第10話: 肩の荷が下りたかと思ったら……
アルクサリアの叔父が居るという『ホクロー星系』の『惑星ズービス』。
移動中、レリーフ内に保管してあるデータベースより調べた限り、その星を一言で言い表すならば、『水の惑星』であった。
前世の言葉なら、『水球』と呼ばれていたかもしれないこの星は、陸が約15%、海が85%、地上の大部分が水で覆われている星である。
なんともまあ湿っぽい惑星だなと思われそうな感じだが、実際のところ、この星は数ある惑星の中でも有名なリゾート惑星としてその名が知られている。
その理由として、この星が一年を通して温暖で緩やかな気候となっているからだ。
どうしてそうなるかといえば説明が長くなるので詳細は省くが、要は星を構成する物質や質量、恒星の位置、自転や公転速度、並びに、大気の比重などが奇跡的に噛み合った結果であった。
……ちなみに、この星は元々知的生命体が住んでいた星ではない。
いや、というより、知的生命体が誕生するよりも前に、この世界の人類が目を付けてテラフォーミングが行われた結果、王族が居を構え、紆余曲折を経てリゾート地になった……というわけだ。
ゆえに、この星のセキュリティの厳しさは他の惑星の(ステーションよりも)比ではないぐらいに厳重である。
ステーションで行ったチェックは最低限。
そこから更に職員の手による直接的なボディチェックから始まり、入って来た宇宙船の中は徹底的に確認される。
それこそ、本来ならば船長以外には許可なく立ち入ってはならないと法に定められている船長室どころか、動力室ですら立会の下で確認してくるぐらいだ。
何故なら、惑星ズービスは有数のリゾート惑星……すなわち、宇宙に散らばった資産家たちが、この星を利用しに来訪するからだ。
もちろん、三つも四つも星系を跨ってくるようなモノ好きはそう多くはない。しかし、この星をわざわざ選んでくる資産家の中に、そんなモノ好きが居ても不思議ではない。
一つの星の中で領土を奪い合っていた時代ならまだしも、今の人類の生息圏は宇宙。いまだ、全体の1%すら生息域を広げられていない、広大な宇宙だ。
人口なんて、ずっと、ずーっと、ず──ーっと前に3000億を突破してからは、もう数える必要性がないとカウントを止めてしまったぐらいだ。
それだけ人口が多くもなれば、そういった金持ちの物好きも割合が増えるわけで。
その結果、惑星ズービスはごった返すような賑わいこそなくとも、連日に渡って客足が途絶えることのない、人気のリゾート惑星になっているわけであった。
で、そんな惑星に降り立つにあたり、当然ながら彼女も他の者たちと同様に厳重なセキュリティチェックを受けるわけだが……まあ、アレだ。
ぶっちゃけてしまうと、セキュリティを抜けることは非常に容易かった。
いくらセキュリティが厳しかろうが、子供一人を誤魔化すなんて簡単だ。
局所的に重力を変動させてチェックを素通りし、船内監査も、アルクサリアを所定の場所に入れておけば、それこそ船を完全に解体しなければ分からない状態に出来る。
つまり、アルクサリアさえ見つからなければ、後はもう言われるがまま、されるがまま、チェックが終わるのを待つだけで良いのだ。
「……おい、何時まで
「ご容赦を、もうすぐ終わりますので」
「以前、他の惑星に行った時も似たような事をされたから意図は分かっている。ただ、さっさとしてくれ、いいかげん疲れてきた」
「……ご容赦を」
ただ、慣れていない惑星に行くと、今回のように執拗なまでにボディチェックをされてしまうのは難点だが……まあ、諦めるほかあるまい。
実際、女が性別を武器に麻薬などを密入するなんて、宇宙の運送屋をやっていればよく聞く話だ。
膣内や尻の中に入れて隠すなんて序の口。
胸とか尻の手術だという言い訳で、実際は麻薬物質を固めたジェルを中に入れていたとか、まあ、上手く行けば大金になるし、向こうもソレが分かっているから執拗になるのも理解出来た。
そうして、無事にチェックを全てすり抜けてしまえばもう、後は簡単だ。
