第3話: セクサロイドだからね、興味を引くボディなわけで
そうして始まった『運送屋』としての日常だが……彼女が思っていた以上に、仕事内容は単純であり、簡単であった。
いや、まあ、単純とは言っても、それはあくまでも、仕事を受けるだけを考えれば……の話である。
というのも、この世界において惑星間(つまり、宇宙船での)における運送業というのは、だ。
極論な話だが、低リスク低リターンを突きつめてしまえば、全く仕事に有りつけないということはない。
なにせ、宇宙に人類が散らばっている時代になったとはいえ、宇宙船を個人で所有している者は多くはない。
大型輸送艦による定期便に引っ付いてでの仕事なので単価は安いが、慎ましく暮らせば十分に食っていけるだけの収入にはなるう。
とはいえ……地上を離れ、広大な宇宙を仕事場に選ぼうとする者たちだ。
やはり、大なり小なり自由気ままな暮らしを夢見ている者は多い。そして、そういった者ほどギャップに唖然とし、徐々にやる気を失って……と、なってしまう。
だから、10年後20年後30年後はともかく、今のところは仕事そのものが無くなってしまうことは無い……というのが現状である。
──で、そこで話は戻るが……この仕事における、単純でも簡単でも無い部分。
それは、『運送業』で財産を築けるまで稼ごうと考えれば……の場合だ。
まず、先述の通り、定期便に合わせて動けば、よほど気合の入った強盗組織でない限り襲撃されることはまず無い。
なので、とにかくリスクを取らない方向を考えるならば、ソレに合わせて動くのが確実である。
なにせ、暗黙の了解として、定期便の周囲を囲うようにして民間の宇宙船が盾になっているとはいえ……輸送艦とて馬鹿ではない。
見方を変えれば盾として使われるわけだが、だからといって、黙って指を咥えて放っておくかと言えば、そんなわけもない。
個人が所有するモノよりもはるかに高性能かつ広域を観測出来るレーダーを搭載しているので、どの宇宙船よりも早く敵機の接近に気付く。
そして、気付いたら最後……輸送艦に搭載された様々な武装によって、相手の宇宙船は超遠距離砲撃によって蒸発してしまう……とまあ、そういう感じである。
ならば、輸送艦ではなく周辺の……いやいや、輸送艦を取り囲んでいる民間の宇宙船を狙い撃ちするのもリスクは高い。
民間とはいえ、よほど切羽詰まっていない限り、基本的にどの宇宙船も最低限の武装は成されているし、自衛は宇宙法(読んで名の通り、宇宙の法律)にて許されている。
そして、これまた宇宙法にて回りくどい表記がされてはいるが……万が一襲われた際、力を合わせて抵抗するようにとも記されている。
つまり、下手にソレらに攻撃を仕掛ければ最後、数十、数百にも達する銃口が一斉に向けられ、蜂の巣にされてしまう。
そう、輸送艦と周囲を囲っている宇宙船は、実のところは互いが互いを守る形で、その安全性を更に強固にしているわけなのだ。
実際、過去に金に困った強盗集団が、幾度となく輸送艦へと攻撃を仕掛け……返り討ちにあった。
だから現在では、よほど不運でなければ、宇宙一安全な仕事だと茶化す言葉があるぐらいには……さて、言い換えれば、だ。
──ソレすなわち、安全を取る代わりに収入の大部分が定期便の本数に依存してしまう事に繋がってしまう。
つまり、極端に下がることがない代わりに、極端に上がることもないわけであり……これがまあ、人によっては非常に窮屈に思えてしまうわけだ。
まあ、アレだ。
これから先、定年までクビにはならないが、給料は毎月約○○万円であり、上がる事もなく下がることもほとんどない。
業務内容もほとんど変わらず、独断の行動は厳禁。定期便の動きに合わせた日常を送り続けろと言われて。
いったい、どれだけの人が喜び続けていられるか……若者であればある程に、退屈を覚えてしまうのではないだろうか。
それに、万が一船が破損した場合は自己責任。
襲撃等による撃沈や不慮の事故によって荷物が失われても弁済に追われることはないが、船に関しては自己責任となっている。
加えて……元々が高額であることもそうだが、宇宙船というのは維持費が掛かる。
