第47話 『遠雷の魔女は語らない〜約束〜』

 びっくりした顔で、怖いものを見たって感じでシスのことを見るリック。

 

 やだ、やだ。

 そんな目で見ないで。

 孤児院のみんなと、同じような目でシスを見ないで。


 リックの目が怖くなったシスの手から、パリッと音がした。

 パリパリ、ビリビリ。

 手を見てみると、細長い光るものがチカチカしてた。

 これと同じの、見たことある。

 雷が落ちた時のバリバリに似てた。

 とっても小さい雷が、シスの手の回りをパリパリ光って走って、止まらない。


「うぅ……」


 床に転がってるおじさん達だ。

 シスやリックにひどいことした。

 新しい家に勝手に入って来て、乱暴した悪い人たち。

 悪い人は嫌い。

 乱暴する人も。

 シスのこと嫌う人は、みんな嫌いだ。

 そんな気持ちがぐるぐる頭の中で回っていたら、手でパリパリしてた小さな雷が強くなってきてる気がした。

 シスはなんとなく、その手を床に転がっている悪いおじさんに向けようとーー。


「ダメだ、システィーナ!」


 リックがパリパリしたシスの手を取って、それからぎゅうって抱きしめた。

 その体はとても震えてる。

 怖がってる。

 シスのこと、怖がってる。


「ごめん、ごめんねシスティーナ。君が悪いわけじゃない。僕が悪いんだ」

「でもこのおじさん達、シスやリックに悪いことしようとしたよ?」


 大人の男の人なのに、リックはたくさん涙を流しながら、まっすぐシスの目を見て言った。

 うるうるしたリックの目は、とてもキラキラしてて、光り輝いてるように見えて、とても綺麗。

 悪い人の目じゃないってシスでもわかる。

 さっきとは違う。

 この目はシスのこと怖がってる目じゃないって、ちゃんとわかった。


「だからシスティーナが、この人達に悪いことをしてもいいってことにはならないんだよ」

「でも、じゃあどうしたらいいの」

「……」


 すごく考え込んでから、リックが涙を拭いて顔を上げた。

 その顔はとても笑顔で、何も隠してないように見える。


「自首するよ、ちゃんと」

「じしゅ?」

「悪いことをしたら、ちゃんとお役人さんのところへ行って罪を償うってことだよ」

「リック、悪いことをしたの?」

「あぁ、とっても悪いことをしてしまった。システィーナに、嘘をついてしまった」

「そんなのシスはなんとも思ってないよ! 悪いのはおじさん達だけだもん!」


 リックが捕まったら、シスはまた一人ぼっちになっちゃうの?

 そんなの嫌だよ!

 だって、初めて出来たお友達なのに。

 シスはまだまだもっとリックのこと知りたいのに!


 それからまたリックがシスを優しく抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。

 安心すると、手のパリパリがなくなる。

 これはシスが怒った時に出てくるものなんだってわかった。

 多分、孤児院の意地悪な男の子達も、こうやって小さな雷が出て懲らしめたんだと思う。

 それと同じやつだ。


 リックはおじさん達をロープで縛った。

 何もない家だったから、そのロープはおじさん達が持っていたものだ。

 これでシスのことを縛って連れていくつもりだった、ってリックが教えてくれた。

 本当に、リックとこのおじさん達は「仲間」だったんだ……。

 少しだけ寂しくなったけど、最後にリックはシスの味方をしてくれたから、シスは平気。

 外に出るとおじさん達が持ってきた荷台があった。

 シスをロープで縛って、荷台に乗せて、売り飛ばす計画。

 リックは魔女と仲良くなって、手懐けて油断させる役だって。

 騙されたってわかってても、シスはリックが優しくしてくれるから怒る気になれなかった。

 むしろこのままお別れになるのが、寂しいとさえ思った。


「また、会える?」

「罪を償って、解放されたら……きっと会いに行くよ」


 行っちゃうんだ。

 何か、何か言わないと……。


「システィーナ、僕のこと友達にしてくれて、ありがとう」

「リック……」


 リックのこと、忘れないために。

 何か証を……。


「シスね、孤児院のみんなからずっと変って言われてたの!」

「……うん?」

「自分のこと、私とか、俺って呼ばないのはおかしいんだって」

「名前呼びすることは別に変じゃないよ、システィーナ」

「うん、でもね? なんか、リックのね、呼び方すごくイイなって……思ったから」


 首を傾げて不思議そうに見つめるリック。

 シスも自分で何を言ってるのかわからないけど、そうすることでリックとずっと一緒にいられるような気になってくるんだ。


「僕……って呼び方、シスもしようかな……って」

「あー、システィーナ。僕っていうのは、基本的に男の子の呼び方で」

「女の子でも可愛いって思うんだ。僕、システィーナ。よろしくね。ほら、可愛い!」


 両手を広げて挨拶すると、リックが噴き出して笑ってくれた。

 シスは、僕は嬉しくなってもっともっとたくさん言った。


「僕のお友達はリックです! とっても良い人で、つみをつぐなったらまた僕に会いに来てくれるんだよね?」


 リックの笑顔を見てたい。

 猫ちゃんを見てる時みたいに、心がぽかぽかするから。

 お願い。会いに来るって言って。


「システィーナ、……うん。約束するよ。きっとまた、会いに来る」

「えへへ、僕とリックの約束だからね!」

「あぁ、約束だ」


 それまで僕、ずっと待ってるから。

 またリックと楽しくお話したいもん。

 約束だからね。

 その為に、この家をもっと住みやすくしておくから。

 一緒に暮らそうね。

 絶対だよ。


 ***


 僕が一緒に行くと、また僕が悪いように言われるからってリックは一人で町に戻ってしまった。

 帰りを待っていても退屈で仕方なかったから、少しでも住みやすくする為に僕は出来ることを探してみた。

 ため池の水は透き通っていてとても綺麗だけど、飲んでも大丈夫なのかな。

 地面の土は水気を含んでて、何か作物を植えたらしっかり育ちそうな上等な土のような気がする。

 孤児院で家庭菜園のことちょっとだけ教えてもらってたけど、専門的なことは何もわからない。

 それに何かを植えるにしても、種がないと……。

 種を手に入れるにはお金がいる。

 何をするにもお金が必要ってことは、働かないと手に入らないってことくらい僕でもわかる。

 僕一人で、一体どこまで出来るんだろう。


「神父様、もう帰って来てるかな……」


 リックが出て行って三日位。

 町に行って、なけなしのお金でパンを買って食い繋いできた。

 でもそろそろ限界だと思ったから、家庭菜園のことを思い出した。

 お金が必要。働かないといけない。

 そう思ったら、神父様のことを思い出した。

 僕一人じゃ生きていけない。

 生きていく方法がわからない。

 僕はもう一度神父様を訪ねに行った。

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