第15話: 小さくとも、彼女は王族なのだ
※残酷な描写あり
注意要
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『止まれ』
体感的には半日ぶり(それほどの緊張感であった)にも思える逃走も、行き止まりまで来てしまえば、足を止めざるを得ない。
指示の通りに足を止めたアルクサリアの前方には、巨大な……これまで見て来た隔壁とは明らかに異なるソレが、冷たい存在感を放っていた。
一目で、外へ……あるいは、これまで見て来たカプセルよりも違法でヤバい物が隠されていそうな隔壁だ。
なんと言えば良いのか、不思議とアルクサリアは分かってしまった。『ああ、これは分厚くて無理だぞ』、と。
これまで、幾度となく
でも、それでも、分かってしまった。
これは、さすがにガトリングでも手こずるぞ、と。
実際、これまで猛威を振るっていたダブルガトリングだが、この隔壁に対してはそこまでの効果が見られない。
いちおう、確かに着弾している。瞬く間に、穴が出来てゆく。
一部は跳ねて四方八方に飛び散り、カプセルやら何やらにぶち当たってはいるが、それだけだ。数百発近く打ち込んでも、隔壁がガタつく気配がまるで見られない。
とてもではないが、これまでのようにあっさり突破とは……それは、彼女も同じことを思ったのだろう。
両手のガトリングをズドンと床に置くと、どこからともなく出現させたレーザーバズーカを肩に担いで構える。
『発射する。両手で目を押さえ、声を出せ』
「──っ、あああ──!!!」
『──発射!』
これまで何度も繰り返してきた動作だ、さすがに慣れる。
手慣れたくはなかったが、手慣れてしまったアルクサリアは素早く指示に従い──直後、掌越しでも分かるぐらいに光が瞬いた。
『……もう、目を開けていいぞ』
そうして、時間にして10秒ほど経ってから掛けられた指示に、恐る恐る目を開けたアルクサリアは……多少なりダメージを受けつつも健在な隔壁を前に、ポカンと呆けるしかなかった。
『ふむ、外へと通じる隔壁は、さすがに他と強度が違うな。まあ、ここを外から突破された時点で取り返しがつかないから、そうなるのも当たり前だが……』
「あ、あの、出られないのですか?」
不安そうに見上げてくるアルクサリア……そうなるのも、当然だ。
これまでほぼ一方的に来られたとはいえ、純粋に地の利は向こうにある。なにせ、この星を管理している者と戦っているも同じなのだ。
時間を掛ければ掛ける程、より強力な増援を送る猶予を相手に与えてしまう。
ここが地下の空間な事に加え、不意を突いたおかげで、向こうの足並みが完全に揃わないうちに動けているが……それがずっと続くかといえば、そんなわけもない。
いくら彼女が強いとはいえ、絶え間なく戦力を送られてしまえば押し切られるのは必然。
なにせ、こちらは戦えるのが彼女一人……彼女が倒れた瞬間、アルクサリアもまた死ぬ(おそらく、流れ弾で)時なのだから。
『いや、出られる』
と、アルクサリアは湧き出る不安の中で冷静に考えていた……のだが。
『しかし、ちまちま時間を掛けていては、相手の増援を待つも同じ……仕方がない、少々過激に突破するとしよう』
まるで、近所のパン屋が閉まっていたので、もう少し離れたところにあるパン屋へ行こう……そんな気軽な感じでそう言い放った彼女に対して。
「……え?」
辛うじて、そう返事を返せただけでも……上出来であったのかもしれない。
まあ、そんな感じで呆気に取られているアルクサリアを他所に、手ぶら(『ストア』は便利である)の彼女は左手で右手を掴んでグイッと引っ張れば。
──カシュン、と。
空気の漏れる音と共に、彼女の右腕がポロリと外れた。ギョッと背筋を伸ばすアルクサリアを他所に、彼女は剥き出しの右肩を横に向けた──直後。
ごとん、と。
分厚く、黒く、長く、人を相手に使うのではなく、宇宙船や建物への直接攻撃を想定しているモノだと一目でわかるソレが、唐突に出現した。
ソレの形を客観的に例えるなら、『野太い三脚の付いた大砲』であった。
まるで、戦艦に設置されるようなやつをそのまま人力で使えるようにしたかのような……砲身だけでもアルクサリアの倍以上はあり、太さもアルクサリアの身体よりもあった。
