第17話: そのために、私はここまでしたのだ
レーザー銃と実弾銃。
どちらも人を殺すには十分すぎる殺傷力を持っているが、確実に殺す……というか、当たればだいたい殺せるのは実弾銃だとされている。
これは使う銃や状況や当たった場所(角度、距離も含まれる)にもよるが、そう言われる理由は、実弾が持っているエネルギーの違いだ。
言うなれば、レーザー銃はその特性上、射線上に位置する物体を焼き切りながら突進して貫通する仕様となっている。
つまり、レーザーの射線上に穴を開けるわけで、言い換えれば、主要な臓器(まあ、重要ではない臓器なんてないけど)に当たらなければ、その殺傷性能はかなり減退する。
対して、実弾銃はどうだろうか。
一言で言えば、実弾は回転しながら突進することで直進性(つまり、まっすぐ飛ぶ)を得ているわけだが、当然ながら、この回転にも相応にエネルギーが掛かっている。
大雑把に言えば、当たった箇所と周辺に弾丸のエネルギーが拡散し、出て行く時には周辺の肉や皮膚ごとバリッと裂けて出て行く。
しかも、弾丸はレーザーとは違い、常に狙った方向へ直進するわけではない。なにかしらの理由で軌道が逸れるのは当たり前で、そこから更にあらゆる方向へグネグネと軌道を変える。
これがまあ、着弾した体内にて生じるわけで、想像すると如何に恐ろしいかが分かるだろう。
なにせ、そうやって軌道が変わった先にある臓器や血管もズタズタに引き裂きながら直進し、その衝撃エネルギーを体内に拡散(要は、ダメージを与える)していくわけで。
「──アルクサリア!」
間一髪、頭からまともに床へぶつける前に抱き留めた彼女は、素早く小さなその身体にスキャンを行い……舌打ちをした。
弾丸は、腹部に当たっている。これが急所だったら即死していただろうが、そうではない。
加えて、体内で逸れた弾丸は臓器を傷付けることなく、体外に抜けたようだ。ひとまず、致命傷じゃなかっただけでも御の字だろう。
(出血量が……!)
ただし、だからといって安心できる要素は全く無い。
そして、今のアルクサリアにとって、ソレは非常に重要な問題で……内心にて舌打ちした理由であった。
元々、子供は大人に比べて血液量が少ない。単純に身体が小さいのだから仕方がないのだが、今はそうも言っていられない。
──そう、最悪を避けるためには、自らに科した禁止も破ることを彼女は選ぶ。
だから、彼女は反射的に『外宇宙の治療薬』を『ストア』にて取り寄せ、それをアルクサリアへ使おうと……したわけなのだが。
──いや、待て。
その薬が、使用されることはなかった。
──これは、人の身体に耐えられる代物なのか?
直前にて過ったその疑問が、アルクサリアの腕に刺さろうとしていた薬液入りの注射器……彼女の手を、寸でのところで止めたから。
いったい、どうして……それは、彼女が持っている『ストア』の能力が関係している。
そう、この世界に来た時よりも『ストア』の機能は拡張され、より多方面に渡って色々出来るようになった『ストア』だが……当然ながら、万能ではない。
この『ストア』の唯一の欠点は、治療薬などを始めとした医療品だ。
具体的に何が悪いのかって、それは効果が説明欄で分かるものの、それが人体にどのように作用するか、実際に使わないと分からないという点だ。
そして、過去に一度だけ使用した際には……あまりに、効き過ぎてしまった。
原因は不明だが、想定している以上の効果が出てしまうようあのだ。おかげで以前、返り討ちにしたゲス野郎に対して実験的に『傷を塞ぐスプレー』を使用した際、酷い事になった。
いったいなにがって、スプレーを吹きかけた部位が一気に膨れ上がり、噴水のように鮮血を噴き出したかと思った直後に全身が爆発したのだ。
