第6話: 見捨てるなんて、出来はしないのだ



「すまない、店長。迷惑を掛けてしまった」

「いや、構わないさ……どんな理由があるのかは知らないけれど、大の男たちが寄って集って子供一人を追いかけるなんざ、法が認めてもあたしは認めないよ」



 男たちが去って、しばらく。


 のそのそとカウンターの下より出てきたフレシェンカは、溜め息と共にそう言った。



 まあ、確かに、フレシェンカがそう思うのも無理はないと思った。



 理由や経緯はなんであれ、明らかに未成年と思われる少女を、屈強な男たちが追いかけるなんて、フレシェンカにとっては絶対に許せないことなのだろう。


 実際、これまで店でコーヒーを飲んでいた時に、何度か目の前で目撃していた。


 明らかに相談の為に来たといった感じの、思い悩んでいるような雰囲気を醸し出している少年少女が、フレシェンカと一緒に店の奥へと入っていく光景を。


 最初はいったい何をしているのかと不思議に思ったが、常連客よりこそっと教えてもらった後は……正直、フレシェンカへの印象がガラリと変わった瞬間であった。



(店長……口は悪いし拳も早いけど商売に対しては誠実だし、子供に対してはめっちゃ優しいからなあ……)



 直接的な暴力を向けられたわけではない。


 とはいえ、70は超えている老年の女が、自分よりも30cm以上も背丈があり体格もある相手……しかも、複数人が来れば、その恐怖は凄まじい。


 居なくなったとはいえ、万が一にも向こうの耳に入れば……。


 なのに、巻き込まれかけたことを不問にし、「……軽く摘まめるものでも作ってくるよ」彼女のコートの中に隠れている少女を気遣うそぶりすら見せるのだから、性根は間違いなく善人である。



