第12話: 悪人ほど善人面するものだ
『戦闘艦ムラクモ』に搭載された機能は多岐に渡り、その性能はどれもこの世界の人類が作り出した装置よりも高性能である。
では、その中でも最も特徴的……というか、『=ムラクモ』を表す機能というか、特徴は何なのか……それは、ステルス性である。
そう、『戦闘艦ムラクモ』の最大の特徴であり最強の武器は、搭載された火力ではない。
この世界という通常空間ではなく、ワープ航行の際に使用するワープ空間とも異なる、別次元の異相空間を移動し、そこより攻撃する事が出来る。
しかも、自由自在に素早く……それが、ムラクモが持つ最強の武器であり盾なのである。
なにせ、この異相空間を移動するという行為……別次元へと移動する術を持っていない現在の人類の科学力では、一切その行動を阻害する事が出来ないうえに感知も出来ない。
それがどういうことかって、物理的な接触が一切不可能なのだ。光も熱も重力さえも、ムラクモを捉えることが出来ない
つまり、何億発という実弾を発射しても、熱波や重力による網で抑えようとしても、物理的な障害物で防ごうとしても、全て船体(その中に居る者たちを含めて)をすり抜けてしまう。
もちろん、その間はムラクモも通常空間に居る敵への攻撃は出来ないわけだが……そんなのは、メリットの前ではあまりに小さいデメリット。
だって、通常空間へ出てきた一瞬の隙、宇宙の何処かに出現するムラクモへと、ピンポイントかつジャストタイミングでの攻撃しか手段がないわけで。
そんなの、相手側からすれば反則もいいところ。
砂漠の何処かに一度だけ出現する色違いの砂粒の位置を予測し、タイミングを合わせて砲撃しろと言っているようなものだ。
『──戦闘艦ジャッフル爆散!? 原因不明! 敵影の反応無し! ジャッフル爆散を確認!』
『──なんだと!? 何処からだ!? 超遠距離砲撃か!?』
『──ありえない! レーダーには何の反応も無かったぞ!? エンジントラブルか!?』
『──馬鹿野郎! 外部からの攻撃以外でエンジンが爆散する話なんて、ここ100年は無かった話だぞ!』
『──原因不明! 直前までのジャッフルからの通信には異常なし! 熱源反応も問題──』
『──どうした!? 通信にノイズが走ったぞ! 何が起こった!?』
『──ほ、報告します! 索敵艦マーズ爆散! レーダー並びにカメラによる目視にて確認! マーズ爆散しました!!』
『──な、なんっ!? 敵襲! 敵襲だ! 総員戦闘配置に付け! このままでは狙い撃ちにされる!』
『──敵襲ったって、どこからだよ! くそったれめ! レーダーは反応無し! 照明弾による索敵開始!』
当然ながら、異相空間移動を行い、攻撃時のみ通常空間に戻り、直後に位相空間へと引き籠るムラクモを捕捉することなど、不可能である。
一瞬、それこそ、瞬きよりも短く、各艦に搭載されたレーダーですら探知できない刹那の時間。
その刹那の猶予を正確に予測し、出現位置を見極め、ムラクモより狙撃される前に、ムラクモを叩くより、爆散を逃れる術はない。
何故なら、ムラクモより放たれる砲撃は全て、シールドごと船に風穴を開けてしまう破壊力と貫通力を有している。
すなわち、耐えるのは無意味であり悪手。
この場においてシールド出力を上げて耐える類の選択肢は全て、痛みを感じるほどの豪雨の中を薄いティッシュ一枚で濡れずに進めと言っているようなものだ。
『──照明弾による迷彩異常は見られず! 同様に、熱源変化も見られず! レーダー探知不能!』
『──そんなはずはない! もう一度だ! より広範囲に照明弾を放て! レーダーの感度を最大まで上げろ!』
『──し、しかし、それでは敵に本艦の位置を知らせるも同然……』
『──阿呆! 既に俺たちは捕捉されているんだ! このままで順々に撃ち落とさ──』
『──メーデー! メーデー! エンジン被弾! エンジン被弾! 自走不能! 救援求む! きゅ──』
『──ディスパー、クロセル、両艦とも信号消滅! 目視にて確認! りょ、両艦とも撃沈、されました!』