原因は、『血中に入ったスプレーの成分によって爆発的な速度で行われた細胞分裂と血液生産によって、巡り巡って外傷部位より噴き出し、そのまま肉体が増産に耐えきれず内側から破裂した』といった感じだ。
しかも、スキャンにて状態を常に監視していたからこそ気付けたが、細胞分裂と血液生産が爆発的に行われた瞬間、その男は餓死していた。
どうやら、その二つによって外傷を塞ぐ為に、体内のエネルギーを根こそぎ奪い取ったのが原因だ。
破裂に至るまで数秒という速さだったからこそ気付き難いが、直前の情報を精査した結果、筋肉や骨の密度は90歳前後に相当するほどに痩せ衰えていて、内蔵も同様に細胞が死滅していた。
結局、『外宇宙の医療品』を使ったのは、ソレが最初で最後だ。
あれ以来怖くなって、『ストア』でも取り寄せはおろか検索すらしなくなっていた……どうすれば良いのかと、彼女は視線をさ迷わせた。
(今回使おうとしている薬は、アレとは違う。しかし、同じ結果にならない保証はないし、なってしまったら私にはどうしようもできない……)
だが、こうして悩んでいる間にも、アルクサリアの出血は続いているし、徐々に自発呼吸が弱まりつつある。
ならばと思って『ストア』にて、人類の医薬品を見てみるも、やはり、ある程度の医学知識が無ければどれを使ったら良いか分からないモノばかり。
仮にアルクサリアがアンドロイドであったならば、いくらでも治療は出来ただろう。その為の設備が、ムラクモにも、レリーフにもあるからだ。
でも、生身の人間の治療用設備なんてモノは無い。
だから、この状態のアルクサリアをどちらかに連れて行ったとしても、治療する術は何もない。
「──死ぬな、アルクサリア」
どうして良いか分からず、声を掛ける。けれども、返事はない。ひゅっ、ひゅっ、と途切れ途切れの呼吸音がするだけだ。
出血している腹部に手を宛がうが、血が止まる気配はない。涙は出ないのに、涙が出そうになった。
これは、アルクサリアが望み、覚悟した結果……だけれども、黙ってアルクサリアが死ぬことを受け入れていたわけではない。
王族だとしても、子供だ。しかし、子供であっても、アルクサリアは王族としての矜持と覚悟を持っていた。
だから、彼女はアルクサリアを子供とは思いつつも、そういう意味での子ども扱いはしなかった。
それは、アルクサリアを侮辱するに等しい行為だと思ったから。
たとえ、そうすればこのような事態になる可能性があると分かっていても……でも、それでも、実際にそうなってしまって平気な顔など出来るわけがない。
「死ぬな、アルクサリア。まだ、これからだろう? たとえ窮屈な王族暮らしでも、お前はまだ何も見ていないし、何も知らないじゃないか」
「…………」
「親の仇を討ったんだ。証拠だって、その目で見た。これからじゃないか……父親は、その為だけにお前を逃がしたわけじゃないはずなんだ」
──詭弁だと、己の中の冷静な部分が告げるのを、彼女はあえて無視する。
そう、本当は分かっていた。言われずとも、彼女は薄々察していた。
どうして、アルクサリアがそこまで覚悟を持っていたのかを。覚悟と矜持を持ってしても、どうしてそこまで強固に意思を貫けたのかを。
そう、アルクサリアは理解していたのだと思う。
仮に、ここで無傷で義母や叔父を捕まえられたとしても、その者たちが犯した罪の規模があまりに大き過ぎて、己もまた責任を背負う必要があるのだと。
なにせ、惑星一つを使ったクローン人間売買だ。もしかしたら、それ以外にも違法に手を染めているかもしれない。
そこまでの規模ともなれば、いち組織がやったなんて話ではない。エルフというイメージを最大限に利用した犯罪といっても過言ではない。
そして、それこそが一番エルフにとってヤバいことなのだ。
なので、たとえ主犯格を捕まえたとしても、それで帳消しになるような話ではないし、するわけにはいかないだろう。
