第11話: それ以来、外宇宙の品物は買っていない
この世界の人類が製造する(それも、船の外壁に設置できるような)爆発物の影響力など、高が知れている。
仮に、宇宙港がクレーターとなるような爆発が起こったとしても、レリーフに傷一つ作ることは不可能である。
それほどに、レリーフは頑強なのだ。
レリーフを破壊しようと思うなら、それこそ大型戦闘艦が数百隻分の出力を結集させた主砲を叩き込まなければ、どうにもならないだろう。
加えて、レリーフには自己修復機能が備わっている。
さすがに粉々になってしまえば終わりだが、外壁に穴が開いた程度、船体が折れ曲がったぐらいなら、小一時間程度で完全に修復を終えてしまう機能を備えている。
(しかし、宇宙港に停泊してある船に、白昼堂々と爆発物を設置した? セキュリティのやつらにも気付かれずに?)
なので、彼女は宇宙港に向かいつつも、特に焦ってはいなかった。
それよりも気になるのは、どうして爆発物を設置されたか、である。
どうやって……それ自体は、考える必要性はそこまでない。
重要なのは、目的だ。ただ、無差別に愉快犯が設置した……とかであればまあ、不運な話だったと納得出来る。
犯人に目的があるのならば。
金銭的、あるいは、彼女自身が目的で、脅迫するために設置したのであれば、まだ対処出来る。さっさと、犯人をぶちのめしてしまえば終わりだ。
しかし、その目的が彼女の命以外だった場合。
命を奪うのは、あくまでも目的を達成する為に通過する程度の事なのだとしたら……対処するにしても、やり方を考えなければならないからだ。
『レリーフ、爆発物はどこに設置されている?』
『──スラスターの影に隠れるように設置されています』
『無害化はされているか?』
『──いいえ、爆発したとしても船の航行に関する影響は皆無。貴女様の判断が必要とワタクシは判断致しました』
『なるほど、良かった。その判断は正しいよ』
『──ありがとうございます』
宇宙港へと到着した彼女は、あくまでも何も知らないフリをして船内へと入る。
その際、爆発物とやらは作動しなかった。
船外モニター(レリーフのモニターは、船体の何処にでも出す事が可能)にて見た限り、金属製の箱が確かに取り付けられていた。
ちょうど、スラスターの放熱がギリギリ届かず、注視しなければ外からは分からないような位置だ。
その物体の出所は不明。スキャンにて確認してみるも、使用されている部品のどれにもシリアルナンバー等が記載されていない。
同様に、部品もほとんど既製品が使われていない。
せいぜいビスや爆発物を修めている箱ぐらいだが……残念ながら、どちらもこの宇宙では広く流通していて、出所を探るのは不可能に近い。
レリーフAI曰く、『──おそらく、宇宙航行中に爆発させることを目的と考えられます』とのこと。
船外スキャンによって調べてみれば、まあ、装置そのものは単純で、発信機から発せられる固有の信号を受信しなくなれば、装置が起動する仕掛けになっている。
つまり、信号の届かない場所……宇宙港を出た後、宇宙遊泳中あるいはワープ航行中に起爆するよう設計された、時限爆弾だ。
その証拠に、受信している信号を逆探知してみれば、宇宙港のすぐ傍に併設している喫茶店に発信器があるのが分かった。
考えるまでもなく、発信機の持ち主は犯人だろう。あるいは、隠して置いてあるのかは分からない。
ただ、直接確認しに行くわけにはいかない。下手に勘付かれて逃げられ、また別のところで爆弾を仕掛けられてはたまらない。
(……これはもしかすれば、もしかすると)
それに、状況的に見て、すぐに行動に移した方が良いと判断した彼女は、船を出港させることにした。
幸いにも……いや、おそらく、向こうはそれが狙いなのだろう。
通常なら申請を出しても返事が来るまで2,30分は掛かるところなのに、即座に許可が下りた。
