第48話 『遠雷の魔女は語らない〜新しい生活〜』

 僕が町に行くと、みんながじろじろ見てくる。

 髪の毛の色、目の色、それが「魔女の特徴」だからだって神父様が言ってた。

 魔女は怖がられる。嫌われる。みんなの目がそう言ってる。

 変な目でじろじろ見られるのは、あんまり気持ちよくないから隠せるような服を着ようと思った。

 でも服を買うお金も、服を作る方法もわからないから、それは今は後回しにするしかない。

 とにかく神父様にもう一度会って、それから色々教えてもらわなくちゃ。


 神父様は隠居生活をしながら、町の教会の相談役っていうのをやってるって聞いたことがある。

 僕は町に入って右奥にある教会を見つけて、中に入ろうとした。


「神聖なる教会を汚すな! この忌まわしい魔女め!」


 びっくりしてひっくり返りそうになった。

 今日は教会でミサのある日だったこと、忘れてた。

 エイデル孤児院とくっついてる教会でも、毎週日曜日にはミサがあって、そこで神父様のお話をみんなで聞いてお祈りしたり、歌を歌ったりしてたっけ。

 だからこの町の人がたくさん教会に集まってて、余計に注目しちゃう……。


「あう、あの……ごめんなさい。でも僕、神父様に会いたくて……」

「神父様がお前みたいなヤツを相手にするわけがないだろう!」

「でも、あの、エイデル教会の神父様なら……」


 今にも叩かれそうな勢いで怒鳴ってくるから、怖くなっちゃったけど。

 でもここで神父様に会えなかったら、僕はいよいよどうしたらいいのかわからなくなっちゃう。

 生き方がわからないから、神父様に会えなかったら僕は死んじゃうかもしれない。


「痛いっ!」


 頭に固い何かが当たった。

 地面に転がったそれを見ると、石が落ちてる。石を投げられた。

 これじゃエイデル孤児院にいた時と何も変わらない。


「ごめんなさい。何もしない、何もしないですから、神父様はどこですか」


 僕は必死にお願いした。


「教会には入りません。近付きませんから、神父様を……痛いっ! やめて……つ!」


 また石が飛んできて、それが僕の右肩に当たった。

 頭とか顔に当たったら嫌だから、両手で隠す。

 痛いのは嫌だ。

 ここから早く逃げてしまいたい。

 神父様に会いたいだけなのに。


「やめないか!」


 教会の中から懐かしい声がした。

 見ると怒ったような困ったような顔をした神父様が、駆け足で僕のところに来てくれる。


「まだ幼い少女に、あなた達はなんてことをするのです」

「しかし神父様! 幼かろうが魔女は魔女です! 忌むべき存在だ!」


 神父様は石が当たって血が出たところを、ハンカチで押さえてくれた。

 頭を撫でてくれる。心配してくれる。

 あぁ、孤児院にいた時の神父様のままだ。

 嬉しいなぁ……。


「あなた達は毎週、ミサで何の話を聞いていたのです。神の経典には魔女こそ悪だなどと、一言も書かれてはいませんよ。魔女もまた人間同様に慈しむ存在だと、私は説いてきたつもりですがね」

「神の教えに書かれていなくとも、各地で魔女が横暴を働いていることは事実じゃないですか!」

「そうですよ! 現に三百年前の魔女だって、国一つ滅ぼしてるじゃありませんか!」

「三百年前に起きた永久凍土に関する詳細な文献は残っていませんが、それについて書かれたであろう古い書物には人間側も酷い所業を行なっていたと」


 神父様、僕をかばうせいでみんなから悪く言われてる?

 僕のせいで神父様を困らせるの、嫌だよ。


「あの!」


 僕は勇気を出して、みんなの言葉を止めた。

 神父様をいじめる声が無くなるように声を張り上げる。


「僕は、悪いことしませんから。ここに来たのは神父様に会う為だけです。生活の仕方を教えてもらいに来ただけだから、みんな……ケンカしないでください」

「魔女であるお前がこんなところまで来たせいだろう!」

「生き方を教えてもらったら、もう二度と教会まで来たりしませんから! 約束しますから!」


 僕は地面に両手をついて、頭を伏せた。

 土下座をすれば、心から謝っている証拠になるって孤児院で教わったから。

 誰に教わったっけ。

 謝れ謝れって言われ続けたから、誰に教えてもらったのか忘れちゃった。


「お願いします。神父様とお話しする時間だけください。お願いします」


 ずっと謝り続けて、地面におでこをくっつけ続けたら、舌打ちする音が聞こえた。

 それから足音がぞろぞろと教会の方へ向かっていくことだけわかる。

 何人かがこの場から離れていった後に、男の人が吐き捨てるような感じで僕のことを許す言葉を言った。


「神父様に免じて今回だけは許してやる。だが今後一切関わってくるんじゃねぇぞ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「……町の人間を傷付けたりしたら、お前を私刑にしてやるからな」

