第1話: 宇宙遊覧船レリーフ
彼女がベッド代わりに使用していたらしい『修理調整ポッド』は、アンドロイドに対しては痒いところの全てに手が届く万能品である。
メンテナンスもそうだが、目視では確認出来ない制御系統の調整もそうだし、その他諸々、装備の付け替えだって自由自在。
まさに、万能の名にふさわしい機能を有している。
しかし、現状使い方は把握出来ていない。操作マニュアルを読めば把握出来るが、彼女はそうしなかった。
とりあえず、この船に合わせたオートメンテナンス機能とやらが動いていて、目覚めた時には調整が終わっていたことを確認出来たからだった。
(なるほど……チュートリアルでの説明にはなかったけど、『ストア』は、『ストア』の基準で、手に入れる事が容易であればあるほどに値段が安くなる傾向にあるのか)
それから……まあ、それからという程に時間は経っていない。
しばらく横になりながらも、気を紛らわせるために彼女は『ストア』をポチポチとタップしながら……推測ではあるが、『ストア』の特性を調べていた。
……で、だ。
そのおかげか、あるいはアンドロイドの身体になったおかげかは不明だが、気分を持ち直した彼女は、とりあえず船内の散策を始めた。
その際、彼は……否、彼女は、以前の身体……男だった時とはずいぶんと勝手が違う感覚に、何度も目を瞬かせた。
具体的には、重心が以前に比べてズレている。とはいえ、それは単純な話ではない。
まず、膨らみを手で押し退けなければ足元が確認出来ないぐらいに見事に飛び出している豊満な乳房だが、これは重さをほとんど感じていない。
重さを感じるのは、機械的な部分が剥き出しになっている手足。
サーボーグちっくで機械的な手足の部分を重く感じる反面、人間の女体そのままな胴体部分(おそらく、頭部も)が物凄く軽く感じるのだ。
例えるなら、重しの付いた手足に、今にもフワフワと浮かんでしまいそうなぐらいに軽い胴体が括りつけられている……といった感覚だろうか。
……。
……。
…………ふと、好奇心……というよりは、疑問か。
思いついた彼女は、何気なく……フワフワと漂う感覚に合わせて、フッと身体の力を抜いて──うぉ!?
瞬間、彼女は……いや、彼は、今しがたまで自分だった身体を見下ろし──直後、機械と女体が入り混じるアンドロイドボディは、カクンとその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
(……魂って、そういうことかよ!)
直感的に、彼は己の状況というか、状態を察した。
と、同時に、彼は気付く。物凄い勢いで、半透明の己の身体から立ち昇る湯気──って、あぶねぇ!!!
ほとんど反射的に、戻れと念じた。
直後、見下ろしていた彼の視界は下がり……ビクンと彼が……いや、我に返った時、彼女はもうアンドロイドの視点になっていた。
(これ、うっかりこの身体から出ただけでそのまま消滅って流れか……)
対処法は、思いつかない。
とりあえず、少しでも身体に……この身体に馴染め馴染めと何度もイメージ(薄ら、馴染んでくるような気が……?)しつつ、改めて彼女は己の身体を見下ろした。
(……おっぱいは、ちゃんと重さを感じる。ということは、この身体ってそもそも設計の段階から重心のバランスが悪いのか?)
片手で、もみもみ、と。
掌では全く収まらない膨らみの感触を確認する限り、中身が空洞だとかシリコンという感じではない。脂肪や乳腺の、乳房特有の感触が指先から伝わってくる。
試しに、少しばかり力を込めて握ってみるが……痛くは無い。
まあ、快感も無いが、とりあえず握り握られているという感覚だけは両方から伝わってくるのを確認した彼女は、手を離す。
途端、ぷるん、と抗議するかのように乳房が震えた。
しかし、そこに変化は無い。生身なら痣ぐらいは出そうなぐらいに力を込めたのだが……そこには、欠片の変化もみられなかった。
(痛みや快感は無い……でも、感覚はちゃんと伝わる。アンドロイドだから?)
