SF世界に転移した後で性処理用女性型アンドロイドに憑依した『ストア』スキル持ちのTS概念

葛城2号

プロローグ



 享年34歳、男性。



 彼は、己が死んだ事を理解していた。当初は状況を上手く呑み込めなかったが、それだけは最初から理解出来ていた。


 まあ、アレだ。


 登山中に足を滑らせて道の外へと転がり落ちて、止まることなく勢いが付いた頭を岩石にぶつけ……ばきん、と砕けた頭の中が飛び出した感覚を覚えていたからだろう。


 夢だとは、全く思わなかった。


 そう思うにはあまりに感覚がリアル過ぎたし、なによりも『己は死んだのだ』という事が、彼の臓腑の奥底にストンと降りてしまっていた



 ……で、だ。


 それから……まあ、色々あった。



 見慣れぬ景色の中を歩いたり、霧が立ち込めて一寸先すら分からない場所を進んだり、気付けば彼岸花が咲き誇る、中々に幅広い川に出て驚いたり。


 かと思えば、何時の間にか傍に現れていた着物姿の婆さんに、『はよう乗れ』と無理やり小舟に乗せられ、その川を渡り……気付けば、何処かで見た覚えのある施設の前へと案内され。



 ──死んだ後って、文字通りのお役所仕事なんだな。



 そうして、流れ流されるがまま、そこへと立たされた彼が思った理由は、己が今いる場所が原因であった。


 有り体に言えば、役所の順番待ち……といった感じだろうか。


 かなり年期の入った建物(どうしてか、輪郭がぼやけて正確には見えない)の中に設置された大量の椅子、電光掲示板、カウンター、壁の至る所に張られた……まあ、読めない文字やイラスト。