いくらセキュリティが厳しいからといって、犯罪の影の痕跡すら見当たらない人物を何時までも監視していられるほど、職員たちは暇ではない。
なにせ、惑星ズービスはリゾート地。それも、金持ちの利用客が多いリゾート地だ。
1人の利用客に力を入れて、肝心要の太い客を蔑ろにするわけにはいかない。船内もそうだが、彼女の手足である義手と義足も入念にチェックした。
だから、マニュアルに従って調べ切ってしまえばもう、チェックは外され……あとは、例のコートで外観を完全に誤魔化しきってしまえば、彼女を疑う者は1人もいなかった。
──そんなわけで、だ。
まっすぐに叔父がいる屋敷へと向かう。
当然ながら、アポも無ければ予約すら取っていない彼女と応対してくれるわけがない。
普通に、パワードスーツを見に纏った守衛の者たちに追い返されかけたわけだが。
「え、エルフ!?」
「お、王族!?」
コートの中からアルクサリアが出てくれば、態度は一変。
それまで胡散臭そうに見ていた守衛の者たちは、まるで、いきなり眼前に自社の社長が現れたかのように慌てふためき、屋敷の方へと連絡を取り始めたのであった。
……いや、まるで、ではない。
事実として、守衛の者たちからすれば、眼前のアルクサリアは社長とも言える存在なのだ。
相手が子供であろうが、王族は王族。アポなしであろうと、確認も取らずに追い返すわけにはいかない。
エルフという一族に雇われている彼らにとって、相手がエルフというだけで一般人とは異なる意味合いがあるわけであった。
……で、慌てふためく者たちを他所に、しばらくして。
「──アルクサリア、無事だったのか!?」
「叔父様!」
当初とは打って変わって物腰低く対応してきた守衛の者たち(遅れてやってきた案内人たちも)に軽く頭を下げつつ、中へ。
豪華絢爛とまではいかなくとも、細やかな部分にまで掃除が行き届き、金が掛かっているなと思わせる通路を進み……案内された先は、落ち着いた雰囲気の部屋であった。
その中に、エルフが居た。つまり、王族だ。
エルフ以外に人影はなく、案内人たちも廊下の先、部屋から少しばかり離れた場所で待機しており、部屋に居るのは3人だけであった。
「良かった……本当に、良かった」
「叔父様……ごめんなさい、心配をおかけしました」
「いいんだ、いいんだよ。無事で、それだけで……」
そうして、僅か10秒後。
叔父と呼ばれたエルフ(見た目、ちょっと皺のある美形エルフ)と感動の対面を果たす、アルクサリアの姿がそこにはあった。
よほど、心配していたのだろう。
思わずといった様子で姪(に、なるのだろうか?)を抱き締める。その勢いに、はるかに年下のアルクサリアの方が面食らって冷静になっていた。
いや、まあ、状況的に仕方がないとは思う。
叔父からすれば、アルクサリアが本当に生きているのか死んでいるのか確証が持てない日々。
生きているという情報が上がっていても、それが彼の下に届くまでのタイムラグがある。
他の犯罪に巻き込まれ、あるいは、捕まっているかもしれない。もしかしたら、事故で動けなくなっているかも……不安を、1秒足りとて消せなかったのだろう。
大人であるがゆえに、捕まれば最後、どんな末路を迎えるかを想像していたのかもしれない。
だからこそ、困惑するアルクサリアを見ても、少し落ち着くまで……と、誰も無理に引き剥がそうとはしなかった。
当のアルクサリアも、そこまで心配を掛けていたことを思ってしまい動けず……何とも言い表し難い空気がその場を流れた。
……。
……。
…………そうして、たっぷり2分ほど。
その時間で、ようやく叔父は荒れ狂っていた心を落ち着かせたのか、「す、すまない、アルクサリア……」叔父は気まずそうにアルクサリアを開放した。
「怪我は、ないか? 喫茶店で、あわやという事態になりかけたという報告が届いた時は、血の気が引いたよ」
「うん、大丈夫……え? 叔父様、なんで知っているの?」
驚いたアルクサリアに対して、「君のお父さんから、連絡を受けていたんだ」叔父はアルクサリアの目線に合わせるように屈んだ。
「『私の身に何か有った時、娘を頼む』とね。それを聞いてすぐに私兵を送ったのだけれども、到着するよりも早く相手は動いてしまった」
