第62話

 父は結局四日後にげっそりとした姿で帰ってきた。まぁ、仕方がないよね。

どうやら既に王宮では私の事でお茶会の夫人たちにより、噂話として話が広まっていたようだ。父はその対策に奔走していた。


こんな短期間に噂が出回ることを考えると、夫人たちの影響力は計り知れないものだ。


陛下と王妃様は私の今後を考えて事態がすぐに収束するように動いてくれていると父が言っていた。


 母は人身売買の意識は無く、未遂でもあったため、被害者という立場になり牢行きは免れたが、周りには騙された知恵の足りない元侯爵夫人というレッテルを貼られて話題になっているようだ。


 実家の子爵家では母の行いに祖父母は呆れ、母を領地の片隅にある小さな村の修道院へすぐに入れたようだ。


 母が送られた修道院では魔力の無い人が多く、魔力無しを馬鹿にしていた母は逆に肩身の狭い思いをしているのだとか。そして長年王都で貴族生活をしていた母には修道院での生活が耐えられないと祖父母や父に手紙を送りつけている。


自業自得とはまさにこの事ね。


 父は母と離縁するにあたってサラにはいくつかの選択肢を持たせたようだ。一つ目はこのまま学院が始まるまで親戚の手伝いをする。二つ目は母に付いて子爵家へ戻る。三つ目は修道院に入る。四つ目はすぐにどこかへ嫁ぐ。


殿下から直接注意を受けたサラは学院に戻るとしても針の筵だと思う。


もしかしたら父は学院には入れず、王都外の貴族に嫁がせる事を考えているかもしれないわね。


親戚からの報告では見習いとして入ってきた当初は文句ばかりでとても使える子では無かったらしいけれど、今は文句を言いながらでも仕事を手伝うようになってきているのだとか。


性格はあまり変わらないので期待するなと報告が上がっている。そしてサラは母の事を聞いて母と子爵家に戻るのは拒否したらしい。このままここで手伝いをしたいと希望しているという。


 テラについてはレコ主導の元、朝から晩まで鍛錬に励んでいるらしい。最初こそ文句を言い泣いて動けなかったらしいが、最近は泣きながらでもなんとか形ばかりだけれどやっていけているらしい。


 ビオレタやユベールの優しさにすっかり子供らしさを取り戻し始めたとかどうとか。テラは村人とも仲良くなり、領主の卵として日々勉強と鍛錬を頑張っているそうだ。テラに関してはユベールたちがしっかりしているし大丈夫よね。


 私とファルスはあれから寮を引き払い、邸から学院に通うようになった。


アルベルト先輩とイェレ先輩は魔術大会中、専門分野の人々から引っ張りだこだったらしい。説明が面倒だったと二人から手紙が送られてきた。


魔術大会後の卒業式と卒業パーティは二人とも仲良く男同士で参加してクラスメイトと話をしてすぐに帰ったとか。

 

 パーティの翌日、先輩たちは研究室の片づけ、王宮の寮へ引っ越しに慌ただしく日にちが過ぎていった。どうやら王宮の独身寮は学生寮とは違い、しっかりと住めるように設備も広さもあるらしく、学生と違って縛りも少ないから夜遅くに帰っても文句を言われる事は無いって喜んでいたわ。


 

 そして迎えた新学期。


 二年生になり、変わったのはファルスが騎士クラブに入った事かな。夢に向かって一歩ずつ前進している感じよね。朝は私の従者として働きながら午前の授業受けた後、ファルスはクラブで鍛錬を行って邸に帰り、また従者に戻る。


私はというと、午前中の授業の後、王宮のイェレ先輩の元へ向かうのが日課になっている。

 先輩が言うには『剣の鍛錬も必要だが、マーロアは魔力量も増えたんから魔法の訓練も必要だ。


これは魔力なしだと令息から襲われる可能性があるマーロア嬢の命を守るためだ。陛下からの命でもある』との事でイェレ先輩による極秘訓練を行っているの。


たまにアルノルド先輩が研究で頭が煮え切った時に訪れて一緒に剣と魔法を使って相手してくれている。


もちろん父には先輩の手伝いをしていることになっている。王宮への行き帰りは侯爵家の馬車でしっかりと送迎されているわ。父から私が強いといっても女の子が一人で歩くのは危ないと言われてね。これには先輩たちも父の言葉に賛成していた。


 そうして平日は忙しく過ごして休日はファルスと一緒にギルドランク上げに精を出す事にしたの。


 毎日が目まぐるしく過ぎていき、前期休暇目前となったある日。


「マーロア、もうすぐ前期休暇前のテストと闘技大会だけど、どうするんだ?」


ファルスは夜にお茶を淹れながら聞いてきた。


「テストの方はいつも通り順調よ。ここ数日はイェレ先輩が『そろそろ試験があるだろう』と勉強も教えてくれているし。闘技大会については本来ならシード権が与えられるそうなんだけど、出ても出なくてもいいみたい。

むしろ出ない方がいいんじゃないかってイェレ先輩から言われたわ。私も出るつもりは無かったし、対人戦にあまり興味も無いのよね。ファルスは勿論出るんだよね?」


私がソファに座るように促すとファルスは自分にもお茶を入れて向かいのソファに座り、お茶を優雅に飲み始めた。


「俺は騎士クラブから騎士団に入りたい奴は絶対に出るようにって言われてるよ。今回は優勝を狙えって。なんで出ない方がいいんだ?」

「多分だけど、王家は私の実力を隠したいのかも。女だし、魔力無しって油断する人が多いしね。私が強いって事を忘れさせて将来殿下たちの懐刀にでもしたいんじゃないの?

私が女だから王太子妃殿下やエレノア様たちの側にいることができるしね。今度の舞踏会シーズンも護衛を頼まれているでしょう? 私たち」

「そうだな。平和になってきているとはいえ、学院内でも最近たまに俺たちが殿下たちの取り巻きの一人として護衛をしている時もあるしな。でもマーロアは冒険者になるんだろう?」

「もちろんよ。王家に楯突く気はないし、協力出来るところは協力するわ。冒険者になったらレヴァイン先生と各地を回るのが夢だもの。卒業したら王都に居ないから手伝えないしね!」

「確かにな」


ファルスは笑いながら一気にお茶を飲んで立ちあがった。


「よし、そろそろ勉強の時間だ。じゃぁ、また明日の朝起こしに参りますよ、お嬢様」

「えぇ、いつもの時間にお願いね」


そうして私は勉強した後、ベッドへ入った。


 翌日も授業を終えて王宮に向かうと今日はアルノルド先輩がイェレ先輩と共に部屋で待っていた。


「ごきげんよう。アルノルド先輩、今日はどうしたのですか?」

「私もイェレに呼ばれてきたんだ。イェレ、どうしたんだ?」


イェレ先輩は真面目な顔で私とアルノルド先輩にソファへ座るように促した。こんな時は絶対に面倒な話を持ってきたに違いない。アルノルド先輩も察したようで既に眉間に皺を寄せている。


「いやー本当ならファルス君もここに呼びたかったんだけどね。俺が呼んだ理由。ちょっと狩りに付いてきて?」

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