第52話 『遠雷の魔女は語らない〜誓約〜』

 雷の精霊フルメンから、色々教わった。

 魔力のこと、魔法の使い方、空飛ぶホウキに乗って空を飛ぶ。

 魔女の夜会、色んな魔女がいること、僕と同じような魔女がたくさんいて、そこでお友達が出来た。


 氷結の魔女ニコラは、偉大な魔法使い。

 最初は怖い感じだったけど、話せばまるでお母さんみたいな感じで安心出来た。

 お母さんと暮らしたことがないから本当はよくわかってないんだけど、でも本に出て来たお母さんは二種類。

 子供を自分の命より大切にするお母さんと、子供のことより自分のことしか考えないお母さん。

 ニコラはきっと子供を大切にする方だ。

 意地悪なことを言っても、僕が他の魔女にいじめられてると必ず助けてくれるし、ボロボロになったヨキも直してくれたから。


 聡慧の魔女ライザは、優しくてふんわりとしたお姉さんみたいな魔女。ライザも偉大な魔女。何でも知ってる。みんなの道しるべ。

 ニコラとライザは僕が初めて会った時よりずっと前からの知り合いみたいで、会話はちぐはぐだけどとっても仲が良さそうだ。

 ライザは聞き上手で、制約で上手く話すことが許されない僕の話し方でも、うんうんって相槌を打って笑顔で最後まで話を聞いてくれる。

 何か困ったことがあったら、出来ることなら協力するって言ってくれた。

 魔女の夜会に滅多に参加しないから、僕は夜会が開かれる度に二人に会いたくて参加する。

 大体は二人とも来てなくて、他の魔女に悪口を言われて帰るだけになっちゃってるけど。


 リックとは一緒に住むことは出来なかったけど、でも時々来てお話ししたり食事をしたり、色々お手伝いをしてくれるから助かってる。

 僕が夜会に行って泣いて帰った時なんかは、もう行かなくていいって慰めてくれたけど。

 でも僕は同じ魔女のお友達に会いたくて、いじめられるのがわかっってても夜会に参加しちゃうんだ。

 魔女じゃないリックは、それ以上何も言わない。


 ***

 

