第4話: 慣れてしまえば、気にならなくなる
──5年。
気付けば、彼がこの世界に来てそれだけの月日が経っていた。
さすがに、5年も過ごせばセクサロイドの身体にも慣れてくる。最初の頃は何処とないぎこちなさが出ていたが、今ではすっかり違和感が無くなっていた。
そう、実際に成ってみるまで想像すらしていなかった。
まさか、人(魂だけだが)というのが、とにかく周りに染まる生き物なのだということを……彼女は、身を持って実感した。
まず、最初に違和感が消えたのは、己の身体の感覚からだった。
当初は機械部分に生体部分が風船のように括りつけられているような違和感。それは2ヶ月ぐらいで馴染んだが、そうすると、今度は生体部分に違和感が生じるようになった。
具体的には、女体として構成された生体パーツ……つまり、胴体だ。
たった2ヶ月ちょっとでは、男性であった時の感覚は抜けきらなかったらしく、徐々に感覚が身体に馴染むにつれて、その違和感は強く表に出るようになった。
具体的には、重心の違和感。特に顕著なのが、胸部だ。
前世では一般的な成人男性であった時とは違い、今の身体はセクサロイド……それも、前世とこの世界合わせても早々見掛けないぐらいのサイズだ。
その大きさ、おおよそIカップ~Kカップとなっている。
惑星によって表記の微妙な違い、あるいは、種族によって骨格から違う場合があるので正確な数値を付けるのは難しいらしいが、標準的な人間女性で表すと、そうなるらしい。
これがまあ、実際に成ってみて分かったのだが……ぶっちゃけ、重いのだ。
いや、肉体的な負担はほとんど感じていないのだ。
生体パーツとはいえ、人体のソレとは違う。一日一回の調整ポッドのおかげで疲労も回復しているおかげである。
しかし、肉体的な負担が無くとも、身体に掛かる重量までは誤魔化せない。
例えるなら胸部に、合わせて数キロの重りを日常的にぶら下げているようなものだ。気付けば、視線が斜め下へ向いてしまう。
おまけに、人間の乳房の構造に似せてあるので、ブラジャーなどでガッチリ固定しないと普通に揺れるし弾む。
というか、試しに『ストア』で一般的な女性の下着を購入して着けてみたら、そらあもうぽよんぽよん……いや、どたぷんどたぷんだった。
さすがに、Iカップ以上になると普通のブラジャーで押さえた程度では普通に揺れてしまうらしい……そうなるんじゃないかなと、うっすら考えていたら大正解だった。
おかげで、色々と衣服を購入したはいいものの、結局は最初の頃から聞続けている全身スパッツ生地のような、レオタードのアレに落ち着いてしまった。
まあ、仕方がない。
着心地は本当に他の追随を一切許さないし、防御の面を考えても同様。安全を考えるなら、そこから更に上着を羽織るぐらいが限界であった。
……で、次に覚えた違和感が……生体パーツの触覚である。
生体パーツより刺激を受けると、それを人間だった時に近しい感覚と同じ刺激を覚え……暑ければ暑いと感じ、痛いなら痛いという感覚を覚えるようになった。
具体的には、抓られれば痛いと感じ、くすぐられたら、くすぐったいと感じるようになったのだ。
おそらく、魂がこの世界に馴染んだ……のかもしれない。
もちろん、あくまでも現在の彼女が感じ取るそれら全ては機械的な反応なので、意識的に刺激をカットすることは出来るし、遮断も可能である。
しかしまあ、前世の名残は魂に浸みついているようで、身体の感覚を完全に遮断してしまうと、非常に味気ない生活になってしまう。
だから、多少なり不便ではあるものの、彼女はあえてそういった感覚を残したままにすることにした。
……で、だ。
月日が経ち、現在では男としての勃起の感覚が思い出せなくなっているぐらいには、この状態に身体(あるいは、魂?)が馴染んでいくに従って。
──そう、彼女(元・彼)がこの世界へ徐々に適応していくにつれて、『宇宙遊覧船レリーフ』もまた、その内装を変えていった。
まあ、変えていったというよりは、改装(あるいは、改造?)していった、だろうか。
具体的には、荷物の運送以外にも、人助けを行う場面などで一時的に他者を非難させる必要が出てきたため、人が寝泊まりしても問題がないように改装したのだ。