食うに困ることはないが、かといって、夢想していたような贅沢ができるほどの収入が得られるわけではない。
ほとんどの宇宙船は飛行船として併用することが出来るようになっているが、それはそれで、別の免許が必要となる。
そう、無重力飛行と、重力圏での飛行とでは、求められるスキルや耐性がまるで違うのだ。
車等の免許で例えるなら、普通車の免許を持っているからといって、自動二輪免許の代わりにはならないといった感じだろうか。
なので、耐えられずに辞めた者はほとんどの場合宇宙船を売ってしまい、そのまま運送業に戻って来なくなるか。
あるいは、それでもなお広大な宇宙に固執し……と、話が逸れていたので、戻そう。
……で、だ。
そんな感じで、夢も何も無い話ばかりが続いたわけだが……実は、宇宙の運送屋でもひと財産稼ぐ方法はある。
それは、大型輸送艦による定期便に便乗しない方法。
すなわち、個人で運送屋として仕事を受注する、通称『指名』と呼ばれているやり方だ。
何故、そんなやり方があるのか……それはひとえに、定期便というシステムそのものに原因がある。
と、いうのも、この世界における定期便というのは、基本的に決められた星々を順々に回ってくるようになっている。
現代で例えるなら、巡回バスみたいなものだ。
そして、輸送艦によって取り扱われるモノに違いがある場合が多く、また、星によっては停泊する時間もバラバラ。
惑星によっては、一ヶ月に一回しか停泊しない星だってあるし、中には燃料補給の為に寄るだけで、慌ただしくてゆっくりする暇がない星もある。
それに、目的の星によっては、到着までに一ヶ月、二ヶ月と掛かってしまう場合もある。直通で行けば五日で到着する距離でも、定期便のシステム上はそうなってしまうわけで。
で、そうなると、やはり需要が生まれるわけだ。
企業、あるいは個人の宇宙船で、○○へ荷物を運んでくれ、○○へ連れて行ってくれ、といった、定期便では賄いきれない需要が。
もちろん、想像の通りにコレはハイリスク&ハイリターン。
定期便に引っ付く小魚とは違い、トラブルが起これば全て己(あるいは、チームで)で解決しなければならない。
しかし、その分だけ実入りも大きい。
定期便に引っ付く方は、あくまでも積み込めなかった荷物や人を運ぶという大前提があるので、料金は定期便とほぼ同額である。
対して、指名の場合は、船長の采配が全て。なので、稼ぐとなれば、こっちを受けるのが通例となっている。
もちろん、実績も信頼も何もない運送屋に指名など付くわけがない。指名が付くのは、それだけ覚えが良くなり、信頼が置かれるようになってから。
それまで定期便などをこなして実績を作りつつ、役所を通して依頼を貰い、徐々に知名度を上げてから……というのが、この世界の運送業が上を目指す為に行うやり方であった。
……彼女は、すぐに『指名』を取る方を見据えた。
理由としては、やはりというか、定期便に引っ付く方を想像してみたが、おそろしく退屈になるだろうと思ったからだ。
只でさえ、『宇宙遊覧船レリーフ』はこの世界の宇宙船に比べてはるかに高性能オートマチックなおかげで、する事がほとんど無い。
そう、本当に何も無い。
この世界における従来の宇宙船であれば、最低限のメンテナンス、あるいは、異常が起きていないか、目視による日常的な点検という名目で、少しばかり暇を潰すことが出来る。
だが、『宇宙遊覧船レリーフ』は、それを必要としない。
何か異常が起これば、搭載された自己修復機能によって修理され、それこそエンジンが消失したぐらいの致命的なトラブルが起きない限りは、常に100%に近い状態を保守し続けている。
加えて、船内生活においては付き物な、慢性的な運動不足という職業病にも無縁である。
だって、彼女はセクサロイド。人間に似せてはいるが、人間ではない。おまけに、レリーフに搭載された調整ポッドによる恩恵もある。
また、外(つまり、宇宙)の景色も、3、4日も経てば飽きる。
平行している宇宙船の群れに見応えは有っても、宇宙空間には音が無い。どれだけ派手であっても、サイレントムービーを眺めているかのような気分に陥ってしまう。
