第8話: 実は、リピーターが多いらしい



 宇宙へと飛び出してしまえば、こっちのものだ。



 何故なら、『宇宙遊覧船レリーフ』の性能は、人類が製造している最新型の宇宙船ですら、その足元にも及べないからだ。


 単純な出力に留まらず、推進力だって桁が違う。純粋に、レリーフは速いのだ。


 なので、まともに競り合ったところで高速戦闘艦ですら捕捉することが叶わず、間もなくロストしてしまう速度が出せる。


 加えて、レリーフに搭載されているシールド機能も同等。


 速度を落としてデブリなどの衝撃を和らげてもなお危険な、航路から外れた悪路でも、レリーフはトップスピードを維持したまま航行が可能である。



 ちなみに、宇宙における『悪路』とは。



 言うなれば、安全調査が行われていない道の全てが該当する。それは現実空間だけに限らず、ワープ航行を行う際のワープ空間も含まれる。


 この安全調査……言葉だけを聞けば、少々大げさではと思う者がいるかもしれないが、とんでもない。何が起こっても不思議ではない、それもまた宇宙なのである。


 地上とは違い、宇宙の危険は360度、24時間いつ何が起こるか分からない。数年周期で流星群が通過する地点だって、宇宙では珍しい話でもない。


 実際、極々稀な話ではあるが、燃料費を浮かせようとしたと思われる宇宙船の信号が、航路から外れた場所にて途絶えるといった話は未だにある。


 そして、安全調査が行われて許可が下りた道は全て『航路』と定められている。


 それゆえに、よほどの理由が無い限りは、場所によっては一ヶ月二ヶ月余計な時間が掛かってでも、航路を通って目的地へ向かうのが常識となっていた。




「──説明する手間は省くけど、この船は悪路でも自由に星々を行き来できる特注でね」


 が、しかし。


「不安に思う気持ちは分かるが、航路は義母が手を回している可能性とて0ではない。その都度検問を用意されて止められてしまうと、今度こそ罪状をでっち上げられるかもしれない」


 常識的に考えて絶対に通らない悪路であっても。


「なので、悪路を通る。船の運航予測だと、五日ぐらいで到着予定。その間、他の惑星に立ち寄ることも避けたい。だから、する事がマジで何も無いのは覚悟しておいてくれ」


『宇宙遊覧船レリーフ』の前では、無意味であった。




 そう、レリーフは、他の宇宙船であれば尻込みし、命を捨てる覚悟で臨まなければならない悪路であっても、航路と変わらず進むことが出来る。


 どうしてそれが可能って、前述した通り、出力が従来の宇宙船に比べて桁違いだからだ。


 単純に、戦艦でも身構える必要があるレベルの流星群とぶつかっても、レリーフを覆っているシールドを突き破る事は不可能。


 加えて、レリーフを構成している素材……つまりは材料すらも、従来の合金とは全く異なる……超常的な技術と理論とで作られた合金である。


 つまり、ものすごく硬くて粘り強いのだ。なにせ、元々は太陽の中で休眠状態にされていた船だ……流星の雨の中にいたって、平気なわけである。



「……あ、あの、本当に大丈夫なんですよね?」



 けれども、そんな事など知る由もないアルクサリアの顔は青ざめていた。まあ、当たり前である。


 航路ではなく悪路を進むなんて、この世界の常識で考えれば自殺行為でしかない。


 せいぜい、警察などの追手から逃れるためにやむおえず悪路へと舵を切った犯罪者ぐらいだろう。



「大丈夫だ。この船は悪路を通ったところでどうこうなることはない。それこそ、ブラックホールに突っ込むぐらいはしないと早々に壊れんよ」

「……あの、本当に大丈夫なんですよね?」

「ん? なんだ、私が冗談でこんな事を言っているとでも思ったのか? それならば、ちょっと近くの恒星にでも突っ込んでみるか?」

「い、え! いえ! そんなことはございません!!」



 なので、思わずといった様子でアルクサリアが不安を露わにするのも当然で……逆に、平然としている彼女が異常なのであった。



 ……。


 ……。


 …………まあ、不安に思ったところでもう、船は走っている。



 今から航路に戻る事は可能だが、その分だけ時間をロスする。そして、掛けた時間が長ければ長い程、義母を利する事に繋がる。


 只でさえ、現状は子供であるアルクサリアの方が、立場が弱いのだ。


 それを覆すためにも、多少のリスクを受け入れるしかなく……結局、「よ、よろしくお願いします」アルクサリアは不安を押し殺すしか選択肢はなかった。







 ──で、ステーションを出発してから4時間後。



「ふわぁぁ……な、なんなんですか、これぇ……」



 新たに生まれてしまった不安はともかく、だ。


 ひとまず追手に追われる可能性はほぼ0になったことで不安の一つが解消されたアルクサリアは……レリーフ内に設置されたシャワールームの一角にて、極楽の一時を過ごしていた。