 ……で、だ。



「まだ、出て来ては駄目だ」


『──っ!』



 もぞもぞ、と。


 男たちが店を出て、雰囲気が和らいだ事をコート越しに感じ取ったのか、出てこようとする少女を……彼女は、上からそっと押さえた。



「出て行ったと見せかけて、様子を探っている場合もある。息苦しいと思うけど、もう少し我慢してくれ」


『…………』



 王族とはいえ、自分の立場を弁え受け入れる器量はあるのか、少女は特に嫌がる様子もなく、軽く頷いた後は再び静かになった。



 ……。



 ……。



 …………そうして、静寂が訪れた店内にて……彼女は、どうしたものかと思考を巡らせる。


 とりあえず、パッと調べられた限りでは、周囲に敵性反応は無い。



 だが、センサーによって周囲への接近を認識出来るとはいえ、限度はある。



 何故かといえば、人の身体とは違い、生体パーツという機械的な身体と頭脳で構成された彼女のスペックは、規定の限界を超える事が出来ない。


 ゲーム等で例えるなら分かり易いだろう。言うなれば、彼女はレベルが固定されている状態なのだ。


 人の身体のように上がりもすれば下がりもしない。その代わり、予め定められた機能以上を発揮することは絶対に出来ない。


 もちろん、人の身体にだって限界はある。しかし、アンドロイドである彼女の身体は、人の身体よりもはるかに厳密に限界が定められている。


 外部の環境によって能力が向上するように見える事はあっても、所詮は見せかけ。燃料を沢山積んだところで、出せる力の限界値は決まっている。



 そして、それが、『ストア』と調整ポッドによる改良を受けたとしても、変わらない。


 ミニ四駆のモーターを如何に高性能なモノに取り換え、大容量電池を積んだところで、ミニ四駆はミニ四駆。


 出せる速度の限界は決まっており、どう足掻いてもロケットエンジンを積んだ飛行機には勝てないのだ。


 それと同じく、彼女は己に搭載したセンサーというものをそこまで過信していなかった。


 外宇宙にて開発された身体ならともかく、彼女のボディは人類が作り出したセクサロイド。つまり、『宇宙遊覧船レリーフ』のような反則的な存在ではないのだ。



「……で、やんごとなき身分のお嬢さん。あんたはいったい何者で、どうして追われていたのか……巻き込んだ以上は教えてもらうよ」



 ……時刻は、それから更に30分程後。



 さすがに、そこで区切りを付けた彼女は、少女を開放した。


 少女もさすがに息苦しかったようで、出て来た時にはのぼせたように頬が赤くなっていた。


 念の為にと、出入り口に『Close』の掛札をセットした後で、外からは見えない位置にある席へと移動していたので、その姿は誰かに見られることはなかっただろう。



 ……ちなみに、どうしてそこかって、望遠等を使って外から見られないようにする為である。



 万が一、男たちの狙いが少女の命であり、狙撃でもされたら……考え過ぎと言えば考え過ぎなのだろうが、やっておいて損はない。


 ちなみに、外から見えないようコートの中に隠したまま移動した際、サンドイッチとクッキーとミルクティーを持って来たフレシェンカより、『妙に手慣れているね』と声を掛けられたのだが。



(……まあ、こんな美人が一人で生きていこうと思ったら、銃の一つや二つ、荒事の一つや二つ、嫌でも手慣れるさ)



 特に応えることはせず、内心にて……溜息を零した。


 そう、美人というのはなにも、良いことばかりではない。


 いや、総合的に見たら8:2の割合でメリットに軍配が上がるわけだが、美人だからこそのデメリットというのは間違いなく存在する。


 誰も彼もが、下心があるにせよ、紳士的に振る舞ってくれるわけではないのだ。



 最初の頃は前世の常識等に引きずられ、引き金を引くことに躊躇する事も多かった。



 必要に迫られて、そうしなければ自分が危うい状況になってようやく引き金を引いた……その日の夜は、罪悪感で何も出来なくなった。


 しかし、この世界……理由や経緯は何であれ、宇宙で生きる道を選んだ以上は、そんな泣き言を零したところで助けてくれる者はいない。



 いや、宇宙だけの話ではない。彼女は、この世界で日々を送る中で、ソレを何度か思い知った。



 強かだから、手を貸してくれるのではない。強かであると同時に、許せる限りのお返しをするからこそ、周りが手を貸してくれるのだ。


 彼女はこの世界における異邦人。頼れるコミュニティはなく、文字通り、己の力のみで何とかしなければならなかった。


 ゆえに、一年も経つ頃には引き金を引くことに慣れた。


 そうしなければ己は殺されているか、殺されなくても、己の美貌を求めた者たちの手で凌辱され……アンドロイドであることがバレたら、もっと酷い地獄が待っていただろうから。



(……荒事をすると、どうしても色々と思い出してしまうな)



 テーブルを挟んだ眼前の少女を見て、彼女はそんな事を思い出していた。


 さて、少女は一口、二口、ゆっくりとカップを傾けた後、ソーサーに置いた時にはもう、指先の震えは止まっていた。



「ありがとうございます。危ういところを助けていただいて……」

「気にしなくていいよ。そうだろう、店長」



 振り返って尋ねれば、フレシェンカは無言のままに指を立てて……この人、本当にファンキーな性格しているなあと苦笑し……改めて、少女へと向き直った。



 ……そうしてから、ようやく……ポツポツと語り始めた少女の話をまとめると、だ。



 まず、少女の名は『アルクサリア・ハイスター・メー・テイル・イブクロオット』。非常に長ったらしいので、以後はアルクサリアと呼ぶ。


 で、見た目の通りにやはり王族だった。


 ただ、誤解している者がいるだろうが、王族とは言っても、一人のエルフが宇宙を統治しているかと言えば、そういうわけではない。


 一つの星に住んでいた昔はそうだったのかもしれないが、宇宙という広大な生息圏、とてもではないが、一人で全てを把握しろなんてのは不可能である。


 あくまでも、最終的な調整役兼代表として『王』を定めはするが、その役割を補佐する、ほぼほぼ同等の権利を与えられた王が大勢いる。


 で、ソレを説明すると滅茶苦茶長くなるらしいので詳細は省くが、要は、だ。


 エルフという巨大な種族(王族)が有って、その種族の中で数えきれないぐらいに一族が枝分かれし……その中の末席に居るのが、アルクサリアだ。


 言うなれば、王位継承権○○○位ぐらいの、王族ではあるけど王になる可能性ほぼほぼ0な王女……といった感じである。


 ……で、その王女がどうして一人でこんな場所に居たのか。



「……つまり、あんたの父親が奥さんのヤバい犯罪を知ってしまい、それを告発しようとした父親は殺された。そのまま、あんたも奥さんに殺されそうになったところをギリギリのところで逃れ、その逃亡の途中でこの店に逃げ込んだ……ってわけか?」