なので、船を早速発進させる。
何かトラブルが有って出港が送れるならばともかく、許可が下りているのにダラダラと時間を掛けているとお叱りの通信が送られてくるので、速やかに発進準備を行う。
これ自体は、特に問題なく進められている。
レリーフAIの予測通り、相手はこちらが不審な動きをしないかぎり、宇宙に出るまで様子見に徹するようだ。
……この時点で、彼女は……宇宙港の上層部にコネを利かせることが出来る存在が、犯人たちの中に居ると判断した。
こんなリゾート惑星で、職員に気付かれずに爆弾など取り付けられるだろうか……いや、不可能だ。
つまり……しかし、本命は宇宙港の職員ではない。
せいぜい、詳細を知らされずに命令に従っているか、金を貰って設置したか、あるいはグルで……彼女が知りたいのは、それらのバックに居る人物。
それも、彼女がこの星に降り立ってから今に至る短時間の間に素早く爆弾を用意出来て、かつ、宇宙港のセキュリティも言い訳して善良な職員を誤魔化せる事が可能な人物……といえば。
(──アルクサリアの叔父だ。アイツ、義母とやらの仲間だ)
状況証拠的に、そうだとしか──そう思った直後。
『──宇宙遊覧船レリーフ、発進します』
彼女の声データを使ったレリーフAIの宣言が宇宙港の管制室へと送られるに合わせて、『宇宙遊覧船レリーフ』の動力は唸りを上げて、空へと飛んで行き。
そして……時間にして約12分後、レリーフは宇宙に出ていて、レリーフがワープ航行に入る直前。
スラスターの辺りから通常時とは違う謎の爆発と共に、その船体がワープ空間へと入るのを……たまたま周辺を飛んでいた他の宇宙船が目撃していたが。
周辺を飛んでいた他の宇宙船を始めとして、宇宙港のどこにも、レリーフからの救難信号をキャッチすることはなかった。
──この世界の常識で考えるならば、だ。
ワープ空間内にてバラバラに弾け飛んだ船体が、宇宙の何処かへ放出されて未来永劫さ迷い続ける……といった感じで、『宇宙遊覧船レリーフ』の最後だと思ったことだろう。
『レリーフ、船体に異常は?』
『──問題ありません。スラスターに付着した汚れも、既に洗浄完了です』
『わざわざワープ航行中にしなくてもいいのでは?』
『──いいえ、心身のストレスは汚れから生まれます。汚れたモノは、直ちに洗浄するべきだと私は判断致しました』
『ああ、はいはい、分かったよ。私も汚いより綺麗な方が好きだから、無理さえしていなければそれでいいから』
『──理解していただき、ありがとうございます』
だが、実際はそうならなかった。
まあ、当たり前である。何度も言うが、『宇宙遊覧船レリーフ』は只の船ではない。たかが爆弾一つでは、動き一つ止めることすら不可能なのである。
……。
……。
…………で、だ。
頃合いを見てワープアウトし、通常空間へと出たレリーフは、彼女の指示に従って航路を外れ、悪路の中へと進む。
そこは、前世の言葉で言うなれば、『ダークマター』と呼ばれる暗黒物質が大量に留まっている宙域(別名、暗黒空間とも言われているらしい)であった。
この暗黒物質がある場所は、恒星の光が届かないゆえに真っ暗で、奥まで入ってしまうと船が方向を見失ってしまう……と、されている。
どうして『されている』という半端な言い回しになっているのかといえば、誰も暗黒空間の中を確認出来ていないうえに、そもそも暗黒物質を確認する事が非常に困難であるからだ。
恒星の光が届かないから、暗黒空間は真っ暗なのか。
恒星が存在していない場所を暗黒空間と定めているのか。
それすら正確に確認することが出来ない場所であり、かといって、何かしら名称を定めておかないと不便と考えた結果が今の……っと、話を戻そう。
『レリーフ、周辺宙域に他所の船は確認出来るか?』
暗黒空間にわざわざ足を踏み入れる自殺者なんて早々いないし、そもそも、この広い宇宙……かち合う確率は砂漠の中の砂金一粒を探し当てるぐらいに難しい。
