじゃん」
玲菜のやつ、さっきから俺に対して辛辣すぎじゃない?
中学生になってから玲菜は反抗期を迎えて俺に当たりが強くなった。だからその影響もあると思うけど、ダサいとか目に毒とか、さらにはバカって言ってきたし。
これ以上兄の心を痛めつけないで欲しいんだけど……。
「おにい。デートは三日後だから、時間は十分あるよね?」
「あっ、あるけど?」
「だったら、当日までにデートで着る服を買いに行くこと! どんな服を買えばいいかは玲菜が教えてあげるから」
「えっ? 教えてくれるのか……?」
「玲菜も男子のファッションにはあまり詳しくないよ? それでもおにいよりはマシなチョイスできると思うから。それにこういうのは女子の目線も必要だしね」
まさか玲菜が服装のアドバイスをしてくれるとは。俺がデートの話をしてもまるで興味なさそうだったのに。
玲菜にも、少しは俺と優花の関係を応援する気持ちがあったみたいだな。
「ありがとう玲菜。頼りにさせてもらうよ」
「勘違いしないでよね。玲菜は身内が恥をさらそうとしているのが耐えられないだけだから。デートのことにはちっとも興味ないんだからね?」
これ、本当に応援する気持ちあるのか? なんか疑問に思えてきた。
「全く、デートの服装選びくらいしっかりやってよね。……ちゃんとおしゃれすれば、おにいはかっこよくなるんだから」
「すまん。何だって?」
「なっ、何でもない! とにかく、玲菜がアドバイスしてあげるから、感謝して服を買うこと! あとご飯おかわり!」
「自分でよそえよ……」
やっぱり、玲菜は反抗期真っ只中だな。急にキレるし俺にご飯のおかわりよそわせようとするし。
●●●
翌日、俺は玲菜のアドバイスを参考に優花とのデートで着る服を上下セットで購入した。
上は青のカーディガンに白のTシャツ、下は黒のチノパンというコーデである。お店で試着した際自分でもびっくりするくらい見栄えがよかった。なので俺は玲菜にアドバイスしてもらってよかったと心底思った。
その二日後、いよいよ今日が優花との初デートの日だ。
待ち合わせの時間は13時30分。その15分前、俺は待ち合わせ場所の鉄道の駅前にいた。
今回デートするのは俺や優花が住んでる町ではなく隣町だ。そのため鉄道で数駅移動してここまでやって来た。
隣町でのデートを指定したのは優花だ。
隣町なら知り合いに出会う可能性は限りなく薄い。だから遠慮なく犬プレイできるからでは?
デートする場所を指定されたとき俺はそう思ったが、きっと俺の考えすぎだろう。
なお、優花は専属の運転手が運転する車に乗ってこちらへ来るそうだ。
優花の家は大層なお金持ちらしい。
そのため学校に来るときは専属の運転手が運転する高級そうな黒塗りの車に乗せられてやって来る。今日優花を待ち合わせ場所まで送迎するのも、登下校時優花を送迎している運転手だそうだ。
その運転手の姿は学校の近くで一度見たことがある。
性別は男性で、恰好は黒のスーツにスーツと同じ色のサングラスで、ヤクザみたいな雰囲気が滲み出ていた。
俺がびびったのは言うまでもない。
「んっ?」
そんな中、俺のスマホに『もうすぐ着きます』と書かれた優花からのメールが届いた。それを見て俺は表情を綻ばせる。
楽しみだなぁ、優花とのデート。楽しみすぎて昨日はよく眠れなかったくらいだったし。
優花が俺の犬になる意味わからん出来事はあったが、今日は恋人らしいことができるはず。そう思うとわくわくが止まらない。
手をつないだり、おしゃれなレストランで食事したり、食事の際は「あーん」なんかもして。
それともし映画館で恋愛映画を観たら、こんな展開も──。
『康士郎くん、私とキスしましょう! 映画に出てきた恋人達のように』
『いいよ。じゃあ、目をつぶって』
『……いいですよ。いつでも来て下さい』
『じゃあ、行くよ……』
『……んむっ! んっ……ちゅぱ……康士郎くん……好きです……むちゅっ……!』
「ふふっ……ふふふふっ……」
おっといかん。頬が完全に緩んでいた。道行く人からキモイと思われるから表情を引き締めないと。
表情を直していると、駅前のロータリーに一台の黒塗りの車が停まる。優花専属の運転手が運転する車だ。
数秒後、運転手に声を掛けたのち車から優花が降りてきた。
「お待たせしました、康士郎くん」
優花を見た瞬間、あまりにも私服姿が可愛くて俺は見とれてしまった。
上は首回りがVネックになった白のトップスで、下は薄いピンク色の膝丈スカート。スカートの中には漆黒のストッキングを履いていた。
お淑やかさと可愛さが絶妙に合わさった優花のファッションは、彼女の魅力を最大限引き出しているように思えた。
「変ではないでしょうか? 私の服装は?」
「とんでもない! めちゃくちゃ似合ってるよ!」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
ちょっと待ってくれ。この可愛さは反則だろう。今すぐ写真にしてから一〇〇枚くらいコピーして保存したいくらいなんだけど。
おまけにトップスの隙間から鎖骨が見えててセクシーだし。俺の視線が鎖骨に固定されても知らないよ?
「康士郎くんの服も、とても似合ってますね。かっこいいです」
「ほっ、本当か?」
よかった。優花に服装を褒めてもらえた。
帰ったら改めて服装のアドバイスをしてくれた玲菜にお礼を言わないとな。
「それじゃあ、早速デートを始めようか。まずは映画館でいいんだよな?」
「はい。ただその前に、康士郎くんにして欲しいことがあります」
「して欲しいこと?」
何だろう? 手をつないで欲しいとか? それとも、いきなりキス? いやいや、さすがにキスは早い。となると手をつなごうと言われるのが濃厚か。
「ちょっと待って下さいね」
優花は肩に掛けていたバッグの中身を漁る。それから、赤い首輪と同系色のリードを取り出してきた。
んっ? 首輪とリード?
「康士郎くん……」
「まっ、待って。なんかいやな予感してきた。だから何も言うな。何も言──」
「私に首輪を着けて、リードで引っ張ってくれませんか!?」
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