第46話 『遠雷の魔女は語らない〜初めてのお友達〜』

 神父様は不在だって、リックが教えてくれた。

 遠い場所にある隣町で結婚式があるから、その誓いの立会人をする為に出かけているらしい。

 だから、シスが孤児院を追い出されたことも知らない。


「大丈夫だよ、結婚式だって何日もするわけじゃない。移動に時間がかかるだけだから、あと二〜三日で帰ってくるさ」


 それまではリックが神父様の代わりをしているんだって。

 日曜の礼拝とか、貧しい人への炊き出しとか。

 シスにはよくわからないけど、色々やってるみたい。


「よかったら君が今住んでる場所へ案内してくれないか?」

「え?」


 深い森の真ん中にある、ボロボロのお家。

 そこまで連れて行けばいいのかな。


「でも、シスのお家はすごくオンボロで……」

「うん」

「おもてなし出来るものとか、何もないし」

「うん」

「ほんとのこと言うと、シスだってまだお家の中に入ってないの」

「そうなんだ」


 シスには何もないことを、全部全部、隠さずに話した。

 それでもリックは笑顔で頷いて、最後までちゃんと聞いてくれた。

 話をちゃんと聞いてくれる人は神父様しかいなかったから、シスはとても嬉しかったんだ。

 シスよりずっと年上のお兄さんだけど、お友達になって欲しいって思った。


 そう思う位……、本当に嬉しかったんだよ。


 ***


 リックをお家に案内して、その時にはもうお外が真っ暗になってた。

 だからシスはここにお泊まりしてって、リックに頼んだの。

 これまでずっと友達なんていなくて、一人ぼっちだったくせに……。

 ほんとのほんとに一人ぼっちだって思ったら、なんだか夜が怖くなっちゃったんだ。

 だから、一晩だけでいいからリックにそばにいて欲しかった。


 シスが持ってた食べ物と、リックが持ってた食べ物を二人で分けて夕食にした。

 それからたくさんお話して、眠くなってきたからリックが「ベッドに横になりな」って言ってくれる。

 リックはお家にあったボロボロのシーツを床に引いて寝転んだ。


「お休みなさい、リック」

「お休み、システィーナ」

 

 色々あって、疲れてて、ものすごく眠くて、全然気付かなかった。

 ゴトンって大きな音がしたから、お化けが出たのかと思ってびっくりして目が覚めた。


「……誰?」


 お家にはリックしか泊めてなかったはずなのに……。

 知らない男の人が、リックの他にもう三人いた。

 リックは困ったような顔をしてて、知らない男の人達はすごく怖い顔をして笑ってる。

 シスのこと見て、ニタニタと笑ってたから背中がぞくってした。

 今まで何度か怖いって思ったことはあったけど、それとは全然違う怖さ。


「よくやった、リック」

「へへっ、本物の魔女のガキだな」

「魔法で悪ガキを半殺しにしたって話だ。気を付けて捕まえろよ」


 何を言ってるの?

 シスはリックに助けを求めるように、目で何とか伝えようとしたけど……こっちを見てくれない。

 なんで?

 どうして?


「おじさん達……、リックの……お友達……なの……?」


 怖くて声が震えてて、それでも頑張って絞り出して聞いた。

 シスの勘違いだったらリックに悪いから。

 そしたらおじさん達は顔を見合わせて、大笑いした。

 お腹を抱えて、ヒィヒィ言いながら笑ってる。

 でもシスは見逃さなかった。

 口ひげを真っ黒に生やしたおじさんの手には、ナイフが握られてた……。

 オンボロの家の屋根は隙間だらけで、そこから差し込む満月の明かりに照らされて刃物が光る。


「優男は得だよなぁ、な? リック」

「……っ」

「お嬢ちゃんはお前のこと、良い人だって信じてたのによぉ。可哀想に」

「……ろ」

「魔女のお嬢ちゃん、リックはな? お前に嘘をついてたんだぜ」

「……めろっ」


 嘘?

 シスに嘘をついて、リックに何の得があるの?

 お金なんて持ってないし、食べ物も少ししかない。

 宝石とか、高いものなんて何も持ってないのに。


「南西地方では魔女狩りが盛んでな。魔女殺しに夢中で、周辺にはすっかり魔女がいなくなったと聞く」

「そういう奴らに、他の地方でのさばってる魔女を捕まえて売るのが俺達の仕事さ!」

「どう、して……そんなことするの? だって魔女が嫌いなら、いなくなって良かったんじゃないの?」


 体の震えが止まらない。

 おじさん達の顔が、だんだん化け物に見えてくる。

 人間の皮を被った恐ろしい怪物ーー。


「奴らは魔女をいたぶるのが好きなのさ! だから魔女を買い取って、拷問して、観衆の前でなぶり殺すんだ!」

「やめろっ!」


 おじさん達の狂気に触れて、シスは両手で耳を塞いでた。

 小さく縮こまって、震えて、涙も流れて、どうすることも出来なかった時。

 リックが大きな声で叫んだのだけは、はっきりとわかった。


 おじさん達がリックに注目する。

 リックはシスみたいに震えてて、でも両手をギュッと握って怖いのを我慢してるみたいだった。


「システィーナに、指一本……触れるなっ!」

「なんだと? お前、誰に口利いてんのかわかってんのか?」


 おじさんが握っていたナイフの先が、リックに向けられる。

 それを見たリックは恐怖で顔が真っ青だったけど、それでも立ち向かうのをやめなかった。


「なんでもするから、だからシスティーナだけは勘弁してくれ。頼む……っ!」


 リックの言葉だけは、はっきりと聞こえる。

 ここでシスの味方をしてくれるのは、リックだけだって……わかった。


「うるせぇ! 役立たずはいらねぇから、ここで死んじまいな!」

「ひっ……!」


 ナイフを持って向かっていくおじさん。

 それを避けようと、リックは横に飛び退いてかわす。

 もう二人の男達がリックを捕まえようと、ドタドタ大きな足音を立ててシスの目の前を通り過ぎようとした。


「システィーナ! 逃げろ!」

「死ねええ!」


 シスのお友達を、傷付けないで!


「やめてええええ!」


 バリィって、音がした。

 ブチンだったかもしれない。


 あの時と同じーー。

 猫ちゃんが殺されそうになった時に感じた、ピリピリとした感触。


 気が付くと、三人の男達はビクビクと体を震わせながら床に倒れていた。

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