けれども、絶対ではない。
そして、その皆無に等しい確率を引き当ててしまうと面倒なので、毎回アレを使う時は周囲の確認をレリーフAIにしてもらう。
『──索敵可能範囲に宇宙船並びに人工物は確認されませんでした』
居ないと分かってはいるが、それでも、僅かばかり安心する。
『よし、それでは、アレは送れず傍に来ているか? 来ているならば、早速乗り込む』
『──信号送受信完了、間もなく通常空間へと転移します』
そう、レリーフAIが通信にて告げた直後……『宇宙遊覧船レリーフ』より少しばかり離れた地点にて、バチバチとプラズマが
それは、まるで水面よりふわりと浮き出て来た船。
最後にひと際激しくプラズマが発光して静かになったかと思えば、パッと船体に光が灯り……ソレは、音も無く(宇宙なので、音はしないのだけど)レリーフの傍まで接近し、静止した。
──その船の名は、『高速戦闘艦ムラクモ』。
『ストア』にて購入した、彼女が所有する宇宙船の中で唯一の、戦闘を行うためだけの宇宙船である。
その外観は、上から見れば漢字の『山』だろうか。大きさ自体は、レリーフの約25%程度しかない。
しかし、めちゃくちゃに性能が良い。エンジンの出力だけ見ても、比べることすらおこがましいぐらいに性能が良い。
真正面からレリーフとぶつからなくとも、瞬時にレリーフが負けてしまうぐらいの武装も兼ね備えている、正しく、彼女が保有している切り札の一つである。
その切り札が、レリーフからの通信を受けて通路のドッキングを行う。
形状のせいでレリーフ内に格納出来ないので、ムラクモに乗る為には通路を伸ばして直接入るしかない。
『──忠告。『ネームレス』の使用は避けるべきだと思われます』
なので、ドッキングに合わせてさっさとムラクモへと向かうわけだが……その際、レリーフAIより忠告が届いた。
しかし、彼女は苦笑するだけで忠告を聞き流し、ムラクモ船内を進む。
目的は、格納庫に安置してある、とあるアンドロイド。彼女の中身(つまり、彼の魂)が憑依出来るもう一つの身体である。
『──忠告。『ネームレス』の使用は避けるべきだと思われます』
そうして向かう間にも、何度も何度も忠告が通信にて送られてくる。もちろん、それら全てを彼女は聞き流し続ける。
……レリーフAIの忠告は、彼女自身も当然のモノだと思っている。
というのも、レリーフAIが先手を打つ形で忠告した『ネームレス』は、色々と使用に制限を設けている機体である。
『ストア』にて購入した戦闘用アンドロイドであり、平時で使うには危なすぎるという理由があるわけだが……実は、それ以外にも理由が……っと。
「……ここに来るのは、相当に久しぶりだな」
ムラクモは、レリーフより小さく狭いだけあって、目的のブツが安置されている格納庫へはすぐに到着した。
『──忠告。『ネームレス』の使用は避けるべきだと思われます』
『……危険性は分かっているよ』
さすがに、何時までも無視し続けるのも可愛そうだと思った彼女は、そのように返答する。
『──忠告。『ネームレス』の使用は避けるべきだと思われます』
当然ながら、レリーフAIはそれで納得しなかった。
もちろん、彼女も納得させるつもりはない。既に、彼女は使用すると決めている。
止めるつもりはなく、絶えず送り続けられている忠告を聞き流しながら、操作パネルをタッチし……中へと入る。
約数メートル四方の小さな格納庫の中央に、ソレはある。
彼女が日常的に使用している調整ポッドとは色違いのカプセル。
そこに収まっている、約170cm程度の女性型アンドロイドを見やった彼女は……無言のままに、カプセルの封印を解除した。
そうして……蓋が開放され、露わになったそのアンドロイド。人と見間違うぐらいに精巧に作られた美貌が、彼女の眼前にて晒され──っ!