 その中に、彼は居る。



 『転生受付』と立札が設置されたカウンターへと続いている、長い長い……それはもうウンザリする程に長い行列に、彼は並んでいた。


 列に並ぶ者たちの顔ぶれは、まさしく老若男女というやつだ。


 美人もいれば不細工も居る。恰好だって身なりの良い者もいれば、裸のやつもいる。中には、グラビアアイドル顔負けの凄まじい女も居た。


 そいつも裸だが……不思議な事に、列に並んでいる誰もが、その女に反応らしい反応を見せない。


 思わずギョッと目を見開いて4度見ぐらいした彼は、悪くない。


 裸を見るだけで万札が必要になりそうな裸体が傍にあれば、枯れてなければ視線ぐらい向けてしまうものだ。



 ……しかし、だ。


 しばし眺めていた彼は……周りを見回し、首を傾げた。



 どうしてか、みんな俯いている。


 列が進めば合わせて足を前に出すが、それだけだ。止まれば、合わせて誰もが止まり、そのまま黙っている。


 誰も彼もが、無表情だ。


 疲れた様子でもなければ、血の気が無いわけでもない。まるで、スイッチを切られてしまったかのように、そこに知性を感じない。


 ……なんとも異様な光景だ。


 警戒して声を掛けないにしても、スマホで撮影する者が1人や2人は出て来てもおかしくないのに……いや、そもそもスマホって持っているやついるのだろうか。


 あいにく、彼は所持していない。


 死後の世界に運べないのか、死亡時に何処かへ落としてしまったのかは定かではないが、とにかく所持していなかった。


 ……当然ながら、混み合っているのはこの列だけではない。


 他にも幾つか……何故か文字が読めないけど、何処のカウンターにも長い行列が出来ている。


 ただ、彼が並んでいる列もそうだが、ここには人間しかない。


 それだけ死んでいる者が多いのか、『転生受付』とやらに通されるのが人間しかいないのか、あるいは偶々今がそうだっただけなのか……それは分からない。



「──お待たせ致しました。『転生受付』の窓口を務めさせて頂きます、『※※※※』です。短いお付き合いになりますが、良い旅路になることを願っております」



 そうして、だ。


 体感的に4時間ほど……ノロノロと、暇を潰す事も出来ないまま、亀のように消化されてゆく列の終着点へとたどり着いた彼は、そんな言葉を掛けられた。


 受付の、※※※※……何を言っているのか全く分からなかったが、とりあえずは美人の女性であった。


 いわゆる、顔採用というやつなのだろう……が、気にする余裕のなかった彼は、率直に尋ねた。



「あの、ここは死後の世界で──」

「はぁ?」

「あ、ごめんなさい」



 けれども、直後に頭を下げた。


 どうしてかって、穏やかに微笑む受付嬢の顔が目に見えて固まり、直前まで出ていた可愛らしい声とは全く違う、野太い声が出たからだ。



 ……瞬間的に、思った。え、俺ってナニカ怒らせるようなことした、と。



 しかし、理由を尋ねる間もなく、受付嬢は固まった微笑みのままに席を立つと、足早にその場を離れて……すぐに戻って来た。



「ちょっと、これどういうこと?」

「……あれ、アンインストールされてねえな」

「どうするのよ」

「どうするったって、これはもうシステム上のエラーだからなあ……」



 その隣に、骸骨の……いわゆる、死神のような恰好をしている(実際、顔や手足は骸骨だった)者を連れて来ていた。


 美人の受付嬢と骸骨(死神)という、月刊コミックに登場しそうな組み合わせに思わず目を瞬かせる彼を尻目に、だ。


 2人はチラチラと彼の顔と、手元にある光るナニカを交互に見やりながら……ポツポツと言い合っていた。



 ……その内容を彼なりにまとめると、だ。



 どうやら、彼が自我を保ったままこの場所に居るということ事態が、本来は起こってはならない事らしい。


 PCアプリに例えるなら、古いバージョンのアプリを残したまま、別個で最新バージョンのアプリをインストールするようなモノ……らしい。


 下手に残しておくと互いのアプリが干渉しあってよろしくない。なので、通常はアプリをアンインストールし、その後で最新バージョンのアプリを入れる……という流れになっていたらしい。


 ……で、この場合、彼の自我がその古いアプリに当たり、転生先にて使用される無垢な自我が新しいアプリ……に、当たるらしい。


 そして、この古いアプリは彼が死亡……すなわち、この死後の世界に来た時点で完全にアンインストールされているはずであり、ここに来た時点で全て真っ白な状態になるはず……だった。



 そのはずなのに、そうなっていない。



 詳細は分からないが、どうやらかなり大事……というか、システムの根本的な部分に関わるエラーだったようだ。


 なので、現場の2人ではどう判断して対処すれば良いのか分からない……というのが、2人の会話から察せられる一連の流れであった。


 ──で、困り果てた2人が上司に連絡を取り、5分ほどしてから登場したのが……立派な髭を生やした、推定70代っぽい老人であった。



「……ふ~む、こりゃあ少しメンテナンスをする必要が出てきたのう」



 しばし、光るナニカ(何時の間にか、受付台に置かれていた)を眺めていた老人は、そうポツリと呟くと……チラリと、彼を見やった。



「おまえさん、どうしたい?」

「え、ど、どうとは?」

「残念ながら、現時点でワシらに出来る事はほとんど無い。転生先となる空きが無い状態だからな。下手に押し込もうとすれば、おまえが押し潰されて消滅してしまう」

「……つまり?」

「このまま消滅するか、メンテナンスを終えて正式に空きを作ってから行くか、それとも現時点で空いている隙間に押し込むか……その三択じゃな」



 ──別に、どれを選んでも構わない。文句を言うのであれば、面倒だから消滅させる。



 そう、老人の目は物語っていた。言葉にはしていなくとも、彼は瞬時に察した。


 ……ここで被害者的な振る舞いをすれば、その瞬間に消滅させられるということを。本能的にとしか言い様がない感覚で、彼はソレを察した。



「……あの、仮にメンテナンスというやつを待つとしたら、どれぐらい掛かりますか?」



 なので、提示された三択……実質二択から選ぶ事にした。


 とりあえず、『空いている隙間』とやらにビシバシと嫌な予感を覚えたので、彼は唯一残された正規の手段とやらに望みを掛ける。



「そうじゃな、おまえさんの感覚だと、約7000年ぐらいじゃな」



 想定の数千倍、まさかの7000年。あまりに長すぎて実感が湧かないどころか、思わず真顔になった彼は悪くない。



「そ、そんなに掛かるのですか?」

「エラーが起きた原因はおおよそ分かっているからのう。そこさえ気を付ければ業務を止める必要はない。言い換えれば、業務の合間にメンテナンスを行うわけじゃから……まあ、時間は掛かる」