『──撤退! 反転して逃げろ! とにかくこの宙域からはな──』
『──駄目だ、エンジン被弾! 航行不能! 航行不能! 戦艦ベスリ接近、回避行動、か──ぶ、ぶつかる!!!』
『──ああああ!!!! 来るな来るな来るな! やめろ、ぶつかる! こっちにく──』
『──シールド最大出力! 邪魔な船は撃ち落としてかまわん! とにかく遠くへ逃げろ! 各艦を盾に──』
『──あ、あの野郎! 俺らの艦を囮に──は、はは、ザマァみやがれ! てめえらが先に落とさ──』
『──逃げろぉ! 速く! 速く逃げろ! このままでは全ての船が落とされ──』
ゆえに、ムラクモより攻撃された艦隊……名を、『レッドバード海賊船団』。
通称、『赤い鳥』と呼ばれ、軍からも危険視されるほどに怖れられていた宇宙の成らず共たちは、何も出来ないまま一方的になぶり殺しにされていた。
(……先手必勝とはいえ、良い気分ではないな)
そして、なぶり殺す側である彼女は……船団の間を行き来している膨大な通信を盗聴し続けながら、軽くため息を零す。
やるか、やられるか。
この世界で生きて5年、今更、まともに引き金を引けないマンモーネではない。
けれども、慣れはしたけど何も感じなくなったわけではない。
落ち込み続ける気持ちを抑えながら、冷静に一つ、また一つと、海賊船団の船を撃ち落とし続けていた。
それは、彼女がアルクサリアの下へと向かう前に行った反撃……というより、やり返しであった。
いったい、どうして?
それはひとえに、レリーフに爆弾を取り付けたのが、この海賊共だったからだ。
もちろん、それだけが理由ではない。
彼女は、アルクサリアの下へ向かう途中、ムラクモに搭載されているハッキングAIが盗み出した情報より、知ったのだ。
名を知られ、軍からも危険視されている『レッドバード海賊船団』が、実は軍や宇宙港職員の一部……そして、アルクサリアの叔父や義母の子飼いにも等しい組織であることを。
正直なところ、そうであっても不思議ではない……というのが、彼女の正直な感想であった。
薄々察してはいたが、宇宙港のど真ん中で誰にも気付かれずに爆発物を設置するなんて、内部に協力者がいなければ不可能な仕事である。
分からなかったのは、誰それが何処まで関与し、どんな間柄であるかどうか、だ。
上層部が腐っていて、下の職員は本当に知らされていないならば、下手に巻き込んで怪我をさせるわけにも……そう、思っていた。
しかし、ハッキングAIによって開けられた蓋の中身ときたら、どうだ。
確かに、無関係な者はいる。
けれども、無関係でない者も大勢いる。
というより、むしろカモフラージュのためにあえて無関係な者を用意している……その可能性が極めて高いというのが、AIからの結論であった。
(まさか、華やかで宇宙にその名が知られたリゾート惑星の正体が、人身売買と薬物売買の星だったとはな……惑星全部がその為とはまあ、規模の大きさにはまいったよ)
惑星内にある、いち組織がやっているのではない。
その惑星に住まう者たちのほとんどがグルであり、それ以外の者たちは他所からの目をくらますカモフラージュでしかない。
加えて悪質なのが、この星に住んでいる者たちへの教育……すなわち、洗脳だ。
確信犯である上層部を除けば、それ以外の者たちは自分たちがやっていることが犯罪と定められている行為であることにすら、思い至っていない。
なにせ、ここはリゾート惑星であり、テラフォーミングされた惑星である。
つまり、この星には原住民などいない。言い換えれば、移住させる住民や、住み込みで働かせるための住民を最初から選別することが可能である。
常識的に考えれば、不可能な所業だ。
少なくとも、彼女の前世で実際に似たような事が行われた事例は……とある村を丸ごとカルト宗教の村にしてしまったという、ビックリ仰天な話ぐらいしか知らない。
──だが、出来る。王族であり、権力を持つエルフならば……それが可能だ。