 いったいどうして……それを語るうえで、まずはどうして入浴に至ったかを語ろう。



 まず、入浴を決めた理由は只一つ。それはひとえに、アルクサリアが汚れていたからだ。



 詳しく聞いたわけではないが、逃亡生活を送っている間、まともに入浴なんて出来ていなかったのは想像するまでもない。


 実際、抱きつかれている時、ちょっと臭かった。表情には全く出さなかったけど、臭かった。


 我慢できないレベルではなかったが、王族とは思えぬ臭いだなと思ったのは秘密で……あ、いや、おそらく、当人も自覚はしていたのだろう。


 その証拠に、お互いに汗を掻いたし風呂に入ろうかと提案した際、「──是が非でも!」と、悪路を進む不安など頭から吹き飛んで喜んだのだから。



 まあ、王族だろうがなんだろうが年頃の女の子だ。状況的に仕方なかったとはいえ、嫌なものは嫌だ。



 周り全員が汗臭い環境ならまだ我慢出来ただろうが、自分だけがそんな状態が続くとなれば、色々な意味でストレスを覚えて当然だろう。


 ゆえに、飛ぶような勢いでシャワールーム(要は、浴室)へと向かい、シャワーにて全身の汚れを丹念に落としたアルクサリアは──湯船へと向かい。


 おそらく、久しぶりの入浴に心弾ませながら──ゆっくりと足を入れて、肩まで湯船へと浸かった──その、瞬間。



「んぁぁああああ…………」



 美しく幻想的な容姿のエルフが零したとは思えない、爺婆臭い溜息に……ギョッと彼女が驚くのもまあ、仕方がない事であった。



 いや、まあ、気持ちは分かるのだ。



 逃亡を開始してから今に至るまで、心休まる時は一瞬足りとて無かった。それこそ、眠りについてもちょっとした物音で飛び起きるような日々を送っていたのだろう。


 事実、最初に顔を合わせた店の中でも、アルクサリアは口調こそ砕けた感じではあったが、張り詰めた緊張感は微塵も解れてはいなかった。


 肉体的な緊張ではない。精神的な、心の緊張感が張り詰めっぱなしだったのだ。


 それが、かつての日常……シャワーで身体の汚れを落とし、ゆっくりと湯に浸かることで、張り詰めていた緊張の糸がふわりと緩んだ。


 そうなれば、後は……溜めに溜め込んでいた精神的ストレスが、溜め息という形で吐き出されるのは……当然の事であった。



「セクサ様……私、湯に浸かるという行為をこれほどに気持ち良く思えたのは初めてです……」



 くてっ、と。


 ぱしゃぱしゃと浴槽より湯を溢れさせながら、アルクサリアは心からの礼を述べた。


 世辞ではなく、本心からそう思っているのだろう。


 白い肌はほんのりと桃色に染まり、ふちに頭を預けているその姿は、王族とは思えない、年相応の振る舞いが見て取れた。



(おお……さすがは『ストア』より取り寄せた風呂だ。生身の身体が味わうと、相当に凄いのだな)



 まあ、そう思うのも無理はないと彼女は思った。


 何故なら、アルクサリアが入っているこのシャワールームの設備は、単純な料金だけでみれば、小型の宇宙船が一つ買えるぐらいの優れ物である。


 しかも、それらは『ストア』にて改良が行われている。


 特に、浴槽の部分は彼女自身拘りを持って改良が施されており、ジャグジーやら電気やら何やらの複合技によって、入っているだけで全身のコリを解してくれるのだ。


 ちなみに、そんな風呂に入っている彼女が何故、他人事のような感想を零しているかと言えば……まあ、生身でないからが理由である。



「でも、まさか一般の船で湯船に浸かれるとは思っていませんでした。他の船も、今はこのような造りが一般的なのでしょうか?」

「いや、これは私の船だけだ。高級船ならばともかく、一般的な輸送船では狭いシャワー室が精いっぱいだろう」



 アルクサリアが湯船の中へ寝落ちしないよう見やりつつ、己も簡単にシャワーを浴びて汚れを落とした彼女は……カチャン、と義足の音を立てて、アルクサリアの隣にて浸かった。


