✝️武羅苦サイド✝️ 「仇(あだ)くんと三村くん」

指がちぎれそうだ。

十二月、気温はヒトケタ。


さらさらと薄い雨が降りオマケに風まで吹きすさびやがる。

社長と二人の水道管延長工事。硬い土を鍬で掘り塩ビパイプを埋めていく。その作業の前に本管の古いパイプを破り二人とも水を存分にかぶっている。


凍傷をおこすんじゃないのかとおも思ったが社長が粛々と作業を進めるのでやめる訳にはいかない。

  

 すべての作業が終わったのが午後五時前。

一日中小雨か曇り、温度がまったく上がらない日であった。身体の感覚はとうに麻痺している。



「きょうはもう帰っていいぞ、片付けも明日にしよう」


事務所兼自宅で社長はそう告げると自分も寒かったのか早々に家に引き上げていった。


俺も作業服から私服に着換え先輩から売りつけられた型落ちのBMW七シリーズで帰路につく。




車検がまるまる残っているから乗ってはいるが二年後はどうするべきか今から無闇に頭を悩ませる俺の愛車。


ヒーターで車が暖まる頃にはもう住んでいるアパートに到着してしまう。


今日は買い物に寄らなかった。

寒くて疲れて面倒だったから。

まあ家にある買い置きの何かで腹は満たせるだろう。

安普請の備え付け外階段を上がる音。このカンカンと乾いた音を聞けばあぁ今日も一日が終わったなと感じる。

部屋の前で鍵を出そうとしたとき自室から音楽が漏れ出ているのに気づく。


「ああ、またアイツきてんな」


鍵の掛かってない玄関を開けると案の定アイツがいた。


「おう!三村君おかえり!」


満面の笑顔で俺を迎える男「仇」俺達のレーシングチーム『武羅苦』のイカレリーダーだ。勤めた会社をすべて暴力沙汰でクビになった最高の馬鹿野郎だ。


家はヤクザにもなれねえチンピラの親父とお袋から虐待され家もなくチームメンバーの家を転々とするまさに不良な男、仇。


家無き子だからいつもメンバーの誰かの家に入り浸っている。


 馬鹿なので人の家で勝手にマリファナを吸ってリラックスしている。ボングを使ったようで中の水はヤニ色になっている。


いまさらエキセントリックな仇の行動を気にしてもしかたあるまい。

台所に行って食料を探す。カップラーメンは仇に食われていたがレトルトカレーは残っていた。パックご飯と共に温める。


 温め終わると仇が居る居間に行きとりあえず座って食す。


「どうだった?草?」


「いや、駄目だ。あの百姓殴るわ」


そんな会話でひとしきり笑ったあとふたりでぼんやりとユーチューブでも見ていた。


仇に勝手にマリファナを吸われたのでしかたなくマルボロメンソールでも吸い、灰をむやみに長く保っていると仇がいきなり話しかけてきて灰は落ちた。


「なぁ三村ちゃん。あのな村上兄妹いるじゃん。つとむとちから、ふたり合わせて努力兄妹のさ」


「うん、それがどうしたんだよ」


「あいつらさ、おれのヴェルファイヤ貸したのに返しにこないんだ。ヤキ入れることにしたよー」



目を見ると本気だ。


は虫類の目。

口調は巫山戯ているがこの男、手加減を知らない。ヤキを入れるととことんまで。


それを見た見学者もチームを抜けるほど。馬鹿だからなのか育ちなのか限度というものを知らない。


兎に角俺は仇を落ち着かせる。最近は不景気で暴走族どころじゃない、昔は三十人いたチームもいまはもう十三人しかいない。


生活が苦しく暴走族どころでは無いのだ。ライバルチームの『仏打』は軟派でおちゃらけた金、女目当ての所だがウチは違う。


佐世保では歴史あるチームである程度喧嘩も強くなきゃ参加できないしチームに入るときは度胸だめしもある。


上下関係も厳しかったが仇の代で少しは緩くなった。しかし先輩の車を返さないなんてことはあってはならない。