一つの星で生きていた時代ならともかく、ワープ航行によって別の星系にまで移動が容易になった時代だ。
都市一つ、惑星一つをまるごと偽装することだって、年月と費用は掛かるが不可能ではない。
しかも、この星(惑星ズービス)はほとんどが海水に覆われ、限られたごく一部の陸地を除いて、まともに宇宙船を着陸させることすら出来ない。
……なるほど、と、彼女は納得した。
最後の戦艦を撃ち落とし、これで背後から狙われる心配をせずにすむと確認し終えた彼女は、素早くムラクモを転身して『惑星ズービス』へと向かう。
(表向きは資産家たちの憩いのリゾート地……その裏は、他の星では行えない様々な事が自由に行える、裏のリゾート地ってわけか)
使える土地は、確かに少ない。しかし、見方を変えれば、そこ以外に人が生存できる環境ではないということになる。
加えて、土地が少ないということは、離着陸出来る場所を限定させることが出来る。
何も知らない者たちから不便だと言われても、『そこ以外はもう使われてしまって立ち退きも出来ない』と誤魔化す事も出来る。
仮に、それがイケない事だと誰かが気付いても、利用している資産家たちが許さない。万が一露見すれば、事は惑星一つの中では納まらない。
言うなれば、全員が共犯者なのだ。
資産家たちが利用する惑星として認知されているので、値段を吊り上げることで、来られる人を限定する事が出来る。
そして、来られる者の中で表だけを目的にしている者には表でもてなし、惑星ズービスは美しく治安も良いリゾート惑星として潔白な場所である事を周りに知らせる。
裏の目的で来た者には裏でもてなす。その際、裏は裏同士でどんどん繋がりが増えていき、互いを雁字搦めにすることで、より強固に秘密は守られてゆく。
なるほど、本当に上手く出来ていると彼女は思った。
(……なら、手加減してやる理由はない)
だが、同時に、それは。
(知らなかったから、それで許してあげるお人好しでもないんだよ、私は……いや、俺はな)
ハッキングAIによって、隠されていた悪事がムラクモの操縦席のディスプレイに表示されてゆくにつれて。
(アルクサリアを助け出すまで何人死ぬか分からんが……まあ、運が悪かったと思って諦めるんだな)
彼女は……引き金の重さが徐々に軽くなっていくような感覚を覚えていた。
さて、レッドバード海賊船団と濃い繋がりがある者たちが、送られてきた周回遅れの救援通信を受けて『あの船団が襲われただと!?』といった感じで席を立ち始めた頃。
──さすがに、真正面からの侵入は目立ち過ぎる……というか、自分は良くてもアルクサリアが無理なので……と、彼女は判断した。
なので、誰にも知られることなく惑星ズービスへと降り立った彼女は、宇宙港より遠く離れた場所……最寄りの海岸線付近より、そっと上陸を果たした。
現在の彼女の姿は……まあ、一言でいえば、全身ピッチリタイツみたいな恰好の、美女である。
ちなみに、そのバストはセクサボディには些か劣るが、豊満である。しかし、その姿を確認する事は出来ない。
何故なら、『ネームレス』の身体は、ムラクモと同様に優れたステルス機能を有しているからだ。
さすがに異相空間への移動なんてのは無理だが、人類が作り出しているあらゆる監視装置でも現在の彼女を確認する事は出来ない。
だって、痕跡が全く残らないし。
何がどうなってそうなるのか彼女も理解していないが、どう動いても一切無音で跡も残らないし、重力すらも自動的に無効化したりするのだから、まあ……如何にえげつないか分かるだろう。
……で、話を戻す。
そこは、開発予定地として多種多様な資材が置かれた区画であり、大小様々な倉庫が立ち並び、場所によっては無造作にブルーシートが掛けられているだけ……といった有様であった。
なんといえば近しいのか……工事現場、あるいは、作業所といった言葉が似合うだろうか。
(……開発地区なので関係者以外立ち入り禁止、か)
ムラクモからの通信にて送られてくる情報では、彼女が降り立ったこの区画は『資材置き場』として表向きは登録されていた。
