第2話 校則違反です

「そこのあなた! 止まって下さい!」


 土日を挟んで迎えた月曜日の朝。登校中俺は校舎へと続く道を歩く一人の女子生徒を優花が呼び止めているのを目撃した。


 俺や優花が通う都立黒座高校では、毎週風紀委員による身だしなみ点検が行われる。具体的な点検のタイミングは週の初めの朝だ。

 身だしなみ点検では当番の風紀委員が校門から校舎へ続く道に散らばって陣取る。そしてそれぞれが登校する生徒の姿を確認し、校則違反の者がいれば即取り締まる。

 今日優花が朝から生徒を取り締まっているのも、彼女が当番だからだ。


「なーに藤川さん。ウチになんか用?」


 優花に呼び止められたのはツインテールが特徴のギャルだった。

 ギャルが立ち止まると、優花は風紀委員であることを示す赤い腕章を身につけた右腕を素早く動かす。そのまま優花は、ギャルの体の下方面を指差し鋭い声音で問う。


「そのスカート、校則よりも短くしてありますね?」

「確かに短くしているけど、何か問題あるわけ?」

「校則では、女子の制服のスカート丈は膝上五センチメートルより短くしてはならないと定められています。ですがあなたのスカートの長さは、見たところ明らかに膝上五センチメートルの規定に違反しています。つまり、校則違反です」

「別にいいじゃん、こんくらい。誰に迷惑掛けてるわけでもないんだし」


 校則をしっかり把握した上でギャルに校則違反のジャッジを下す優花。

 しかし、ギャルは悪びれる様子を見せない。


「少なくとも、あなたは私に注意する手間を発生させています。ですので既に人に迷惑を掛けています。とにかく、今のスカート丈では校則違反なので、すぐに直して下さい」

「わかったわかった。あとで直すって」

「今直して下さい! そういえばあなた、確か前にも二回スカートが短すぎて取り締まられていましたね? なのに今回も同じ違反を繰り返すのは反省していない証拠。風紀委員の権限により、あなたには反省文を書いてもらいます!」

「はっ、反省文……?」


 反省文とは軽度の校則違反を重ねた者、または重大な校則違反を犯した者が書かされる用紙だ。

 風紀委員はこれまでに校則違反を犯した生徒をリスト化している。そのため誰が何回くらい校則違反を犯したかも把握しているという。このリストで二回校則違反をカウントされたものは要注意人物となり、次に校則違反を犯すと反省文が課せられる。

 もっとも、停学になるような校則違反の場合は一発で反省文が課せられるが。


 風紀委員は反省文の対象になる生徒が出た場合、風紀委員担当の教師に報告する。それを受けて風紀委員担当の教師は当該生徒に反省文を課す。というのが一連の流れである。


 反省文はその日のうちに書かされ、書き上げるまで帰してもらえない。この厳しさが校則違反を犯した生徒達を通じて広まったため、うちの生徒達は反省文を強く恐れている。


「ちょっ、ちょっと待って。反省文は勘弁してくんない?」

「だめです。あなたのことは風紀委員担当の教師に報告しますので、指示があり次第反省文を書いて下さい」

「まじありえなーい……」


 ギャルは言われた通りスカート丈を直すと、トボトボと校舎のほうへ歩いていく。

 全く、校則通りのスカート丈で登校していれば反省文を課されずに済んだものを。


「あっ、康士郎くん。おはようございます!」


 俺の存在に気付いた優花があいさつをしてくれた。

 先ほどまでは怖い顔をしていたが、俺に向けられているのはお淑やかな微笑み。

 控えめに言って天使だ。


「おはよう、優花。今日も容赦なく身だしなみを点検しているな」

「当然です。風紀の乱れを正すのが風紀委員の役目ですから」


 優花は風紀委員の中でも特に真面目で、少しの校則違反も見逃さない。それを象徴するかのように校則違反の摘発件数はトップだとか。当然教師や他の風紀委員からの信頼は厚く、早くもゆくゆくは風紀委員長にという声が上がってるそうだ。


「康士郎くんの身だしなみは、問題ないようですね」

「来る前に入念に確認してきたからな」


 実は、今日優花が身だしなみ点検の当番だと俺は知ってた。

 理由は以前から優花が当番になるタイミングを調べ、どういったペースで当番になるか把握しているからだ。


 当番のタイミングを把握しておけば寝癖がついたまま登校するといったこともない。寝癖がついた姿を優花に見られることもないのだ。

 全ては好きな人の前で恥をかかないため。

 よって、優花が当番になるタイミングを把握しているのは気持ち悪くない。ないったらないのだ。


「土日はゆっくりできましたか?」

「どうだろう。家でのご飯を三食分作ったり、食材の買い物もしないといけなかったら、何だかんだ忙しかったかな」


 岩瀬家は俺と中学2年生の妹、両親の四人暮らし。そんな我が家では両親が共働きしている関係で、家でのご飯は全て俺が作っている。中学生の頃から、両親の負担を軽減するため俺が台所を預からせて欲しいと申し出たのだ。


「康士郎くんの家庭環境は知ってますが、本当にすごいですよね。学校もあるのに毎日家族全員のご飯を作って、買い出しもして」

「すごくはないよ。俺は自分にできることをしているだけさ」

「そうは言いますが、誰にでもできることではないと思います。少なくとも、私では康士郎くんと同じことはできません。康士郎くんは、とても立派ですよ」

「おっ、おう」


 こうも素直な言葉で褒められるとさすがに照れる。けどそれ以上に大好きな相手から褒められたことが嬉しくて仕方ない。

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