「叔父様、わたし──」
そこまで口走った辺りで、シッと叔父はアルクサリアの唇に指を立てた。
……部外者に、これ以降は漏らすな……という意味か。
反射的に口を噤んだアルクサリアに対して、叔父は安心させるように笑みを浮かべると……初めて、彼女へと振り返った。
「セクサ殿、でよろしかったかな?」
「おや、私の事を知っているので?」
「詳しくは……ただ、貴方様は有名だ。御噂ぐらいなら、私の下にも入ってきている」
純粋に気になって尋ねれば、そんな返答がなされた。
「本来であれば、私の方から貴方様に自己紹介をするべきところだが……申しわけない。子供であるアルクサリアならばともかく、私の立場ではおいそれと誰かに名乗る事を許されていないのだ」
「ふ~ん……王族特有のしきたりとか、そういうやつ?」
よく分からないし意味も分からないが、やんごとなき家柄ともなれば、おいそれと名乗る事すら許されないナニカがあるのだろう。
視線をアルクサリアへ向ければ、アルクサリアは困ったように視線をさ迷わせた後で、静かに頷いた。
「……言われてみれば、アルクサリアからは叔父としか言われなかったな」
それを見て、そういえばと彼女は宇宙船での日々を思い返す。
確かに、アルクサリアは叔父を『叔父』と呼ぶことはあっても、名前で呼ぶことは一度としてなかった。
彼女としては、叔父の事なんて欠片の興味も無い。有るのは、アルクサリアを任せて大丈夫か否か、それだけである。
だから、万が一連れてきたアルクサリアが一瞬でも嫌そうな顔をしたら、他の王族の下へ連れていくつもりだった。
たった数日の付き合いではあるが、既に彼女はアルクサリアの性格というものをある程度は掴んでいた。
アルクサリアは年齢相応の幼さこそあるが、思慮深い性格をしている。
なので、縁も所縁もない
だからこそ、アルクサリアは嘘を付いている可能性を彼女は考えていた。
本当なら、もっと信頼のおける王族がいる。けれども、そこは遠すぎるので、多少嫌でも近場の王族を選んだ。
己の命が掛かっていても、無意識(言い換えれば、無自覚)の内にそんな遠慮をしてしまうところがある子だということに、彼女は気付いていた。
ゆえに、アルクサリアが叔父とやらに嫌悪感を見せたら、そのまま強引に連れ帰るつもりだったが。
(……取り越し苦労で済んだな)
どうやら、杞憂だったようだ。
対面した際の叔父の態度に面食らって困惑していたが、アルクサリア自身はそこまで嫌がった様子を見せなかった。
アレぐらいなら、親戚とはいえ異性に抱き締められた事に対する反射的な拒否反応。生き物なら誰もが持つ生理的な拒絶だ。
事実、アルクサリアは叔父の反応を察して、すぐに力を抜いてされるがままになった。それだけで、アルクサリアが叔父に対して心を許しているのは傍目にも明白であった。
「それじゃあ、お役目御免というわけか。後は任せてもいいわけだね?」
「全て、任せてくれ。貴女様の協力によって、すぐにでも今は亡き彼の……アルクサリアの悲しみもまた、少しは癒されるだろう」
「……そうか」
最後に、もう一度……アルクサリアに視線を向ければ、アルクサリアはまっすぐにソレを見つめ返した後、深々と頭を下げた。
それを見た、彼女は。
「頑張れよ、アルクサリア」
短い間とはいえ、肩の荷が下りた事にホッと身体の力を抜いたのであった。
──で、だ。
これ以上己があの場に長居したところで、出来る事は何もない。
いや、むしろ、己が居るせいで邪魔になる事が増えると判断した彼女は、さっさと屋敷を後にした。
その際、アルクサリアから少しばかり寂しそうな視線を向けられた。
だが、行かないでほしいといった意味合いの視線ではなかったので、手を振って別れ……自由の身になったわけだが。
とりあえず、このままとんぼ返りするのは勿体無い。
逃避行目的とはいえ、わざわざ別の星系(それも、有名なリゾート惑星)にまで来たのだ。
せっかくだし、観光の一つでもして帰ろうかと思い、守衛の人より幾つか人気があるスポットを聞いて、そちらに向かった……ところまでは、良かった。
