第18話: 今更、この手が汚れようとも
──ここで話すのも、なんだ。
そう言われた彼女は、バルトより促されるがまま、彼が乗って来た船へと移動し……盗聴その他一切不可能な特殊な密室に案内されると。
──結論から語ろう。
用意されていた席に腰を下ろしてすぐに、その言葉が飛び出した。
──アルクサリアの減刑は、非常に難しい。というより、不可能に近い。
その言葉と共に腰を浮かしかけた彼女に対して、バルトは淡々と……あくまでも、現時点ではという前置きを置いたうえで、理由を語ってくれた。
その『理由』は幾つかあったが、まずは、首謀者との血縁関係が近しいから……から始まった。
いくらアルクサリアが被害者とはいえ、首謀者の一人が義母で、もう一人が叔父だ。
ほとんどの者が、アルクサリアは被害者だったと判断しても、その僅かな者たちは思うだろう。
被害者とはいえ、おまえはソイツらが違法な手段で稼いだ金で育てられ、恵まれた日常を送って来たではないか、と。
ほぼほぼ、言い掛かりでしかない話だ。なにせ、親戚関係とはいえ、アルクサリアは首謀者たちに育てられたわけではない。
それに、育てられた子供にとっては何の関係もない話……でも、違法な手段で経て育てられたという点に不満と不信を抱く者が出てくるのは必然。
しかも、今回ばかりは(対外的に)荒唐無稽とは完全に言えない理由があった。
……実は、アルクサリアへ刑罰を如何様に下すのかを考えるうえで、無視できない問題が調査の合間に発見されたのだ。
それは、義母や叔父が、違法な手段で得た富の一部を、アルクサリア(その、父も含めて)へ譲渡していたという問題だ。
もちろん、金銭をまるごと譲渡しているわけではない。
物品で、あるいは思い出として。不審に思われないよう色々な形で、違法で得た富を与えられていることがわかったのだ。
これがまあ、合法的な手段で得た収入より出されていたならば良かったのだが……とはいえ、問題はそこではない。
問題なのは、アルクサリアがそれらの疑念に対して否定する事が出来ないということだ。
なにせ、アルクサリアが幾ら聡い子だとはいえ、まだ子供だ。未成年という言い回しではない、まだ子供なのだ。
どのような形で自分たちが収入を得ているのかぐらいは分かっていても、もっと奥深い内訳……ぶっちゃけ、経理の部分はほとんど無知といっても過言ではない。
そして、ソレを知っているアルクサリアの父は亡き者となってしまった。
本来ならば、居なくなっても財務が回るように専門の者たちが居るのだが、残念ながら……それらの大半は、義母たちの息が掛かった者たちに取って代わられてしまっていた。
つまりは、だ。
想像すら出来ずに知らなかったにせよ、叔父から時折援助を受け取っていたアルクサリアたちは、ある種のマネーロンダリングの片棒を担がされていた……というわけで。
相当に目を光らせていなければまず気付けないような状態になっており、アルクサリアの父が気付いたのも、ほとんど偶発的な直感のおかげ……ということであった。
……一つだけアルクサリアの父……彼の不手際を弁明させてもらうならば……そう、タイミングが悪かったのだ。
いや、というより、そういうタイミングを狙われた……のかは分からないが、とにかく、彼の心が弱っていた最悪のタイミングを突かれてしまったのだ。
アルクサリアの母であり、彼にとって最愛の妻が亡くなってしまった、その瞬間を。
様々な不安や悲しみを胸中に秘めていたのは、想像するまでもない。
母を失くしてしまった娘の事が不憫でならなかったのだろう。と、同時に、己もまた妻を失くした一人の男……そんな時に声を掛けて来たのが、ディードであった。
まさか……事を知るその時まで、夢にも思わなかっただろう。
愚痴や相談を聞いてくれていたばかりか、母を失くして笑顔が減った娘を慮って色々と気分転換を図ってくれていた相手が。
まさか、自分を犯罪行為に利用しようと考えていたとは。
良くも悪くも、相応に優秀であった彼は善人であった。お人好しというほどではないが、頭の固い常識的な人ではあった。
だから、同族が犯罪に加担するどころか、隠れ蓑にして私腹を肥やすために、精神的に弱っている同族を利用しようとするなんてのは……正しく、想像の外だったのかもしれない。
ゆえに、彼が気付いた時にはもう、遅かった。
知らなかったとはいえ、マネーロンダリング(に、近しい)の片棒を担いでいたのは事実。
