第91話

「おはようございます」

「……おう」


 私はいつもよりは少し遅いけれど、いつものように体を動かそうと零師団の訓練場に入った。


 どうやら先客がいたらしい。


 まだ会った事のない男の人だ。黒髪の中肉中背でこれといって特徴の無い感じ。暗部の鑑のような人だ。


 その男の人はこちらを気にする様子もなく、剣を振っている。私は声を掛けていいのかが分からないのでとりあえず、走り込みとスクワットから始めていつものウォーミングアップをしたところで備え付けの木刀を手に取り、素振りを始める。


「……おい」


 真剣に素振りをしている時に呼ばれて振り返る。


「はい、先輩!」

「……ドゥーロだ」

「ドゥーロ先輩!」

「ドゥーロでいい」

「私はロアです!」


「あぁ、知っている。団長が言っていた新人だろう」

「よろしくお願いします。ドゥーロさん、どうしたのですか?」

「少しばかり練習に付き合え」


 ドゥーロさんはそう言って木刀を片手に持ち、私に来るように指示をする。片手剣の使い手なの? 結構珍しいと思う。


「では行きます!」


 これでも副団長といい打ち合いが出来るのよ! と少し自惚れていたと思うの。


 結果は、滅多打ちにされてしまった。


「ロア、中々の腕前だな」

「参りました。全然ドゥーロさんに歯が立ちません。もう一度お願いします」


 そうして再度、木刀を構えて斬りかかる。ドゥーロさんは片手で私の木刀の力を上手く流している。そして空いている片手で魔法を打つ素振りをするの。


 たまに本当に魔法を打ってくる。剣を持ちながら魔法を無詠唱で打つのは至難の技だ。そのため通常はどちらか一つの攻撃になるか剣に魔法を纏わせて魔法剣として戦う。


 いつも副団長に剣の指南を受けていて、リディアさんに魔法の指南を受けているけれど、両方を同時に繰り出してくる攻撃の仕方は斬新というか、目から鱗だった。


「ドゥーロさん凄いですね。剣の打ち合いをしながら魔法攻撃するのは思いつかなかったです」

「俺は魔力が潤沢ではないから効果的に攻撃するためにこの方法を使う」


 そう言いながらまた打ち合いを始める。私は初めての事でとっても興奮してしまった。


 ドゥーロさんは暫くの間、王宮の情報収集をしているので零師団に毎日顔を出していると言っていたわ。これは是非とも教えを請わねば。


 朝の鍛錬を終えて私は騎士団食堂に入ると、珍しくファルスが朝食を取っていた。私は朝食を持ち、ファルスの隣に座る。


「おはようファルス。どう? 元気にしていた?」


 ファルス驚いたように私を見つめてフッと笑った。


「久しぶり。昨日騎士団でも大捕り物があったよな。君が関わっていたんじゃないのか?」


 姿を変えて認識阻害を掛けていてもファルスは私と分かったみたい。周りに聞こえない程度の声で話す。


「まぁね。色々と大変だったね。ファルスの方はどう?」

「俺は新人騎士だからな、ずっと訓練漬けだ。まだ他に任される事もないし楽なもんさ」


「そういえばファルス、イェレ先輩の所に行っている? たまには顔を出せって手紙が来ていたよ」

「いっけね。忘れていた。今度仕事終わりにでも顔を出しておくわ。君の方はどうなんだ?」

「私も最近忙しくて会っていなかった。仕事にも慣れてきたし私も会いにいかないとね」


 私たちは雑談をしながら久々にほっとする時間となった。やはり忙しくしているとはいえ、ファルスと会うとほっとする。


「無理すんなよ。今度また休みが合ったら街にでも行こうぜ」

「そうね。ファルスも無理しないように」


 そう話をしてからお互い職場へと向かった。


「おはようございます」


 元気に部屋へ入ると、徹夜したであろうジェニース団長とマルコ副団長が目にクマを作りながら何処かに連絡を取りながら書類を書いている。


 その横で優雅にお茶を飲んでいるリディアさんとドゥーロさん、事務をしているヘンドリックさんがいた。


 団長たちは昨日までの出来事を報告書にしている。突入してきた騎士団は騎士団の方で伯爵や商会の事を報告書にしているらしいが。と、いう事で私は団長たちの仕事のヤマが片付くまではのんびりと過ごす事になると思う。


