第5話: そりゃあ、自衛の武器の一つや二つ……
──宇宙の運送屋に必要となる一番の技能は、如何に暇を潰すかだが……コレに関しては、明確な解決策は存在しない。
一日中ゲームに浸っているだけで時間を忘れることが出来る者もいれば、規則正しいルーチンを遂行することでストレスを緩和させる者もいる。
中には、コールドスリープを掛けて無理やり暇を潰す者もいるが……全体的に見ても、ソレをやるのはごく少数である。
なにせ、いくら科学が発展し、宇宙に生存圏が広がっているとはいえ、だ。人間の身体が宇宙空間に適応しているわけではない。
速やかなコールドスリープが可能になってきてはいるものの、やはり、肉体的に負担が掛かってしまう事ではある。
加えて、コールドスリープを行う装置は相当に高額であり、また、装置そのものが重くて大きく、定期的なメンテナンスが絶対に必要となる。
なので、コールドスリープを利用する場合は、たいてい長距離移動……最速のエンジンでも、数ヶ月は掛かってしまうぐらいの、未開惑星開拓ぐらいなもので。
積もうと思えばレリーフには積めるが、下手すると一部屋それで潰してしまう。
それを嫌がった彼女は、この5年間で新たに芽生えた趣味の道具を買いに……ステーション内にある、『専門店が立ち並ぶ区画』へと足を運んでいた。
とは、いっても。
現代社会のように寂れていたりとか、昔ながらの空気を醸し出していたりとか、そういう雰囲気を出そうとはしているが、そんな事はないけれども。
少なくとも、前世でそういった感じの実物の中で暮らしていた彼女にとっては、見せかけようとしているチグハグな区画だなという印象であった。
なにせ、ステーション内は全て人工物で、運搬も加工もしやすい金属製品が主流で、身の回り(寝具も含めて)の製品も合成製品が多い。
綿製品なども売られてはいるが、合成製品に比べて重いうえに、生産出来る環境が地上(ステーション内では狭すぎる)と限定される。
木製品に至っては、もはや嗜好品だ。種類や品によっては、厳重なガラスケースの中に鎮座する高級嗜好品の一つでしかない。
そんなわけなのだから、ステーション内には木造建築やレンガなどはなく、見た目だけを合わせているだけがほとんど。
遠目から見ればそれっぽくとも、いざ近づいて見れば……ああ、『よく出来た作り物だな』と、ちょっとガッカリしてしまう。
それが──彼女から見た、その区画の印象であった。
……で、だ。
その区画は、専門店が立ち並ぶというだけあって、大通りに比べて特定の品ぞろえは多い。
単純に高級品が有るだけではなく、需要はあるけれども細々と売れ続ける……欲しい人ならば通って買いに来るような商品が売られている。
そして、そんな商品の一つを、彼女は買いに来た。
「……あった、ここだな」
今日、訪れたのは……コーヒーショップ『ジェシカ』である。
この店は、少数席ながらも店内でコーヒーを楽しめるうえに、挽いた豆から多種多様なミルまで取り扱っている、知る人ぞ知る店だ。
前世であれば、建物からして一目で分かるような造りが成されていたかもしれないが、ここは宇宙ステーション……一見した限りでは、他の店との違いはそこまでない。
けれども、中に入れば……さすがに、違いが分かる。
細々とした部分で違いを見せているが、何よりも匂いだ。
閉鎖空間ゆえの空調によって匂いは抑えられているが、それでも、濃厚なコーヒー豆の匂いは消されず……彼女の来訪を出迎えてくれた。
(……珍しい、客は誰もいないのか)
ドアベルの音を背後に、カウンターへと向かう。
少数席ながらも店内でコーヒーを楽しめるようになっているのだが、今日のところは客の姿がない。
何時もなら、一人は席に座っているのだが……と。
「あんた、前にも来たのにもう無くなったのかい?」
ぬるり、と。
カウンターの奥……扉を開けて、部外者立ち入り厳禁のプライベートスペースより出てきたエプロン姿の老婆は、セクサの顔を見るなりそう言った。
老婆の名は、フレシェンカ。
正確な歳は知らないが、本人曰く『70過ぎの婆さ』とのこと。白髪交じりのポニーテールがトレードマークであり、一人で店を切り盛りしている。