そして、これまた知らなかったとはいえ、違法な手段で得た富の一部を受け取っていたのも事実。
この状況で弁明したところで、どうにもならない結果が待っているのはすぐに理解した。
頭が固いとはいえ、彼もまたエルフだ。
こういう事が露見した時、同族がどのような動きをするのかがすぐに想像出来た。
だからこそ……彼は、娘が生きられるように、娘だけでも助かるようにと逃がしたわけだが……その結果がまあ、コレである。
「しかし、何も知らなかったのだろう?」
「そうだな、何も知らなかった可能性は極めて高い」
「そして、子供だ」
「そうだな、子供だ。いくら王族とはいえ、まだ親の庇護下にあるべき子供だ」
「アルクサリアは、自らの意思で、知らぬ間に背負わされた罪を命がけで償った。それなのに、更に大人と同じ基準で刑を科すのは非道が過ぎる」
「そうだな、非道だとは思う。だが、例外を作るわけにはいかない」
「例外って、それは……」
「如何な理由があっても、例外を一つでも作れば根幹が揺らぐ。それはいずれ、エルフという種族そのものの地位を崩すヒビにもなりかねない」
「けれども、アルクサリアは何も悪い事などは……」
「そうだな。しかし、君もこの事件に関わるまで考えすらしていなかっただろう? 『エルフが犯罪に加担している』などとはな」
「それは……」
「そう、その確固たる不変のイメージこそが、我らエルフの地位を護る強固な土台となる。その土台を、たった一人の為に崩すわけにはいかないのだ」
「…………」
「あの子も、ソレを分かっている。分かっていて、命を掛けたのだ……それが分からない貴女ではあるまい?」
「……くそったれ!」
さすがに、この状況かで平静を保てない彼女は、知らず知らずの内に畏まった口調を取り繕えなくなっていた。
その点に対して爺と呼ばれた男が少しばかり眉根をしかめたが、何も言わなかった。
それは、無言のままにバルトが片手で制したのもそうだが、助けた子供がこの後処刑されると分かって冷静でいられるはずがないという、常識的な考えを理解出来たからだった。
そう、執事のようにバルトへ仕えているこの爺もまた、内心では彼女の言い分に関して大いに同意していた。
何故なら、彼女が語る大人と同じ基準というのは、言い換えれば、アルクサリアを死刑にするという意味だ。
分かっていてやったのであればともかく、常識的に考えれば、アルクサリアもまた被害者だ。
見方を変えれば加害者の一人なのかもしれないが、少なくとも、爺の頭では哀れな被害者の子供にしか思えなかった。
なので、彼女の言い分を、内心では爺も何一つ否定出来なかった。
何かしらの刑は免れないにしても、相手は成人どころか、まだまだ遊びたい盛り(しかも、父と母も亡くしている)の子供だ。
まだ、これからなのだ。これからに、なるはずだったのだ。
王族としての窮屈な日々を送る事が確定だったとしても、それでも、自由にやれることは多々あった。
勉学に励むことだって、スポーツに励むことだって、あるいはそれ以外の事に心血を注ぐことだって出来た。
完全な自由意思とまではいかなくとも、コレと思った相手に恋い焦がれ、一時の青春に身を浸すことだって、あるはずだったのだ。
(なんとも、お労しい……せめて、あの者たちともっと遠縁であったならば、あるいは……)
そう、そうなのだ。
せめて、遠縁であったならば。それは、単純な血縁の距離だけではない。
過去に一度しか会っていないとか、映像と名前ぐらいしか知り得ていないとか、あるいは名前を勝手に使われていただけとかであれば、まだどうにか出来た。
でも、アルクサリアはそうではない。
血縁的にも近しいばかりか、首謀者の一人が義母だ。
そのうえ、ディードとの付き合いはそれなりに古く、知らなかったとはいえ色々と援助も受けていた。
しかも、よりにもよって、その援助の大本が、『惑星一つを使った大規模な、クローン人間の売買』で得た収益から出されたモノだ。
クローン人間の売買は重罪。それも、宇宙法に定められている中でも、かなり重い方の犯罪だ。
とてもではないが、子供だからという理由で免罪出来る規模ではない。
感情的な部分ではなく、冷静な頭の部分で、幾度となく出した結論を今回も出した爺は……我知らず、苦悩のため息を零すことしか出来なかった。
──けれども、そんな中で……やはり、彼女だけがまだ納得していなかった。
(この鉄面皮め……おまえだって、本当は助けたいんだろ。でなければ、護衛も付けず一番乗りなんてするわけねーだろ!)