「……7000年って、凄い掛かるんですね」

「たった7000年で終わるのだから、文句を言うでないわ」



 あ、これ、アレだ、時間の尺度が違い過ぎるだけだ。


 そう、納得した彼は……改めて周囲を見回してから、ポツリと尋ねた。



「……暇潰しの道具とか、ありますか?」

「無いのう。とりあえず、適当な椅子を持って来るので、それに座って時が過ぎるのを待つしかないのう」



 ──が、駄目。



 まさかの力技、とにかく待て。


 当然ながら、そんな長い時間を待てるわけがない。受付の列を待つだけの時間ですら、かなり焦れてしまったのだ。


 とてもではないが、7000年など……想像もつかないけど、3日待てと言われただけでも相当に苦痛なのだから、確実に精神が持たない。



「あの、『空いている隙間』ってのは、具体的にどのような……」



 結果的に実質一つしか選べない選択肢を前に、せめてこれだけはと縋るような思いで尋ね。



「よし、それじゃあ送るかのう」



 たつもりだったが、何故かソレを選んだ事になっていた。


 これには、彼も驚いた。しかし、老人は欠片も気にした様子もなく。



「さすがに送り出してそのまま死亡されると色々と手続きが面倒なのでな。ある程度自力で生きられるように支援しておくから、頑張るのじゃぞ」



 それだけを告げると、次の瞬間にはもう、彼の視界は真っ黒に染まり、続けて意識もその中へと溶けて──。






 ……。



 ……。



 …………そうして、ふと、目が覚めた。




 その時、彼は……己の状況を上手く把握出来ていなかった。


 まあ、当たり前だ。


 死んでいる事を自覚したかと思えば、死後の世界(おそらく、アレが黄泉の国の入口なのだろう)にて転生の為に受付に並び。


 なにやらシステム上のエラーとやらで、自分は通常の転生が出来なくて……仕方なく、不安しかない前情報無しの転生が行われた。



 ……というのが、これまでの経緯。



 どこからツッコミを入れたら良いのか分からない超展開を、いきなり受け入れて冷静に行動しろっていうのが無理な話である。


 しかし、泣こうが喚こうが、事態は改善しない。


 人間、驚きも頂点に達すると逆に冷静になるんだな……と。


 冷静に頭を働かせることが出来ただけでも、彼はまだ優秀なのだろう。とにかく、彼は冷静に状況を呑み込み、思考を続ける。



『──っ、──っ?』



 さて、彼はとりあえず身体を起こそうとして……だ。異変というか、異様な状況に気付く。


 己の状態と、周囲の状況だ。


 転生先がどのような場所なのかは不明だが、転生ということは、生き物になるのは確定である。


 どのような生き物になるかは不明でも、とりあえず見える手足や身体は人間の……というより、以前のままであった。



 はて、これはどういうことだろうか……率直に、彼は疑問を覚えた。



 何故なら、周囲に……それどころか、周辺に命の気配が全く無いという点だ。


 一言でいえば、荒野だ。文明の明かりが、見渡す限り何処にも見付けられない。


 時刻は、夜なのだろう。


 空に輝く星々の輝きによって照らされた僅かな輪郭と、緑の臭いが一切皆無の土埃の臭いから、周辺には木々が一本も生えていないのが分かった。



 ……これが、不自然なのだ。



 転生というのであれば、己は何かしらの生命体になっているはずだ。だが、周囲に親の気配が無い。加えて、今の己は……以前の姿のままだ。


 まず、彼はこの時点で……また何かしらのエラーが起こったのではと、思った。



『──っ、──っ』



 その疑念を後押しするかのように、声が出ない。何時ものように声を出しているつもりなのに、全く声が外に出ない。



(……なにこれ、湯気?)