ならばと思って、同業者に声を掛けようにも……まあ、アレだ。ここで、彼女の容姿が問題となった。
と、いうのも、だ。
四肢こそ機械ちっくではあるが、顔や身体は全く機械には見えない。これも、調整ポッドによる+αが成されている。
しかも、その身体は……元がセクサロイドなだけあって、非常に魅力的な造りになっている。
ぶっちゃけ、傍からは事故か何かで四肢を機械化している美女(あるいは、美少女)にしか見えない風貌なのだ。
なので、彼女としては、前世の常識よろしく、普通に社交辞令的な挨拶をしただけなのだが……その結果、何が起こったのかと言えば、だ。
──お嬢さん、今晩ベッドに来いor行くよ(意訳)……である。
これがまあ手を替え品を替えてはいるが、彼ら彼女ら(女もいた)の目的は全て同じ。
俺or私は悪いやつじゃないよ → 君はとっても素敵だね → お近づきの印に一杯どう → ベッドに来いor行くよ(意訳)の流れであった。
彼女(元は男でも)とて、馬鹿ではない。
現在の己の容姿が非常に人目を引き付けることは自覚していたし、あの手この手で、時には強引なアプローチを仕掛けられてしまうことも覚悟はしていた。
だが、さすがに四六時中引っ切り無しに、交友を深めるとかで通信を送ってくるのは辟易したし、強引に船へドッキングしてまで来ようとする者が現れたとなれば……だ。
覚悟はしていても、彼女はたった一回定期便をやっただけで、ホトホト嫌気が差してしまった。
「すみません、指名依頼を斡旋してください」
だから、この世界に来て初めての仕事を無事に終えた彼女は、役所にて報酬を受け取った直後に受付の男(全身もふもふ猫男)へそう懇願していた。
通常は、たった一回だけ仕事をこなしただけの者に、指名依頼は斡旋しないのだろう。
「……あ~、はい」
しかし、この時ばかりは対応した受付の男も、チラリと彼女の背後へと視線を向けてすぐに、何時もとは対応を変えた。
振り返って、傍に来ていた上司(同じく、全身もふもふ猫男)に二つ三つと報告をした後で、ポチポチと端末機器を操作し始めた。
……まあ、受付の男や、上司が苦笑いになるのも致し方ないだろう。
なにせ、いつもならさっさと役所を後にする野郎ども(一部、女も)が、どうしてか、待ち合い席が置かれているスペースにてたむろしているのだ。
その、隠しきれていない心の勃起。考えるまでもなく、狙いは彼女だろう。
あわよくば、あるいは、強引に押して押して押しまくればモノに出来ると思われているのか……そこらへんは、当人以外には和分からない……が。
まあ、定期便に合わせて動く運送屋は、基本的に出会いというモノがない。
日常的なスケジュールをソレに合わせているし、定期便の客にちょっかいを掛けてトラブルに発展してしまえば、この仕事から追い出されてしまう。
けれども、ソレが同業者であるならば話は別だ。
役所だって、同業者同士の恋愛沙汰に首を突っ込むつもりは欠片もないし、その権限も認められてはいないのだ。
だから、もしかしたら手が届くかもしれない位置に、極上の女が現れて色めき立っている……おそらく、そんな感じなのだろう。
「え~っと、セクサさん」
「はい」
「ご存じだとは思いますが、現在のセクサさんに出せる依頼はこれぐらいしか……相場よりも報酬が低いですけれども、それでもかまいませんか?」
「それで結構です。とにかく、後ろに居る人たちに四六時中ちょっかい掛けられっぱなしよりは……!」
「は、はい、分かりました。それでは、先方に連絡を取ります。おそらく、数日中の出発となりますが……よろしいですね?」
「かまいません」
──と、まあそんな感じで彼女は定期便の引っ付きから離れる事となった。
幸いにも、アンドロイド(それも、色々な意味で規格外の)である彼女には、人間が生存する為に必要となるモノを何一つ必要とはしていない。
彼女が普通の人間であったならば、この業界に入って間もない者が、同業者たちから距離を取って生きられるかと言えば……色々と悩みどころだったろう。
だが、現実はそうではない。
回り道になるかもしれないが、それでも、ストーカー紛いのちょっかいを掛けられるよりはマシだと思った。
