第13話 『氷晶石』

 あれから女の子であるアメリアが親にぶたれることはなかったが、カミナは子供たちを扇動した張本人ということで両親だけではなく村長からもこっぴどく叱られていた。

 確かに一歩間違えれば死んでいたかもしれないこの状況で、怒るなと言う方が無理かもしれない。

 しかしそれにしてもあまりに責め立てられているカミナのことが哀れに思ったルーシーは、彼らの間に自分から割って入って事情をきちんと説明して許しを請うた。

 そんなルーシーの行動を見たニコラは静かに笑む。ルーシーが目覚めてからこれまでの間ずっと様子を窺っていたニコラは、少女の心の変化に気付いていた。

 きっと目覚めたばかりのルーシーならば、カミナの状況に心を痛めていたとしても自分から説得しに行こうという積極性は見られなかっただろう。

 これもルーシーの心の成長だろうかと思い、ニコラはやはり村での生活を優先させたことは間違いではなかったと改めて確信する。


 魔女の能力は持って生まれた魔力の強さや才能だけではなく、人との繋がりや交流によって左右される場合もあるからだ。

 人々との接し方によって魔女の力は善にも悪にも成り得る。

 かつてひとつの町の人間全てを虐殺した遠雷の魔女のように、人間を恨む気持ちが強ければ強いほど、その魔法の力はより攻撃的になる。

 人々から愛され、必要とされ、その国の王から寵愛を受けて来た聡慧の魔女のように、人間に対して慈しむ心が強ければ強いほど、その魔法の力はより防御的に。人々に役立つ方向でその力は発揮されるようになる。


 ニコラはそれをわかった上でルーシーの心の成長を促す為に、約1年間は村人と交流する機会が得られるように計らったのだ。

 その効果が偶然にも今回の事件によって大きく前進したので、ニコラは修行の成果が現れたと感じていた。

 このまま地道ではあるが、魔女に対して好意的なこの村で過ごし、ルーシーが少しでも人間に対する警戒心を解いてやり、自分から人々と積極的に会話やコミュニケーションが取れるようになれれば、まずは第1段階は合格といったところだろう。

 そして問題はこの村を出てからとなる。

 そこからがまたルーシーにとって辛い道のりになるだろうとニコラは予想がついていた。

 あくまでこの村は『魔女に好意的な村』というだけなのだから。


「ニコラ、カミナの説教は終わったみたいだよ。村長に用事があるんじゃなかったのかい?」

「無事に終わったかい。そりゃよかった。あぁ、それと鍛冶屋のバァンはいるかい。ちょっと作って欲しいものがあってね」

「バァンなら仕事場じゃないかい? 私の方から伝えておこうか?」

「すまないね、ありがとよ」


 村の女性に言付けを頼むと、ニコラは村長の方へ歩み寄る。

 そこではまだルーシーがカミナと共に必死で頭を下げているところだった。

 ここまで謝罪され、かえってカミナの両親と村長が困っている様子だ。


「だからわかったから、もういいって。ルーシーまで謝る必要はないんじゃよ」

「それでも私の為に危険を冒したのだから、私も謝る必要があります。カミナはとても優しい人なんです。だから許してあげてください」

「おい、もうやめろよ。なんか恥ずい……」


 ルーシーの言葉にカミナは顔を真っ赤にさせて照れている。

 それを見た父親がカミナにげんこつしながら「お前の為に謝ってくれてるのに何て言い草だ」と、カミナの純情な気持ちに気付いていない様子だった。

 そこへニコラがひょっこり現れて村長に話しかける。


「立ち話もなんだから、とりあえずワシの家に行こうかの。もうすぐ日が暮れてしまう。村に泊まったりはしないんじゃろ?」

「そうだね、私1人ならホウキで帰れるからルーシーだけ泊まることは出来るが」

「えっ、お師様……っ! そんな急に……」


 突然のお泊まりで動揺するルーシー、そしてカミナも衝撃が強かったようだ。

 急なお泊まり話になっても村人たちは快く受け入れてくれるようだが、ルーシーがまだ心の準備が出来ていないこと。そしてまだニコラのそばから離れて過ごすには不安が大きいと、自ら辞退した。