「飲んでくれるのはありがたいけど、もう少し味わって飲みな。けっこう色んな伝手を使って取り寄せているんだよ、こっちはね」
そう言いながら、老婆……フレシェンカは、紙袋をドンとカウンターに置くと、その横にレシートを置いた。
レシートには、『コーヒー豆(宇宙船内用)』と印字されていて、その下には値段が……彼女は、スーッと目を細めた。
「前より高くないか? 5桁だったのが6桁に見えるのだが?」
「今年は気候変動で豆が不作らしくてね。あたしの利益は変えていないから、単純に原価が上がっているんだよ」
「しかし、いきなり4割近くも値段が上がるとは……」
「そりゃあ、おまえさんがそんな高い豆を所望するからだよ。わざわざそんな遠方の、それも現地のごく一部でしか人気のない豆よりも……ほれ、こっちにすれば、3桁の金額で同じ量が買える」
その言葉とともに、フレシェンカはA4サイズの電子パネルをカウンターに置くと、手慣れた様子で操作を進め……パッと、表示された商品を指差した。
それは、ときおりテレビなどでもCMが流されている、有名メーカーの定番商品であった。
定番というだけあって売れ筋は良いらしく、同様に、表示されたレビューも好評価が多い。今はセールをやっているのか、平時よりも1割引で買えるようだった。
「……店長、前にも言ったと思うけど、私にとってそれらはコーヒーじゃないんだ」
しかし、彼女は首を横に振った。
それを見て、「取り寄せた私が言うのもなんだけど、変わっているねえ、あんた……」フレシェンカは意味が分からないといった様子で首を傾げていた。
だが……それでも、彼女は首を横に振った。これだけは、彼女にとっては譲れないことだった。
何故ならば……そう、これは、前世を記憶している彼女にしか分からないことなのだが。
(だって、ココアなんだもの! 市販で売られているコーヒー、みんなココアなんだもの! しかも、味はシュガーと蜂蜜入り!!)
何故かは分からないが、この世界の『コーヒーの味』は、前世で言えば『ココアの味』なのだった。
しかも、シュガー&蜂蜜入りの味。それでいて、匂いだけはしっかりコーヒーなのである。
最初の頃は、本当に混乱した。だって、コーヒーだと思って飲んだら、甘ったるいココアの味が口いっぱいに広がったからだ。
匂いはコーヒーで、見た目も完全にコーヒーだし、なんなら淹れる時ですらコーヒーと同じなのに、味だけがココア(シュガー&蜂蜜入り)なのだ。
おかげで、前世のコーヒーと同じ味がする豆を探し、見つけ出すまで本当に苦労した。
だって、いちおう市販品には甘くないコーヒーは有ったのだけれども、味が薄いのだ。
甘さこそないが、前世のコーヒーをお湯で割ったかのようで、彼女の感想は、色の付いた白湯から一歩も越えられなかった。
そうなると……まあ、アレだ。
なんと言えばいいのか、食べ物であれ何であれ、いざ手に入らなくなると無性に手にしたくなるのが人間というやつなのだろう。
仕事の合間に、星から星へと渡ってはコーヒーショップをハシゴする日々。どの店に行っても、怪訝そうな顔をされて首を横に振られるのは当たり前。
そりゃあ、客観的に考えれば、そうなるだろう。
前世で言うなら、スイーツ店に『ケーキの味はするけど、全く甘くないケーキは売っているか?』という、意味不明な注文をするようなものだ。
そう、それぐらい、甘くないコーヒーというのは意味不明な注文なのであり……それを見付けてくれたフレシェンカに対して、彼女は頭が上がらなかった。
──からん、ころん、と。
予算的にはまだまだ余裕があるとはいえ、一ヶ月二ヶ月で不作が改善するわけもなく。
……当分の間はこの値段かな……と。
そんなことを考えながら、サイドメニュー的な扱いであるクッキーやら何やらを物色していると、背後でドアベルが鳴った。
「ああ、いらっ──」
そして、挨拶をしようとしたフレシェンカの声も止まった。
「……?」
さすがに、フレシェンカのその反応に違和感を覚えた彼女は、電子パネルより顔を上げ、視線の先へと振り返り……軽く、目を見開いた。
何故かと言えば、店内に入って来たのは……三角形に尖った長い耳を持ち、緑の瞳を持つ金髪の少女だったからだ。
(──エルフ!)