 遠雷の魔女システィーナって呼ばれてから、廃墟同然になっていた元クローバー町に人間がやって来るようになった。

 彼等はこの町の元住民だったり、全くの他人だったり。

 少しずつ人が集まっては話し合って、お片付けを始めてた。

 僕はそれを上空で、ホウキにまたがって見ていた。


 リックから話を聞いた。

 クローバー国の元住民の人は、猫贄の思想に賛同出来なくて引っ越して出て行った人らしい。

 故郷の国が滅んだと聞いて、急いで戻って来た。

 そして彼等はクローバーを復興させようと、頼れる人々に声がけして、ようやく作業を開始したという。

 僕は懸念した。

 またあの忌まわしい祝祭を復活させるなら、もう一度滅ぼす必要があると。

 このシスティーナの王国に住んでる猫ちゃんだけじゃない。

 世界中の猫が大切にされなくちゃいけないんだ。


 時々、クローバーの様子を見に行く。

 国一つ分を丸々復興させることは困難みたいで、小さな町から再開しようとしているみたいだ。

 一度廃墟を完全に壊して更地にし、そこからまた新しい建物を築いていく。

 だんだん町が出来ていく。

 人が増えていく。

 僕のお家がある森の様子を見に来る人。

 特に何かをしてくる感じはなさそうだったから、僕もまた様子を見た。


 ***


 リックがゲオラルク町で聖職者になる修行を始めた。

 前科がある者にその資格はない、って最初は突っぱねられたらしいけど。エイデル神父様から推薦状が来ていたみたい。

 神父様が亡くなる前、教会に手紙を書いて送っていたそうだ。

 そしてリックの真面目な態度を見て改心したと認められ、一番下っ端の修行から始めることが許されたみたい。

 良かったね、リック。

 僕と初めて会った時、神父様の弟子って言ってたけど。

 神父様のお手紙のおかげで聖職者への道を進めたから、本当に弟子みたいになったね。


 あの日生き残った猫ちゃん達で家族を増やして、また前と同じくらいの数にまで増えてきた。

 猫に囲まれて、直ったお家に住んで、たまにリックが遊びに来て。

 僕は毎日幸せだった。

 ずっと欲しかった、猫に囲まれた生活が、やっと叶ったんだ。


 ***


「遠雷の魔女システィーナ、クローバー国滅亡の主犯として断罪される覚悟はあるか」


 それはある日突然だった。

 とても天気の良い日、あまりに暖かくて気持ち良くて、空も深く綺麗な青空で。

 みんなで日向ぼっこしたら気持ちいいだろうねって、猫ちゃん達と話していた時だ。

 興奮していたみんなの声に何事かと思っていたら、突然ドアをノックして返事をする間もなく開けられた。

 そこには銀色の甲冑に身を包んだ騎士? 兵士? みたいな人が二人。教会から遣わされたという審問官と名乗る若い男の人が一人、羊皮紙を広げて僕に見せながら立っている。


「急に……、何……?」


 そしたら審問官の人が持っていた羊皮紙を今度は自分の方に向けて、書いてる内容を読み始めた。

 多分僕にもわかるように、かなりかいつまんで説明する。


「ノイスノット国にあるノイスノット教会、ベルアーナ枢機卿より。遠雷の魔女システィーナへ、書状を預かって参りました。ここにはこう書かれています。クローバー再建の為、今一度遠雷の魔女システィーナへ問う。クローバー国へ行った大虐殺事件、あれはそちらの一方的な攻撃であろうか」


 そんなことか。

 あの日の出来事に関して、詳しく話したのはリックだけだ。

 他の人が知らないのは当然。

 僕が凶暴な魔女として、いきなり襲撃して滅ぼしたって新聞の記事には書かれていたんだから。

 それを全員が信じても、何も不思議じゃない。


「だったら……、何……?」


 僕は制約により、端的に話すようにした。

 前ならもっとたくさん、あれこれと色んな言葉を繋ぎ合わせて無駄なことまで喋り続けていたけど。


「エイデル司祭の遺言書、そしてリック助祭による進言により、クローバー国独自の文化に関して指摘が為されている。よって猫贄の風習を我々は邪悪とし、クローバー側にも非があったことは認めることとする」


 意外だった。

 人間同士のことだから、てっきりクローバー国の人間は誰も悪くない。悪いのは魔女だけだって一方的に責められるのかと思っちゃった。


「しかしそれに対し遠雷の魔女が行った残虐非道な振る舞いもまた、我々としては看過出来るものではない。今後再建したクローバーに対し、遠雷の魔女が一切の破壊行為をしないという保証をしかねる」


 まどろっこしいな。


「つまり……、もう……何もしない保証、として……。僕を狩るって、こと……なんでしょ?」


 僕の言葉に審問官は羊皮紙を丸めて、真面目な顔で頷いた。

 結局これだよ。

 クローバーがまた町として機能する為に、近くに魔女がいると安心して暮らせないって?

 だから邪魔な魔女を排除するってことか。

 過去の罪を掘り返して、それを理由に魔女狩り。

 人間のやりそうなことだよ。


 僕は呆れ返ってた。

 神父様の言葉があっても、リックの証言があっても、僕が魔女だからという理由で一方的に悪者にしようとしてる。

 そこにどんな理由があっても、人間より強い力を持っている魔女はひっそり平穏に暮らすこともままならないんだ。


『憎かったの? その人たちが……』


 僕は急に、ある少女の言葉を思い出した。

 以前、ニコラに連れられて魔女の夜会に訪れた魔女になりたての女の子。

 人見知りが激しそうで、言葉を慎重に選びながら話す、とても賢い女の子……ルーシーのことを。


『反省はしていない、ということは。人間をたくさん殺したことに、後悔はない……ということですか?』


 僕はその問いに対して、後悔なんてしていないときっぱり答えた。

 当然の報いを受けたのだと、今でもそう思ってるって。


 たまにあの時の夢を見ることも話した。

 泣き叫び、逃げ惑う人間の姿を。

 でもそれ以上に僕の心を蝕んで苦しめたのは、そこら中に飾られた家族の死体だった。

 僕はこれ以上の悪夢を知らない。

 だから今でも、あれこそ最適解だと答える自信がある。

 

