第16話: エルフというモノは

※今更ながら名前を




 その光景は、事情を知らぬ者からすれば、まるで意味が分からないモノだっただろう。




 片や、衣服は破れ、全身に火傷を負って出血も見られ、銃を構えた腕どころか足まで震えている、ボロボロの男。


 片や、男の胸辺りまでしかない背丈の子供でありながら、まっすぐに男を見つめ、その小さな手には不釣り合いな銃が一つ。



 いったい、何が起こったのか……第三者が居れば、思わずそう呟いてしまうぐらいの不思議な光景の中で。



「叔父様……ディード叔父様、御覚悟はよろしくて?」



 ポツリと、最初に対話の口火を切ったのは、子供の……アルクサリアの方であった。


 疑問ではない。


 アルクサリアにとって、この場においての疑問は無意味だから。必要なのは結果であり、既に叔父……ディードは結果を出した。



 ──クローン人間という、宇宙法で定められた禁忌。



 その用途が何であるかを問い質すつもりはない。というか、クローン人間の用途なんて、どう贔屓目に考えても、ろくな使い道でないのは明白だ。


 だって、クローン規制はあくまでも『クローン人間』を禁じているのであって、移植に関する臓器クローンならば、条件はあるがちゃんと合法でやれるようになっている。


 なので、そうしない理由は……そうしないだけの理由があって、それは法に照らせば違法であるから。


 そうでなければ、わざわざ法を犯す必要など無い。そして、それに至るまでの理由を、アルクサリアは尋ねる気はなかった。



 どんな理由であれ、ディードは禁忌を犯した。


 罪を暴き、正そうとした父を殺した。



 直接的ではなかったとしても、義母と共謀したのは確定である。



 ゆえに、アルクサリアは銃口を向ける。


 何故なら、アルクサリアは王族だから。



 相手が同族(親族だとしても)だろうが、顔見知りであろうが、関係ない。



 そんなモノは、アルクサリアにとって大した問題ではないのだ。


 幼くとも、アルクサリアは矜持というモノを持っている。


 昔に亡くなった母から、己を護って亡くなった父から、写真でしか知らない祖先から、受け継いできた矜持。


 同時に、脈々と受け継がれてきた、『エルフ』という血筋の強さと恩恵を理解しているからこそ、アルクサリアの目には力があって、構えた銃口は全くブレなかった。



「……なあ、アルクサリア。大人になろう」



 対して、ディードと呼ばれた叔父は……この期に及んでもまあ、諦めが悪かった。


 顔色は傍目にも悪く、息も切れ始めている。脳内物質のアドレナリンによる鎮痛ではカバーしきれないようで、ときおり苦しそうに顔をしかめている。



 けれども、ここで気絶してしまえば、本当にそれが最後になってしまう。



 何故なら、アルクサリアは全てを見てしまった。今更証拠を隠滅したところで、余計に疑惑を深めてしまうだけ。


 いや、むしろ、証拠隠滅を図ってしまえば、余計に同族たちは容赦しなくなる。



 そう、本当に、こういう時の同族たちは容赦をしない。



 責は彼のみならず、彼の家系……妻や子に限らず、兄弟姉妹もまた連座で処刑になる可能性が極めて高いだろう。


 知らなかったは通じない。同族たちは、『エルフ』のイメージを、その種族の立場を護るために、必ず切り捨てる。



 何故なら、エルフたちは互いが互いを縛り付けることで、その地位を護る鎖にしている。



 その鎖に傷を付けた存在など、王族として真面目にやってきた者たちほど許しはしない。慈悲など、絶対に与えない。


 同じエルフだからこそ、彼はソレを容易く想像出来た。



「君が呑み込んでさえくれるなら、誰も悲しまずに済む。考えてもみなさい、この事業によって、いったいどれだけの人々の生活を支えていると思っているのかを」



 既に、事が露見するのは覚悟しているのだろう。


 そして、どれだけアルクサリアが協力してくれたとしても、己だけは必ず処刑されてしまうということも。


 事態の収拾を図るのは、もはや不可能……ゆえに、ディード叔父は、今の己が出来る唯一の手段……『情に訴える』しかなかった。



「誰も、悲しんでなどいない。クローン体は所詮、クローン体。それのおかげで、見ろ……この星で働いている者たちを」



 あえて、ディード叔父はアルクサリアから銃口を外し……遠くの方に広がっている、宇宙港傍のリゾート地を指差した。



「あそこには、他所の星より追い出された者たちが大勢働いている。肌の色、目の色、性別や特性によって、不要だと弾き出された者たちばかりだ」


「…………」


「他に行き場の無い者たちを受け入れた。これは、私にしか出来なかったことだ。私が受け入れなかったら、あそこに居る者たちはどうなっていた?」


「…………」


「全員、冷たい路地裏や地下水路の中で死を待つばかりの者たちだった。そんな者たちが、日の当たる場所で暮らせるようになった……全て、この事業のおかげだ」



 ディード叔父は、語る。



 クローン体という壊しても良い道具の輸出のおかげで、別の星の犯罪件数が減った。


 それだけでなく、従来通り皮膚や臓器移植用の素体として需要もある。従来の法律ではカバー出来ない部分も、クローンさえあれば解決出来る。


 そう、この宇宙には苦しんでいる者たちが大勢いる。


 実際、ストリートチルドレンやホームレスの幾らかを職員として雇い入れる事は出来たが、それでも苦しんでいる者は増える事はあっても減る事はない。


 けれども、その増加を抑える事は出来る。


 少なくとも、クローン人間という商品の需要は絶えず存在し、誰にも負担を掛けることなく大勢の者たちを救うには、コレしかないのだと……ディード叔父は話した。



「許されない事だと分かっている。だが、こうまでしなくては救えない命があるのだ」



 ごほん、と。咳をしたディードの足元に、鮮血が一滴二滴と落ちた。



「どうしようもない、必要悪なのだ。こうでもしなければ、より多くの者たちを……それとも、アルクサリア……君は、矜持の為にあそこに居る者たちを見捨てろとでもいうのか?」