なにせ、今の彼女はセクサロイド。
それも、調整ポッドによって改良が施された現在では、人類の技術力では再現も設計も不可能なレベルでの高性能なセクサロイドである。
先述した生体パーツの感度だって、熱い冷たいを感じ取る事は出来ても、それで火傷したり凍傷になったりはしない。
そう、今の彼女にとって、5℃の冷水も、マイナス50度の液体も、『冷たい』の範疇でしかない。
これはマズイ……けっこう当初のうちに、彼女はそう思った。
人体にとって有毒な環境であっても、彼女だけ平気ならば、それはもう罠だ。なにせ、今の彼女はそれこそ真空状態でも平気な身体だ。
いくらなんでも、人助けをしたつもりで救助者全員を死なせたなんて展開は、トラウマなんてレベルじゃない。
なので、格納庫(運送が本業なので)は別として、使用していない部屋を『ストア』を駆使して改装することにした
……そう、実は『ストア』には、『ストア』を通じて購入した一部の商品に限り、改装or改造を行う事が出来る
これにより、レリーフ内の改装は第三者から見れば目玉が飛び出てしまうぐらいにスムーズな……で、そんなこんなで先述した通り、5年の月日が流れて。
「──スパラナ宇宙ステーション、聞こえていますか、どうぞ」
『──こちら、スパラナ宇宙ステーション。機体名並びに船体No.と、登録No.並びに所有者名、および、船体No.がカメラに見える位置で停船してください、どうぞ』
「──こちら、『宇宙遊覧船レリーフ』の船長、セクサです。登録No.011738-NHUUU、船体No.JUHDTY-9099です。左にカメラ確認、見えますか、どうぞ」
『──こちら、スパラナ宇宙ステーション。全No.並びに目視にて船体No.を確認。お帰りなさいませ、ようこそ、スパラナ宇宙ステーションへ』
「──ありがとう、今回もよろしく」
今日も今日とて、セクサロイドになった彼女(元・彼は)は、いつものように依頼された荷物を届けているのであった。
往復、10日間。
行きにて荷物を送り、向こうで新たに受け取った荷物を持ってきて……それが、今回の仕事に掛かった日数であった。
……旅行などで使われる一般の宇宙港とは違い、荷物等の搬入が主に行われている、運送業者のみの使用が原則とされている港がある。
正式名称は別にあるらしいが、一般的には前者を『一般窓口』、後者を『搬入窓口』、と呼ばれており、細々とした区分けが成されている。
で、その搬入窓口なのだが……これがまあ、基本的に混み合っている場合が多い。
何故かといえば、それは安全の為だ。
なにせ、地上とは違い、宇宙ステーションはその名の通り、宇宙にある。万が一テロ犯が爆発物などを持ち込み、起爆させてしまえば……事は、窓口一つの犠牲では済まない。
そういった事態が起きた場合に備えて、三重四重のセーフティがあるとはいえ、だ。
なので、搬入窓口では(ステーションによって数は異なる)2ブロック、3ブロックと物理的な障壁を間に挟み、二重三重の入念なチェックを行った後、安全であると確定してから初めてステーションへの搬入が許されるわけで。
先ほど、機体No.などをステーションへと告げたのもチェックの一つである。
ステーションを出発した時には無かったはずの傷が船体に有れば、デブリ(要は、宇宙の漂流物)による破損……あるいは、テロによる襲撃を受けたかどうかを確認する。
ただの破損であれば修理するだけで良いのだが、万が一テロによる襲撃で船長がすり替わっているとなると、その危険性は一気に跳ね上がる。
実際、ソレによって内部にテロ犯が入り込み、大勢の犠牲者が出たことがあった。
なので、善良な業者からすれば毎回面倒臭いなと思うところだが、過去にソレがあったからこその現在のチェック体制なので、不満はあっても声に出して訴える者はいなかった。
……で、それが終われば、今度は重力負荷によるチェックだ。
到着した港にて一定の重力を掛けた時の重量と、出発時のステーションにて、同様の負荷のうえで計測した数値とで著しい誤差が生じているかを確認する。
地上とは違い、宇宙では緊急時を除けば、寄り道なんてことはしない。推進剤が尽きれば、この広い宇宙……文字通り、死へと直結してしまうからだ。
