第51話 『遠雷の魔女は語らない〜制約〜』

 何十分、何時間経っただろう。

 静かになった頃には、周囲から煙と肉が焼け焦げた臭いしかしなかった。

 雷の精霊フルメンの力を使ってる間、僕の全身から溢れ出た魔力は絶大だった。

 その大量の魔力ーーマナによって、僕は一時的に宙に浮かんでいたみたい。

 フルメンの力が無くなって、僕は地面に足をつける。

 ぼうっとした意識の中で立ち尽くしてた。

 虚ろになった僕の足元で、パジルとフレドがやんわりと体当たりしながらすりすりしてる。

 僕は腰を下ろして二匹を撫でた。

 甘えた声で鳴きながら、僕は二匹の命だけでも救えたことに感謝する。

 

 フルメンが人間を攻撃する為に落ちた雷は、吊り下げられていた猫ちゃん達にも当たってて、僕は胸が苦しくなった。

 もっとちゃんと弔ってあげたかったのに、ごめんね。

 僕がもっと早くフルメンの力を借りていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに。

 

 僕は家族を弔う為に、なんとかみんなを集めようとした。

 脚立や梯子を使って一匹ずつ、丁寧に、ゆっくり下ろしていく。

 だけどどうしても高い位置にいる猫ちゃんはどうすることも出来ずに悩んでいると、町の出入り口から男の人の声がした。


「ど、どうなってるんだ……っ、これは……っ!?」


 町の住民以外の人に見つかった。

 生きてる人間は僕だけだ。しかも魔女。

 通報されてそのまま捕まったら、みんなのお墓が作れない。

 僕はほんの少し意識しただけで、右手で電気の玉を作り上げることが出来た。

 前ならこんなこと出来なかったのに。

 雷の精霊フルメンと契約したから、微細に魔力を操れるようになったみたいだ。


「今、邪魔される……わけには……」


 全くの部外者相手に、僕が魔法を放とうとした時。

 その男性は大声で名前を呼んだ。


「システィーナ!? 無事か!? システィーナ!」


 この声は、……リック!?

 僕はその声を覚えてる。

 

「リック!!」


 町の出入り口の方へ、リックがいる方向へと走って行った。

 そこにはリックだけだ。

 他に誰もいない。

 リックも僕を見つけて、ものすごく悲しそうな顔をして両手を広げてた。

 走って、ジャンプしたら、リックは僕をしっかりと抱き止める。


「システィーナ! 無事でよかった、本当に!」

「リック! リック! 会いた……かったんだよ……、本当……にっ!」


 ぎゅうってしっかり抱きしめて、ひとしきり泣いてからリックが僕に何があったのか聞いてきた。


「お役人に自首して、僕は隣町にある詰め所に連行されて、そこの地下にある牢屋で過ごしてたんだ。そこでクローバー町での黒い噂を聞いた」


 クローバー町では何かの区切りがある度に、ある祭りをするのだと聞いたみたい。

 クローバー町はそこら中が猫で溢れていた。町の人達は猫を特に愛でてるわけでもないのに、ゴミを漁ればもちろん野良猫に怒鳴ったりしてた。

 それでも町の住民は、大量の野良猫を放置する。

 不思議に思っていたところで、クローバー町ではとある区切りの祝祭の日に猫を生贄にする……という噂が流れたみたいだ。

 クローバー町での今回の区切りは、エイデル神父の死。

 教会で長く勤めてた神父様を送る為に、祭りが行われることを知ったリック。


「ずっと真面目に働いて、反省していることを汲んでくれた看守から聞いたんだ。魔女であることはひた隠したけど、クローバー町に知り合いの……身寄りのない少女がいることを話したら、迎えに行った方がいいって。一時的にだけど、また戻るという約束をして……ここまで来たんだよ」


 嬉しい、よかった。

 リックはちゃんと僕のことを、覚えててくれた。

 会いに来てくれた!

