「恋人になった学校のアイドルが犬になって俺に甘えてくるんだが」
花園カムイ
第一章
第1話 今日から私は、康士郎くんの犬になります!
「今日から私は、康士郎くんの犬になります!」
目の前にいる女子からそんな要求をされたらどう思うか?
まあ、当然困惑するよね。俺だって今どう反応したらいいかわかんないし。
「……優花。冗談言って俺をからかってるだけだよな?」
「冗談ではありません! 私は本気です!」
夕暮れ迫るとある公園にて、目の前にいる女子、
優花は俺、
背中まで伸びる青みがかった黒髪。クリッとした瞳にすうーっと通った鼻筋、桜色の唇の配置は芸術的で、漆黒のストッキングに包まれた脚はしなやか。まとう雰囲気は清楚そのもので、品のある女子としての魅力を強烈にかもし出している。
しかも優花は見た目が優れているだけじゃない。成績は常に学年トップな他、風紀委員として校則違反を犯す生徒を取り締まるなど品行方正でもある。
これだけハイスペックな優花の人気はすさまじく、学校のアイドルとしての地位を確立している。
そんな非のうちどころのない優花だからこそわからない。なぜ俺の犬になるという世迷い言を口にしたのか。
「仮に優花の言う通りにしたとしよう。そしたら俺が優花を犬みたいに扱うことになるけど?」
「構いません。むしろ好都合です」
何が好都合なのかさっぱりわからずにいると、優花は事もなげにこう言った。
「だって私は、康士郎くんの犬になりたいと思っていましたから!」
「どういう願望だよ!」
犬になりたい人間なんて聞いたことないよ。
えっ、ちょ。なんか怖くなってきたんだけど。ひょっとして俺は今、とんでもない変態を相手にしているのでは?
「前から私は犬のように振る舞うことが好きでした。けど、犬として振る舞う相手がいないから、ずっと自分の気持ちを閉じ込めていました。でも、もう我慢できないんです!」
まじでやばいな、おい。
俺の犬になりたいって、俺とペットプレイしたいと言ってるようなもんじゃないか。より具体的に言えば、優花の場合は犬プレイしたいことになるけども。
うん、考えれば考えるほど変態の所業だな。
「さあ、私に『お手』と命じて下さい! 犬の私と、飼い主の康士郎くんとの楽しい日々の幕開けを、『お手』で祝いましょう!」
「お断りだ! 俺には優花と犬プレイする日々を始めるつもりも、それを『お手』で祝うつもりもない!」
「どうしてですか!?」
「俺達の関係は恋人なんだ! 飼い主と飼い犬っていう主従関係じゃない! 彼女を犬扱いして、『お手』と命じたりなんてできるか!」
昨日の放課後、俺は優花から告白され、優花と付き合うことになった。
優花のことが好きだった俺はそれはもう喜んだ。恋人になったその日は興奮しすぎてよく眠れなかったほどだ。
あのときの俺に伝えたい。
翌日彼女が俺の犬になりたい変態と判明するから気を付けろって。
「彼女が彼氏の犬になってはいけない決まりはありません。愛さえあれば、彼女が彼氏の犬になることもありなんです」
「俺にとってはなしなんだよ! というか俺でなくてもなしだよ!」
「そんな! 告白のとき、私が人には言えない性癖を持ってると言ったら、康士郎くんは気にしないって言いましたよね!? あれは康士郎くんの犬になりたい私の性癖も受け入れてくれるって意味じゃなかったんですか!?」
「犬プレイしたい性癖は許容範囲超えてるわ!」
人には言えない性癖を持ってると優花が吐露した際、俺はこう解釈した。
人には言えないと言ってもそこまでやばい性癖ではない。精々シスコンとか筋肉フェチとかだろうと。
それくらいなら受け入れられるかな。そう考えて俺は人に言えない性癖があっても気にしないと答えた。別にどんな性癖でも受け入れられるとは言ってない。
「私は純粋に康士郎くんの犬になって、犬としていろいろなことをしたいだけなんです。その思いを拒むなんて。康士郎くんは私のこと、好きじゃないんですか……?」
「そんなの、好きに決まってるじゃないか! 俺は優花のことが好きだ! 優花のことは、誰にも渡したくない!」
機嫌を取るための言葉ではなく、本心からの言葉で俺は優花の不安を断ち切ろうとする。
「だったら私が康士郎くんの犬になって、犬として振る舞っても構いませんよね?」
「なぜそうなる!?」
「犬として振る舞うことは私なりの愛情表現なんです。『お手』だってその一つです。私のことが好きなら、私からの愛情表現を拒んだりしませんよね?」
あれ? 俺、いつの間にか追い込まれてない? 優花の犬プレイに付き合わなければいけない状況に?
「……ああもう、わかったよ。今日のところは、優花の言う通りにするから」
「ありがとうございます! では、準備するので少し待ってて下さい」
優花はその場にしゃがみ込んでから『おすわり』に近い態勢を取る。その後「いいですよ」と合図されたので、俺は指示を出すことに。
俺が立ったままだと手が届かない。そこで俺はしゃがんだ態勢を取り、右の手のひらを差し出してから命じた。
「おっ……『お手』」
いやこれすっっっごい恥ずかしいな! 犬プレイじゃなくて羞恥プレイの間違いじゃないの!?
「はい」
優花の右手が、俺の右の手のひらに触れた。手と手を通じて、優花の温もりや指の感触が伝わってくる。
それにしても、優花は手もきれいだなぁ。指のラインがきれいだし、肌からは透明感も伝わってくる。それとは別に、俺よりも小さい手が女の子であることを主張して可愛さを生み出しているし。
これだけきれいな手に触れられたのは嬉しい。嬉しいんだけど──。
優花のやってることは『お手』なんだよなぁ……。
「嬉しいです! 康士郎くんに『お手』ができて」
「そりゃよかったな」
「私、心に決めてましたから。初めては康士郎くんにもらって欲しいと」
「『お手』に初めても何もあるか!」
これからも俺は、あらゆる初めてを優花との犬プレイで奪われるのだろうか?
何それいやすぎるっ!
「うーん最高ですぅ…! せっかくですし、手をこすりながら康士郎くんの手の感触を堪能して──。はわぁっ……! この感じ、癖になりそうですぅ……! これはたくさん味わわなければっ! はあっ……はあっ……!」
「手が触れてるだけで興奮しすぎだろ!」
どういう思考回路しているんだよ……。あと今の反応だけだとただの手が好きな変態じゃないか。頼むからこれ以上変態レベルを上げないで欲しい。
「康士郎くん。私は指示通り『お手』をしました。あとはちゃんと『お手』ができた私を褒めて下さい」
「そこも実際の犬と飼い主っぽくするのか……。それで、なんて褒めればいい?」
「『偉いぞ優花。さすがは俺の犬だ』でお願いします」
「前半はともかく後半は恥ずかしくて言いたくないわ!」
「言ってくれないと、明日から他の生徒がいる前で康士郎くんを『ご主人様』って呼びますよ?」
「ああもう、言えばいいんだろう言えば! えっ……偉いぞ優花……。さすがは俺の……いっ……犬だ……」
「……! 康士郎くんからの初褒め……! 耳に染み渡りましたぁ……!」
俺は優花のことが好きだ。優花とは普通のカップルがしているようなお付き合いができればそれで満足だ。
なのに始まったのは、彼女の犬プレイに付き合わされるという明らかにおかしいお付き合い。皮肉にもほどがある。
そんなわけで、優花の犬プレイに翻弄される日々は幕を開けたのだった。
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