 加えて……何故かは分からないが、身体から謎の湯気が出ている。


 最初は燃えているのかと驚いたが、どうも違う。暑くも無いし寒くも無い。あまりに感覚が無いので、逆に不安を覚えるぐらいであった。




 ──チュートリアルを開始します。




 と、思ったら、いきなり眼前に表示された謎のディスプレイ。


 まるでSFのような、空間に現れた画面に、彼はビクッと肩を震わせ……ああ、と納得した。


 そういえば、支援するとあの老人が言っていたなあ、と。


 メンテナンスとかシステムとか、聞き覚えのある単語だったから、むしろこういう形の支援の方が分かり易いなあ……と、思いながら画面を眺めていると。




 ──只今より、スキル『ストア』の説明を始めます。




 その画面に表示されたのは、『ストア』というスキルの……すなわち、何時の間にか彼に与えられた能力の取り扱い方法であった。


 スキル『ストア』とは……簡潔にまとめるなら、ネットのショッピングサイトみたいなものだ。


 カテゴライズした項目から、あるいは検索エンジンより必要なモノを検索し、必要とあれば入金して品物を購入する。


 それが、『ストア』というスキルの大まかな内容である。


 ただし、ただの『ストア』ではない。チュートリアルでしか触っていないので詳細はまだ分からないが、この『ストア』……買える物の範囲が半端ではない。


 有り体に言えば、条件さえ満たせば星を丸ごと無から生み出して所有物に出来る。同様に、生命体も料金さえ支払えば購入する事が出来る。


 そして、驚くべき話だが……買えるのは、物品に限られていない。


 チュートリアルを見る限り、『概念』というモノも購入出来るようだし、物理法則に囚われない超常的な技能も購入(=習得)も可能という、凄まじいぶっ壊れ性能なのだ。


 ……で、他にも色々と細やかな説明が成された……のだが。



 ──それでは、これにてチュートリアルを終了致します。


(あ、うん、ありがとう)



 ──注意! 


(ん?)



 ──右上に表示されたリミットが0になりますと、貴方は消滅し、全ての次元より消失します。


(──は?)



 ──ですので、それまでに貴方の魂を保護する依り代を購入することを推奨します。


(──は?)



 ──それでは、チュートリアルを終了致します。よい旅路を。


(え、待って、魂ってどういうこと? おれ、そのまま此処に連れて来られたってこと?)



 非情な話、待ってくれなかった。



 彼の指示に合わせてスクロールしてくれていた文字列は消え、その後に表示されたのは……チュートリアルにも登場した、ストア画面であった。



 ……。



 ……。



 …………え、いや、マジで待ってよ? 



 あまりに突然過ぎて、状況が呑み込めず呆然と──している暇など、無かった。


 何故なら、驚愕のあまりロクに動いてくれなかった頭をどうにか働かせて、指を動かし(なんと、『ストア』はタッチパネル方式である)、右上のタイムリミットとやらを



(──って、残り1分もねえじゃんか!!!?!?!?!?)



 確認した瞬間、彼は声にならない声で絶叫していた。



 いや、だって、考えてもみてほしい。



 普通、そういう重大な事に対する猶予って、もっと長く与えて──いや、そんな事を考えている猶予すらない。


 魂だとか何だとか、とりあえずその他諸々は後だ。ていうか、身体から出ている湯気ってもしかして、生命エネルギーとかそういう──い、いかん! 



 とにかく、急いで依り代……己を保護する身体を購入せねば! 



 急いで思考を切り替えた彼は、すぐさま『ストア』をタップし……『購入』の項目をタップし、続いて『依り代』の項目をタップした直後、絶望した。


 何故なら……候補となる身体だけでも、半日掛かっても確認出来ないぐらいに多かったからだ。



 右端に小さく『1~30/1701664体表示』という表記がえぐすぎる。



 そのうえ、パッと見た限りでも、依り代になる身体があまりに多彩というか、一貫性が無さ過ぎた。


 人型のロボットみたいなのもあれば、よくわからん宇宙生物的なやつもいるし、何ならおまえ見た目が岩石にしか見えないのだけど……っていうのすらある。


 値段(つまり、コストだ)だって、もう本当にバラバラだ。


 岩石みたいなのが、表示されている所持金(チュートリアル曰く、『ストア専用通貨』らしい)の半分を消し飛ばすかと思えば、めっちゃ良さそうな美形の人型が10円(単位が有っているかは不明)とかいう意味不明なアレ。


 まあ、10円ってのが逆に怪し過ぎて分かり易過ぎるけれども。


 もうね、何を基準にしたらというか、どれを参考に考えたら良いのかさっぱり分からない。なのに、時間は一向に待ってくれず、残り15秒を切った。


 あまりにグロテスクな現実に、彼はどんどん思考が真っ白になってゆく……そんな最中、見つけてしまった。



 『おまかせ』、その4文字を。



 考える暇などなく、ほとんど無意識のままにタップすれば。



『所持金の範囲で選択、自動購入、自動使用致しますが、よろしいですか?』



 もちろん、OKの文字をタップ。


 瞬間──彼は、フッと目の前が暗くなり、意識もその中へと消え──……。






 ……。



 ……。



 …………そうして、3度目の目覚めを迎えた彼は……前回と同じく、状況を理解出来なかった。



 まず、眼前の景色というか、周囲の光景が目覚める前とは何もかもが異なっていた。



 一言でいえば、メタリックである。具体的には、滑らかな人工物に囲まれた……建物の中といった感じだろうか。天井の照明と、見える範囲に映る人工物を見て、彼はそう判断した。


 そして、彼の身体は……長方形の鋼鉄の……というより、機械の箱の中に居た。むくりと身体を起こして見やれば……どうにも説明し辛い機械の箱であった。


 ……強いて言葉を当てはめるのであれば、機械の棺桶といった感じ……ん? 