いや、というより、誰もがこの沙汰に納得出来ていないことに気付いている彼女は、内心にてそう吐き捨てた。
そう、この場に居る誰もが、本音ではアルクサリアを助けたいのだ。
だからこそ、無駄に終わると分かっていても、危険を承知で最初に駆けつけたのだ。
けれども、気持ちだけが急いたところで、肝心要の助ける手段が無い。そうするためには、前提条件が悪過ぎた。
下手に助けようとすれば、事はアルクサリア一人で収まらず、もっと大勢の……この事件すら知らない者たちまで巻き込む大火にまで広がりかねない。
バルトは、それを恐れている。いや、バルトだけではない。その後ろに控えている全ての王族たちが恐れていることだ。
そして、それを否定出来ないのもまた、事実で……アルクサリア自身が、それを予測していた可能性が高いのもまた、否定出来なかった。
(……駄目だ、他に手段があるはずなんだ)
けれども、やはり、彼女は諦めきれなかった。
だって、彼女は、アルクサリアを死なせる為に連れてきたわけではないのだ。
たった数日の付き合いとはいえ、アルクサリアが良い子であるのはすぐにわかった。
賢く素直だがお転婆なところがあって、エルフという点を除けば、年相応の少女と変わらない……それが、彼女にとってのアルクサリアなのだ。
だからこそ、どうにかしてやりたいという気持ちで色々と思考を巡らせる……が。
(法律なんてからっきしだから、どうしたらいいか分からんぞ)
ボディは凄くても、中身が平凡。
前世の記憶を頼ったところで、法曹関係の勉強なんてしたことがない。当たり前だが、そんな上手い答えが出せるわけもなく……う~ん、と頭を悩ませるしか出来なかった。
(……アイツに、いや、アイツにだけは駄目だ。絶対にロクな結果にならん、それだけは馬鹿な私にも分かるぞ!)
途中、脳裏を過った機械女からの『君も、私と商売しないか?』というお誘いを慌てて振り払いつつ、何か良い案はと、意味もなく室内を見回し……ふと、視線が部屋のアンティークへと向けられた。
それは、ガラスのカプセル内に収まった金魚であった。
本物……いや、作り物の金魚だ。
とても、精巧に作られている。まるで、本当に泳いでいるかのように、気泡の一つ一つまでもが計算された、美しいアンティークだ。
自動的なスキャンによって材質から偽物だと読み取っていたが、視覚情報だけでは『ほん……あ、偽物か』というぐらいに、本当に良く出来ていた。
「あれは金魚か? 久しぶりに見たぞ」
「おや、モデルとなっている魚の名前も知っているのか? アレの価値に気付くとは、中々に見る目があるな」
バルトもまた、気分を変えたかったのだろう。
彼女の視線の先にあるモノに気付いた途端、嬉しそうに頬を緩めた。
「名のある細工師に作ってもらったのだが、良く出来ているだろう? 相当に値段は張ったが、悪い買い物ではなかったよ」
「良く出来ているとは思うけど、どうして金魚なんだ?」
「鮮やかな色合いの魚が好きでね。下手に大きなやつだと変わり者扱いされてしまうが、アレぐらい小さいやつならそうでもないんだ」
「そういうものなのか……」
「地上の家にはアクアリウムを用意しているが、宇宙船内では中々そういったことは出来ないからな。恋しくなった時は、アレを眺めて気を紛らわすんだ」
「そうか……まあ、宇宙は退屈だからな」
「ふっふっふ、見方を変えれば、贅沢に時間を使えるというわけでもある。何も、悪いことばかりじゃないさ」
「そうか、そういう見方もあるか」
あまりアンティークに興味が無い彼女は、そう答えるしかなかった。
まあ、それはそれとして、宇宙船にアンティークっていうのは、けっこう珍しい趣味ではある。
何故なら、地上とは違い、そういった目的の為に作られた宇宙船を除けば、そういった眺めるタイプのアンティークが置かれることはないからだ。
隕石などがシールドに当たって船体が揺れることはあるし、万が一重力制御装置に異常が起これば、間違いなく破損してしまう。
言い方は何だが、宇宙船はあくまでも移動する為の手段であり、仕事柄ほとんど船内で暮らしている者ぐらいでなければ、そういった物は置かれない傾向にあった。