これまたアンドロイドになったおかげか、不思議と人外……己が一度死んだことや、アンドロイド(女性型)の身体に成ったことへの悲しさというか、嫌悪感はなかった。
──たぶん、『刷り込み』に近しい現象でも働いているおかげで、ここまで冷静に受け止められるのだろう……と、彼女は思った。
率直に言えば、ありがたいと彼女は思った。
男だったことへの未練が無いわけではないが、こんな状況で性同一性障害に似た状態に陥るよりはマシだと思った。
……で、だ。
気になった彼女は足を止めると、再び『ストア』を開いて今の己の身体を確認する。
(不良中古品)と注意書きされているのだ。何がどう不良品なのか、隅々まで確認した方が良い。
なにせ、『ストア』の専用通貨の残存が、ほぼ0だ。
現状、この身体が壊れた時点で詰み確定な以上、用心に用心を重ねても足りないぐらいだと彼女は思ったわけである。
(……分かってはいたけど、やっぱり性処理用……セクサロイドなのは変わらない現実か)
そうして、だ。
どうやら、購入するとより詳細な情報が分かるようだったらしく、しばし『ストア』を眺めていた彼女は……やるせない思いのまま、内心にて溜息を零した。
──『Se/Go/Gr/Pr/Gl-160-54-100-60-95-M-A対応型』。
それが、この身体……つまり、この不良中古品と注意書きが成されたアンドロイド(正確には、セクサロイド)の型番(品番?)であった。
さて……この型番名の意味は、説明文を読めば非常に簡単というか、そのまんまであった。
具体的には、左から順に。
Se=SEX用アンドロイドの意味
Go=髪の色=ゴールド=金髪
Gr=瞳の色=グリーン
Pr=顔立ちや肌=プリティ
Gl=体型=グラマラス=スタイル抜群
身長-体重-バスト-ウエスト-ヒップ
陰毛の有無(M=成熟=陰毛有り)
A対応型(アナルセックス対応型)
と、いった意味らしい。
つまり、型番がそのまま、この身体の3サイズやその他諸々を表しているようだ。
ちなみに、製造元や製造した会社は不明になっていた。
どういうこっちゃと思って『詳細』の部分をタップして確認し……なるほど、と彼女は頷いた。
この身体の経緯を語ると長くなるので、簡潔にまとめると……この身体は、いわゆる完全オーダーメイドの違法セクサロイドであるらしい。
……『チュートリアル』にてサラッと説明されたが、現在、彼女が居るのは……とある惑星の重力圏より少しばかり離れた場所の、宇宙だ。
より正確に語るなら、文明が発達したSF的な世界。それが、現在の彼女が居る世界である。
文明圏から遠く離れた宙域ならともかく、この世界にやってきた彼女が最初に居た場所は、ギリギリ文明圏に入っている太陽系の端っこ。
そこはいわゆる、裏社会のゴミ捨て場といやつだ。
表沙汰にすることは出来ず、下手に露見してしまうと面倒な事になるうえに、何時の日か再利用出来ないかな……とう程度に使用されていたゴミ捨て場……という通称の、名も無き惑星。
だからまあ、彼女にとっては今後の生活拠点兼移動手段である『宇宙遊覧船レリーフ』が、外部の者たちに見付けられる可能性は極めて低い……っと、話を戻そう。
──つまり、そういうSF的な世界だからこそ、セクサロイドは普通に販売されているのだ。
実際、『ストア』には“正規品”とタグが付けられた商品が並んでいる。値段はバラバラで、そちらにはちゃんと販売会社やシリーズ名が明記されている。
そして、そういった正規品は……ちゃんと、この世界の法律に則って製造されている。言い換えれば、ソレが無い時点で違法の物品であるのが確定というわけだ。
……で、そんな違法品がどうしてゴミ捨て場行きになったのかと言えば、それは内蔵した電子頭脳に欠陥が見られたからである。
はっきり言えば、違法品ではあるが、違法品なりのブランド維持のためである。
そう、彼女のこの身体は、粗悪品だから違法なのではない。生物と見間違うぐらいに精巧に作られ過ぎているから、違法なのだ。
まあ、そりゃあそうだ。
製造途中にて廃棄されたがゆえに手足こそ剥き出しのままではあるが、先に完成していた胴体は本当に生きている女体と見分けが付かない。いや、むしろ、本物よりよほど綺麗だ。
そんなものがポンポン作られるようになれば、色々な団体から文句が雨あられと降り注ぐのは当然の帰結。