そして、緊急的な処置を除いて、船内の物資を外に捨てるなんてこともしない。ソレが新たなデブリになってしまうし、リサイクルに回されるからだ。
同様に、何が付着しているか分からないデブリをわざわざ回収するモノ好きはいない。
中々手に入らない希少なモノならば話は別だが、それならそれで、チェックの際に申告すればいい。
つまりは、だ。
ステーションの装置によって多少なり誤差は生じても、人間一人分の誤差が生じた時点で、だ。
申告していない物資を積んでいるか、人間が乗りこんでいるか、あるいは、反社会的な組織に横流ししているか……が、疑われるわけで。
『──こちら、監査官のボイズだ。重力チェックによる誤差は規定値に収まっているのを確認した。なので、これから船内チェックに入るが、よろしいか、どうぞ』
のろのろと、亀の行進の如く遅々として進まない船の流れに、溜め息を付きながら眺めていると、唐突に通信が繋がった。
「──こちら、セクサ。構わない、船内に居るのは私一人だ、どうぞ」
ようやく、順番が来たようだ……その言葉を喉元で止めた彼女は、普段通りを心掛けて返答する。
『──了解した。それでは船を指定の位置に動かした後、船体停止。続いて、出入り口のロックを外してくれ、どうぞ』
何事も無ければ、指示の通りに船を移動させて次の区画へ……そのまま、最終チェックである船内の確認が行われる。
後はもう、黙って監査官の指示に従うだけだ。
ロックを外して扉を開ければ、直後に船内に入ってくる監査官たちの動き……それを確認しながら、人知れずセクサは安堵していた。
……実は、何も腹に抱えていない善良な業者にとって、この前の重力チェックの段階が一番緊張する時だったりする。
というのも、善良な業者からすれば、中を見られて困る物なんて何もない。私物を見られて恥ずかしがるような者なら宇宙の運送業なんてやれるわけがない。
だから、よほど偏屈かつ嫌みな監査官に当たらない限り、船長は欠伸を零しながらもダラダラとコーヒーを飲みつつ、時々掛けられる質問に答えていれば勝手に終わってしまう。
けれども、船長ですら知らないナニカが起こっていた場合。その場合、だいたい露見するのが重力チェックの段階なのだ。
具体的に一番多いのが、船長が知らない間にこそっと密入されるパターン。次に多いのが、申告された荷物の数値が偽装され、過少に記載されているパターンだ。
これはまあ、要は依頼主による料金の偽装である。
基本的には荷物の大きさと重量によって料金が変わるので、少しでも依頼料を下げたい為に、向こうで機械の数値を偽装……といった感じである。
悲しく腹立たしい話だが、宇宙の運送屋は、理由が無い限りはだいたい積載量いっぱいまで積んでしまう傾向にある。
宇宙船にもよるが、数百キロから数トン……大きな宇宙船だと、数十トンを運んでくるのも珍しくはないし、定期便に至っては数千トンを運んでくる。
載せる前に重さを計っているとはいえ、リアルタイムで測りながら入れているわけではないし、そんな事をしていたらどこの宇宙港も遅延に遅延が生じてパンクしてしまう。
なので、多少なり計測に誤差が生じても、仕方がないモノとして扱われるのが宇宙の運送においては常識になってしまっているのが現状だ。
そう、いくら業者側が強いとはいえ、客のえり好みを続ければ、離れていくのは客の方。需要が高いといっても有限であり、早い者勝ちだ。
いちいち一つ一つをキッチリ確認する業者よりも、パパッと積んでパパッと出発してくれる業者の方が、客としても有り難かったりする。
ゆえに、そういった部分の誤差を引き受けるのは業者であり、度が過ぎればこのチェックで引っ掛かってしまう……というわけだ。
もちろん、よほどの馬鹿でない限り、そんな事はしない。下手にブラックリストに載れば、受けてくれる業者がいなくなるからだ。
しかし、それでも後を絶たないのが実情であり……夢とロマンが塗りたくられた運送屋の、仄暗い暗黒面の一つであった。
「こんにちは、セクサ船長。噂通りのお美しい御方ですね」
「──っ、失礼、ボイズ監査官。少々考え事をしていて、ぼんやりしていた」