だがここで仇を止めないとチームが十一人に、そのヤキを見た奴等が逃げ出せばもう一桁な人数になってしまう。


いくら俺達が強いとはいえ一桁になると闇討ちや何やらが増えるかもしれない。俺達を恨んでいるやつらは多い。



仇を止めるのは副隊長である俺の仕事だ。



「なあ仇、ヤキはわかる。チームの伝統よ。しかしよ、これ以上メンバーを減らすのは副隊長として賛成できない。もう俺達十人くらいしか居ないんだぜ?とにかく一応さ努力兄妹にも何か理由があるのかもしれない。話を先に聞いてみようや」


仇は不承不承頷きはした。

よかった仇も少しはおとなになったのだろう。



俺が安心して食後の一服に戻ろうとしていると仇がおもむろにレザーのBー3を羽織った。



「なにしてんの?」


「いや話し合いにいくんだろ?」


「え」


「もうー三村君ー。努力兄妹と話し合えってゆったじゃーん」


「今!?い、いや何処にいるか知ってんの?」



「烏帽子の別荘だろ!ドライブドライブ!」



仕事の疲れで動きたくはなかったが、せっかく話し合いから始めてくれそうな雰囲気になっている。

しかたない。


機嫌の良い今いったほうが良さそうだ。


ありがたく思えよ努力兄妹。


 仇はまるで自分の車の様に玄関に掛けてある俺の車の鍵を取りさっさと部屋から出て行った。


俺が着換えていると勝手にエンジンを掛け音楽を流し出している。


大音量だ。俺は慌てて部屋を出て階段を駆け下り車に乗り込んだ。


耳をつんざくほどの音量を下げて仇をにらむと仇はケラケラ笑っていた。


疲れるよ本当に。


ため息をひとつつき俺は車を走らせる。とりあえず烏帽子にむかいながら何となく昔を思い出していた。


今から行く別荘を手に入れた頃が一番人数が多くイケイケだった。


仇が別荘の持ち主、永田宝石店のドラ息子を攫って来た頃俺達は無敵だった。


あれだけ仇さん、三村さんと慕ってくれていた後輩たちもひとりまたひとり消えていった。


仇が恐ろしいのもあるがほとんどは貧困だ。


暴走族なんてしてる場合では無い。


しかもバイクだってダサい芸能人が旧車を買い回るもんだから俺達本物の暴走族がバイクを買えやしない。


いつだって世の中は馬鹿の成金が幅をきかせる。


何人かは働かなくちゃ、母や弟妹を食わせてやらなきゃと皆泣きながら俺達に頭を下げ辞めていった。仇も俺も頑張れよ、としか言えなかった。



 それに比べて『仏打』のやつらは暴走族でもなんでもない。実家が太い桃野のキャバ経営で儲けマリファナ栽培で儲け弱いくせにいっぱしのギャング気取り。


働くからと辞めたメンバーが桃野のキャバで働いていたこともあり仇が店ごと滅茶苦茶にしたので俺達はヤクザからも目をつけられている。




そんな馬鹿な生活をしている俺たちも、もう二十歳だ。



そろそろ引退すべきだ。


もう疲れた。


もう次の代に譲りたい。仇はその辺りはどう考えているのだろう。


考えも山道も羊腸としウンザリしてきた頃に俺達の別荘に辿り着いた。



 広い平屋、瀟洒なデザイン。これをモノにしたときは嬉しくて毎夜パーティーをしてたっけ。



今夜は闇夜にどんより包まれ何となく不穏な雰囲気。



玄関には仇が福岡から盗んできたヴェルファイアが横付けしてある。



あの馬鹿弟妹まだ別荘でセックスしてんのか。

仇を横目で見るともう目はバキバキ臨戦態勢だ。


こいつ話し合うつもりなんかないんじゃないのか。


仇が玄関をあけると中は真っ暗。電気は点けてないが玄関先にジョーダン3とアンダーアーマーのスニーカー、そして女物のパンプスがある。


たしかにまだ別荘に居るようだが声は聞こえない。しかし何やら物音、バタバタと風で何かがはためいているような激しい音。


カーテンのはためく音?


