第9話: 王族とはいえ、まだ子供なのだ




 入浴も終わり、食事も済ませ、就寝の身支度を全て終えたアルクサリアだが、上手く寝付けないかもと相談された彼女は、眠くなるまで起きていればよいと提案した。


 理由はまあ、それ以外の方法を彼女は思いつかなかったからで、というのも、だ。


 マッサージのおかげで身体や心の緊張が解れたとはいえ、逃亡の日々にて身についてしまった不安癖は早々に抜けない。


 要は、一番大きな不安を消せないのが原因でとても眠りが浅くなってしまっており、それをアルクサリアは『上手く寝付けない』と話しているのだ。



 これはまあ、現時点ではどうにも出来ないことだ。



 頭では分かっていても最悪の事態を想像してしまい、それが気になってしまって上手く寝付けない。ようやく寝つけても、ちょっとしたことでフッと目を覚ましてしまう。



 曰く、『眠るのが怖い』とのことで、なるほど、根本的な不安が原因なのは明白であった。



 こういう場合、手っ取り早く眠らせる為には睡眠薬が一番楽だが、あいにく、『宇宙遊覧船レリーフ』内には、睡眠導入剤の類は置いていない。


 いちおう、『ストア』でもこっそり用意出来る。だが、薬の使用に関しては当人からそれはそれで不安なのでと断られてしまったので、どのみち使えない。



 とはいえ、カウセリング的な知識が彼女にあるわけでもない。



 ただ、眠れない時に無理にベッドへ横になっても苦痛という感覚は知っている。そんなわけだからこそ、彼女は無理にアルクサリアを寝かせようとは思わなかった。


 精神的な病による不眠ならばともかく、アルクサリアのそれは一時的な症状に見える。



 つまり、眠くなるまで起きていたら、勝手に寝てしまう程度に見えたからだ。



 実際、逃亡中でも眠りが浅くなることはあっても、全く眠れなかったわけではないらしい。


 短期的な睡眠は突発的に(半ば、気絶に近い状態なのかもしれないが)取れていたので、そのうち眠くなるだろう……というのが、彼女の出した結論であった。



「……あの、ごめんなさい」

「いや、いいよ、誰だって人恋しい時はある」



 で、その結果、どのような対応が成されたのかというと。



「狭くて苦しいと思ったら、何時でも用意した部屋へ戻っていい。おまえが寝やすいと思った方を選べばいいから」

「はい、何から何までありがとうございます」



 見たままを述べるのであれば、アルクサリアと彼女の両名が同じベッドに寝ることになったのであった。


 これは……実のところ、アルクサリアからの提案ではある。



 曰く、『一人で寝るのが怖い』とのこと。



 まあ、今は悪路を通っているわけだし、一人静かな場所に居ると、悶々と考え込んでしまうような状況ではある。


 加えて、アルクサリアにとっては現状、唯一頼れる年上の同性でもあるし……おそらく、己に対して心を少しばかり許したのだろう。


 その過程で、自覚出来ていなかった内心が表に出てきたのだと思った彼女は、少なくとも向こうへ到着する五日間は……出来うる限り、アルクサリアのワガママを聞こうと思った。



 ……さて、そんなわけで、話を戻そう。



 現在、彼女とアルクサリアは同じ布団に入っている。


 ベッドではない、布団だ。レリーフ内にて設けられた部屋の中で、彼女が自室としても活用している『和室』だ。


 その内装は、昔ながらの日本家屋といった感じだろうか。


 床は畳に板の壁に、棚の上には金魚鉢やら掛け軸やら、それっぽいのが展示されている。


 その、中央に、布団が一つ。


 大人が4人並んで寝られるぐらいに広々としている特注であり、どの角度からでもスイッチ一つでテレビ(自動移動)が見られる設計になっている。


 ちなみに、この布団は大きさだけでなく、寝心地にも大変気を配った逸品だ。


 これも『ストア』にて購入し、改良を重ねた結果なので、これと同じレベルのベッドを用意しようと思ったら時間も金も掛かるだろう。


 照明は、間接照明が幾つか。手元の本を読むには少々暗すぎるが、会話をするには十分すぎる明るさだ。


 ワープ航行中なので、本来であればギシギシと艦体が揺れることもあるが、『宇宙遊覧船レリーフ』には無縁。ここが宇宙船の中とは思えないぐらいに、静かで落ち着いた空気が流れていた。


 とりあえず、映画の一つでも流しておくか。


 そんな気持ちでセットした、あまり聞き覚えのない映画(事前に購入した、お得セット)を2人してぼんやり眺めていた……そんな時。



「……ところで、一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「何事も無く目的地に着いて、目当ての人物に会えたとして……そこからどうするつもりだ? なにか、動かぬ証拠とか持っているのか?」