結果、こういった高品質のセクサロイドは全て違法品となり、どうせ違法品ならばとブランド価値を付けた結果、修理不可な欠陥が確認出来た時点でこっそり廃棄……という流れであった。
……さっさとプレス機に掛けて壊した方が早いが、そこはまあ、アレだ。
記録上、この身体を廃棄した事にしていた者が、こっそり横流ししようと隠していた。
そこを、『ストア』の超常的なお取り寄せ機能によって何光年という距離や物質的な壁も何のその、この場に出現させ、魂となった彼が入った。
と、いうのが、この身体の大まかな経緯であった。
ちなみに、廃棄されていたにしては状態が良かった理由もそこ。不良品とはいえ、破損や汚れや劣化が見られると価値が下がるので、正しく厳重かつ秘密裏に保管されていたからである。
……なので、『ストア』の画面を前にウンウンと色々と考え込む彼女を尻目に、遠く離れた宇宙の彼方にて、秘密の物品が消失した事に気付いて発狂する者が現れているが……まあ、彼女が気にするような事ではないので、この話はおしまいだ。
(服を探したい、この船の状態も知りたい、どちらを先にやれば良いのやら……まずは、船の状態を知る方が先か)
そんなわけで、ひとまず思考を切り替えた彼女は……船内の散策に平行して、操縦デッキを探すことにした。
……。
……。
…………そうして、見慣れぬ金属で密閉された船内(宇宙船なので、当たり前ではあるが)を歩き続ける最中、ふと、彼女は思う。
考えてみれば、突然人外になるなんてストレスやショック、一般的な精神構造で耐えられるわけがない。
完全に……なのかは分からないが、憑依(表現としては、コレが正しいのだろうか)したモノに合わせて、精神がソレに馴染むようになっているのかもしれない。
まあ、アンドロイドとはいえ、ほぼ人形になったのは運が良い方だろうし、まだ人に近しい外見だったから、その分だけ余計に馴染んだのかもしれない。
彼女は、ひとまずそう己に言い聞かせて、状況を受け入れる事にした。
たった30数年ぐらいしか生きていなかったとはいえ、相応に物事を考えられる頭を持って生まれてきた前世がある。
それに、一度は死んだ身だ。
死ねば何処へ向かうのか、おそらくは自分だけが持つ記憶、精神的な余裕が、彼女の歩調に少しばかり力を与えてくれる。
泣き喚いて状況が改善するのを求めるなんてのは、小学生の内に卒業した。
天才でも秀才でもない彼女は、そういえばと思って再び『ストア』を開いた。開いたり閉じたり、忙しないセクサロイドである。
(……全体図ぐらいは有ればと思ったけど、駄目だな)
そうして、歩きながら確認していった彼女は……目当ての情報を見付けられなかった事に少しばかり気落ちしつつも、そのまま船内の散策を続ける。
……『宇宙遊覧船レリーフ』の機能やスペック自体は、『ストア』にて確認出来る。しかし、船内の細やかな部分は不明であり、目視にて確認するしかない。
あくまでも、部屋が全部でいくつ有るかとか、どのような設備が内装されているかとか、どの部分が武装されているかとか、そういった大まかな部分しか分からないのである。
なんともまあ、超常的な効果を発揮はするけれども、微妙に痒いところに手が届かない仕様だ。
まあ、『ストア』とかいう謎の能力を持っているだけでも、幸運なのだ。これで『ストア』すら無くてそのままあの場所に放置されていたらと思うと……あっ。
「……ここか」
操縦席……この世界の言い回しでは、コントロールデッキ。
その場所を意味する小さなマークを見付けた彼女は、開かれた自動扉に勧められるがまま、中へ。
「……車の運転席みたいだな」
そうして、コントロールデッキを目にした彼女の感想が、ソレであった。
そう、コントロールデッキと名付けられているソコは、彼女が想像していたよりもずっと狭く、小さく、車の運転席のように一人が座るだけのシートがあるだけであった。
車と違うのは、そのシートには大量の機械が設置されていて、正面はフロントガラスではなく、青いディスプレイが不気味に光っているだけだから。
ハンドルもないし、操縦桿も無い。もちろん、ペダルだって見当たらない。強いて有るとすれば、腕の形に合わせて長い、メタル色の肘置きのみ。
車の運転席と思った理由は、全体的な雰囲気からそう思っただけ。よくよく注意深く見れば、どうもそれとは違い……シミュレーターが、近しいだろうか。
(……これ、どうやって操作するんだ?)