その瞬間──突如、彼女の隣、カプセルの横にて光が生じる。
その光は楕円形で、まるでワープ航行が行われる直前に生じる光の壁のように──と、次の瞬間、その光の中から、一人の女が姿を見せた。
……いや、違う。顔だけは人間のソレだが、首から下は人のソレではなかった。
前に飛び出した二つの胸の膨らみ、尻の張り、全体的な輪郭こそ人のソレだが、機械的なパーツで構成されている身体は紛れもなく、その女が人ではないことを如実に物語っていた。
「──『ネームレス』の起動を感知。セクサ、理由を求める」
「あ~、その、ティナさん、来るのが速いね」
「質問の答えとしては不適切。セクサ、起動の理由を求める」
愛想笑いで応対したセクサに対して、その女……ティナと彼女が呼んだ、その女は……顔色一つ、表情一つ変えることなく、静かな眼差しを彼女へと向けた。
……そう、コレだ。コレこそが、レリーフAIが頑なに拒絶した理由である。
この、ティナと呼ばれた女は、見ための通りに人間ではない。完全に機械で構成されたアンドロイドである。
しかも、ただのアンドロイドではない。ティナは、外宇宙にて製造された、『ボナジェ』と呼ばれたアンドロイドであり。
『宇宙遊覧船レリーフ』や、『高速戦闘艦ムラクモ』を作った連盟種族とやらが作り出したアンドロイドである。
その性能、現在の彼女の比ではない。単身でワープしてきたのが、その証拠だ。
──で、そんなティナとの出会いを語り出すと長くなるので、要所だけを簡潔にまとめるならば。
この『ネームレス』の本来の持ち主がティナで。
それを知らなかった彼女が『ストア』にてそれを奪い取ってしまい、すぐに気づいたティナが彼女の下へと押し掛けて来て。
色々あった末に譲渡されて使用を許可されたが、起動させるたびに使用目的を問うてくる……という状況なのであった。
(こ、怖ぇぇぇ……口調こそ柔らかいのに、相変わらず瞳に何の感情も見られねえ……!)
彼女が怯えるのも、致し方ないことであり、それほどのトラウマをティナに対して彼女は覚えていた。
今にも霊体のみで逃げ出したい気持ちになりながらも、彼女は一生懸命心を落ち着かせ……理由を話した。
「……なるほど、事情は分かった。では、その目的の達成にのみ使用を許可する」
ティナは、基本的に必要でないこと以外はしない。今回姿を見せたのも、事前の取り決めの通りに使用目的を確認しに来ただけ。
彼女が、ティナにとっての『商売の相手』であるならば話は別だが……さて、だ。
そんな事を考えている彼女を他所に、ティナは現われた時と同じく光の向こうへと消えれば、後には何の余韻も残らず……待機状態のまま静止しているネームレスがポツンと残された。
……。
……。
…………深々と、それはもう深いため息を彼女は零した。
「……いや、なにを呆けているんだ。一刻も早くアルクサリアの下へ向かわないと」
直後、我に返った彼女はネームレスに信号を送る。指示に従い、カプセルより少し離れたところに立ったのを見やった彼女は、替わりにカプセルの中に入った。
瞬間──肉眼では確認出来ないが、セクサという名のアンドロイドの身体より、男の霊体が飛び出した。
その霊体からは、まるで氷点下の中に置いたお湯のように湯気が──と、思った時にはもう、彼はネームレスの中に入り込む。
──変化は、唐突に現れた。
まるで、全身の動作を確認するかのように、その身体がケイレンする。そして、少しばかりの間を置いた後、キュインと瞳のセンサーが音も無く軋んだ。
『……レリーフ、それじゃあ私はアルクサリアの奪還に向かう』
その時にはもう、セクサは意志を持たず物も言わないアンドロイドとなっていて、ネームレスがその替わりとなっていた。
『こちらから指示があるまで、この宙域で待機していてくれ』
『──了解致しました』
そして、替わってからの動きは早かった。
レリーフと繋がっていたドッキングが解除されると同時に、ムラクモの操縦席へと移動した彼女は、レリーフと同じく自らと船を回線にて繋ぐと。
「……待っていろ、アルクサリア」
そう、誰に伝えるわけでもない呟きが零れると共に──『高速戦闘艦ムラクモ』は、レリーフの6倍の速度にてワープ航行に入り、アルクサリアの下へ向かった。
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