「しかし、よく金魚の事を知っていたな。今まで色々な人たちに見られてきたが、一目で金魚だと気付いたのは貴女が初めてだ」
「……昔、何かの本でたまたま目にしただけだ。そういった方面は無知なので知らないのだが、その筋では有名なのか?」
「有名と言えば有名だが、その理由は珍しいとかそういう理由ではなく、我らが人類の母星である『地球』発祥の生き物だとされているからだ」
「地球の?」
「そう、地球の。まあ、私たちの曽祖父ぐらいの年代の人達ならともかく、今時は生まれも育ちも地球外ってのが当たり前だから、マニア以外にそこに価値を置く者など皆無だろう」
軽く目を瞬かせる彼女を見て、さもありなんといった様子で頷くバルトだが、実際の意味合いは少し違う。
そういえば、この世界の地球に行った事がなかったな……という、まあ、アレだ。
日本に住んでいるけど、京都や東京などの観光名所に行ったことないなという、行こうと思えば行けるから足が遠ざかっていたという、あるある的な……いや、待て。
(偽物……良く出来た、偽物?)
ふと、脳裏を過ったのは、先ほどのバルトの言葉。
「──クローン。アルクサリアのクローンならば、どうだ?」
パッと、ソレが言葉となって彼女の脳裏に浮かんだのは直後であり、気付けば彼女はバルトに尋ねていた。
「処刑が免れないのであれば、アルクサリアのクローンを身代りに出来ないか? 幸いにも、ここにはクローン製造設備がある。私も、全て壊したわけじゃないからな」
「……駄目だ」
一瞬、その手が有ったかと喜色満面になったバルトだが、直後にしかめた顔で首を横に振った。
バルトの言わんとしている事は、分かる。
いくら理由があるとはいえ、クローン人間は違法……ここで自らが違法に手を出すわけにはいかないといった感じだろう。
「安心しろ、私がやるのだ。おまえ達は、私に脅されてそうするしかなかったとか、適当に言い訳を作っておけばいい」
ギョッと、目を見開いたバルト……。
「わかっているのか、大罪人になるぞ。宇宙のならず者の一員になるつもりか?」
「何を今さら、傭兵ネームレスの二つ名に、穏やかなモノが一つでもあったか?」
「それは……」
言いよどむバルト……言葉を選んでいるようだが、彼女の言う事は全て事実である。
──『傭兵ネームレス』。様々な逸話を持つ、曰く付きの傭兵にして、莫大な懸賞金が掛けられたお尋ね者でもある。
とはいえ、物騒な二つ名こそ多いが、一般人からはそこまで怖がられてはいない。言うなれば義賊……みたいな感じだ。
どうしてそうなったかって、まあ、成り行きというやつで。
生かして捕まえれば人生2回分は遊んで暮らせるぐらい……といえば、如何に高額の賞金首かが想像出来るだろう。
「どうだ、やれそうか?」
「……傷痕は残らず治せるし、頭脳の中の証拠を確認出来れば、後は刑が執行されるまで軟禁される。ただ、それは形式上なだけで、外出は出来ないけど最後まで悠々自適に過ごせるようにされるだろう」
「つまり、すり替える事は出来るってわけか?」
「……出来なくはないだろうね。私たち以外にも、アルクサリアの処遇に関して思うところがある者はいるだろうから」
「よし、それならば──」
「だが、問題が三つある」
椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がった彼女に対して、待ったが掛かった。
「一つは、大前提として諸々の問題をクリアしてあの子を助けたとしても、あの子は顔も籍も全て変えて……文字通り、過去を全て捨てて天涯孤独の身で生きなければならないことになる」
「それは、アルクサリアが決めることだ」
対して、待ったを掛けられた彼女は、一つ目の問題とやらを一言で切って捨てた。
「王族として死にたいのであれば、そうされてまで生き延びることを心から拒否するのであれば、私はアルクサリアの意思を尊重する。選択肢も与えられず、ただ死ぬこと以外を選べない……それが、嫌なのだ」
「……本気かい?」