ソレに、彼女は剥き出しの右肩を近付ける。アルクサリアの一からは見えなかったが、ガチンと硬いナニカが噛み合う音がした後、ソレと彼女は繋がっていた。
まるで……右腕だけ巨人になったかのようなサイズ差だ。
いや、それは腕なんて言葉で言い表して良いものか。シューッと動き出したファンの気流が、アルクサリアの頬を少しばかり擽った。
シールドのおかげか、熱くも冷たくもなく、何とも気味の悪い風だと思った。
「……なんですか、それ?」
重火器(というか、大砲?)なのは分かる。
けれども、そういった方面の知識が皆無なアルクサリアには、ソレがどういった武器なのかが分からなかった。
『改良した、対艦レーザー砲だ。このサイズでも、軍艦の装甲に風穴を開けられるほどの高出力だぞ』
なので、率直に尋ねた結果、率直によく分からない返答をされてしまった。
「??? たいかんレーザー、ですか?」
対艦なんて言い回しをされても、アルクサリアには分からない。
いや、ここが宇宙船の中だったら、なんとなくだが察しただろう。けれども、ここは地下だ。
本来なら存在しない場所だからこそ、無意識にアルクサリアの頭からソレが外れてしまっていた。
なので、とりあえずはものすごいレーザーなのだろう……という程度の認識で、納得するしかなかった。
『これは、ちょっと撃つまでチャージする必要が……アルクサリア、目を瞑って声を出せ』
唐突に成された指示に、アルクサリアは無心に従う──その瞬間、目を瞑ったアルクサリアは気付かなかったが……その頭上に、ピタリとガトリングの砲身が止まった。
それは……傍から見れば、異様な光景であった。
右腕と思われる部位は、信じ難いサイズのレーザー砲と繋がっていて、ギュンギュンとエネルギーがチャージされていっている状態。
対して、左腕は……推定3桁近い重火器を、僅かなブレも無く片手でまっすぐに静止させている。しかも、後ろを見ないまま、左腕だけを真後ろへと向けて。
ギョッ、と。
二人の、はるか後方。
脱出作業の為に動けないだろうと判断し、背後ならシールドも弱いだろうと思って攻撃に移ろうとしていた兵士たちの表情が、一気に強張った。
直後──ガトリングが、火を噴いた。
アルクサリアを避けるようにして落ちてゆく
次に死んだのは、攻撃するか悩んでいた者たちだった。
けれどもそれは、あくまでも死ぬまでの猶予が伸びただけ。
反射的に近場のカプセルの陰等に隠れはしたが、防護壁すら貫通するガトリングの砲撃を、たかが頑丈なだけのガラスカプセルが防げるわけもない。
ゆえに、このガトリングを前に生き延びたのは、とにかく『見つからないように』祈り続けている、完全に戦意を喪失してしまった失禁臭い兵士たちばかりであった。
……。
……。
…………そうして、たっぷり1分。
約3000発近い銃撃を終えた後にはもう、彼女たちに向かって来る兵士たちは1人もおらず、僅かにすすり泣く声が聞こえるだけであった。
『……どうやら、追手はコレで終わりか』
レーダーにて、近づいて来る熱源が完全に途絶えた(逆は、ちらほら居た)のを確認した彼女は、『ストア』にてガトリングを戻すと……アルクサリアへと指示を送る。
内容はおおよそ同じで、発射の際に声を出して目を塞げ、である。
違うのは、腕だけでなく顔を対艦砲から、顔を向けないようにする……といった具合だ。
背中を向けさせなかったのは、背後に広がる惨状がトラウマになると思ったからで、わざわざ目視して記録する必要もないだろうと思ったからだ。
実際、アルクサリアも薄々背後の惨状は察して(当たり前の話だが)いるようで、指示に従って顔は背けつつも、絶対に後ろは見ないといった様子で固く目を瞑っていた。
のちに文章で知るのと、肉眼で見るのとでは、受けるショックが桁違い……自制して見ないようにしているのを見て、彼女はやるせなさを覚えつつ……改めて、構える。
『発射まで、10秒……4……3……2……1……っ!』
背後より、アルクサリアの声を感じながら、彼女は対艦レーザー砲を発射──瞬間、膨大かつ強烈な光が、地下空間を一瞬で満たした。
仮にその光景を目にしていたら、目が眩むどころか失明の危険すらあるほどの光。
身構えていたアルクサリアですら、思わずビクッと肩を震わせてしまうぐらいと言えば、如何に凄まじいかが想像できるだろう。