 暇だし、久々にアルノルド先輩の所に行ってみようかな。


「リディアさん、アルノルド先輩の所に遊びに行ってきてもいいですか?」

「錬金術師の彼ね。いいわよぉ。ついでにこの書類を錬金術師長に届けてちょうだい」

「でも、これを持っていくと私が零師団所属だってバレちゃいますよ?」


「王宮錬金術師は特別なのよぉ。零師団で調達する特殊な魔道具は彼等が作っているから。一人ひとりに合わせた魔道具も時には必要になるので依頼するのに直接自分で出向くのよ。彼等は絶対漏らさない契約だし大丈夫よ」


 リディアさんはほらほらと言わんばかりに書類の束を私に向ける。かなりの量の書類だ。私は書類を受け取り、錬金術師がいる部署まで向かった。錬金術師の部署は少し城から離れている。


 人数は少ないのだが、一人ひとりに錬金窯があり独立した建物になっているのが特徴なのよね。これが他の職人たちと違う所かもしれない。


 武器、防具の職人もいるけれど、数人で騎士団の剣の修理に当たっているので工房が武器と防具の二つあるだけなのだ。騎士たちも王宮で剣を作るのはあまりやらない。


 新人の頃は王宮で支給される剣を使う人が多いのだが、名が上がってくると王都で工房を持っている名匠に作ってもらうようになる。



 そうしている間に私は錬金術師の部署へと到着した。錬金術師棟の受付に名前を記入し、いつもならアルノルド先輩の所へ直接向かうのだけれど、今日は書類を渡しに行かなければいけない。


 初めて錬金術師長の所へと足を運んだ。


「こんにちは。ソルトラ錬金術師長さんはいらっしゃいますか?」

「私ならここにいるぞ。君は?」


 錬金窯の方で作業をしていた年配の男性が作業の手を止めて私に体を向けた。


 彼が王宮を支えていると言っても良いほどの錬金術師。王宮にある魔道具全て彼が作っていると言っても過言ではない。


 彼は王宮の照明から王族の魔法制御の腕輪に至るまで様々な発明をしている。アルノルド先輩の錬金の師匠でもあるのだ。


「私、第零師団のロアと言います。書類を持ってきました」

「ふむ、確かに受け取った。ちょうどいい、ロア、これを着けてくれ」


 差し出されたのは錬金窯から取り出したネックレスのような物。金属と魔石がゴロゴロと繋がっていて無骨な感じだ。


 なんだか嫌な予感しかしないけれど、新人の私が錬金術師長に言われて断るのは至難の技だ。


 恐る恐る私はそのネックレスのような物を受け取り、頭を通すと……。


 魔石から何か粘度のある液体が溢れてきた。


「!!! ソルトラ錬金術師長! 液体が漏れ出てきたっ」


 うえぇ。驚きと気持ち悪さで素が出てしまった。


「あぁ、これはドラゴン殺しの毒だ。面白いだろう? 首に着けたら最後、敵にジワリと死を送るなんて最高じゃないか」


 それを聞いた私は速攻でネックレスを投げ捨て解毒を行う。


「私を殺す気ですか!?」

「あぁ、こらこら。投げ捨てては壊れるだろう。毒は遅効性だからすぐに解毒魔法を掛ければ大丈夫なんだぞ?」


 ソルトラ錬金術師長は私を気にする事無く床に転がったネックレスを拾い上げ、清浄魔法を掛けた。


 そう、この人は優秀なのだが、考えが飛んでいるのかこうした事がよくあり、騎士たちがしょっちゅう被害にあっているのだ。


 きっと彼の中では死ななければ軽い怪我の範疇なのだろう。


「……書類はお渡し致しました。ではこれで失礼します」

「もう行くのか。もう少し実験を手伝って欲しかったのだが。まぁ、また今度おいで」


 ソルトラ錬金術師長は笑いながら手を振って見送った。


 ……焦った!


 私は気を取り直してアルノルド先輩の部屋へと向かった。

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