第90話 ファルスと実父

 俺はいつものように第六騎士団の訓練所で訓練をしていた。


「ファルス、お前さ、第四騎士団の団長と家族なのか?」


 一緒に打ち合いをしていた同僚のゾードに聞かれた。たまに聞かれるけれど、俺と第四騎士団の団長は顔がよく似ているらしい。


 あれから母に魔法郵便で当時のことを詳しく聞いた。母はもう昔のことで今は幸せになっているためか過去のことだと教えてくれた。


 実父の名はトリスタン・ディーキン子爵子息。この歳になっても子息ということは結婚していないのだろう。


 母がいうには父はとても恰好が良くて高位貴族の令嬢たちからも人気があり、いつも誰かを侍らせていて令嬢とのロマンスに事欠かなかったようだ。


 母はというと伯爵家の三女で姉二人は恋愛の末、伯爵家の後を継ぐことなく他家へ嫁ぐことになった。


 一番下の母が伯爵家を継ぐことになり、トリスタン・ディーキン子爵子息と婚約することになったのだとか。


 だが、結婚の三か月前に両親は事故で亡くなった。


 結婚式は延期になって母が急遽伯爵を継ぐことになった時、親戚達が伯爵家に乗り込んできて資産を横取りした上、女一人では何もできないと伯爵位の手続きや相続の邪魔をして手続きの期間までに間に合わず、泣く泣く爵位返上となったようだ。


 実父は当時、母の親戚筋であるレナージェル侯爵令嬢と恋仲で両親が亡くなって慌ただしく動いていた母を裏切った。


 実父は侯爵令嬢に乗り換えようとしていたのだろう。


 甘い言葉で母を言いくるめる一方でいくつかの書類をレナ―ジェル侯爵令嬢と一緒に大事な書類にインクを溢したり、破いてしまったりと使えなくしたらしい。


 結果、書類の再作成に時間が掛かり期日までに間に合わず、爵位返上となってしまった。


 父は爵位の無くなった母をあっさりと捨てた。


 母が平民に落ちたのには父が関わっていた。

 その事実だけでも許せない。


 母は俺を身ごもったまま姉に頼ることもせず平民に落ちた。


 エフセエ侯爵家、侍女長のマリスさんは当時、学生の母とクラスメイトだったようだ。


 母のことを心配し、市井に降りた母に会った時、俺を身ごもっていたことを知った。


 エフセエ侯爵夫人も妊婦だったため乳母として雇えないか交渉してくれ、マーロアの乳母となった。


「さあな。俺は父親なんて知らないし」

「でもさ、周りは放っておかないんじゃないか? だってお前、似てるからさ」

「俺は迷惑だ」

「まあそう言うなって。ちょうどお前を呼ぶように言われてたんだ。行って来いよ」


 ゾードが言うには第四騎士団の団長が俺を呼んでいるらしい。


 ……父と向き合う時がきたのかもしれない。


 俺は無言のまま第四騎士団の団長室へと向かった。


「入れ」


 ノックをした後に声が聞こえ、俺は軽く息を吐いて部屋に入った。


 父のいる団長室は執務用の机とソファが設置されていて部屋自体は簡素な造りになっている。


「失礼します。トリスタン団長、お呼びでしょうか」


 父は執務の手を止め、俺を凝視している。改めて間近で見た実父。確かにみんなが言うように父は俺と似ていた。


「君が第六騎士団所属のファルスか」

「はい」

「確かによく似ているな。そこに座って少し、話をしよう」

「……」


 父は立ち上がり、向いにあるソファを指し、俺はソファに座った。父は自らお茶を淹れようとしていたので俺が立ち上がり、父を座らせる。


「団長、俺が淹れます」

「頼む」


 父はソファに座り、俺が代わりに部屋の隅にある茶器に魔法でお水を出し、温めてからお茶を淹れた。


「美味いな」

「ええ。いつもエフセエ侯爵令嬢に淹れていましたから」

「……ビオレタは元気か?」

「母、ですか? 元気ですが、何故母のことを?」


 俺は自分の分もお茶を淹れて父の向いに座った。父は何かを探るような視線を送った後、口を開いた。


「ファルス、お前は俺の息子だろう」

「さあ、似ているとは言われますが、俺は父のことを知りません」

「そうか、ビオレタは俺のことをお前に話していないのか」


 自分が母から話を聞いていることは黙っている。貴族はずるい。小さなことでも言質を取ろうとするからだ。その辺りは従者として過ごしてきたからよくわかっているつもりだ。


「単刀直入に言おう。ファルス、ディーキン子爵の養子になれ」

「唐突ですね。何故でしょうか?」


「我が家は兄が継いでいるんだが、子供がいない、後を継ぐ者がいないのだ。

 そこで俺の子がいるんじゃないかと言われている最中、ファルスの名が聞こえてきたわけだ。ビオレタは昔、俺の婚約者だった。

 別れた時にお前が出来ていたと考えれば辻褄が合う」


「だから何だというのですか?」

「シェルマン殿下の覚えの良いお前を養子にすれば我が家も安泰だ」

「お断りします」


「何故だ? 貴族の方が良い暮らしが出来るし、綺麗な娘も選び放題だろう? 俺の容姿を受け継いだお前なら令嬢たちは喜んで婚約者になる」

「トリスタン団長が若い嫁を迎えれば解決ですよ。俺はディーキン子爵家に興味はないですし、爵位は自分の力で取りたいと思っています」


 父は少し不機嫌な様子をしている。


「だが、爵位を得るのは平民には難しいだろう。お前が頷けばすぐに子爵になれるんだぞ? こんな幸運な話はないと思うがな」

「エフセエ侯爵は俺を高く評価してくれ、後ろ盾になってくれています。俺が今、こうして騎士でいられるのも侯爵様のおかげです」


「……エフセエ侯爵か。あそこは確か魔力無しの娘がいたな。お前に厄介払いさせる気か」

「例え、魔力が無くてもマーロア様は素晴らしい方です」


「我が家の血筋に魔力なしは入れられない。ファルス、お前を婿にしたいと言っている令嬢がいるんだ」

「お断りします」


「何故だ? これ以上望めないほど良い縁談なんだぞ?」

「今更父親面しないでほしい。迷惑です。独身のトリスタン団長が婚約すればいい。話はそれだけですか? なら、俺はもう行きます」


 俺は立ち上がり部屋を出ようとすると、父は不服そうに声を掛けてきた。


「待て」

「なんですか?」

「後悔するぞ」

「……」


 俺は父を無視して部屋を出た。


 面倒なことになったな。


 相手は貴族だからこのままなら必ず向こうから嫌がらせをするか無理やり、なんてこともあるだろう。

 頭が痛い。


 ……背に腹は変えられない。


 あの人に相談するしかないな。

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