 それは、謙遜抜きで事実である。


 閉じられた閉鎖空間ゆえに衛生対策はどの宇宙船も考えられているが、湯に浸かるレベルとなると、数は一気に激減する。


 理由はやはり、大量に水を消費するからだろう。


 基本的に使い捨てが基本のフィルターと、バイオ分解によって無害化兼無毒化してはいるが、限度はある。フィルターもバイオ分解装置も、交換費用は中々高いのだ。


 それに、限られたスペースを節約するためもあって、だいたいの輸送船にはシャワー室は設置されていても、浴槽なんてものは設置されていないのが当たり前であった。



「浴槽というのは、どうしても雑菌等が発生しやすいからな。専用の装置を搭載する必要がある。載せている船は少ないだろう」

「え、それじゃあ、どうしてこの船には載せているの?」

「そりゃあ、私の趣味だ。こんな身体だが、入浴は好きなんだ」



 ──より正確に言うならば、日本人魂というか、前世から背負った業みたいなものだけど。


 その内心を、彼女は語らなかった。語ったところで意味は無いし、信じてもらう必要性も感じなかっ……ん? 



「……どうした?」



 生体ボディより伝わる適温の心地良さに浸っていた彼女は、向けられる視線に視線を下ろす。


 見やれば、先ほどまでぐてっと身体の力を抜いていたアルクサリアの視線が、水面にぷかっと浮いている二つの乳房へと向けられていた。



 ……。



 ……。



 …………なんだろう、どこか見覚えのある視線だ。



「いえ、いったい何を食べたらそうなるのかが気になってしまって……」



 気になって尋ねてみれば、返された言葉がソレであった。


 曰く、アルクサリアの家系には巨乳が居なかったらしい。思い出の中の母親は、おおよそCカップぐらいだったとか。


 同族の友人の母親は大きかったらしいのだが、その人に聞いても『たぶん、遺伝』とだけ返されたのだとか。



(……男なら、○んこの大きさを比べるようなものか?)



