第56話
父の言葉に思わず盛大にお茶を溢しそうになった。
「サラは何をやらかしたのでしょうか」
思わず父に聞いてみた。父は顔色を変える事無くお茶を一口飲むと口を開いた。
「マーロアの前期休暇中にあったことだ。王宮で行われたお茶会で姉は侯爵家では恥ずかしい存在、貴族の出来損ないとして扱われている。貴族としてやっていくには可哀そうだ。
誰か愛人や後妻に迎えて欲しいと宣伝していたらしいのだが、マーロアのクラスメイトや第三王子殿下の婚約者エレノア・ノイズ公爵令嬢がその場に居てサラを注意したそうだ。
それで口を閉じればまだ良かったのだが、サラは引き下がらずにノイズ公爵令嬢に虐められたと騒ぎ出したそうだ。その後、騎士によってサラは強制退場となり、我が家に苦情が来た訳だ」
サラのやらかした事は大き過ぎた。でも殿下たちは私に一言も言っていなかった。どうしてかしら。
「聞いていないって顔をしているな。殿下からマーロアは寮住まいで勉強と鍛錬に忙しくしていて楽しく毎日を過ごしているのだから耳に入れないようにと言われていたからな」
殿下やクラスメイトの皆様には気を遣わせてしまったようだ。
「それで商家に預けたのですね。サラはお茶会に参加する毎に頼んでいたみたいですね。最初こそ学院で色々な子息に絡まれましたが、今は誰も何も言ってきませんわ」
父は初めて聞いたとばかりに愕然としている様子。本当に知らなかったのね。まぁ、私は気にしていない。いつもエレノア様たちに守られていたのね、私は。
いつか恩返し出来るといいな。
「サラは商家で上手くやっているのでしょうか? それにテラも」
「商家で働いているのはみな平民で半数は魔力なしだ。サラは見習いとして手伝いをしている。侯爵令嬢だと知らせずに一従業員として過ごしている。定期的に連絡を貰っているが、まぁ大丈夫だろう。
テラについては侯爵の跡取りだ。サラは何処かの子息に押し付けてしまえば済むがテラはそうはいかん。
サラのように醜態を晒す事は出来ない。だからお前をしっかりと育て上げたユベールたちに頼んである。護衛のレコも一緒だ。レコに厳しく鍛えるように言いつけてある」
「そうなのですね。お母様は大丈夫なのですか?」
「あぁ、二人とも邸を出た時にはショックで寝込んでいたが、最近は徐々に元気にはなっている」
「そうなのですね。でも、私が邸に帰ってもお母様は嫌がるだけではないですか?」
「私たちはマーロアと過ごせなかった日々を少しでも取り戻したいと思っている」
「今更邸に戻っても難しいと思っています。私の父と母はユベールとビオレタです。……お父様もお母様も大きくなるまで一度も会いに来なかった。なぜ来なかったの? 手紙一つ貰ったこともないわ。
魔力が無いだけでどうして家族を爪弾きに出来るの? 魔力が無いだけでなぜ子供を突き放せるの? 村の人たちは優しかった。いつも自分たちを心配してくれた。一緒に遊んで、一緒に歌って、一緒に踊って。みんなで協力しあって生きてきた。
私を差別する人なんて居なかった。
ここは魔力が無いだけで馬鹿にしたり暴力を振るったりする人だっている。暴言を吐かれたり、襲おうとしたりする人だっているわ。
ここには私を傷つける人が沢山いる。
お父様もお母様も自分たちの事ばかり。サラもテラの事もそう、自分たちが子育てを失敗したから誰かに押し付けているだけじゃない。誰も幸せにならないわ」
私は心の何処かで蓋をしていた思いを口にした。
「そうだな。ずっとマーロアを一人にさせていた。本当なら剣を手にする事などない生活を送れていたはずだった。仕事が忙しい事を良いことに父としての役割も放棄していた。シャスも同じだ。マーロアだけを犠牲にしてきた。本当にすまなかった」
父は私に頭を下げた。
「もういいのです。別に怒っているわけではありません」
「私は道を間違えた。だから今からでもマーロアと一緒に過ごしたい」
父は本心で言っているのだと感じた。けれど、ここには兄弟も居ない。
母は私を受け入れてくれるのだろうか。
妹や弟は私を嫌っているし、私のせいでと恨んでいるのではないか。様々な考えが私を疑心暗鬼にさせる。
「……分かりました。とりあえず後期休暇は邸で過ごします。けれど、その先はまだ考えられないです」
「わかった。部屋はオットーに案内させる、オットー」
オットーは準備していたようで私がオットーに連れられたのは二階の一番端の部屋だった。
「お嬢様、この部屋を使って下さいませ」
「妹や弟の部屋とは近いの?」
「いえ、サラ様やテラ様は三階の東側となっております」
「……そう」
サラたちが帰ってきても鉢合わせする事はないみたい。案内された部屋はもちろん寮の部屋よりもずっと大きな部屋だった。部屋には既に侍女のアンナが待機していたわ。
「マーロアお嬢様、アンナをお嬢様付きの侍女に任命しております。御用の場合はアンナかファルスにお話し下さい」
そう言ってオットーは部屋を出て行った。
「アンナ、クローゼットの中をみたのだけれど、ドレスばかりだわ」
「奥様の主導で揃えたからそうなったのだと思います。足りない物があれば準備させます」
「そうね、毎朝私とファルスは鍛錬を行っているから動きやすい服を用意してほしいの」
「分かりました。冒険者が着ているような服でございますよね。準備いたします。寮は引き払いますか?」
「ギリギリまで様子を見るわ」
私は先輩たちとファルスに魔法便を使って邸に帰っている事を知らせた。
そこから最低限の荷物だけ邸に移して生活をする事になった。もちろんファルスも一緒にね。今まで通り学院には徒歩で登校する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます