第29話
「ファルス。おはよう。準備は出来ている?」
「あぁ、マーロアも準備ばっちりだな。確か先輩は門の前で待ち合わせをしていたよな。そろそろ時間だし行ってみるか」
私たちは事前に申請を出しているのでそのまま門の方へと向かって歩いていく。すると門の前にはアルノルド先輩が立っていた。
普通の冒険者の格好をしている。
その事に私たちは少し驚いていた。錬金科や魔術師科の生徒は基本的にローブを着ている事が多く、中には室内でも深々とフードを被って歩いている生徒も多い。
アルノルド先輩は流石にフードは被ってはいないがローブを着ているイメージなので冒険者の格好をしている先輩を見ていてふと違和感を覚えた。
よく見ると不釣り合いなほど大きなリュックを背負ってはいるのだ。
「「アルノルド先輩おはようございます」」
「おはよう、ファルス君、マーロア君。早速ギルドへ向かうとしよう」
私たちは歩きながら先輩と話をする。
「アルノルド先輩はローブを着ていないのですね」
「あぁ、基本的にローブを着るのは錬金をしている時だけだ。君たちのその装備、ダンジオンの装備だろう? 彼は自分が認めた人しか防具を作らないと有名なんだぞ。凄いじゃないか」
「そうなのですね。知らなかったです。でも、先輩の防具も一級品ですよね。魔法を使って素材を集めるのだと思っていました」
「あぁ、これは爺が着ていけといつもうるさくてな。爺が全て用意してくれるんだ。それに私は錬金術師であっても魔術師ではないからな! 剣の方が得意なんだ」
同じ魔力を使うけれど、そこは先輩にとっては違うらしい。剣の方が得意だなんて少し驚いた。
「それにだな、貴族一般の男子は剣術を習う事は当たり前だからな。とはいえ、魔法も得意だ。一応は上級魔法もそれなりには扱えるぞ」
王宮錬金術師を目指す位なのだから相当な魔力保持者なのよね。
ギルドに着いてから私たちは依頼書を眺める。すると、アルノルド先輩は一気に三枚の依頼書をちぎり取りカウンターへと持って行った。
「ちょっと、先輩。大丈夫なのですか? Cランクの依頼三枚でしたよね!?」
私は心配になり聞いてみた。
「あぁ、イエロースパイダー二匹の駆除とグリーンスネーク一匹の駆除とブルーバタフライの鱗粉だよ。同じ森で取れるんだ。一気にやってしまった方が楽だろう? 多分これくらなら大丈夫だ」
私たちは先輩の大丈夫だという言葉を信じてギルドカードを出す。三人組としてクエストを受注し、目的地に向かう。
私たち三人は街を出て北の森の方へ歩き、暫くすると、蜘蛛の巣らしき白い塊が至る所に見つかった。
「先輩この巣はイエロースパイダーの巣ですか?」
「これは巣ではないな。ただの捕食跡だ。ほら、中を見ると食事の跡があるだろう?」
促されて白い塊の中を見ると、小さな鳥型の魔獣が干からびている。先輩は器用にナイフで白い塊を採取していく。
「この糸が欲しいんだ、大量に。今行っている錬金が難しくてすぐ燃えてしまうんだよ。君たちも手伝ってくれると助かる」
私たちは持っていた麻袋に糸を入れていく。
「先輩! あそこにブルーバタフライが引っかかっていますよ!」
「おぉ、これはラッキーだ。早速鱗粉を取るか」
先輩はクエスト受注用の瓶に鱗粉を入れ、更に自分用の瓶も取り出して鱗粉を瓶の中に詰め始める。
「先輩危ないですよっ。生きているって事はすぐに蜘蛛が来ますよ」
「あぁ、君たち、頼んだよ」
そう話し終わる前にイエロースパイダーがカサカサと草むらから出てきた。私たちを見つけるなりすぐに糸を吐いてきた。
私たちがさっと避ける横で先輩がいそいそと糸を拾っている。
「あぁ、イエロースパイダーは腹と胸の間に剣を入れるとすぐ倒せるから」
「いいこと聞いた! 俺がやってみる」
ファルスはさっと蜘蛛の横へと移動し、上からざっくりと剣を下ろした。先輩の言っていた通り蜘蛛はあっさりと倒す事が出来た。