 約束を守ってくれたんだ。


「それにしても……」


 リックの声がくぐもる。


「これは、どういった有様なんだい?」

「……僕が」

「とにかく!」

「?」

「システィーナの大事な猫達を、早く下ろしてやろう。広場に並べられてる猫達、システィーナが一人で下ろしたんだろう?」


 僕が説明しようとしたけど、遮るようにリックは話題を変えた。

 僕が口をぱくぱくさせてもリックはそれ以上深く聞こうとせず、猫ちゃん達を丁寧に下ろしてくれる。

 そんな風にとっても時間はかかったけど、亡くなった猫ちゃんを集めている時。どこかで声が聞こえたんだ。

 もうこの町に生きてる人間はいないはず。だけどはっきりと聞こえたから、僕はまさかという気持ちで首に提げていたフルメンの笛をピーッて吹いてみた。

 リックが何をしているんだろうという目で見ていた時、神父様のお家があった場所から六匹の猫ちゃんが走って来た。

 間違うはずがない。僕のお家にいた猫ちゃんだった。


「ジェルト、イルデ、フォン?」


 笛の音に呼ばれた猫ちゃんは、みんな走れる程度には元気そうだった。


「ソニア、リチル、トリシア!」


 あちこち少しだけ傷があったりしてたけど、無事だ。

 命があるだけでも、僕は嬉しくてたまらなかった。


「よかったな、システィーナ」

「うん、うん! 本当に……、よかっ……たぁ……!」


 生き残った八匹を荷台で待たせて、僕達は作業を続けた。

 人間が誰一人生き残っていない、この町の中で……。


 *** 


 町の果物屋にあった荷台に猫ちゃん達みんなを乗せて、僕達はお家へと帰った。

 お家の裏手にたくさん穴を掘って、みんなを埋めて、墓石を置く。

 それを二人でずっと作って、四十二匹分のお墓を作った。

 パジルとフレド以外に、まだ生き残ってる家族がいて本当によかった。

 それから僕はリックに何があったのかを話して、リックもクローバー町に関してわかっていることを教えてくれた。

 猫を大事にしないくせに、何十匹も野良猫を放置していた町。

 それがなぜなのか、その時に初めてわかった。


 よかったと思ったのは、神父様はそのことを何も知らなかったことだ。

 もし神父様も同じような考えだったとしたら、僕は悲しいって気持ちを超えていたのかもしれない。


 二日後、リックは隣町に戻ることになった。

 もっとずっと居て欲しかったけど、約束を破ったら一生自由の身になれないかもしれないって言われて。

 そうなったら本当に一生一緒に居られないって言われたから、僕は「うん」って言うしかなかった。


 それまでの間、僕は生き残った家族と変わらぬ毎日を送る。

 リックが隣町に戻ってからしばらくして、たくさんの人達がクローバー町の姿を見て大騒ぎしていた。

 僕のいる森から少しばかり離れているから、大騒ぎしていたことは知らなかったけど。

 またその数日後にリックが新聞を持って、僕のところに来て見せてくれた。


『遠雷の魔女、クローバー国を襲撃。およそ七千人を虐殺』


 ……クローバー国?

 あそこ、クローバー町じゃなかったっけ。


「リック、これ……どういう……こと?」

「システィーナ、君がよく訪れてたあの町はクローバー国の玄関口みたいなもので、本当はあの町の奥にもクローバー国として多くの人間が暮らしていたんだ。当然、クローバー国の王族も」


 あそこは、ぽつんとあったひとつの町じゃなかったってこと?


「システィーナが話してくれたよね、その……。この町の人間を、家族を殺した人間全員、みんなを……殺してくれって。精霊にお願いしたって」

「うん、そう……だよ?」

「猫贄の祝祭は国を挙げて行っていた。つまり標的はそれに関わる人間全て、国中の人間に向けられたんじゃないかと、僕は思ってる」


 僕が襲ったのは町だと思っていたのが、実は国全部だった。

 そう言われても僕はあまり深刻に感じなかったのに、リックはなんだか大変なことをした……みたいな真剣な顔で話をしてる。


「もちろん国を挙げて猫を贄に捧げるなんて、僕だってどうかしてると思ってる。それに隣国であるノイスノット国騎士団の報告によると、町には本来住民の数は二百人程度だったが。あの町で見つかった遺体らしきものは千人以上あった。つまり町の人間だけじゃなく、明らかに王都に住んでいた住民もあの町の宴に参加していたことになる」


 なんだ、じゃあ全くの無関係ってわけじゃないじゃないか。

 僕は全然関係ない無実の人まで殺してしまったのかと思って、ちょっとびっくりしちゃった。

 なんてことない、結局あの国の人全員が共犯者だったんだ。

 じゃあ、何がそんなに大変なんだろう?

 リックはまだ申し訳なさそうな顔で、僕に話しかけようとしてるけど。


「でも……、結局はみんな、一緒……なんでしょ?」

「え?」

「よく、考えて……みてよ、リック。例えば……僕が、あの時……手前の町……だけ滅ぼしたと、してだよ? 猫ちゃんを、生贄にするのが……国全体、だったら。また……猫ちゃんを、生贄に……しようとする! そんな国……全部、無くなった方が……いいよね?」


 おかしいな、なんでこんなに上手く話せないんだろう?