「本音を語らせてもらえば、生きていてほしい。無理やりにでも、生かしてあげたい。けれども、自らの意思であそこまで貫いたアルクサリアの意思を、私は子供だからと蔑ろにはしたくない」
彼女のその言葉に、バルトはしばし視線をさ迷わせた後……静かに、頷いた。
「──二つ目は、クローン培養の時間だ。速やかにこの事件を収束させるためなのだろうが、クローンが育つまで間に合わない」
簡潔にまとめるなら、どうやら今のアルクサリアと同じ姿になるまでクローンが成長するまでに、おおよそ1年近くかかるのだと言う。
この、1年というのはバルト曰く掛かりすぎるという話らしい。
何故なら、大半(というか、ほとんど?)の同族たちは、速やかにこの事件を終わらせたいと考えている者たちだ。
只でさえ、必要な事を終えたら直ちに処刑せよと考えている者たちが多い中で、そのアルクサリアを助ける為にクローンを作ることが露見すれば……だ。
しかも、その数ヶ月という話も、細胞分裂を活性化させ、成長を爆発的に促進させる、『特殊な鉱石から抽出出来る成分』を多量に使用したうえでということ。
「二つ目は、その鉱石だが……取り扱いが非常に面倒かつ手間がかかる。加えて、基本的に所有が制限されていて、採れる惑星が限られているという代物だ。今から超特急で運ばせたとしても、この星まで半年近くは掛かるだろう」
「詳しいんだな」
「嫌でも詳しくなるさ。あの子の父君より告発が送られてきた時から、なんとかあの子だけでも助けようと片っ端から色々と調べたからな……まさか、こんな形で一生使う事はないと思っていた知識をお披露目することになるとは思わなかったよ」
「人生、何が役に立つかわからんものだ……で?」
「件の素材は施設の何処かに保管はされているだろうが、同族たちが到着するまでに身代わりを用意するとなると、とてもではないが……保管されている分だけでは足りないはずだ」
「どうして、それがわかるんだ?」
「あの子の父君が送ってくれた資料の中にあった。それに、言っただろう? 持っているだけで罰せられるような代物だ。誤魔化しながら運ばせたにしても、必要分を確保するだけで十分な状況で、わざわざ余分に保管しておくか?」
言われて、不本意ながら納得した彼女は……待てよと気持ちを改め、『ストア』を探る。
基本的に、意図的に『ストア』を見せようとしない限り、『ストア』が第三者に見られることはない。
まあ、そのおかげで、傍から見れば虚空に向かって指をツンツン突きまくる怪し過ぎる女という感じである。
バルトたちから『なに、こいつ……?』といった感じの変な目で見られたが……すっかりそういう視線に慣れている彼女は気にする事なく、『ストア』内検索を行い、表示されたページをスクロールして……見付けた。
「──あっ」
瞬間、彼女は呆気に取られた。
「どうした?」
当然ながら、『ストア』が見えないバルトたちは困惑に首を傾げるしかない。
まあ、二人からすれば、虚空をツンツンしていたかと思えばいきなり動きを止めた……といった感じにしか見えないのだから、そうなるのも……って、そうじゃない。
(あ~……なるほど、なるほど。石ころのくせにやけに値が張ると思ったら、そういう希少性があったわけね)
驚きのあまり彼女が手を止めた理由は、『ストア』にて表示された、その鉱石……というよりも。
(そりゃあ、依り代に出来るぐらいに特殊なんだから、そういうよく分からない効能があっても不思議ではない……っていうかコレ、もしかしなくとも、人類が気付いていない他の使い道もあるのでは……?)
奇しくも、たった今喉から手が出るぐらいに欲しいと思っていた鉱石が、かつて、彼女がこの世界に来た時にわけも分からないままによく分からんと選択肢から除外した。
(懐かしいと言えばいいのか……まさか、あの時のやつを再び目にする機会があるとはな)
当時の『ストア内通貨』の半分を持って行く……超高額の謎の石であった。
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