実際、見た感じは誰が見ても資材置き場である。置かれている資材のどれもが普通に資材であり、何一つ違法な物は置かれていない。
それは、倉庫の中に置かれている物も、ブルーシートが掛けられているだけの物も一緒。なんなら、放置されているっぽいフォークリフトとかそういう機器も一緒。
微妙に保管方法に不備があって劣化し始めている資材が見受けられるが、まあ、そこらへんはミスなのかどうかは不明。
(……凄まじいな、死角が有る場所を探すのが困難に思えるぐらいの、大量のカメラとセンサーだ)
それよりも気になるのは……資材置き場だというのに、設置されている監視設備の数の多さだろう。
その数、1000や2000では収まらない数だ。
しかも、それが一見したばかりでは分からないよう巧妙に隠されている。
資材の影だったり、倉庫の影だったり、始めからそこにあると分かっていなければ、まず見落としてしまうぐらいに隠されている。
はっきり言って、異常だ。
『ネームレス』という反則みたいなボディを使っていなければ、どう足掻いても此処へ足を踏み入れた時点でバレる。
なにせ、光学式カメラやセンサーに加えて、赤外線を始めとして、電磁センサー(おそらく、光学迷彩対策だろう)まで設置されている。
電磁センサーなんて、資材置き場なんて場所に置いてあるような代物じゃない。
それこそ、一台数十億、数百億、数千億はするような高価な代物が盗まれないようにするための防犯装置だ。
(……地下か?)
言い換えれば、そんな装置が置いてある時点で、この資材置き場にはナニカ有るということを証明していた。
実際、ネームレスに搭載されているセンサーと、近くの海上にて待機しているムラクモと合わせてスキャンしてみれば……その通りであった。
──資材置き場の地下には、広大な蟻の素……と言っても過言ではないぐらいの空間が広がっていた。
それも、ただの空間ではない。明らかに人が多く、外部からの襲撃に対処出来るようシェルターの……空調設備も完備されているうえに、それが一つじゃない。
まるで、地下に巨大な居住施設でも設置されているかと思ってしまうぐらいに……ハッキングAIからの情報にて、相当な電力が地下で消費されているのも分かった。
しかし、分かるのはそれだけだ。どのコンピュータをハッキングしても、資材置き場の地下に関する情報が無い。
ムラクモによるハッキングの失敗……いや、それはありえない。
それこそ、外部との接続が一切立たれているスタンドアローンのコンピュータでない限り、ムラクモは容易くハッキングをするだろう。
ならば、可能性として考えられるのは……本当にスタンドアローンにしてあるか、あえてアナログなやり方で運用されているか……まあ、考えたところでキリがない。
とにかく、地下には相当なナニカが隠されているのが分かった。
そして、それさえ分かれば十分だと判断した彼女は、己に搭載された機能の一つを使い……ぬるりと、水の中へ入るかのように地面の向こうへと潜り込む。
何をやっているかって、分子を外したり結合させたりを瞬時に行い、その際に生ずるエネルギーをコントロール……つまり、如何な防壁であろうと『ネームレス』は水に飛び込む感覚で中に入る事が可能なのだ。
もちろん、入り込む際に生じる事象が周囲に漏れることはないし、気付かれる可能性もない。
無音で、光も無ければ熱も無く、視認はおろか重圧すら感知できないステルス性だ……見付けろというのが無理な話であった。
(……あ~、なるほど)
そんなわけで、分厚い外壁をすり抜けて秘密の地下へと降り立った彼女は。
(道理で、人と思われる反応が多いわけだ)
ズラーッと……ガラスの向こう、まるで展示物のように各部屋(あるいは、ショーケース?)ごとに並べられた人間と思わしき生命体が入ったカプセルを前に。
(そりゃあ、アルクサリアを殺そうとするわけだ)
彼女は……深々とため息を零したのであった。
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