その瞬間、彼女は呆気に取られて動けなかった。もちろん、そうなる理由があった。
この世界の『エルフ』というのは、前世におけるファンタジー的な存在であるエルフと、全体的な特徴は同じなのだが……問題は、そこではない。
この世界においてのエルフとは、王族。
そう、ヒエラルキーにおいて最上位に君臨する、尊い身分の御方なのであり、その影響力はSF的なこの世界ですら誰もが無視できないほどである。
「──っ!」
そんな、やんごとなき身分であり、特別な行事の時ぐらいしか生で目撃することがない存在が……何故か、強張った顔で店内を見回し……不意に、彼女を視線で捕らえると。
「──ごめんなさい!」
こちらの困惑を尻目に、今にもこけてしまいそうなぐらいに慌ただしい足取りで駆け寄ってきて……そのまま、スッポリと彼女の胸の中へ身を滑り込ませた。
……。
……。
…………え、ナニコレ?
「おい、エルフのお嬢ちゃん、いきなり何を──っ」
見知らぬ少女による突然の奇行に面食らいつつも、状況が分からなかった彼女は、少女の肩に手を──。
(……震えて……いや、怯えている?)
──置いたのだが、それ以上は何も出来なかった。
どうしてかと言えば、少女の肩は目視でもハッキリ分かるぐらいに震えていたから。それに加えて、固く閉じられた目の端には、涙すら滲んでいた。
……。
……。
…………考えるまでもない。特大の厄介を抱えた少女だというのは、瞬時に察せられた。
これが普通の恰好の女の子だったなら、どこそこの家出少女だと判断して蹴り出すところだ……が、しかし。
(エルフ……護衛が付いているはずの王族の少女が、一人でこんな場所に──っ!?)
そこまで思考を巡らせた瞬間、彼女は……聴覚センサーが拾った、店外の向こうより慌ただしく近づいて来る足音。
明らかに、何か目的を持って移動しているその足音に、ハッと顔を上げ──震えている少女へと一瞬ばかり視線を落とした後、ギュッと唇を噛んだ。
──悩んでいる暇はない。
そう、結論を出した彼女は、羽織っているコートへと信号を送る。
途端、コートは音も無く裾を伸ばし……床にペタリと垂れる程に長く、少女ごと余裕を持って覆い隠せるぐらいに大きくなった。
彼女が羽織っているコートは、ただのコートではない。
見た目こそ古びたコートだが、『ストア』にて購入した逸品。人類の科学力では作る事が不可能な、超高性能防具である。
「……声を出すな、あと動くなよ」
コートの前のボタンを留めて、胸の下、へその辺りに頭が来るように抱えて押さえる。
『──っ』
震えている少女が僅かばかり頷いたのを感じ取った、ほぼ同時に……バンッと蹴破るぐらいの勢いで、背後の扉が開かれた。
「…………」
入って来たのは、サングラスで目線を隠し、スーツを身にまとった男たちであった。
一目で、堅気の人間ではないのが分かる。こんな場所で見掛けるにはあまりに場違いな者たちに、フレシェンカはビクッと肩を震わせた。
今にもボタンが弾けて飛びそうなぐらいにパンパンな胸元……屈強な体格の彼らは、まるで誰かを探すかのように店内を見回し……その視線が、彼女へと向けられた──瞬間。
「店長、いくらなんでも高すぎない? 長い付き合いなんだからさ、もうちょっと安くしてよ」
彼女だけは、そんな背後の男たちなど気にも留めていないかのように、フレシェンカへと食ってかかった。
その反応に、フレシェンカはポカンとした様子で目を瞬かせた。それを見て、男たちは互いに顔を見合わせて……コツコツと威圧するかのように足音を立てて近寄って来た。
「失礼、お嬢さん」
「ああん?」
「──まさか、セクサ、か?」
「なんだおまえ、私に何か用でもあんのか?」
声を掛けられた彼女が振り返れば、男たちは僅かばかり息を呑み……少し間を置いてから、尋ねてきた。
「……私たちは今、人を探している。この店に入って行ったのを確認したのだが、見当たらないんだ……心当たりはあるか?」
「ああ? 知らねえよ。こっちは毎日の必需品が4割も値上がりしていることに腹を立てているんだ。人探しなら他所でやってくれ、今の私は機嫌が悪いんだ」
その言葉に、無表情の男たちの雰囲気が変わる。「隠すと、不利益を被るぞ」サングラス越しにも、睨みつけている。
それが、直接視線を向けられていないフレシェンカにも分かるぐらいであった。
「はあ? こっちは現在進行形で値上げの不利益を被っているんだよ。何度も言わせるな、今の私は機嫌が悪いんだ」