関与した者たちは死刑にし、関与はしていなくとも、その親族たちも相応の罰は与えられる。
言うなれば、見せしめだ。そして、それは主犯格の親族であるアルクサリアもまた、例外ではない。
考えられるとするなら、一生監視付きの牢屋生活。もちろん、ある程度融通を利かせては貰えるが、監獄の外に出る事は無いだろう。
そうならなくても、辺境の惑星で孤独な生涯。子を産んでも、その子も星の外に出る事は叶わず、牢屋との違いは広いか狭いかぐらいだろう。
そして、悪ければ痛みのない安楽死処置。エルフという種族全部を護るための生贄……といったところだろう。
おそらく、聡いアルクサリアのことだ。
そんな未来を、良しとしなかったのだろう。
そうなるぐらいなら、いっそのこと己の命と引き換えにしてでも仇を取り、己の父と母は立派だったと胸を張ったまま終わろうとしたのだと……彼女は思った。
「そんなの、あんまりじゃないか」
ゆえに、彼女は嘆いた。そんな推測……いや、これは推測じゃない。限りなく訪れる可能性が高い未来予測だ。
「死に物狂いで成し遂げたじゃないか。だったら、報われても良いだろう……私は、お前を死なせる為に助けたわけじゃないんだ」
「……、……」
「生きていてほしいから、助けたんだ。おまえの父親だって、おまえが生きていてほしいから逃がしたんだ」
「……ぅ、……ぁ」
話しかけ続けていると、僅かな呻き声と共にアルクサリアの目が開かれる。でも、そこに力は無い。ただ、目を瞑っていないだけ……そんな様子だ。
今すぐ死ぬわけではないが、このままだと確実に命を落とす。
けれども、彼女に出来る事は何もない。
ただ、こうやって声を掛け続けるだけ。
ゆるゆると伸ばされたその手を掴み、せめてその命を終えるその瞬間まで傍に居る。
それが、今の己が出来るたった一つの事で、それしか出来ないのだと、やるせなさを覚えつつも見守り──っと。
「──っ? 接近? 何者が?」
その時であった。
ムラクモのAIより、『注意されたし』といった感じで通信が送られてきたのは。
そして、直後に彼女も気付く。
本来であれば宇宙港へと向かって大気圏突入をしてくる宇宙船が、こちらの方へと向かって降下してくるのを。
敵かと思って身構えたが、彼女はすぐにソレを止めた。
理由は、船体にペイント(というより、そういう色の金属を使用しているようだ)されたマークは、王族を表す紋章であった。
この広い宇宙、虎の威を借る狐よろしく、名を騙って詐欺を働く者は履いて捨てるぐらい居るけれども、王族のマークを騙る者はほとんどいない。
理由としては、イメージを大事にする王族に対して、そのイメージを損ねるようなことをすれば……まあいい。
とにかく、王族所有の船であるソレは降下を続け、彼女たちより少し離れた辺りで静かに着陸すると……降下ハッチが下ろされたかと思えば、年若い
「──サリア! ああ、サリア、無事か!?」
一目で……というほどではないが、男は、アルクサリアと血の繋がりを感じさせる風貌をしていた。
もしかすると、血縁関係者なのだろうか。
男の背後より飛び出してきたロボットが四方八方に散って行く最中、男は薬液の入った機械を片手に、今にも転がらんばかりの勢いで駆け寄って来ると、横たわっているアルクサリアの腕に押し付けてブシュッと注入した。
「──心配しなくていい、これは私たちエルフに特化したナノマシン治療薬だ。出血を押さえ、増血を促し、一時的な強心剤の役割も果たす」
反射的に攻撃しかけた彼女だが、そう言われて、とりあえずアルクサリアをスキャンしてみる。
すると、男の言う通りであった。
ナノマシンは外傷周辺にて蓋の役割を果たし、破れた血管や筋肉の修復に動いていて、一部は赤血球の代わりも担っているようだ。
おまけに、鎮痛作用もあるようで、薬液を打ってからは明らかにアルクサリアの顔色が良くなり、呼吸もスムーズに……ん?