「はい。何もしません。誰も傷付けたりしません」


 最後の一人が教会の方へ歩いていく音が聞こえてから、そっと頭を上げる。

 側には悲しそうな顔をした神父様が僕を見てた。


「システィーナ、町の者がすみません」

「えへへ、神父様! 会いたかった!」

「システィーナ……」


 それから神父様は僕を教会から遠ざけるように、神父様のお家に連れていってくれた。

 絵本に出てきそうな可愛らしいお家で、中に入るとホットミルクとクッキーを出してくれて僕は犬みたいによだれをだらだら出ちゃって恥ずかしかったな。

 急いで食べたりしたらお行儀が悪いって教えてもらってたから、出来るだけゆっくり飲んだり食べたりする。

 ここに来たのは神父様に色々教えてもらう為で、食べ物を食べに来たわけじゃないから。

 ちゃんとしてないと、神父様にまで嫌われちゃう。

 それだけは僕は絶対に嫌だから。

 だからいい子にしてるんだ。


 ***


「生活の基盤ですか。まだ小さいあなたにはかなり難しいことですね」

「うん。でも僕一人でも生活出来るようにならないと、生きていけないでしょ?」


 誰かに頼ることも出来ない。

 お金を払って物をもらうってことしか、僕が町の人と関わることは許されないから。


「食べ物を自分で作れるようになりたいことと、着るものが欲しいの」

「そうですね、いつまでも同じ服だと困りますからねぇ」

「ううん、そうじゃないの」

「え?」


 神父様がコーヒーカップに入ったコーヒーを飲もうとして、ぴたりと止まる。

 僕はクッキーのおかわりをもらって、もぐもぐ。

 飲み込んでから説明した。


「あのね、町の人達は僕の髪の色とか見ると怖がるでしょ? だからそれを隠す為に帽子が付いた服が欲しいの。でも服の作り方も、服の材料を買うお金もなくって。このままだと町でお買い物をする度に、みんなを嫌がらせちゃうから……」


 僕が新しい服が欲しい理由、銀髪を隠す為に欲しいってことを説明すると神父様は目をうるうるさせた。

 あっ、僕何か泣かせるようなこと言っちゃったのかな?

 また余計なことしちゃったのかな?

 僕がおろおろしたら、神父様が腰を上げて僕の頭を撫でてくれた。


「まだこんなに幼いというのに、魔女の特徴を持って生まれてきた……。ただそれだけで、なぜこんなにも辛い目に遭わないといけないのか」


 そう言ってまた椅子に座り直すと、コーヒーカップの中身をじっと見つめながら神父様が呟く。

 僕のこと心配してくれてるのがよくわかる。


「これもみんな、私達大人の心が弱いせい。そう言ってしまえば簡単なのかもしれませんが、実際……魔女という存在は我々人間の想像を絶する程の力を持っている。人間達はそれが恐ろしい」


 さっき言ってた何百年前にいたっていう魔女のことかな?

 あれは孤児院の本棚に、その魔女を絵本にしたのがあったよね。

 読んだことある。

 僕と同じ銀色の髪、赤い目をした氷の女王みたいな魔女。

 綺麗だけど冷たくてとっても怖い、そんな魔女が人間ごと国全部を氷漬けにしちゃったってお話だった。

 しかもそれは今もあるっていう。

 氷の世界に永遠に閉じ込められた、魔女によって滅んでしまった国……。


「恐ろしいから迫害をする。しかしその行為がさらに魔女を追い詰め、人間達に憎悪を抱き、危害を加える原因を生む。悪循環だとわかっていても、人間達は魔女のことを恐れずにいられない……」


 難しいことはわからない。

 でもいじめられたら悲しいし、やめてって思うのは魔女だけじゃなくて人間も同じだと思うのに。

 僕だけのことならいじめられても我慢してれば、その内飽きてやめてくれるってわかるけど。

 いじめがずっとずっと続いたら、悲しいを通り越しちゃう。

 悲しいを超えた魔女は、いじめをやめない人間に仕返しするようになるのかな。

 魔法を使って、人間をいじめ返すようになるのかな。

 僕も、そうなる時が来るかもしれない?