そんな光の中で──放たれた対艦レーザーが、瞬きよりも早く隔壁に穴を開けた。そして、まっすぐ地上へと伸びた光はそのまま空高くまで伸びて、雲に穴まで開けた。
……そうなるのも、当然だ。
土砂の重圧やら何やらに耐えられるように設計されているとはいえ、対艦レーザー砲(しかも、至近距離から)の直撃を想定した造りになどなっているわけがない。
というより、普通は地上でそこまで大出力のレーザー砲など使用されないから、そんなのを想定しているわけがないのだ。
例えるなら、ハンドガンを所持した通り魔が来る可能性を想定しても、戦車に乗って突っ込んでくる通り魔など、いったい誰が想定するだろうか。
つまり、相手が悪過ぎたのだ。
厚さにして7メートル近かった隔壁は、テコの原理無しでは人力で開けるのは不可能。
しかも、特殊な構造によって強度が増していた為、普通なら小指の爪サイズすら穴を開けるのは至難であった。
しかし、普通以上の圧倒的なパワーで撃ち込まれたレーザーによって、扉には丸く巨大な風穴が明けられていた。
その穴の、真っ赤なふちより、ポタリぽたりと赤いしずくがしたたっている。
それは、水ではない。超高熱によって蒸発し損ねた扉の一部が溶解し、雫のように床に垂れているだけである。
その証拠に、風穴からはむせ返るような焼けた金属の臭いがする。合わせて、目も開けていられないほどの熱気が、ムワッと白い煙となって辺りに広がっていた。
……いや、扉だけではない。
シールド範囲内は無事だが、範囲外は酷い有様だ。
辺りに飛び散っていたカプセル内溶液は蒸発し、周囲は真っ黒に焦げていて、一部から黒い煙混じりの火の手が上がっている。
いや、というより、火の手の元は、炭化した遺体だ。
それが兵士のモノなのか、カプセル内に収まっていたクローンのモノなのかは不明だが、どれも原型を留めてはいなかった。
(……有毒性の煙を検知。シールドで防げる量を越えてしまう……か)
それを見て、彼女はすぐさま周囲の大気の状態を確認しながら……『ストア』よりガスマスク一式(酸素ボンベ付き)を用意しつつ、対艦レーザーの排熱処理を行う。
ぶしゅー……、と。
チャージ中より動き続けていたファンの風と、内蔵されたラジエイター内の冷却水によって生じた高温の熱気が、ゆらゆらと大気を揺らしている。
相当な熱を孕んでいるのが、一目で分かる光景だ。
実際、彼女が使用している特殊なシールドでなければ、アルクサリアの身体は炭化していた程の熱量が放射されたのだ。
絶対零度に近い宇宙空間で使用するのが一般的なレーザー兵器を地上で使うなんて無茶をして、この程度で済んでいるあたり……まあ、今はいいだろう。
『アルクサリア、目を閉じたまま聞いてくれ。返事もしなくていい、分かったら頷いてくれ』
対艦レーザーより腕を外して尋ねれば──一つ、アルクサリアは頷く。
『現在、対艦レーザー砲の使用によって、隔壁やら何やらが融解している。その際、有毒性の煙が発生した。シールド許容範囲を超える前に、ガスマスク一式をおまえに取り付けるが、良いね?』
──一つ、アルクサリアは頷く。
それを確認した彼女は、『耳のやつを外すぞ』、アルクサリアよりノイキャンを取り外す。
(……さすがに、ちょっと焦げてしまったか)
その際、サラリと艶やかだったアルクサリアの金髪の一部が焦げてカール状になっているのを見てしまった。
己の不手際に、人知れず落ち込み……それでも手だけはしっかり動かしてガスマスクを装着させ、背中にボンベを背負わせ……再び確認。
アルクサリアに何度か呼吸をさせて、ガスマスク一式は正常に作動しているのを確認。万が一外の空気と混入すれば、最悪そのまま中毒死してしまうからだ。
そうして、シュコーッとボンベ内の綺麗な空気でしっかり深呼吸が出来ているのを確認してから……ふう、と彼女は安堵のため息を零した。
「……アルクサリア、もう目は開けていい。でも、絶対に私のシールド圏内から外に出るなよ」
「──はい、わかりました」
恐る恐る……今日一日で何度繰り返したか分からない動作を行ったアルクサリアに、彼女はハッキリと告げた。
「これより、おまえを抱えたまま地上へ移動する。とにかく、不用意に私の腕の中から落ちないように……下手すると、足裏が焼け爛れる」