そんな感じの事を、ぼんやりと考えていた彼女は、何時の間にか傍まで来ていた監査官たちの挨拶にハッと我に返った。
「ははは、御気になさらず」
朗らかに笑うボイズを見て、彼女もまた笑みを返す。
コーヒーでも飲むかと尋ねれば、「職務中ですので、また次の機会にでも」と柔らかに拒否されたので、それ以上は彼女も勧めなかった。
……手慣れた様子で船内のチェックを行う監査官たちの姿を見やりながら、彼女は思う。
ボイズは、前世で言う黒人に似た容姿をしている。
他にも一緒に来ている者たちも同様で、全員が服の上からでも分かるぐらいに胸板が厚く、手足も太くて屈強だ。身長に至っては、誰もが彼女より30cm以上も高い。
意図的というよりは、偶然。たまたま、似たような風貌の者たちが集まったのだろう……と、彼女は思った。
スパラナ宇宙ステーションに限らず、この世界には風貌に限らず生態系が根本から異なる異種族が当たり前のように生活している。
彼女の知る人間の風貌をしている者は多いが、多いだけだ。
実際、今回運んだ荷物の依頼主は、下半身が蜘蛛で上半身が人間であった。上半身だけを見れば、普通に美形であった。
最初は面食らったが、慣れると特に何も感じなくなった。後で調べてみたら、特に珍しい種族でも何でもなかった。
(……SFちっくな世界なのに、よっぽどファンタジーしてんだよなあ……この世界)
そう、5年経っている今でも改めて実感すること……というより、5年経ったからこそ解決出来ない疑問が出てくる……この世界は、本当に不思議でたまらない。
誇張抜きで色んな種族が繁栄していた地球(か、どうかは不明)より宇宙へと進出を果たしてから何百年か後といった感じらしいのだが。
つまり、元は同じ星から巣立った生き物。祖先を辿ればみんな兄弟姉妹であり、更に辿れば同じ生物から広がった同類。
だからなのか、この世界……彼女からすれば『どう見ても○○だろ?』という外見でも、傍から見れば『いや、××でしょ?』という、見え方や感じ方の違いが多々あって。
「……ところで、ボイズ監査官」
「はい、なんでしょうか?」
具体的に言うと、だ。
「初対面でこんな事を聞くのはなんだが……あなたは、男性なのか?」
「え、私が、ですか?」
心底不思議そうに首を傾げたボイズは、傍の同僚たちと顔を見合わせた後で……困った様子で苦笑する。
「童顔なので、若く見られることはありましたが、男性か女性かを尋ねられたのは初めてです」
「気に障ったなら、申し訳ない。言い訳に聞こえるかもしれないが、私は生まれつき男女の見分けが付けられなくて……正直、貴方が私より年上か年下なのか、それすら分からないんだ」
「はあ、それは……」
「だから、どうしたら良いか分からない。実は、この恰好は異性に見せるにはとても恥ずかしい恰好だったことを思い出してしまって……」
「──っ! ああ、なるほど、そうでしたか」
こんな、たった今考えただろうなあと思われて当然な、滅茶苦茶な理由であっても、この世界の人達はそういうものなのだとそこまで疑ってはこない。
「それなら、ご心配なさらないでください。私を含め、この場に来ている者たちは全員女性ですから」
「……そうか、ありがとう。失礼なことを聞いてしまって」
「いえいえ、御気になさらず。貴女程に美しい風貌ならば、心配はいくらしてもし足りないぐらいですから。私も、学生の頃はしょっちゅう男たちに声を掛けられて大変でしたから分かりますよ」
「……そうだな、本当に色々と大変だよ」
とまあ、こんな感じで。
(いちおう、私は美人として扱われるが……正直、どういう基準で美女として扱われているのかさっぱり分からん)
全体的な美意識こそ、前世のソレとそこまで違いは無いが……こうして、不意を突くように姿を見せる違いに、彼女はこの日も内心にて首を傾げることとなった。
……。
……。
…………さて、そんな感じで待機約2時間、監査官の作業時間約15分という苦行を終えた後……続いて、何をするかと言えば、だ。
港にて待っている、ステーションの担当者に荷物を渡す為に、指定された場所に宇宙船を動かすのだ。
これがまあ、慣れていてもけっこう難しい。