 見た目だけは女の身体ではあるが、精神的には生まれついての女というわけではないので、気付くまで遅れたが……まあ、とにかく視線の意味は分かった。


 年齢故に嫉妬ではなく憧憬しょうけいなので気は楽だが、それはそれとして、だ。



「とりあえず、好き嫌いせずよく食べて、よく運動して、よく寝れば大きくなるとは思うぞ」

「それで、セクサ様は大きくなったのですか?」

「……どうだろう、正直分からん」



 質問に対して答えようがなかった彼女は……そっと、シャワールーム内に併設するように設置されている一角を指差した。


 そこは、ガラス窓と扉で覆われたフロアだ。


 中にはマッサージチェアと思わしき機械が三台設置されている。裸のまま入るようになっているのか、内と外との温度差は見た目からは感じ取れなかった。



「特別性のマッサージチェアだ。日常的に使用しているから、少しは効果があるかもしれない」

「──いいんですか!?」

「保証はしないがな」

「ありがとうございます!」



 ぺこん、と頭を下げたかと思えば、アルクサリアは水面を蹴飛ばす勢いで浴槽から飛び出すと、小走りにマッサージチェアの方へと向かって行った。


 それを見て、彼女も慌てて追いかける。


 装置そのものは、彼女の意思一つで稼働するから問題ではないが、そもそも、王族であるアルクサリアがマッサージチェアの使い方を知っているとは思えない。


 機械の動作で怪我をする可能性は皆無だが、あのはしゃぎようだ……つまづいたり転んだりして怪我をしてしまう危険性があると思った。



「……? ん? あ、これ、全身を?」



 装置の使い方としては、単純だ。


 一般的なマッサージチェアと同じで、椅子に座ってスイッチを押せば、後は自動的にやってくれる。


 けれども、当然ながらこのマッサージチェアも普通の代物ではない。『ストア』にて購入し、改良を重ねた特別な逸品である。


 実際に座ってみないと分からないが、チェアそのものがスライムのように柔らかく形を変え、使用者の体形に合わせて自動的にフィットするようになっている。


 ツボやコリの位置は、同じ部位であっても個人によって微妙に違う。なので、どれだけ身体に合った機器でも、100点中80点を出せれば御の字である。


 しかし、このチェアは違う。


 ツボやコリの位置を正確に分析し、必要な個所に必要な分だけの力を、必要なタイミングとリズムと加減をミックスしながら行う事が可能であり。



「んへぇぇ……ま、魔性の気持ち良さですぅぅ……」



 その結果、話は冒頭へと戻り……素っ裸のままチェアにぐったりと身体を預けた状態で、うら若き乙女が発するには些か問題があるかもしれない声を発する事態になったのであった。


 まあ、何度か話したが、アルクサリアがそうなるの、仕方がない部分はある。


 張り詰めていた緊張も解れ、凝り固まっていた四肢から力が抜けたとはいえ、硬直していた筋肉やらなんやらがいきなり解れるかといえば、そんなわけもない。


 言うなれば、風呂でガチガチに固まっていた表層から緩やかに柔らかくし、チェアで奥底の部分を解した……といった感じだろうか。



(前々から察してはいたが、我ながら凄いモノを作っていたんだな)



 生体パーツではあるが生身ではないうえに、調整ポッドで日常的にコンディションを整えている今の彼女には分からない感覚だが、相当に気持ちいいのが表情から確認出来る。


 正直、羨ましいなと、アルクサリアの様子を見て彼女は思った。


 生身に限りなく近いとはいえ、やはり、違う。


 所詮は気のせい、思い込みが生み出す感覚的な問題なのかもしれないが、それでも、今の己ではもう味わう事の出来ない感覚だなと彼女は思った。



 ……。



 ……。



 …………とりあえず、突っ立っているのもなんなので、アルクサリアの隣のチェアへと腰を下ろす。



 試運転がてら、使用回数が四桁近い彼女にとって、今更驚きなどない。


 手慣れた様子で操作を終えると、ムイムイとスライムチェアは動きだし……カチッ、と音を立てて、彼女の機械の四肢を取り外した。


 後はもう、まな板の上の鯉だ。いや、揉み洗いジャガイモの気分だろうか。



 ──マッサージ的な気持ち良さを覚えはするが、そこまで気持ちいいかな。



 その程度の感覚で、グリングリンと全身を揉みほぐされながら、ぼんやりとマッサージが終わるのを待った。



 そうして、ふと。



 なにやら隣が静かになった事に気付いた彼女はそちらに目を向ける。すると、まん丸に目を見開いたアルクサリアと目が合った。


 アルクサリアに行ったマッサージと、彼女自身が自分用に設定したマッサージとでは、所用時間が違う。


 若いだけあって、立ち直るのも早いのだろう。チェアが動きを止めてすぐに動けるあたり、若いってすごい。


 前に他の客(老夫婦だった)で使用した時、その客はそのまま寝落ちしてしまい、1時間近く深く寝入っていたが……っと、そうじゃない。



(なんか、すごい見られているな)



 それよりも、アルクサリアだ。男女ともに一方的に見られる感覚は慣れているが、ここまで真正面から見られるのは気まずい。



「……なに?」



 とはいえ、相手は子供……そう思いながら、率直に理由を尋ねれば。



「いえ、その、凄いなあ……って」

「??? なにが?」

「その、揺れが……」



 なんだろう、先ほど湯船に浸かっていた時と似たようなニュアンスの返答をされた気がした彼女は首を傾げ……視線を下ろし、ああと納得した。


 確かに、凄かった。具体的には、めっちゃ弾んでいたし、揺れていた。


 機械の四肢を外しているせいで踏ん張れないせいか、チェアが振動したり動くたびに、たっぽんたっぽんと揺れまくっている。


 まるで、水風船を揺らしているかのような光景だ。


 好奇心を抑えられなくなったのか、そーっと伸ばされたアルクサリアの手が、揺れ動く彼女の乳房をガシッと掴む。



「──っ!?」



 瞬間、信じ難いナニカを目撃したかのように大きく目を見開いたアルクサリアは、次いで、己の胸を見下ろすと。



「……追い付ける気が致しません」



 がっくりと、肩を落としたのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る