✝️武羅苦サイド✝️ あだのそうまとう

臭い。



臭いだけは覚えている。


母親の記憶。


ミルクの臭い、生ゴミの臭い。化粧品の臭い。菓子パンの尖ったような甘い臭い。



メンソール煙草の臭い。


俺はいつでも腹が減っていた。


昔はミルクだったのかも知れないが俺が記憶している限りいつもパンだった。


甘いの。


辛いの。


味が無いの。


母親から袋ごとぽんと渡され引き裂くように袋を開けてパンにかぶりついていた。


それだけ、俺の母親の母親らしい仕草はそれだけ。


あとは思い出しただけでも息苦しくなるような部屋の荒れようだった。



パンそしてテレビ。



もう一つの思いではテレビだった。



テレビはいつでも点いていた。


朝も夜も寝るときも煌煌と光りぎゃあぎゃあと喧しい音を出していた。



母親に遊んでもらえない俺はいつも画面を見ていたような気がする。



かまってほしい。


お腹が減った。


そんな時に限って母は家を空けた。


ビニール袋いっぱいに菓子パンをいれ、それをテーブルの上に置くのだ。小さい頃の俺が賢かったのかそれとも本能的に解っていたのか一気に全部食べることはなく一日一つづつ食べていた。



お腹が減っていた。


クリスマスが今年もやってくる♪


そう歌が流れ家族でチキンをほうばっっている。


クリスマスなら、クリスマスなら家族で皆でチキンを食べることが出来るのだろうか。


壁に掛かっているデジタルカレンダーを見たときに俺は有ることに気がついた。



十二月二十五日。


今日はクリスマスだ。


家族でチキンを食べる日だ!


極限まで空腹になった真夜中、点けっぱなしのテレビをぼんやり見ていると玄関辺りでガチャガチャと音、そしてお母さんの声。



帰ってこないと思っていたお母さんが帰ってきたんだ!



僕は走って玄関に行った。

茶髪の知らない男の人が居た。




「うわマジでガキいるじゃん」

「部屋汚っ」



若い男は臭いとかゴミだらけとかよくわからないことを喚いていた。


 ご飯を求め母親の顔をじっと見る。



母親は煩わしそうにハンドバックからパンを取り出し俺に投げる。



「ぶっは、クリスマスに菓子パンかよ」



男は笑い乍ら奥のいつも入るなと言われているお母さんの部屋にお母さんと一緒に入っていった。


襖を後ろ手で締めながらお母さんは


「入るなよ」


と俺をひと睨みした。


クリスマスが今年もやってくる。


パンは中身が何も入ってないコッペパンだった。


悲しかった出来事を消し去るように。


笑い声がしている。お母さんの部屋から。


何故か良い匂いもした揚げたてのチキンのような。


もしかしたらあの二人は俺のためにチキンを揚げているのかもしれない。


クリスマスプレゼントで、俺を驚かすために。入るなと言われ入ったらこっぴどくつねられたりする罰を受ける部屋なのだが今夜はもしかしたら入っていいのかもしれない。


だってクリスマスなんだもん。


俺は勢いよく襖を開け広げた。


案の定。

醜い獣が二匹、素っ裸で縺れ合っているだけだった。


その二人が裸のまま俺に向かってくる迄は覚えているがそれから先はすっぽりと記憶が抜け落ちている。


あとは施設で三村と出会って暴走族になって・・・。


十年くらいの記憶しかないな、最初の十年はあんまり覚えていない。虐待されてたしな。


なんでこんなこと思い出してたんだっけ?


頭がハッキリしてくると眼前に熊、俺に食らいつく為まさに口を大きく開けている。


ああ終わりか。

「仇~~~ッッ!!」


アウデイQ8が熊をはじき飛ばす!


「ああ俺のアウディ!!」


アウディから顔を覗かせる三村、二度三度車をぶつけるが自動ブレーキの所為かうまくヒットさせられないようだ。


その後滑らせるように車体をぶつける三村!



羆が車体の下に入り込む形となった。


このまま逃げるという手も有ったが三村が降りてきて金属バットで羆の頭を殴りまくる!


呻いてはいるようだが羆にはあまり効いていないようだ。


「おれのアウディ・・・ああ後ろに日本刀があるよ」


桃野が俺に車から取り出した日本刀を手渡す。

なんだよ、俺にやれってことかよ。


すらりと鞘から抜いた日本刀は月明かりを反射し妖しく鈍く光る。


俺は熊の眉間に切っ先を宛がいゆっくりと穿った。


骨に止まり入らないと思っていた刃先がすんなりケーキを切るように深く入り羆は鳴きもせず動かなくなった。


終わった。


遠くからサイレンが聞こえて来た。



桃野も三村も心配そうに俺を見ている。



顔をぬぐうと手にべっとりと液体がついた。たぶん血だろう。



二人から心配そうに見詰められて居る時に何故か俺は安心してしまった。



俺は人から愛される存在なのかも知れない無理に尖って生きる必要は無いのかもしれない。



そう思うと全身に充ち満ちていた怒りが消えた。



そしてそのまま俺は気を失った。

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