広大な宇宙では相当運が悪くなければ何かに衝突なんて事はないが、限られた空間であるステーション内では普通に起こりえる事故だ。
ちょっとやそっとではぶつからないよう広く設計されているとはいえ、数ミリでもなにかしらに接触すれば、それだけでも事故は事故。
宇宙船の操縦技術は、港などへのドッキングの腕で分かるという格言があるぐらいには緊張させられる作業なのである。
(……毎回、自分だけズルをしているような気がしてならないなあ)
まあ、そんな緊張させられる場面でも、全方位センサーにより、自動的に障害物を避けてくれるレリーフの性能におんぶにだっこの彼女にとっては関係ない話だが。
そうして、指定された位置へと船を付けて、伸ばされる通路と格納庫を簡易ドッキング。船にもよるが、レリーフは運搬車ごと入れるように設計されている。
『これから作業に入ります!』
という、作業員たちの元気な声に了解のコールを送った後で……さて、と意識を切り替えた彼女は、コートを軽く肩に羽織って……外に出る。
「今回の担当者はホーゲンか」
外にて作業を進めていた者たちの中にいた、この場の責任者に当たるホーゲンに彼女は声を掛けた。
──ホーゲンとは、スパルナ宇宙ステーションにて、荷物の搬入業務を担当している職員である。
前世で言えば、スポーツをやっている白人系の男性。
二枚目というわけではないが、口が上手く女性からモテるタイプの三枚目。そんな男も、彼女を見付けると……満面の笑みと共に、両腕を広げた。
「お帰り、セクサ!」
「その腕はなんだ、ホーゲン」
「なにって、お帰りのハグだよ。親愛のスキンシップさ」
「毎度のことだが、飽きないのか?」
「飽きるわけないだろ。特に、セクサみたいな特上の美女が相手ならね」
「……そ、そうか」
見た目が見た目なので女扱いされる事には慣れたし受け入れた。男女問わず向けられる下心にも、そうかと流せるようになった。
けれども、こうして真正面からまっすぐに好意を向けられると、少々照れくさい。
万が一にでも男と同じベッドに入る気持ちはサラサラないが、それでも、こうまでダイレクトにスキンシップを取ろうとする性根の強さがモテる秘訣なのかもしない。
(まあ、色々と融通を利かせてくれるしなあ……)
とはいえ、男女のアレを抜きにしても、ホーゲンは線引きに関してはしっかりしている。
金銭的な援助は全く期待出来ないが、求められるサービスをしてやれば、色々と気を利かせてくれる良いやつだ。
「……これで満足か?」
なので、彼女は何時もと同じように、ホーゲンの背中に腕を回した。さすがに、この程度で嫌悪感など覚えたりはしない。
ぱんぱん、と背中を叩かれる感触……男に抱き締められる感覚なんて、この身体になる前は想像すらしていなかったことだ。
「う~ん、この抱き心地……鋼鉄の腕じゃなければ100点満点なんだけどなあ」
「いちおう、元の腕に似せた四肢はある。次からは、そっちに付け替えた方が良いか?」
「いやいや、この硬くて無骨で冷たい腕とは裏腹の良い香り。コレが有ってこそのセクサだ。むしろ、お胸の柔らかさが引き立つってもんさ」
「そうか……お前は本当にブレないな」
本当にコイツは……そう思っていると、スルリとホーゲンは離れた。
相変わらず、鬱陶しいなと思う直前の機微を探るのが上手いやつだ……っと。
(まあ、そうなるよな……)
何気なく視線を向ければ、作業を進めていた者たち(つまり、ホーゲンの同僚たち)の視線が己へと集まっている事に気付き……彼女は、内心にて苦笑した。
分別は付いているが、ソレを羨ましいと思うかどうかはまた、別の話。羨ましいぜこんチクショウと思うのもまた、自然な話。
(……みんなにも、色々と良くしてもらっているし、な)
そう、結論を出した彼女は、一つため息を吐いて彼らを見回すと。
「……順番だぞ」
その言葉と共に、彼女は鋼鉄の腕を広げた。
直後──苦情が出ない程度に彼らは喜びに目の色を変えると、これまた非常に行儀良く……順番に、列を作り始めたのであった。
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