「え?」
「短い間とはいえ、シールド範囲外は瞬間的に数千℃の熱波が放射されていたからな。床やら壁やらが熱で溶けていて、下手すれば服の裾すら燃える」
「燃える……」
「安全の為に絶えず水を放射しながら移動するが、それでも危ない……なので、手っ取り早くおまえを抱き上げたまま移動する……良いね?」
「あ、はい、わかりました」
頷いたので、彼女は先ほど外した腕を『ストア』より取り出して装着。擬似神経がしっかりと連結したのを、指先まで確認。
次いで、『ストア』より取り出したタンク(中身は水)の中身を頭から被って己の熱を下げた彼女は……ヒョイッとアルクサリアを胸に抱き留める。
(ガトリングは……とりあえず、『ストア』に戻しておくか)
そうして、フリーとなった片手でタンクを掴むと、それを進行方向へと振りかけながら……地上へと新たに出来た通路を進んだ。
……。
……。
…………そうして、入って来た時と同じく資材置き場より出て来られたならば、もう……後は簡単だった
天へと伸びたレーザー光によって、既に彼女が外へ出ようとして(既に、出た後だけど)いるのは、向こうにバレていると思って間違いない。
しかし、直前まで気付いていなかったのもまた、間違いない。
ムラクモのハッキングAIによって色々な意味で指揮系統が滅茶苦茶になっているので、気付いたのは、その光を見てからだろう。
誰かしらが気付いても向かって来るのは少数で、その誰かが到着する前に脱出するのは容易であり、実際にステルス状態で上空に待機しているムラクモまで、100mも無かった。
「──動くなぁ!!!」
だからこそ、ムラクモへと向かう途中にて、こちらに銃を向けている、アルクサリアの叔父の姿は予想外であった。
……いや、本当は、気付いていた。
全くの偶然ではあるが、叔父とその部下(おそらく、私兵)がムラクモの真下にてうろちょろしていたのは、確認していた。
混乱の最中、脱出するとしたら……と試行錯誤した結果、偶発的に当たりを引いたのだろう。
それが幸運なのか、不運なのか……それは、今一つ判断出来ない。
なにせ、偶然にも対艦レーザーの影響範囲から外れていた叔父は火傷を負いつつも自力で銃を構えられる状態だったが、連れて来ていた部下は違う。
4割は蒸発し、3割は炭化し、残りの3割は即死こそしなかったが、全身大火傷で筋肉が硬縮し、あと数分の命という有様だったからだ。
つまり、この場に居るのは叔父一人だけ。
それも、火傷を負って負傷している。フラフラと、遠目にも分かるぐらいに構えた銃の照準がブレている。
対して、こちらは無傷。アルクサリアも精神的な負担はあったが、肉体的な負傷はほとんどなく、解毒も完了して……っと。
「……ネームレス様。私を、下ろしていただけないでしょうか?」
がちゃり、と。
マスクとボンベを力ずくで外したアルクサリアが、そう尋ねてきた。
「危険すぎる。その提案は却下だ」
「お願いします。たとえ子供であっても、私はエルフ。王族としてのケリを付けてやらねば、示しがつきません」
「示しって、見ているやつは誰もいないんだぞ」
「関係ありません。誰が見ているとかではなく、私たちの誇りにかけてやらねばならないのです」
もちろん、最初は彼女も拒否したが……まっすぐ向けられる、視線。それを、真正面から受け取った彼女は……一つだけ、尋ねた。
「覚悟は、出来ているのか?」
「無論です。身内の不始末を正すのもまた、王族としての務めになります」
「……そうか」
硬い決意に、彼女はそれ以上何も言わなかった。
子供ではあるが、子供ではない。幼くとも、王族としての責務を真正面から受け止め、成そうとするその姿に……彼女は理解した。
──ああ、だから、誰もがエルフに一目置いて敬うのか、と。
ならば……彼女が取る手段は一つだけ。
万が一の事を考慮しつつも、アルクサリアを下ろし、その手に『ストア』より取り寄せたハンドガンを握らせる……それだけで。
「ありがとうございます、ネームレス様」
「……礼はいらないよ」
ただ、やるせない気持ちだけが……彼女の胸中に広がるのであった。
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