 ふと、そういえばと思った彼女は、アルクサリアへ率直に尋ねた。 


 いくら王族とはいえ、何の証拠もなく犯罪の証明など出来はしない。向こうがいくら協力的だったとしても、そこは動かせないだろう。


 いや、むしろ、イメージにうるさい王族だからこそ、そういう部分は特に重要視しそうなものなのだが。



「ああ、それは、私の頭の中にあります」

「頭?」

「私たちエルフの頭は特別なのです」

「特別?」

「説明するのが難しいですけれども……そうですね、大脳の中に、目で見た光景を意図的に記録出来る領域というか、機能があるのです」

「……録画みたいなものか?」

「だいたい、合っています」



 思わずといった様子で苦笑を零したアルクサリアは……ぼんやりと、映し出されている映画を眺めた。



「そこに一度でも記録された映像は、私自身にも操作は出来ません。つまり、ある種のブラックボックスが私たちの頭の中にあるのです」

「へえ、そうなんだ。でも、それならどうやって確認するんだ?」

「特殊な機械を使うことで、私の頭の中からソレを転送する事が出来ます。ただ、それは私たちエルフたちの間で厳重に管理されていて、外部の者に貸し出すことはおろか、見せることすら絶対にありません」

「ああ、だから、叔父のところで連れて行ってほしいと……」

「はい、ソレさえあれば、もうあの女は何も出来ません。私たちの間では、それは物的証拠に並ぶぐらいの決定的な証拠に成り得ますから」

「なるほどねえ……ん? それじゃあ、いちいち捕まえるよりも殺した方が手っ取り早くないか?」



 フッと湧いてきた疑問を、アルクサリアへと問う。


 頭の中にあるソレが証拠となるなら、それこそ、殺してしまった方が早い。


 それが機械的な代物にしろ、生体的な代物にしろ、壊してしまえば全部同じだからだ。



「それは、父のおかげです」



 そんな疑問に対して、アルクサリアはそう答えた。



「父は、殺される事を覚悟していたのでしょう。だから、殺される前に伝手を頼りに色々な方へ連絡を取ったらしいのです」

「色々……って、誰だ?」

「それが分かれば、こんな苦労はしておりません。父は私を巻き込まないよう、安全な場所に居られるよう、色々と動いてくれていたみたいですが……」

「向こうの方が、動きが早かったわけか」

「内容は話せませんが、なりふり構っていられなかったのでしょう。父の最後の言葉から、同族の皆様方がこの件で動いていることは知っておりましたが……それでも、薄氷の上を走るような毎日でした」



 その言葉と共に、小さくため息を零したアルクサリアに、ようやく彼女は……納得した。



(なるほど、無実であることを同族たちへ証明するために、アルクサリアを捕らえる必要があったわけか)



 それが、アルクサリアを殺すのではなく、一旦は捕まえるという回りくどい処置を義母が取る理由であった。


 誰にも知られていない状況ならまだしも、既に他の王族に情報が渡っている。


 つまり、決定的な証拠とまではいかなくとも、疑惑の目を向けられている状況なわけで……言い換えれば、あくまでも疑惑の段階でしかないというわけで。


 だからこそ、義母たちも、他の王族たちも、同じことに気付いて知って、同じことを考えた。



 ──逃げ延びたアルクサリアが、決定的な証拠を目撃し、頭の中のブラックボックスに入れているのでは、と。



 義母は、さぞ焦っただろう。


 放っておいて、万が一他の王族に保護されてしまえば、己の破滅は必須。如何なる言い訳も通用せず、罪人として処刑されてしまう。


 既に、アルクサリアの生存は他の王族たちにバレている。ここで殺してしまえば、それこそ疑惑は確信へと至り、強制的な捜査が成される可能性まで出て来る


 ならば、リスクを承知で真っ先に捕まえ、証拠が他の王族に露呈しないようにしなければならない。


 薬物でも何でもいい。生きてはいるけど他所へ対談出来ないようにしてしまえば、あくまでも疑惑の段階に留めておける……強制捜査を逃れられる。


 おそらく、義母はそう考えたのだろう。


 だからこそ、殺すではなく捕らえる方向で手駒を動かした。


 そのせいで、他の王族から『アルクサリアを捕らえようとしている』ことを教える結果になろうとも……リスクを覚悟の上で動いたわけだ。



(……不運なのはアルクサリアから見て、誰が敵で、誰が味方なのか、それが分からなかったことだろうな)



 そこまで思考を巡らせたあたりで、彼女は小さく息を吐いた。



 そう、そうなのだ。



 アルクサリアの話を聞いて推測した限りだが、アルクサリアには味方がいる可能性が高い。というか、今も探しているはずだ。


 いくら殺さずに捕まえることを目的にしているとはいえ、アルクサリアはまだ子供。しかも、王族ゆえの世間知らずな部分もあるだろう。


 そんな状態で今日まで逃げ切れたのは、ひとえに、アルクサリアだけの力ではない。


 おそらく、アルクサリアが気付いていないだけで、他の王族たちが色々と手を回しているはずだ。


 もしかしたら、追いかけて来た者たちの中にはアルクサリアの味方だっていたかもしれない。アルクサリアを助ける為に、追いかけている者がいたかもしれない。


 ただ、それを知る術がアルクサリアには無かった。


 まあ、それも状況的には致し方ない。それが出来ていたら、今頃アルクサリアはその王族の庇護下にいるのだから。



(犯人が同じ王族だったから……もしかしたらと、そんな不安を消せなかったのだろう)



