第3話 好きなことに正直に生きようとする岩瀬くんは、とても素敵だと思います!
「でも康士郎くん。体のほうは大丈夫なんですか?」
「というと?」
「学校と家事を両立させているとさすがに疲れが溜まってくると思います。体力的にも、精神的にも。だから、無理してないか心配で……」
俯いた表情で優花は不安な気持ちを口にする。
本気で心配してくれてることに感謝しつつ、俺は優花の不安の解消を図る。
「大丈夫だよ。休むときはしっかり休んでるから」
「そうなんですか?」
「まあね。それに俺は料理作るのが好きだから、毎日ご飯作るのは苦じゃないし」
「そうでしたね。康士郎くんは料理を作るのが好きですもんね」
家でのご飯を何度も作っているうちに、俺は料理を作るのが好きになった。
レシピを覚え、再現することの快感。今日のメニューを考える楽しさ。そして自分が作った料理を美味いと言ってもらえたときの嬉しさ。
それらを何度も味わううちに、すっかり料理の魅力に取り憑かれてしまったのだ。
「だとすると、私の心配は余計なお世話だったかもしれませんね」
「そんなことないよ。優花に心配してもらえて、俺は嬉しかったよ」
「康士郎くん……」
至近距離で、互いに見つめ合う俺と優花。
恋人特有の甘い空気が、二人の周りを満たしていく。
何だか、このままお互いに近付いていったら、キスすらできちゃいそうな──。
「さすが私のご主人様です! そうやって優しい言葉を掛けられると、ますます康士郎くんの犬としての本分を発揮したくなっちゃいます……!」
はい、今ので全部台無し!
せっかくいい雰囲気になりかけたのに、あっさり犬プレイ方向に行くとか。やってられないよもう……。
「ていうか優花。三日前にも言ったけど、学校では犬プレイの件は伏せておいてくれよ? 当然ながら俺の犬として振る舞うのもだめだし、今みたいに『ご主人様』と呼ぶのもだめだからな?」
「わっ、わかってますよ」
「なら、いいんだが」
三日前の犬プレイ後、俺は優花に釘を刺した。学校では犬プレイの件は秘密にするようにと。
理由は犬プレイしているとバレたら大変なことになるからだ。
俺も大変なことになるが、それより大変なのは優花のほうだろう。
優花は生徒達からの人気が高く、教師受けもいい真面目な風紀委員だ。もし俺と犬プレイを楽しんでいることが明るみになったら、相当なイメージダウンになるだろう。もしかしたら元々の地位が高い分バッシングが激しいものになる可能性もある。
彼氏として、優花が築き上げてきたものは守っていきたい。犬プレイの件が露見しないよう、細心の注意を払う必要があると俺は思うのだ。
「ですが、学校で康士郎くんの犬として振る舞えないのは寂しいですね。学校にいるときも『お手』をしたり、康士郎くんの頬をペロペロなめてみたかったのに」
「本当に秘密がバレないように気を付けるつもりあるんだよね? 大丈夫だよね?」
●●●
俺が優花を好きになったのは、高校1年の10月である。
当時も俺と優花はクラスメイトで、しかもその頃は席が隣同士だった。
ある日のこと、昼休みになって俺は気付いた。優花が弁当を持ってくるのを忘れて困ってることに。
放っておけなかった俺は自分の弁当を渡し、これを食べていいと言った。俺自身財布は持っていたので、弁当がなくても購買で昼食を買えた。なので遠慮なく弁当を渡したのだ。
なお俺は高校に持ってくる弁当も自分で作っていた。当然優花に渡した弁当も俺の手作りだったわけだ。
まずいと言われたらどうしよう。
そう思っていたが、優花の反応は好意的なものだった。
「ハンバーグは固すぎず柔らかすぎず、その上ジューシーです。キャベツサラダもキャベツがシャッキシャキで、すごく美味しいです!」
優花の感想を聞くと俺の心には一気に喜びが広がった。優花のような美少女が俺の料理を美味しいと言ってくれて、余計嬉しかったのかもしれない。
その後優花は俺に尋ねてきた。なぜ料理上手になったのか、なぜ手作りの弁当を学校に持参しているのかと。
そこから俺はざっくりと自分の家庭環境を説明。合わせて料理を作るのが好きだということも教えた。そのとき優花が口にしたのが、この言葉だった。
「男子で料理が好きというのは珍しいですね」
優花の言ってることは正しいことだった。高校に入ってから俺と同じ料理好きの男子に出会った経験はなし。それは中学でも同様だった。ゆえに優花以外でも、特に男子からはよく珍しいとか変わってると言われたものだ。
けどそれくらいならまだいいほうで、中には「料理オタク」や「にわか主婦」とバカにしてくる者達もいた。またあるときは「女子受けを狙って料理好きアピールしている」とあらぬ疑いを掛けられ、敵意を向けられることもあった。
周囲から心ない言葉を浴びせられ、料理を作るのが嫌いにならなかったのか?
俺の話を聞いた優花にはそう尋ねられたが、俺は嫌いにならなかったと言ったのち、こう答えた。
「俺は好きなことに正直に生きていこうと思っているんだ。だから料理が好きな自分を貫くことにしたんだよ。好きな気持ちに嘘ついても、楽しくないからさ」
俺が答えたあと、優花は驚いたような顔をしつつしばらく黙っていた。
ひょっとして、何偉そうなこと言ってるんだと思われたか?
ネガティブな感情が俺の中で生まれていると、やがて優花が口を開いた。
「これからも、岩瀬くんの料理好きな一面を悪く言う人はいるかもしれません。ですがこれだけは言わせて下さい」
そう前置きしたのち、優花はこう言ってくれた。
「自分の気持ちを隠さず、好きなことに正直に生きようとする岩瀬くんは、とても素敵だと思います!」
それは、初めて自分の生き方を誰かに肯定された瞬間だった。
元々俺は優花のことを気になっていた。そこに来て俺の生き方を真っ直ぐな気持ちで褒めてくれた優花の言葉は、完全なるトドメの一撃だったわけで。
そうして俺は、優花に恋愛感情を抱くようになったのだ。
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