「…………」


「心優しい君なら、分かってくれると思っている。だから、どうかこの罪を私だけにしてほしい……頼む、アルクサリア。どうか、私だけの罪に……!」


「…………」



 アルクサリアは、しばし、何も答えなかった。


 沈黙が、続く。


 ふうふうと、苦しそうに呼吸をしていたディード叔父は、説得が通じたと思ったのか、ゆっくりと銃を下ろし──



「戯言は、それで終わりですか?」



 ──た、その瞬間。



 ポツリと……それでいて、深奥まで凍り付いてしまうぐらいに硬い問い掛けに、ディード叔父はギクッと動きを止めた。



「……今、なんと?」



 何を言われたのか分からない……ポカンと呆けた顔で聞き返したディード叔父に対して。



「善人気取りの卑怯者で、己の醜悪さに気付かない下郎の戯言はそれで終わりですかと問うたのですよ、ディード叔父様」



 アルクサリアは満面の笑みでそう答えた「──あら、納得いかないといった御様子」直後、スーッと視線を冷たくさせた。



「他人様の金で成した善行は気持ち良かったですか? 己の懐を一切痛めることなく他人様から称賛される快感は、そこまで夢中になるものなのですか?」

「なっ!?」

「はて、何を驚いているのですか? 叔父様のやっていることを、そのまま言葉に出しただけでございますよ」



 眼を見開いて硬直するディード叔父に、アルクサリアはこれみよがしに大きなため息を零し……ニヤッと嘲笑った。



「だって、そうでしょう? 私たちエルフが、どうして王族として富と権力を得ているのか……少しでもご存じならば、そんな言葉は出て来ませんもの」

「それは、分かっている! しかし、それでは──」

「本当に助けたかったら、王族を、エルフを、止めればよかったではないですか」

「──っ!」

「エルフの特徴を全て整形して、公的記録を抹消して、ただのディードという一人の男になってから成せば良かったでしょう?」



 ──でも、あなたはそうしなかった。



「何故なら、あなたは何一つ失う事も捨てる事も嫌だったから。エルフという特権と生活を維持したまま、エルフという立場だからこそ得られた美しい伴侶と子供を持ったまま、あなたは善人として正義の立場に酔いしれたかった……そうでしょう?」

「──違う!」

「いいえ、違いません。だってあなた、この期に及んでまだ、『罪を犯しつつも恵まれぬ者たちを助けたかった善人』として終わろうとするばかりか、家族は関係ないと言いつつ家族を盾にしているじゃないですか」



 その瞬間──ディード叔父の顔色が、別の意味でサーッと青ざめた。


 それを見たアルクサリアは、心底軽蔑したと言わんばかりに鼻で笑うと……先ほどディード叔父が示した先を、チラリと見やった。



「神様にでもなったつもりですか? 他人様の金で、コイツは助け、コイツは後回し……さぞ、全能感で胸がいっぱいだったのですね。エルフという種族ではなく、個人として称賛される日々は、至福の一時だった……そう、顔に書いてありますよ」

「で、では、どうすれば良かったのだ!」

「見捨てれば良かったのです。私たちの祖先が、そうしてきたように」

「──え?」

「それが、私たちエルフなのです」



 そうまでして矜持を護るのか……その言葉が表情となって雄弁に物語っているディード叔父に対して、アルクサリアはキッパリと告げた。



「私たちは、言うなれば象徴。何処にも与せず、何処にも属さず、心の拠り所の一つとして君臨するしかないのです。そうして、私たちは今日まで生き残ってきたのですよ」

「だ、だが、それでは……」

「ここまで言ってもまだ……ああ、なるほど、分かりました。義母と叔父様がどうして共謀する事になったのか」



 なおも言いよどむディード叔父の姿に、アルクサリアは苦笑した。



「あなた達、似た者同士なんですね」

「え?」

「どうして今まで気付かなかったのでしょうか……あなた達って中身がそっくりなのですよ。後妻として来てやっていると、上から目線の態度が見え隠れしていたあの女と……本当に、あなた達はそっくりで、反吐が出ます」



 その言葉と共に……アルクサリアは、改めて銃口をディード叔父へと向けた。



「何一つ己の身を削る気概すらないくせに、祖先が積み上げてきた資産を当たり前のように私物化し、あまつさえ、善行を盾にして法を犯したことすらも誤魔化し、善人として終わろうとする男を卑怯者の下郎と呼ばず、何と呼べばいいのですか?」

「──このっ!!!」



 その、瞬間。


 化けの皮とも言うべき善人としての外面が破けたディードの顔に現れたのは、屈辱を我慢出来ず憤怒に赤らんだ形相で。



「世間知らずのクソガキがぁ!!!!」



 堪らず口走ったその言葉が、感情の赴くままに銃口を子供へ向けたのが、偽善者の本性を如実に表し──そして。



「──くっ!」



 先にディード叔父の引き金が引かれ、放たれた実弾がアルクサリアの腹を貫く。シュパっと、鮮血が飛び散った。



「おふっ」



 その衝撃で跳ねてしまった銃口──偶発的にも、急所を外そうとしていたはずの軌道がディード叔父の額へ──瞬間、気の抜けた声と共に、パスンと頭に風穴が空いたのであった。



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