 アルクサリアの胸中にて渦巻いていた不安や恐怖が如何に凄まじいものであったか……想像した彼女は、ゆるりとアルクサリアへと身体を向ける。



「……、……、……」



 その時にはもう、アルクサリアは寝息を立てていた。


 やはり、疲労がピークに達しかけていたようだ。


 開放感によって一時的にハイになっていたが、治まってしまえばもう、電池が切れた玩具みたいなものである。



(せめて、この船の中に居る時ぐらいは……心安らかに過ごしてほしいものだ)



 ぐてっと力無く寝息を立てているそのあどけない顔に苦笑を零した彼女は、次いで、寝違えないように頭の位置をそっと枕に戻す。


 そのまま、風邪を引かないようにと肌蹴た掛布団へと手を伸ばし、このまま己も寝てしまおうと思った──。



「……またか」



 ──直後、まるで申し合わせたかのように寝返りを打ったアルクサリアによって……その小さな顔が、すっぽりと彼女の胸へと埋もれてしまった。


 基本的に、彼女は寝る時、シャツとパンツ一枚である。それは、前世から続く癖であった。


 以前は調整ポッドの中で寝ていたが、精神的に全然気分が安らいだ気がせず、比較的早いうちに布団やベッドの中で寝るようになった。


 もちろん、その時は機械の四肢は外す。


 そのままだと起きた時に撮り付けるのが面倒だし、なによりシーツがズタズタに破けてしまう。それを防ぐ意味でも、寝る時は就寝用の義手と義足を使って寝ている。


 就寝用は、生体パーツのボディに合わせた、生体パーツの四肢だ。


 『ストア』にて改良を重ねた逸品ゆえに、よほど目を凝らさない限りは継ぎ目の確認が出来ないぐらいに精巧である。


 おかげで、最初にその四肢を装着した時、アルクサリアは驚いてペタペタと継ぎ目が有った辺りを触って来たが……まあいい。


 彼女がそれを装着する理由は、ただ一つ。なんとなくだが。自分が生きているような気がするからだ。


 だから、無駄な工程だと分かっていても、寝る時は何時もその四肢に付け替えてから寝るのがルーチンとなっていた。



(ま、マジで良かった。普段使っている方は硬いし突起もあるから、位置によっては目とか傷つけていたかもしれない)



 まさか、そのルーチンのおかげで、一人の少女が無事な結果に終わるとは夢にも……って、そんな事よりも、だ。


 己に抱き着いたまま寝息を立てているアルクサリアを退かそうとするが、背中に回った腕がほどける気配がない。


 眠りについてすぐとはいえ、既に、相当に深い眠りについているようだ。


 だから、ちょっとやそっと動かしたぐらいでは起きそうにないから、強引に引き剥がすことは簡単だろう。



(……涙?)



 けれども、彼女はそうしなかった。


 何故なら、アルクサリアは泣いていたからだ。


 まるで、溢れて滲み出たしずくのように、一滴、二滴、小さな頬を伝って流れ落ち、枕へと染みては消えてゆく。


 最初は、安堵感から来る生理的な反応かと思った。だが、そうではない。どうしたものかと悩む彼女の視線は、僅かな唇の動きを……確かに、読み取っていた。




 ──おかあさま。




 声にもならない、唇だけの動き。


 けれども、確かに、アルクサリアはそう発した。ここにはいない、いや、この世界にはもういない、母親を恋しがる娘の呼び声。



(……そうだよな。気丈に振る舞っていたって、まだ子供だ。母親に甘えて当然な、まだ子供なんだ)



 そんな呼び声を前にすれば……彼女にはもう、アルクサリアを引き剥がす気持ちはなかった。


 代わりに、ゆっくりと。


 アルクサリアの頭を抱え込むように腕を回す。体重を掛けないよう気を付けながら、優しく小さな背中を叩いてやる。


 すると……アルクサリアは笑みを浮かべた。


 母親と会っている夢を見ているのか、それは分からない。だが、そうなっていればいいなと……心から、彼女は思った。



「……はあ、まったく」


 と、同時に、彼女は。



「子供を産んだ事はないし、そもそも生むって発想どころか元男。それが、母親の真似事をして子供の不安を和らげる……ねえ」


 前世では想像すらしていなかった状況を、現実にて行っていることに。



「まさか、こんな形でこの身体が役に立つとは……人生、何が起こるか本当に分からんものだな」


 そんな呟きを零さずにはいられなかった。


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