 だけど、ルーシーの真剣で真っ直ぐな瞳を見ていると。

 まるで自分が残忍な人間と同じ種類の人間だと、そう言われているようで……。

 あの純粋で無垢な少女の瞳に、そんな風に映る自分がものすごく嫌だったことを覚えてるんだ。

 その時初めて、僕は本当の意味で罪悪感を覚えた。

 確かにあの時の僕にはどうしようもなくて。

 他に方法がなくて、選択肢がなくて。

 一番簡単で、最も手っ取り早い方法を選択しただけなんじゃないかって。


 何年経とうが、家族にしたことを一生許せる気にはなれない。

 でもそれは僕の家族に対して、危害を加えた人間だけだ。

 僕は人間のことは好きでも嫌いでもないけど、全ての人間を憎んで恨んでいるわけじゃない。

 新しく出来るクローバーの人間が、僕の家族に……全ての猫に対して危害を加えなければ、僕はそれで構わないんだから。

 僕がどうなっても、それさえ守られれば……。


「それ……じゃあ、……誓約を、交わそう……」

「誓約?」


 言葉で説明するのはとても時間がかかるし、まどろっこしいから。

 僕は紙とペンを要求して、そこに書き記す。

 てっきり魔女の魔法か何かだと勘違いした甲冑の兵士が構えたけど、審問官が止めた。


「魔女……との、誓約は……絶対、だ……」


 審問官が僕の書いた文章を読み上げる。


「私、遠雷の魔女システィーナは再建の町クローバーに対して、一切手出ししないことを約束する。その証として、ここに誓約をーー」


 ***


 僕は取り急ぎ、拈華ねんげの魔女マキナへ会いに行った。

 そこで僕の記憶の一部を彼女に渡す。

 だけどマキナは、最後の最後まで記録したいと言い出した。

 僕はその理由に納得して、審判の日と場所をマキナに教えた。

 そうやって僕はマキナにお願いする。

 ルーシーに、僕からの答えを渡す為に。

 僕のことを知って欲しいから。

 見て、くれるかな。


 ***


 僕は新しくなったクローバー町に来た。

 この町に来るのは、あの日以来。

 思い出したくもない光景が、今にも甦りそうだった。


 僕は両手を縛られ、口を塞がれ、兵士に囲まれながら審問官の後ろをついて行く。

 復興に力を注いで来た新たなクローバー町の住民から、心無い言葉を浴びせられるかと思っていた。

 だけど彼等は騒がず、あの日のような歓声もない。

 ただ、しんと静まり返って僕が歩いて行くのを黙って見ている。

 ここにリックは来ていない。

 僕が呼ぶことはなかったし、審問官も今日この日のことをリックには告げなかった。僕がそうお願いしたんだ。


 町の中心となる場所に、まるで大きなシンボルだとでも言うように大きく、高くそびえ建っている猫の銅像がある。

 猫の銅像は町を訪れた者を迎えるような形で、片手で招くような仕草をしていた。


 その後方には以前にもあった噴水がある。

 噴水の中心部分、ちょうど水を射出させる部分には杭が打ち付けられている。

 僕が猫を見つめていると、審問官が教えてくれた。


「この猫の銅像は、新生クローバー町のシンボルとなっている」


 この町はどこまで行っても、猫がキーワードなんだね。

 のほほんと、和やかな表情を浮かべる猫の銅像に、なんだか僕は心がホッとしたような気分になる。


「遠雷の魔女。あなたが願い……希望したことは、この町を再建しようと思っている人間も同じように願っている」

「今度……こそ、猫を……大切に……して、ね……」

「当然だ。君が提示した誓約は、必ず守らせる。遵守させる。ノイスノット教会の審問官である私が約束する」


 あぁ、信じてもいいんだね?