 

「いじめられるのはつらいけど、でも……痛いのは僕が一番よく知ってるから……。同じように痛いことするの、僕は嫌だな……。だっていじめられるのは、痛いのは悲しいもん」

「システィーナは痛みを知る優しい娘ですね。本当に申し訳ない。出来る限り、町の者がシスティーナに酷いことをしないよう、私も努力します」

「神父様が優しくしてくれるから、僕は全然平気だよ」

「システィーナ……」


 そうだよ、優しくしてくれる人がいるから僕は悲しいのだって我慢出来るんだ!


「あのね、神父様! 僕、この町に来て初めて大人のお友達が出来たの! 神父様の弟子みたいなものって言ってた! リックって名前の人なんだけど」

「……リック?」


 僕のお友達の話をしたら、神父様の表情が変わった。

 首を傾げて、誰のことを言ってるんだろうって思い出すみたいな仕草。

 もしかして僕、何か言い間違えちゃったのかな?


「システィーナ、もしかしてそのリックという人は……数日前に罪人として囚われた人のことを言ってるのでしょうか」

「う、うん……。多分、そうだよ。リック、悪いことをしたからお役人さんに自首するって言って。悪いおじさん達を連れてつみをつぐなうって言ってた」


 はぁ、って大きなため息をついた神父様が頭を抱えるようにして、何か悩んでるみたいになった。

 どうしたの? リックに何か悪いことでも起きたのかな。


「神父様? リックは大丈夫、だよね? またすぐ会えるよね? 約束したんだよ。つみをつぐなったらまた僕に会いに来るって。そしたら一緒に住めるかもしれないって」

「そう、ですね。そのリックというお友達が、システィーナに会えるよう私からも頼んでおきましょう……」

「ありがとう! 神父様!」


 それから神父様は、僕に色々本を貸してくれた。

 僕は孤児院の中でも文字の読み書きを覚えるのが早かったから、野菜の育て方とか色々生活の役に立つ本を読んで勉強するようにって。

 それから週に一度、神父様は僕の家に来てくれるようになった。

 僕がすぐになんでも出来ないから、出来るようになるまで。

 畑の耕し方とか、生きていくのに必要なことを教えてくれる先生として。

 町の人は相変わらず僕に対して冷たかったけど、でも直接殴ったりしてこないからすごくマシ。

 必要以上に関わろうとさえしなければ、お金を払えば物を売ってくれる。

 それに僕が川で獲ったお魚を買い取ってくれるから、それでお金を稼ぐことも出来るようになった。


 冬が来て、春が来て、神父様の助けを借りてなんとか生き延びることが出来た僕は、リックに会えない寂しさが我慢出来なくなった。

 いつものように町に行ってソーセージを買おうと思ってた時、レストランの人が裏道で怒鳴ってる声が聞こえて来て、僕は思わず覗き込んだ。

 そしたらいきなり二匹の猫が慌てて走って逃げて行って、僕はすってんころりん尻餅をついちゃった。


「あのドラ猫共め! ゴミ箱漁りやがって! 誰が片付けると思ってんだ!」


 そう大声を張り上げてから、僕を見て舌打ちすると乱暴にドアを閉めて中に引っ込んだ。

 一体何事かと思って裏道をもう一度よく見ると、ゴミ箱が荒らされてて地面には残飯がたくさん落ちてた。

 もしかしてさっきの猫ちゃん達が食べ物を探して散らかしちゃったのかな?


 食べ物が欲しくて探し回る野良猫ちゃん。

 ゴミ箱を漁って散らかして欲しくないおじさん。


「……そうだ!」


 僕、いいことを思いついちゃった!

 野良猫ちゃんも、町の人も、どっちも喜ぶ良いことを。

 僕も一人ぼっちで寂しかったし、夢を叶えるにはちょうどいいかもしれない。


「町中の野良猫ちゃんを、僕のお家にお迎えすればいいんだ!」


 僕は急いでソーセージを買って、それから野良猫ちゃんを迎える為の準備をすることにした。

 猫ちゃんが安心して暮らせる王国を、僕が作ってあげるんだ!

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