こんな真冬に窓を開けてんのか?


俺達は顔を見合わせる。



仇が先に奥に向かい俺は付き従う。



奥の寝室の前、仇が明かりをつける。それを後ろから覗いた俺がウッと呻いてしっまう。



部屋が滅茶苦茶に壊されている、至る所に赤黒いペンキ、だと最初は思ったが明らかに部屋の中から濃い血と腐った肉のような臭いが漂っている。


何が起きたんだ。


俺は足が竦んで動けないが仇は中に入り部屋を物色し始める。そしてこちらを振り向くと何かを投げて寄こした。



べちゃ




それは長い毛のついたブヨブヨ黒々とした肉片。もしかしてこれは人間の頭の一部じゃないのか、そう思った時にはもう俺は嘔吐していた。




びちゃびちゃと白いゲロをまき散らす俺を気にもせず仇は一通り部屋を確認しておれの所に戻ってきた。




「ここまでやるか?」


仇は言うがゲロを吐きすぎて涙目な俺は返事もできない。



「たぶん努力兄弟死んでるぜ?ここまでやるかね。仏打がやったんかね」



俺はえずきを我慢しながら。


「・・・そう言えばなんか仏打が殺し屋やとったなんて噂・・・・あったよな?最近」



「殺し屋ってか?自分で言うのもなんだがガキの喧嘩に殺し屋なんか使うか・そんな漫画チックでコスパの悪そうなもん。」



たしかにその通りだが仏打のリーダー桃野は金持ちで変人で面白そうな事には金に糸目をつけない。



「俺達さ仏打のシノギ邪魔して遊んだりとかしてるじゃん、桃野と桃野の親父が本気でキレたんじゃ・・・」



仇は黙ってしまった。


思い当たる節はたくさんある。あいつのマリファナ売買経路もキャバクラもデリヘルも飲食店も何度も滅茶苦茶にしてやった。


俺達は遊び半分だったがよく考えれば桃野の親父はヤクザだ。


本気で俺達を殺しにきたのかも知れない。俺達みたいな親も居ないしょうもないガキなんか足をつけづに殺すのも簡単なんじゃないのか。



でも、



でもと俺は考えた、俺達ももう二十歳だこれを気に暴走族に見切りをつけるのはどうだろう。正直俺は疲れている。



金にもならないのに毎日尖って生きるのに疲れているんだ。


しかし俺らはオールドスクールな暴走族。チームを抜けたいというメンバーにヤキを入れてきた。


自分が抜けるなんていえば福総長でもかまわず仇はヤキをいれるだろう。


仇はそんな男だ。しかしこんな命の危険が出てくれば仇はチームの為、自分のため解散せざるをえないかも知れない。俺は後腐れ無く引退できる。



これはもしかしてチャンスなんじゃないのか。

俺も仇ももうこんな生活は辞めるべきだ。これで最後にしよう。


相手がヤクザかも知れないなんてラスボスにふさわしい相手だ。それに勝とうが負けようがエンディングで大団円だろう。



そうだ最後だ徹底的にやってやれ佐世保のおおきな暴走族は二つしかない。


「武羅苦」「仏打」


そのどちらかが消えてしまえばもう終わりに出来る。



俺は俄然やる気がでてきた。



「なあ週末にでも久しぶり仏打狩りにいくか?」



俺の珍しいバイオレンスな提案に仇は目をキラキラさせながら。



「おう、名案だぜ!三村ちゃん!」



二人はさっきの肉片のことを忘れたかの様にはしゃぎながら車に乗り込み別荘をあとにした。




はは、もうどうにでもなれ。



そしてこれで終わりになれ。

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