 言葉がつっかえる。

 心の中ではこんなにスラスラ言えるのに。

 なんだかもどかしいな。


「ごめん……、なんだか……僕……、話しにくい……」


 えへへって笑ってみせたけど、リックがおかしいなって思ってるのはどうやら僕の話し方のことじゃないみたい。


「システィーナ、本気で言ってるのかい?」

「本気……だけど? 何か……おかしかった?」

「いや……」


 それからしばらくリックは黙っちゃった。

 新聞紙を持って、とにかくこれだけ伝えたかったって言って、また元の場所に帰らなくちゃって言って、出て行っちゃった。

 残された僕は短い灰色の毛並みをしたリチルを抱きしめながら、首をかしげる。

 とにかく今は、また前みたいに生活出来るようにしないとだ。

 お家だけはどうしても僕一人の力じゃ余るから、またお金を稼いで、今度はリックがお世話になってるっていう町まで行ってお金を稼がないと。

 クローバー町より少し遠いけど、仕方ないや。

 残った猫ちゃん達との新生活を始める為に。


 ***


 川でお魚を獲る。

 魔物がよく出る森で魔物を狩って、魔法植物を採集して、それらをノイスノット国の領地内にあるゲオラルク町……リックがお世話になってる町にあるお店で売る。

 僕は髪と目の色を見られないように、フードを目深に被って町を行き来した。

 時々、僕が遠雷の魔女本人であることに勘付いた騎士に囲まれたりしたけど、ちょっと痺れさせて倒れた隙に逃げるってことを繰り返す。

 何度僕を捕まえようとしても、雷の精霊フルメンの力によって増幅・増強された僕の魔法は強大で、誰も僕に指一本触れることすら出来なかった。

 僕は僕に危害を加える人、家族を傷つける人以外には絶対に魔法を使ったりしない。

 それを徹底してたら、怖がられたりはするけど生活するには十分な関わりは持てるようになった。

 そう思ってるのは、僕だけかもしれないけど。


 それにしても、口に出して言葉を発する時。

 前と比べて話せないのがどうしても不思議で、フルメンを直接呼び出してみた。

 自分の意思で精霊を呼ぶのは初めてのことだったけど、契約を交わしてるから呼び出すのはすんなりと成功した。

 名前を呼んだだけだけど。


『システィーナ、聞きたいことがあるんだね?』

「そう、あの日から僕……、早く喋ったり……出来ないんだ、けど……」


 黄色く発光しながら、パチパチ輝く子猫の姿をした雷の精霊フルメン。

 人懐っこそうな愛らしい顔で、僕の質問に答えてくれた。


『本当は契約を交わす前に、説明しなければいけなかったんだけど。あの時はそんな余裕がなかったからね』


 フルメンは、精霊との契約に必要な制約の話をしてくれた。

 制約は契約を交わした精霊の力を行使する為に、ある条件を課して自由に出来なくすることみたい。

 精霊によって、その制約の内容は様々で。

 

『システィーナ、君はお喋りが大好きだね。黙っていることがどうしても出来ない。気持ちが先走って、つい早口になって話しまくってしまう。聞かれていないことも、なんでもかんでもペラペラと他人に喋ってしまう性格だ』


 なんだか悪口を言われてるみたいだけど、実際にそうだから言い返せない。


『だからね、システィーナ。私が君に課す制約は……他人に自分のことを語らないこと』


 僕が首を捻ると、制約内容をちゃんと僕が理解するまで。

 フルメンはゆっくり、丁寧に、何度でも説明した。


『君は他人に、自分のことを口に出して語ってはいけない』

『早口で、たくさん、ペラペラと喋ってはいけない』

『自分の出自、経歴や経緯、特性、魔法の内容、一切を語ってはいけない』

『もし破れば、喋った分だけ私の力を行使することが一時的に出来なくなってしまう』

『制約を破り続けた場合、私との契約は破棄される』

『契約が破棄された後、二度と私と契約を結び直すことは出来ない』


 たくさん説明されて、頭の中が混乱したけど。

 要するに僕がフルメンとの契約を交わしたままにするには、たくさん喋っちゃいけないってことなんだよね?


「だから……、こんな……風に……、ゆっくりしか……」

『喋れないってことだ』


 なんだかとっても不便だ。

 でも、僕の家族を脅かす人達を全員殺してくれたこの力に、僕は感謝してるから。後悔なんてなかった。


『君が君の家族を守る為、私の力は今後も必要だと。これだけは言っておこう』


 そうだ。僕に力さえあれば、何百何千っていう人間が僕のこと殺しに来ても、フルメンの力さえあれば一掃出来るのは間違いない。

 それなら、ちょっと喋れないくらい……どうってことない、のかな?


「これからも……、よろしくね……フルメン……」

『もちろんだよ、システィーナ』

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