 他人の家に泊まるという行為はさすがにまだ早すぎたようだと思ったニコラは、もう少し村に馴染んでからお泊まり会でも開こうということでこの場は収まった。

 安心するように息を吐くルーシーとカミナは、とても息がぴったりと合っていた。


 村長の家で温かい飲み物をもらいながら、ニコラと村長は話し始めた。

 内容は今後の村での過ごし方や、先ほどお泊まり会の話が出たことでその予定を入れること、そして勉強会に関してだった。

 結局今日の勉強会は中止ということになり、また明日改めて勉強会を開くことになる。

 明日になってまた氷の花を摘みに行こうなんて考えないようにとカミナに釘を刺し、ニコラは鍛冶屋のバァンの元へルーシーと向かった。


 鍛冶屋の前に到着すると中から明かりが漏れていて、まだ中に人がいることがわかる。

 どうやらまだ閉店していないようだと思ったニコラは、自宅兼お店になっている鍛冶屋の自宅側の玄関ではなく、お店側の玄関から中へ入った。

 中に入ると暖炉の中が火事にでもなっていそうな温かさで、着ていたポンチョを脱ぎたくなるほどだ。

 少し手狭な店内は、壁一杯に色々な物が飾られていた。

 木を切り倒す為に使用する斧、薪割りに使うであろうナタ、武器となる剣や槍などといった大物が。

 店内の中央には棚が置いてあり、その中には包丁やハサミ、ナイフといった小物の刃物が並べられている。

 店のカウンター奥には大きな窯があり、そこで鉱石や金属を加工するようだ。

 ちょうど店終いをしようと片付ける為に屈んでいたのか、鍛冶屋の店主バァンがカウンターから突然現れてルーシーは驚いた。

 焦茶色の髪とぼうぼうに伸びた口髭、厳つい顔はむすっとした表情のせいでさらに厳つくなっている。

 しかしそんな強面のバァンであったがカウンターから出てくると、とても可愛らしい皮のエプロンをしていて、そのアンバランスさに思わず彼がどういった人物なのか混乱してしまいそうだった。


「話は聞いてる。加工してほしい物があるそうだな。見せてみろ」


 バァンが口を開くと、もさもさの髭が口の動きに合わせてゆらゆら揺れる。

 見たことないほどボリュームのある口髭に釘付けになっていたルーシーは、ニコラに背中を叩かれるまで自分に話しかけているとは気付かなかった。


「えっ? あの……?」

「カミナからもらった氷晶石だよ」

「あっ、はい! こ、これです……っ! すみません……」


 無くさないように肩下げバッグにしまい込んでいたルーシーは、慌てて取り出しバァンに手渡す。

 窯から漏れる炎の明るさでキラキラと輝く氷晶石を手にしたバァンは、注意深く石を観察し、みるみる瞳が大きくなった。


「ニコラ、ニエべ湖で採れたのか。どうやって」

「朝っぱらから村中大騒ぎだったの知らないのかい? カミナたちがニエべ湖に行って氷の花を摘んだ時に見つけたんだよ」

「あそこにはフェンリルがいると言われてる。そんな場所に子供だけで行ったのか。よく無事だったものだ」

「そうだね、そうでなければお前さんが採掘しまくってただろうに」

「これほど純度の高い氷晶石は珍しい。安く見積もっても8千万はくだらないだろう。もしこれを売るつもりなら手持ちはないぞ。これをどうしたいんだ」


 額から汗が流れ落ちるほど氷晶石を何度も見ては、その貴重さに感動するヴァン。

 そんなにすごい物を自分がもらっていいものかどうか、ルーシーは困惑した。

 それほどカミナは幸運だったに違いない。

 たまたま見つけた氷の花から、この氷晶石が出てきたのだ。命があっただけでもよかったのに、これほど希少な代物を危険な場所から採ってきたのだから、よっぽどルーシーの手に余ると感じる。

 しかしニコラはそんなことはお構いなしで交渉を続けていた。

 平然とした表情で、口調で、なんでもないという風に淡々と氷晶石の加工を依頼する。


「そうだね、この大きさだからまずはペンダントにしてもらおうか。石の大きさはあまり変えないでおくれ。それからこの娘の成長に合わせて、最終的には指輪に加工してもらおう。今この手に嵌めるには石のサイズが大きすぎるから、かえって邪魔になってしまうだろうし。デザインは任せるよ」

「わかった。明日の今頃には仕上げておこう。こんな貴重な石を加工できるんだ。今から徹夜したい気分だ」

「そんなことして失敗でもされたら困るよ。替えがきかないんだ。万全の状態でやっとくれ」


 カミナからもらった氷晶石は明日になればペンダントとして生まれ変わることになった。

 代金は明日支払うということでヴァンに氷晶石を預け、店を出る。

 希少価値の高い石を自分のアクセサリーとして加工するという判断に、未だ動揺を隠せないルーシーだったがニコラは「よかったじゃないか」の一言で済ませている。

 プレゼントすら初めての経験なのに、それが自分のアクセサリーとしていただくということがどういうことなのか。

 ルーシーは装飾品を身につけたことがないので、気持ちが到底落ち着きそうになかった。

 そんなルーシーに喝を入れるように、ニコラは意地悪な笑みを浮かべると課題を提案する。


「そこまで言うなら貴重な氷晶石に早く自分が見合うよう、魔女の修行をもっと厳しくしていこうかね。そうすれば氷晶石のペンダントが妥当な報酬として受け止めやすくなるだろう?」

「えええ? そんなのありですか、お師様っ!」

「お前がいつまでもうじうじ言ってるから悪いんだよ。わかったらさっさと帰りのトナカイを呼びな。帰ったらすぐに座学の時間だ。やることがたくさんあることを忘れるんじゃないよ」

「は、はいいいっ!」



 ***



 旅に出る数週間前には赤い満月、ブラッドムーンがやって来る。

 魔女の夜会がやって来る。

 空飛ぶホウキで魔女たちが、赤い満月を背に夜空を飛ぶ。


 魔女の夜会に出る為に、空飛ぶホウキの練習を。

 そこでルーシーは出会うだろう。

 ニコラ以外の魔女たちを。

 ヴァイオレット以外の魔女たちを。


 そこでルーシーは出会うだろう。

 より孤独にさせるきっかけを作った張本人。


 遠雷の魔女に出会うだろう。

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