第45話 『遠雷の魔女は語らない〜追放〜』

 シスは悪くない。

 シスは悪くない。


 猫ちゃんいじめを笑って見てた女の子達が、シスターを呼んできた。

 みんな大泣きしながら叫んでる。

 シスターは悲鳴を上げていた。

 女の子はずっとシスのことを指差して、シスターに嘘を言ってたんだ。


「全部システィーナがやったの!」


 シスター一人だけじゃ大変だからって、湖に浮かんでる男の子を一人ずつ引き上げながら、女の子に大人をたくさん呼んできてって色々言ってた。

 シスは地面に座ったまま、元気がない猫ちゃんを抱いて……。

 なんだかとっても疲れてて、全身が重くてだるくて、ぼんやりしてた。

 黙ってじぃっとシスターの方を見てたら、ものすごく怖い顔で叫ばれた。


「なんてことを……っ! この……、忌々しい魔女め!」


 これまでずっと我慢して、心の奥に押し込んで、言わないようにしてきた言葉を吐き出したみたいに、シスターはありったけの気持ちをその言葉に込めてた。

 シスはそう言われて、何が何だかわからなくなる。

 猫を殺そうとした男の子達は、じゃあ何なの?

 シスは猫を助けようとしただけなのに、殺そうとしたそいつらはシスターにとって良い子なの?

 悪い子は、シスの方だっていうの?


 そんなの、絶対おかしいよ。


 だって、シスは何にも悪いことなんて……してないのに!


 ***


 シスの追放が決まった。

 教会近くに住んでる村の人達を呼んで来て、みんなで湖に浮かんだ男の子達を助けた、すぐ後のこと。

 みんながシスのことを化け物でも見るような目で見て、ひそひそと悪口を言ってる。

 汚いものを見るように。

 その目は全部、シスのことを大嫌いだと言っていた。

 

 シスターの命令通り、シスは自分の荷物をまとめる。

 荷物って言っても、全部寄付でもらった服とかぬいぐるみとか、みんなが興味のない本とか、そんなのだけ。

 それをリュックに詰めて、背負って、教会を出て行こうとした。

 空はすっかり夜になってて暗くて。

 教会の明かりが窓から漏れている。

 玄関の前に男の子以外みんなが立ってて、暗くて顔は見えなかった。

 見えないはずなのに、みんなの顔が怒っているように見えた。

 嫌そうにしてるように見えた。

 シスが出て行くことで、笑っているようにも見えた。

 振り向いたのは、一度きり。

 そのままシスは教会に背を向けて、歩いて行く。

 誰もお別れの言葉や挨拶なんて、してくれなかった。

 ただ同じ屋根の下で、同じものを食べて過ごしただけの仲でしかない。

 だからむしろシスは嬉しくて仕方なかったんだ。

 本当は十六歳になるまで出られないと思っていたのに、こんなにも早く出られたから。

 

 行く場所は村の人が教えてくれた。

 ここからずっと歩いて行くと、森があるって。

 そこには動物とか、弱いけど魔物とか。そういうのが住んでる危険な場所。

 森の真ん中辺りに広場があって、そこには大きな池があるみたい。

 古いけど小屋があるから、シスはこれからそこに住むことになる。

 出て行ってすぐに家があるのは、とってもラッキーだって思った。

 そうだ、ここをシスの王国にしよう。

 猫ちゃんをたくさん連れてきて、猫にとっての天国……って言ったらなんだか死んじゃったみたいで嫌だな。

 そうだ、確かそういうの……楽園って言うんだっけ?

 決めた! シスの王国に、猫の楽園を作ろう!

 

「えへへ、なんだか楽しくなってきちゃった」


 家があれば、なんとかなるって思ってた。

 池の水はよくわかんないけど、湧き水って言って、とても綺麗だから飲んでもお腹を壊さないって。

 だからシスは簡単に考えてたんだ。

 

 家があっても、お仕事してるわけじゃないからお金の稼ぎ方がわからない。

 お金がなかったら、食べ物を買えない。

 食べ物の作り方も、育て方も何も知らない。

 

 これから先どうやって……、何を食べて生きて行ったら良いのかなんて……。

 シスは全然考えてなかった。


 困ったシスは、会いに行くことに決めた。

 何かとっても困ったことがあったら、会いにおいでって言ってくれた神父様に。

 どうして追い出されたのか聞かれても、シスは何も悪いことをしてないから、嘘はつかないでちゃんと全部本当のことを言えばわかってくれる。

 だって神父様だけが、シスのことをちゃんと見てくれてたから。

 良い子だって、賢い子だって褒めてくれた、たった一人の大人だから。


 ***


 次の日の朝、シスは家の前にある池の水をたくさん飲んでから町に向かった。

 森から町までは街道沿いに歩いて行けば、看板がぽつぽつ立っているから、それの通りに行けば町に着くことだけなら簡単だった。

 神父様から教えてもらったメモに、住所が書いてあるんだけど。

 字は読めても、それがどこのことを言ってるのかシスにはわかんなかった。

 お店の人に聞こうとしたら、シスの髪の毛と目の色を見た途端に無視される。

 怒鳴られたり、ツバを吐かれたりして、誰も教えてくれなかった。

 シスは町に来ることがなかったから、今になってわかった気がする。

 銀色の髪と、赤い目は、みんなみんな……大嫌いなんだなって。


 町の真ん中の噴水広場にあるベンチに座って困っていると、男の人に話しかけられた。

 

「やぁ、こんなところに小さな魔女だなんて珍しいね」


 神父様に教えられた。

 知らない大人に優しく声をかけられても、返事をしちゃダメだって。

 ついて行ったらダメだって。

 だからシスは何も言わないんだ。話さないんだ。


「あのね! この町に神父様がいるはずなの! でも神父様に書いてもらった住所の場所がわからなくて! シス、神父様に会いたいのに、お腹すいちゃってもう動けなくって……」


 気付いたら涙が一杯、一杯出てた。

 誰も優しくしてくれない。

 話しかけてくれない。

 相手にしてくれない。

 でもこの人はシスに話しかけてくれた。

 きっと、良い人なんだ!


 シスにびっくりして、男の人はそれでも優しく笑って話を続けてくれた。


「それじゃあ君がエイデル孤児院にいた、システィーナだね?」

「え? シ、シスのこと……知ってるの?」


 男の人はシスの隣に座って、手を差し出した。

 握手、かな?

 シスはその手を握って、上下にフリフリされた。


「よろしく。僕は元・エイデル神父の弟子みたいなものさ。リックって言うんだ。よろしくね」

「リック……? 神父様の……、弟子……?」


ーーそれが、シスとリックの出会いだった。

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