加えて、『宇宙遊覧船レリーフ』はノー・メンテナンス。燃料費当の経費も、0である。
つまり、タダ働きぐらいしないと最終的には黒字になるわけで……他の人たちにとっては知る由もないことだが、彼女にとっては、天秤に掛けられる程度の問題であった。
……。
……。
…………そうして始まった、セクサの運送屋。
巷では見掛けない形状の、一目で相当に金が掛かっているのが分かる宇宙船を操る、四肢を機械化させた素性不明の謎の美女。
それだけでも注目を浴びる要素だというのに、その宇宙船の乗組員を見た者が1人もいない。
普通ならば、だ。
惑星なり宇宙ステーションなりに降り立った際に、乗組員たちが我先にと外へ出て来る。
いくら慣れているといっても、閉鎖空間に閉じ込められているのだ。少しでも早く外に出て、広大な外の空気を吸いたいと思うのは自然なことだろう。
実際、定期便に乗っている者たちですら……いや、普段は地上に暮らしている者たちほど、そう思って少しでも外に出ようとする。
宇宙が着地する度に宇宙港が人々でごった返すのは、この世界において、もはや風物詩にも等しい光景であった。
それなのに……その、謎の宇宙船からは、セクサと名乗るその女意外に降りてきた者を見たやつは1人もいない。
食料を始めとして様々な物資を補給し、汚水関係のクリーニングを業者に頼み、場合によっては船体の本格的な点検修理等を行える絶好の機会だ。
そりゃあもう、宇宙港に限らず、宇宙船の周りには物資を売りに来た商人や、点検修理の為の作業員で溢れかえるのが日常的な光景である。
だからこそ、その宇宙船を指名した客が増えるにつれて、『あの船は、他の船とは違う』と噂が立つようになるのは……まあ、必然の流れであった。
──曰く、乗組員は船長である彼女一人だけで、実際に彼女以外を見た者はいない、とか。
──曰く、高級船にも引けを取らない豪華絢爛な設備が完備されており、本当に宇宙船の中かと疑った、とか。
──曰く、軍が秘密裏に開発した宇宙船でなければ説明が出来ない、どうやってあの短時間で、とか。
──曰く、道中で強盗に襲われたのに、あっという間に振り切ったばかりか、振動すら欠片も起こらなかった、とか。
パッと出てきただけでも、これだけある。
これに加えて、過去が一切不明な事に加えて、彼女のその類稀な容姿もまた、そのミステリアスさに拍車を掛けた。
世界が変わろうとも、『こんな場所に、こんな美人が、どうして?』という見方は変わらない……ということなのだろう。
なので、当初こそ他とは明らかに違う異質さに、とにかく切羽詰まった客ぐらいしか指名しなかった……が、しかし。
一ヶ月、三ヶ月、半年、一年、二年、三年と時が経てば、少しずつ評判というのは広まってゆく。
それも、当然だろう。
なにせ、『宇宙遊覧船レリーフ』の出力は、定期便として使われている大型輸送艦よりも大きいのに、大きさ自体は非常に小さく、音もほとんど出ない。
それでいて、内装は彼女の趣味が多分に反映されているおかげで、どこぞの豪華客船かと目を疑うような光景である。
理由は不明だが、何時の間にか増えていた『ストア専用通貨』を使って、『ストア』の能力を検証した結果である。
事情を知らない他者からすれば、『え、こ、この金額でこれに乗っても!?』という感じではあったが……それも、時が経つにつれて緩和していった。
……。
……。
…………そして、彼女がこの世界に来てから五年が経つ頃には。
『宇宙遊覧船レリーフ』の名と、豪華客船かと思うぐらいに凝った内装の造りと。
その外観……錨を横倒しにしたような船体からは想像も付かない、異常なまでの高出力と。
誰しもが、思わず二度見してしまう美貌を持つ謎の女船長という。
むしろ、有名にならない方がおかしい、色々な意味で派手なその名が、まるで波紋のように広まっていき。
気付けば、彼女の船を見物する為だけに宇宙港を訪れる者がいるぐらいには、彼女は有名になっていた。
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