もう一度『ストア』を開いて確認するが、やはり操縦方法など載っていない。
まあ、そりゃあそうだ。
商品の概要は載っているが、使用方法までは載っていない。パソコンは買えても、そのパソコンの操作方法は付属している説明書を見ろということだ。
そして、パッと見た限り……説明書らしきものは見当たらない。
壁とかに貼り付けていないかと思って探してみるも、無い。とりあえずシートに腰を下ろし、身体を預けてみるも……変化無し。
「──え?」
と、思ったら、手すりに置いてある両手の機械……機械の義手(そう呼ぶのが正しいのかは分からないが)の、手首より先がいきなりパカッと外れた。
痛みは無い。というか、手首が外れた感覚すら無い。
というか、この義手に痛覚などあるのかすら──驚く彼女を他所に、メタル色の肘置きまでもがパカッと開かれた。
そこから一気に伸びた大小様々なコードや端子が、剥き出しの手首の断面にカチッと音を立てて繋がった。
(──っ!)
瞬間──彼女は、理解した。
脳裏を過る、膨大な情報。何処までも広がり続ける感覚、そして、収束する意識、明確な形を取り戻す自我。
今、この時……彼女の意識は、『宇宙遊覧船レリーフ』と一体化していた。
彼女の身体は、運転席の身体に有る。それは、理解し認識している。それと同時に、彼女の身体は……この船にも成っていた。
彼女はもう、この船の全てを理解し、認識し、その操り方を熟知する。いや、それどころか、この船に取り付けられた様々な設備すらも、完全に把握した。
合わせて……彼女は、この船の正体を知る。
この『宇宙遊覧船レリーフ』は、この世界の人類が作り出した船ではない。人類の科学力では1000年の時を経てもたどり着けない、外宇宙の文明の漂流物。
その技術力は、人類がこれまで培ってきた体系からは根本から異なっている。いや、それどころか、その一端すら解読が不可能。
完全なるオーバーテクノロジー。
『連盟種族』と呼ばれる者たちが気紛れに生み出した、遊覧船という名の、人類の文明を凌駕する宇宙船。
『ストア』という、この世界……いや、全ての世界においての上位存在により与えられたからこそ得られた、この宇宙において只一つの宇宙船でもあった。
(……『ストア』って、説明が足らないっていうか、言葉足らずにも程が無いか? 前世ではトップシェアを争っていた二つの通販サイトだって、もうちょっと詳しく記載してあったぞ)
『チュートリアル』にて、『ストア』でしか手に入らない商品ってあったけど、船と繋がってみて納得した。
手に入らないのは当たり前だ。なにせ、この宇宙船レリーフは『ストア』にてこの場に取り寄せられる前は、太陽の中に有ったのだ。
仮にこの世界の人類が、その存在を突き止めていたとしても、現在の科学力では回収は不可能である。
だが、『ストア』は可能である。距離の壁も、物理的な壁も、『ストア』は対価を支払えばそれを用意する。
そして、現れた船に彼女は乗り込んだ。そのように、『ストア』が行った。
『ストア』の力によって、本来であれば専用コードを打ち込み、適切な方法で再起動を掛けなければ起動させることすら出来ないこの船にて、メンテナンスを行った。
そう、『レリーフ』においてのみ使用出来る、外宇宙の科学力で作られたポッドによって……その結果……彼女の身体は、この船に完全に適応した。
見た目こそ、何処ぞにて秘密裏に保管されていた違法セクサロイドではある。しかし、その中身は完全な別物。少なくとも、ただのセクサロイドではなくなった。
「……いったい、俺にどうしろと言うんだ?」
──困惑。そう、困惑だ。
落ち着く間もなく、次から次に降りかかる新情報と災厄に繋がりかねない話に、彼女は……今度こそ、呆然とするしかなかった。
……。
……。
…………ただ、そうやって呆然としつつも。
(……あ、船内に服発見。この際、何でもいいから裸から脱却したい)
どこか、冷静に頭を動かせるのは、そのメンテナンスのおかげなんだろうなあ……と、彼女は考えていた。
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