 猫ちゃんが平和に、健やかに過ごせる場所……。

 誰にも、何人も侵すことのない……猫だけの王国。

 

「雷の、精霊……フルメン……。僕の……願いは、猫ちゃん全ての……幸せだ。だから……、可能な……限り……でいい。この町を守る、お手伝いを……して、くれる……?」


 僕が雷の精霊フルメンに両目を閉じながら話しかけると、周囲にいた人達が驚いてざわついていた。

 僕は構わずにフルメンの言葉を待つ。

 だけどその声は、どうやら僕にしか聞こえないみたいだ。


『システィーナ、本当にいいのですね?』

「うん、決めたんだ。こうすることが、僕の償いだって」


 リックが自首して償いをしたように、僕もまた自分の罪を認めて償いをするよ。

 きっと一生かけても償い切れないけど、それでもその先に猫ちゃん達の幸せな未来があるなら、それでいいんだ。


『……わかりました。あなたが人間と交わした誓約が守られている限り、私もまた……この地を守る守護精霊として、あなたと共に留まりましょう』

「ありがとう、フルメン……」

『これが最期です。もう普通に喋っても大丈夫ですよ、システィーナ。今までよく頑張りましたね』

「本当に、ありがとう」


 おかしな話だけど、この町は一度……僕とフルメンが滅ぼした。

 そんな僕達が今度はこの町を守ることになるなんて、こういうのを皮肉っていうのかなぁ?


 僕は不思議そうな顔で見つめながらじっと待っている審問官の人に、このまま始めるように告げた。


「雷の精霊フルメンの同意を得たよ。……誓約の確認をさせてもらうけど、いいかな?」

「はい、遠雷の魔女システィーナ……」


 審問官が羊皮紙を広げて、再建の町クローバーと遠雷の魔女システィーナが交わした誓約の内容を読み上げる。


「一つ、猫に対して暴力を振るってはいけない」


 僕を拘束していたロープが解かれ、噴水の中心に建てられた杭まで兵士に連れられる。


「二つ、システィーナの王国に住む猫に、危害を加えてはいけない」


 杭に僕はしっかりと縛られ、足元に火種となる藁などが敷かれていった。だんだんと周囲がざわついていく。

 これから何が起きるのかわかっていない子供が、僕の方を指さして親に質問している様子が見えた。

 僕はその子に微笑みかける。

 子供は手を振って答えてくれた。だけどそれを母親らしき女性が制止して、辛そうな表情で僕を見る。

 大丈夫だよ。そんな顔で見送られるより、その子みたいに笑顔で見送られた方が、むしろ僕は清々しい気分になれるから。


「三つ、猫を慈しみ崇めることで、この町は雷の精霊と遠雷の魔女による加護が受けられることとする」


 藁に火が付けられた。

 慌てて周囲にいた人達が下がっていく。

 ゴォォッて音を立てて、火は勢いを増して燃えていった。

 ……熱い。

 

「以上を遵守すること。それが遠雷の魔女と交わした……見返りである」


 熱くて、苦しくて、聞き間違いだったかもしれない。

 審問官の声が、涙声みたいに聞こえた。

 これも僕の都合のいい願望なのかな。

 僕の為に泣いて欲しい、同情して欲しいって思ったから……?


「魔女狩りによる火刑を、遠雷の魔女が同意する代わりに提示した誓約を……この町の住民は、遵守するように……っ!」

 

 本当は最期まで、笑顔でいたかった。

 だけど自分が焼かれていくことが、こんなに苦しいものだって知らなかったから。

 泣き叫び、絶叫し、悶え苦しみ、ーー僕は絶命した。


 ねぇ、ルーシー。

 僕は守る為の戦いだと言ったけど……。

 酷い仕打ちをすれば、それはいつか必ず自分に返ってくる。

 

 僕は殺された家族の復讐をして、結果その報いを受けることになった。

 でもやっぱり後悔はしていないんだ。

 復讐には復讐で返される。

 それでも、僕は家族の無念を晴らしたかった。

 

 クローバー国を滅ぼした最悪の魔女として、僕は断罪されることを受け入れるよ。

 家族の平穏を約束してくれるなら、この命を捧げることくらいどうってことないから。


 ルーシー、少しは君の質問の答えになったかなぁ?


 ねぇ、ルーシー。

 最期に……、君に会いたかった。

 

 ううん、違うね。

 最後に君に会えてよかった。

 ありがとう、ルーシー。


 君が君の最適解を見つけられるよう、祈っているよ。


 さようなら、僕の……魔女のお友達。

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