そう、そこまでは、良かった。
一年を通して温暖な気候が続くリゾート惑星なだけあって、皆が皆、薄着だ。さすがに裸で出歩く馬鹿はいないが、水着に軽くタオルを羽織っただけの観光客が大勢いた。
……そう、そこまではまあ、よくあるリゾート地の光景であった。
「たっけぇなあ、おい」
問題なのは、到着してから……すなわち、教えられた人気スポットに足を踏み入れた後。
傍目にも富裕層(低くとも、中間層より少し上)なのが見て取れる人たちでごった返すエリアだったわけだが。
──何気なく立ち寄った店の商品の値段を見て、思わず彼女は上がりかけていたテンションが下がってゆくのを自覚した
有り体にいえば、目に留まる商品がどれもこれも、観光地仕様となっていた。言い換えれば、他所よりもお高いのだ。
もちろん、買えない値段なわけではない。そして、味だって悪くは……いや、値段に見合った味と品質なのだろうと思った。
「ジュース一杯で……約3食分……か」
しかし、それでも買った事を少しばかり後悔したのは、彼女の金銭感覚が前世のままの貧乏性だったから……まあいい。
とにかく、どれもこれもが想定していた金額の倍以上の値段設定になっているおかげで、彼女はすっかり観光を楽しむ気分ではなくなってしまった。
もちろん、それだけが理由ではない。
彼女の現在の恰好は、コートにレオタード……つまりは、何時もの格好だ。当たり前だが、水着よりもマシとはいえ、歩く度にそれなりに揺れる。
すると、集まるわけだ……野郎どもに限らず、色んな人たちの視線が……己に向かって、まっすぐに。
コートの袖や裾から見える、機械の手足。それがもたらす威圧感によって声こそ掛けられてこないが、時間の問題だろう。
なにせ、ここはリゾート惑星。旅の恥はかき捨てと言わんばかりに、開放感に突き動かされるがままにちょっかいを掛けて来る者が絶対に現れる。
そうなれば、非常に面倒だ。
ただでさえ、貧乏性であるおかげで上手く楽しめていないというのに、こうまで露骨に視線を向けられるとなれば余計に悪い。
おかげで、ジュースを飲み終わる頃にはもう、リゾートを楽しもうとする気持ちはおろか、興味すら薄れかけていた。
(でもなあ……このまま手ぶらで帰るのもなあ……)
けれども、さっさと帰るのもまあ、もったいない気がする。
言うなれば、アレだ。遊園地に来て、並ぶのが面倒になってさっさと帰宅したくなる、アレと同じ感覚に陥っている。
そういう時は、とにかく手頃なやつに乗るなり何なりして、帰りたい気持ちを紛らわせば良いわけだが……が、しかし。
──そもそも、この星で気を紛らわせる事が、不可能であった。
なにせ、誰も彼もが浮かれている。彼女の身体に搭載されたセンサーによって、既に先ほどから後を付いて来ている男たちの集団も確認されている。
それは、アルクサリアの追手ではない。ただのナンパで、されど、無視も出来ない輩だ。
この状況で落ち着ける場所になって移動しようものなら、確実に声を掛けて来る。いや、それ以前に路地に入るだけで、そのまま声を掛けて来る可能性が極めて高い。
(適当な店に入って……いや、足を止めるのもマズイか)
しばし悩んだが、やはり、何をするにしても一旦は船に戻った方が良いかも……そんな事を考え始めた時であった。
『──報告事項──』
唐突に、彼女の脳裏に……いや、彼女の電子頭脳へ通信が成された。
それは、『宇宙遊覧船レリーフ』に搭載されたAIからの、非常時や何かしらの異常が起こった時にのみ送られてくる、秘匿通信であった。
『──どうした、レリーフ。何かあったのか?』
表面上は、景色を眺めながらこれまで通りに素知らぬ顔で歩いて。
内心では、滅多に送られてこない秘匿通信に驚きつつも、冷静にAIからの報告を受けて──。
『──報告、登録されていない侵入者によって、船の外壁に爆発物と思われる物体が設置されました』
「はっ?」
──適切に対応しようと思っていたが、出来なかった。
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