「違います」

「え、違うの?」

「あんなのは母親ではありません。血は繋がっておりませんし、何時までも母を想うあまり独り身で居続けるのはよろしくないと周りから言われた結果の上で誕生したゴミ屑女ですから」

「あ、違うって、そこ?」

「はい、そこ以外は合っています」

「……要は、義母が犯罪に手を染めていて、それを他の王族へ告発しようとしたら勘付かれてしまい、あんたは命辛々ここまで逃げ延びたって感じでいいわけだね?」

「義母とか言わないでください。あんなのは見せかけだけ、私にとっての母は、子供の頃に亡くなった母だけです」

「分かった、分かったから、落ち着いてくれ」



 簡潔にまとめると、そんな感じであった。


 どうやら、義母に対して並々ならぬ恨みというか、確執があるようだ。おかげで、いちいち話が脱線して面倒だったが……まあ、だいたいの流れは知る事が出来た。



(……あ~、うん。コレは、あれだ)



 そうして、少しばかり緊張が解れて素が出て来たのか、クッキーをパクパクと平らげてゆくアルクサリアを見やりながら……彼女は、理解した。



(私ってば……間違いなく、巻き込まれてしまったな)



 己が、王族間の……正確には、王族が犯したと思われる大スキャンダルの一端に首を突っ込んでしまったということを。


 はっきり言って、今から他人のフリなんてしても無駄だろう。


 おそらく、既に義母とやらには話が伝わり、マークされているはずだ。義母の狙いがアルクサリアの口封じならば、少しでも情報の漏洩は避けたいはず。


 下々の、アウトロー一人を亡き者にするなんて話じゃない。


 同じ王族……夫を殺し、血の繋がりが無いとはいえ、娘すら口を塞ごうとしている女だ。可能性の段階だとしても、彼女……セクサの口を塞ごうと既に手を回していても不思議ではない。



 というか、確実に塞ぎに来るだろう。


 己が義母の立場なら、間違いなくそうする。



 だって、それを怠って事が露見してしまえば、破滅するのは自分たちなのが明白だからだ。


 なにせ、この世界の王族(つまり、エルフ)が何故、王族として一目置かれているかって、それは王族が清廉潔白だからだ。



 より正確には、『清廉潔白というイメージが根付いている』からだ。



 不正を正し、不条理な法は敷かない。合理的に動き、合理的ではあるけれども、時には人情的にも動いてくれるし、自らが不利益を被ってでも社会の為に動いてくれる時だってある。


 そんな実績の上で成り立ったイメージ……いや、もはやそれをイメージで片付けてよいのかは分からない……が、だ。


 とにかく、そういった積み重ねの結果、エルフという存在そのものに対して誰もが一目置き、税を修めている……それが、この世界の常識であり、エルフという王族たちの立場であって。