「……隠す気か?」
「私の話を理解出来ていないのか? 知らないと言っただろう。そもそも、おまえたちは誰だ? 名前の一つぐらい名乗るのがスジだろう」
「きさま……っ!」
男たちの手が、一斉にスーツの懐へ──入ると同時に、男たちへと素早く向けた彼女の腕が、ガシャリと音を立てて変形した。
それは──有り体に言えば、銃器であった。
五本の指が付いていた機械の腕の原型は、無い。
手首より先は内側へとスライドされ、替わりに伸ばされる、露わになった実弾式の銃口が男たちへと向けられていた。
「──っ!? き、きさま!!」
「最初に銃を抜こうしたのは、おまえたちだ」
かしゅん、と。
これみよがしに、実弾が装てんされる音。その音で、見せかけではない、本物の火器であることを察したのだろう。
サッとカウンターに下に隠れるフレシェンカを他所に、睨み合いによる緊張感は増してゆく。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言の時間は、おおよそ1分にも満たなかった。
「……分かった」
その言葉と共に、男たちは一歩引いた。
ここでいたずらに時間を使うのは悪手だ。
そして、彼女と撃ち合いになるのも悪手だ。
──詳細不明の宇宙船を巧みに操る、経歴その他一切不明の女船長……セクサ。
2人といないその美貌もそうだが、その実力や功績を称える異名は数知れず、名を上げようとした宇宙の海賊どもを返り討ちにした逸話も数知れず。
ただの運送屋のはずなのに、宇宙のアウトローたちから恐れられている……そんな女傑を相手に、真正面から撃ち合う?
──やってられない。
それが、返事をした男のみならず、その後ろで控えている男たちの正直な意見であった。
……だが、しかし。
それでもなお、男たちの視線が……キッチリと前が止められた彼女のコートへと向けられる。
男たちが見てしまうのも、無理はない。
何故なら、セクサの背丈に比べて、コートのサイズが合っていないからだ。
全体的なフォルムや色合い、柄からして、女性モノっぽい。しかし、男性用と見間違うサイズは明らかにおかしい。
伸ばした腕の銃器とて、大半が袖で隠れてしまっている。だらりと垂れさがっている方の腕にいたっては、指先すら全く確認出来ない。
……怪しい、男たちの誰もが同じことを思った。
そう、ちょうど……ボタンで留められたコートの中。件の人物であるならば、ピタリと密着すれば何とか隠れられそうなスペースが……いや、しかし。
「…………」
「…………」
「…………」
「……? おまえら……はあ、疑り深いやつだな」
男たちの視線から、言わんとしている(あるいは、隠そうとしている内心)を察したのだろう。
傍目にも分かるぐらいに大げさに、心底呆れたと言わんばかりに、深々とため息を吐いた彼女は……パッ、と。
手ぶらになっている方の手で、ボタンを一つ二つ外すと……グイッと、男たちに見えるように胸元を広げた。
「ぉう……!」
瞬間、男たちの視線が──ばばーん、と露わになった谷間へと注がれた。
いや、それはもう、ばばーん、などという生易しい言葉ではない。強いて表すなら、どたぷん、である。
レオタードを思わせる、肌に密着した生地。
特殊な素材で出来ているのか、まるで乳房の形に合わせるかのように密着したソレのおかげで、一般的な下着よりもずっと形と大きさが見て取れる。
もはや、色気と母性の暴力だ。
両手でも収まりきらない特大サイズ。これでもかと強烈に、ゆっさゆっさと揺れる様を想像させられた男たちは、瞬間、言葉を失くしてしまっていた。
「御覧の通り、この大きさでね。背丈に合ったサイズだと、ボタンを留められないんだ」
「……そ、そうか」
「納得したなら、私の言わんとすることは理解出来たね?」
「そうだな、時間を取らせた」
──行くぞ。
そう、呟いた男たちは、申し合わせたかのように踵をひるがえし……入って来た時と同じように、ドタドタと慌ただしい足音を立てながら……店を離れて行った。
……。
……。
…………そうして、男たちが来る前と同じく、穏やかな静けさが戻ったのを、センサーにてしっかりと確認したセクサは。
「……おっぱいがデカいって、本当に色々と得だな」
そう、深々と零したため息と共に……肩の力を抜くのであった。
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