「──ば、バルト様! あれほど先走らないようにと忠告したではありませんか!!」
「おや、爺よ、遅かったな」
「遅かったな、ではありませんぞ!!!!」
これでアルクサリアは助かったのか……そう思い、堪らず上げかけた腰を下ろした彼女を他所に、少し遅れてやってきたのは、60代前後と思われる恰幅の良い男性であった。
まあ、その文面でお察しの通り、飛んだり走ったりするのは些か不向きな体形で。
せいぜい運動は階段の上り下りぐらいで、高脂質高カロリー高たんぱく高糖質な食事が大好きですと全身が物語っているおかげで、彼女たちの下へ来た時にはもう、ぜえぜえと息を乱していた。
「ま、まったく、今回ばかりは仕方ありませんが、次からは本当に改めてくださいませ」
「うむ、善処しよう」
「善処しようではありませんぞ!」
「ところで爺、早くサリアを見てくれ。ナノマシン薬は打ったが、出血が激しい」
「──っ!!! ああ、もう、これだから──分かりました」
大きなため息を……それはもう、湧き起こった諸々を全て詰め込んだ特大のため息を吐いた、爺と呼ばれたその男は──サッと真面目な顔になると、膝を突いて彼女と目線の高さを合わせた。
「貴女様は、かの有名な女傭兵ネームレス……で、お間違いありませんな?」
「まさか……私の事を知っているのか?」
王族の調査網に戦慄しつつ尋ねれば、爺は一つ頷いた。
「どうか、私たちを信用してアルクサリア様を引き渡してくださいませ。我が船には最新の治療設備に加え、エルフに特化したナノマシン治療薬も完備してあります」
「……断る理由はないよ。アルクサリアが助かるなら、急いで連れて行ってくれ」
「感謝致します、船には専属の救護班が待機しておりますので、ご安心を」
そう爺が頭を下げると同時に、近づいてきたロボットが素早く担架を用意し、アルクサリアを連れて行く。
後に残されたのは、人の話を微妙に聞かない男と、苦労人らしい気配が見え隠れしている爺と、血だまりとアルクサリアが使った銃。
そして、呆然とするしかない彼女。
離れたところで死体として転がっている叔父の周囲を囲うロボットとは別に、武装した戦闘用ロボットがぎゅいーんとタイヤを回転させて、周囲の警戒に動いているのが見えた。
「バルト・ハイスター・メー・テイスル・クァンゼット。アルクサリアとはまあ、大雑把に言って遠縁の関係にある」
掛けられた言葉に、彼女は視線を向ける。
差し出された手の先には、満面の笑みを浮かべるエルフ……先ほど、アルクサリアにナノマシンを打ち込んだ男だ。
「……ネームレスです」
手を取って立ち上がった彼女に、王族……バルトと自己紹介をしたエルフは、深々と頭を下げた。
「ありがとう、ネームレス殿。貴女のおかげで、我ら一族の汚点を罰する事が出来る。そして、貴女がいなかったら、サリアは間違いなくアイツらに利用され、その命を秘密裏に奪われていただろう」
──王族が、頭を下げる。
それは、相当に凄い事なのだろう。アルクサリアはまだ子供だったが、バルトは成人している。
同じ頭を下げるという行為でも、意味合いの重さは違う。その証拠に、「ば、バルト様!? 何を!?」控えている爺が目を白黒させた……いや、そうじゃない。
「来たのはあなた達だけですか?」
「??? なにがだ?」
「いや、護衛の者たちの姿が見えなくて」
アルクサリアの事とは別に、先ほどから気になっていることを率直に尋ねた。
「まさか、単独で乗り込んできたわけではないのでしょう? 相手は同族殺しの疑いが掛かっていた者だ。少なくとも10隻20隻は護衛の船を連れてくると思っていたが……どこで待機させているのか気になりまして」
「いないぞ。私たちが一番乗りだ」
「そうか、いない──え?」
辺りを見回していた彼女の視線が、ぎゅるんと動いてバルトへと向いた。
見やれば、それがどうかしたのかと言わんばかりに首を傾げるバルトと、その背後にて両手で顔を覆って肩を落としている爺が……あ~、うん。
「……分かりました。では、バルト様、私から一つだけお願いしたい事があるのだけれども、良いですか?」
「もちろんだ。恩人の願い、私で叶えられる限りではあるが、成し遂げよう」
満面の笑みで頷くバルトを前に、彼女は……その目を見つめると。
「では──どうか、アルクサリア様の減刑を願います」
「──ふむ」
「難しい事だとは分かっています。ですが、私はアルクサリア様を……あの子を死なせる為に手を貸したんじゃない。あの子に生きていてほしいから手を貸したんだ」
笑みを止めて、真顔になったバルト……アルクサリアより権力を保有しているであろう眼前の王族に、そう直訴するのであった。
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