(……なんだ?)



 唐突に、視界がブレた。まるでノイズが起きた映像のようにブレた視界が、直後の元に戻る。



(……? 触れられない?)



 合わせて……なんだろう、これは。


 視界の中に、なにやら目盛りのようなモノが見える。いや、これはメモリというか……なんだろう、何かのメーターにも見える。


 手を伸ばしてみるも、それには一切触れられない。なのに、自分の動きに合わせて目盛りも動き、あるいは戻る。



(……高さ? 奥行き? 推定距離? え、なにこれ、どういうこと?)



 加えて、これまた不思議な事に……何故かは不明だが、彼はその目盛り……メーターの意味を瞬時に理解し──おまけに。



「──っ!?」



 ジーッとメーターを見つめていると、なにやら視線を向けた辺りが四角い線で囲われたかと思えば、それが視界いっぱいに拡大表示された。


 ……正直言おう、滅茶苦茶ビックリした。


 まるで、SF映画なんかでお馴染みのアレだ。対象物をフォーカスし、それを眼前にて拡大表示。全く予測していなかった彼は、思わず仰け反り──たぽん、と胸に感じた重さに視線を下ろし。



「え?」



 思わず、言葉を失くした。


 理由は……そこに、おっぱいが有ったから。


 胸じゃない、おっぱいだ。男にはない2つの膨らみは、それが邪魔をして下腹部が確認出来ないぐらいに大きかった。


 そのうえ、反射的に己の口元を手で抑えた彼は……その手が、見慣れた己の手ではない、機械的サーボーグな手である事に目を見開く。


 もちろん、それだけではない。


 たった今、己が口走った声。それは、己の声ではない。己がこれまで出して来た声よりも高く、柔らかく、まるで女の声のような……いや、待て。



 ──『ストア』を起動……十数秒後。



 彼は……いや、もう彼と呼ぶわけにもいかない彼女は、ショックのあまりパタンと機械の中へ倒れた。


 いったい、どうして? 


 答えは……『ストア』に残されていた、『購入経歴』に記されていた三つの購入品が全てを物語っていた。



 一つ、『宇宙遊覧船レリーフ(おススメセット)』。


 二つ、『ストア機能拡張パック』


 三つ、『性処理用女性型アンドロイド(依り代:不良中古品)』



 現時点での確証はまだないが、おそらくコレだ。


 人工物だと思ったここは、宇宙遊覧船レリーフとかいう船の中だからだ。宇宙遊覧船(?)とはなんぞやと思うところだが、それよりも気になるのは……三つ目だ。



 ──『性処理用女性型アンドロイド(依り代:不良中古品)』。



 とりあえず、この一文があるだけで薄らと己の状態を理解出来た。


 どうやら、ギリギリ消滅を免れた代わりに、今の己は……元の人間ではなく、女性型アンドロイドになってしまったようだ。



 ……なんで、よりにもよってソレ? 



 そう、思わず口走った彼……いや、彼女は、少しばかりの間を置いた後で、なんとなくだが仕方が無かったのだろうと色々と諦めた。


 考えてみれば、あの荒野……生物が生きられる環境である保証は全く無い。


 実は有毒ガスの吹き溜まりとか、汚染物質が溜まっている場所とか、そんな場所だったら……まず、彼女が知る生物全部は生存不可能だ。


 つまりは、総合的に『ストア』が色々考えた結果、所持金で買える商品の中で一番マシなやつを揃えたらこうなった……という流れ……か? 



(……あ~、宇宙船のセットの中に、アンドロイドの修理調整ポッドがある。この船の購入理由は、コレか)



 少しばかり間を置いて、ようやく物事を考えられる程度に気持ちが浮上した彼女は……『ストア』にて諸々の確認をしていて……ようやく納得した。



(……なるほど、アンドロイド一つとっても、定期的なメンテナンスが必要なやつと、不必要なやつがあるわけか)



 ちなみに、メンテナンス不要タイプのアンドロイドはマジで高い。一番安いやつでも、所持金が足りないぐらいに。


 そう考えれば、おススメで選んだのは正解だったのかもしれない。だって、今ですらどれが正解だったのかさっぱりだし。


 そう、色々と受け入れた彼女は……涙すら出ない目元を擦りながら……とりあえず、しばらくは何も考えたくなくて、そのままポッドの中で静かにしていた。






  

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