 ……だからこそ。



 当の王族たちも、自分たちのイメージが崩れる行為……汚職に対しては非常に敏感であり、犯罪を隠ぺいするための身内殺しなんて絶対に許しはしない。


 おそらく、いや、確実に、アルクサリアの義母はそう考えている。


 そうでなければ、こんなリスクは取らない。


 何が何でも……それこそ、多少なりリスクを伴ってでも生き残った義理の娘を亡き者にしようとしていると……彼女は推測した。



「……で、この後はどうする予定だ?」



 ゆえに、彼女は率直に尋ねた。



「『ホクロー星系』の、『惑星ズービス』に行く予定です」



 すると、アルクサリアはそう答え……いや、待て。



「ホクロー星系? 隣の星系まで行くのか? こっちの首都惑星ではなく?」



 思わず、彼女は驚きに目を見開いた。


 いくら広大な宇宙に生息域を広げているとはいえ、だ。


 星系から星系への移動は、中々な船旅である。少なくとも、一般的な運送屋は対応出来ないし、そういった移動はもっぱら定期便で行くのが一般常識であった。


 どうしてかって、単純に距離が有り過ぎるからだ。


 車や飛行機と同じく、宇宙船に詰め込める燃料(推進剤)にも限界がある。様々な惑星を中継して行く手段はあるが、手続き等色々と雑事も増える。


 中には星間移動も対応している運送屋はいるだろうが、大半の運送屋は違って……それは、彼女とて例外ではなかった。



「どうして、わざわざそんな遠くまで……」

「おそらく、あの女の事です。こちらの……トロイメア星系の主要な航路は全て抑えられていると思った方が良いと思います」



 けれども、アルクサリアよりそう言われた彼女は……たしかに、と納得した。


 義母がどれほどの権力を有しているかは不明だが、末端の王族であっても、監視する程度であれば可能だろう。


 同様に、アルクサリアが如何に王族とはいえ、まだ子供。


 惑星内であれば王族としての権限で痕跡を幾らか誤魔化せるが、星から星への移動ともなれば、さすがに足が出てしまう。


 そして、アルクサリアはそれを理解しているからこそ、義母の手が届かない別星系の王族の下へと向かう……なるほど、理に叶った手段だと彼女は思った。



「だが、どうやって?」

「それは……」



 言いよどむアルクサリアに、彼女はあえて現実を告げた。



「これは私の憶測だが……たぶん、持ち出せた金とか、色々と底を尽いているんじゃないか?」

「……っ」



 きゅっ、と唇を噛み締めたのを見て、彼女はやっぱりと内心にて溜息を零した。



「行くとしたら定期便だが、義母の目が向いているからそっちは無理。当然、自分で船を用意は出来ない。なので、向かうとしたら足が付き難い運送屋だが……まあ、頼めないよな」

「…………」



 アルクサリアは動かしていた手を止めると、ゆっくりと視線を下ろした。



 ……どうしたものか、彼女は悩んだ。



 たった数十分程度の会話とはいえ、彼女は眼前のエルフ……アルクサリアが、とても聡明な少女であることは分かった。


 また、さすがはエルフというべきか、精神的な強さもある。


 互いに愛情が無かった(当人から、そのように話された)とはいえ、義理の母親が実の父を殺し、そのうえ己すら殺されそうになったというのに、アルクサリアは諦めずにここまで逃げてきた。


 普通の少女だったなら、ずっと前に捕まっているか、どこかに隠れてそのまま脱水症状などで衰弱死していてもおかしくないところを……が、しかし。



(エルフとはいっても、まだ子供だ。頼れる者が傍にいないうえに、周りが自分の命を狙っている)



 それでも、やはり子供でしかない。



(私と違ってレリーフという反則的な足も無ければ、『ストア』という反則ツールも無い。これまで逃げ切ったのは凄いが……)



 そして、これ以上アルクサリアと一緒に行動して得になることなんてなにもない。


 いや、むしろ、逆だ。


 只でさえ、既に義母とやらに目を付けられている可能性が極めて高いというのに、これ以上傍に居れば最悪、犯罪者に仕立て上げられる可能性も──。



(……まあ、それは今更か)



 ──そこまで考えた辺りで、彼女は一つ苦笑を零すと……覚悟を固めながら、重く感じていた腰を上げた。



「行くか、『ホクロー星系』へ」

「え?」



 ハッと、驚いた様子で顔をあげたアルクサリアに……彼女は、笑みを向けた。



「当てが無いのだろう? だったら、私が連れて行ってやるよ」

「え、いや、でも、それは……」

「なに、遠慮なんてするな。既に、乗りかかった船だ。ここであんたを見捨ててしまう方が、私にとってはよほど夢見が悪い」

「で、でも……」

「それとも、遠慮してこのまま義母とやらに捕まるか?」

「そ、れは……っ!」



 彼女の言葉に、アルクサリアは一瞬ばかり大きく目を見開いた。



「──ほら、持っていきな。向こうへ着くまでの餞別だよ」



 と、同時に、ドンとテーブルに置かれた袋。「セクサ、ヘマをするんじゃないよ」ぱちん、とウインクするフレシェンカの笑みに、アルクサリアはポカンと見上げた後。



「……ごめんなさい。そして、ありがとう」



 一つ、謝罪。次に、感謝を。


 最後に、覚悟を固めるかのように深呼吸をすると。



「よろしくお願いします、セクサ様。ワタクシを、どうかホクロー星系の叔父のところまで……連れていってください」



 深々と……彼女に向かって、頭を下げたのであった。


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