イエロースパイダーの身体はランクCに挙げられるほど硬いのが難点だと思っていたのにあっさりと倒せてしまった。
さすが先輩、弱点をよく知っていらっしゃる。
感心していないであと一匹を探さないとね。
アルノルド先輩は倒した蜘蛛をリュックに括りつけ、フラフラとまた蜘蛛の巣や錬金素材を探して歩きだした。暫く歩いていると、赤い腹の蜘蛛が出てきた。
「アルノルド先輩、レッドスパイダーです。気を付けて下さい」
赤い腹の蜘蛛は麻痺糸を吐くので要注意だと習った。私たちは注意をしながら赤い蜘蛛を倒していると、傍に三匹の小さなイエロースパイダーを見つけた。
まだ子供というサイズ感だ。だが、蜘蛛は一気に数を増やすので子供だからと放置は出来ない。
私たちはさくっと小さな蜘蛛を倒してギルドの受注をこなしていく。
「ファルス、後はグリーンスネークだけね。あれは蛇だからどこを探せばいいのかしら?」
私たちは個々に石を避けてみたり、草むらをかきわけたりしていると、アルノルド先輩が見つけたようだ。
「マーロア君、あそこ」
指さした場所はとても高い木の上にとぐろを巻いていた。
「先輩、あそこは高すぎて俺らには無理ですよ」
するとアルノルド先輩は表面がつやつやの癇癪玉をリュックから取り出した。いつも私たちが使う癇癪玉は土をギュッとお団子にしただけのような、表面がボコボコとしていて無骨な物が当たり前だと思っていたのに先輩が手にしているのは明らかに違う。
「これを投げるといい」
「これ、先輩が作ったのですか?」
「ああ、そうだが?」
「綺麗!」
「マーロア君、君は変わった趣味をしているな」
「そんなこと無いですよ、ねえ? ファルス」
「うーん。どうだろう? 綺麗、かな?」
先輩曰く、木の上に住んでいる魔物は癇癪玉等を使って落とすらしいのだけど、威力が大きいと色々違うものまで落ちてくるらしい。
怒った色々な魔物が追いかけてくるのが面倒なので衝撃の小さな物を作ったのだとか。
「まあ、まずこれを投げてくれ」
癇癪玉を渡された私はグリーンスネークに向かって投げる。
あいつら、どうやら木の上に普段は住んでいて食糧が足元を通ったら落ちてカプリとするらしい。『シャー』と威嚇音を出し警告していたが、癇癪玉に驚いてそのままボタッと木の上から落ちてきた。
どうやらこのグリーンスネークは体長二メートル程のなかなかに大きい蛇だった。すかさず先輩は首元を抑えて頭を潰していた。
「先輩、凄いですね。すぐに終わってしまいました」
「あぁ、これはこのやり方が一番楽だな。小さな物はこうやって対処出来るんだけど、大きな魔獣は苦手だ」
「私たち、大きい物しか討伐してこなかったから勉強になります」
こうして素材を集めてギルドカウンターへと帰ってきて依頼たち成を報告した。
今回は先輩が魔物の素材が欲しいと言う事で魔獣受け取りカウンターには行かなかったのよね。
狩った蛇をどうするんだろう? って思っていたらどうやら蛇の肝は薬の原料になるらしく、丁寧に処理をして使うのだそうだ。
消化液は錬金素材なんだとか。ホクホク笑顔で先輩は
「また来週もよろしく」
と言って素材を背負って帰っていってしまったわ。
「ファルス、先輩とパーティを組んで楽しかったね。習っていたのとは違った倒し方をしていたわ」
「あぁ、独特だったよな。俺も面白かった。でもさ、俺、男子寮だから知っているけど、先輩の部屋独特すぎてみんな怖がっているんだぜ? 今日は絶対部屋の前で蛇皮干しているぜ!」
錬金に限らず、薬や魔術を極めようとする人たちの宿命とでもいうのか、一般人には理解し難い素材が増えていくらしい。
王都に住む殆どの貴族令嬢には理解されない気がする。婚期は絶対逃すに違いない。
そして私たちは普段の生活も徐々に慣れてきた。平日の午前中は勉強に勤しみ、午後の半分は鍛錬、半分は勉強。
週末は先輩と素材集めを兼ねた狩り。アルノルド先輩は色々な錬金道具を用意して毎回狩りに挑む。
そしてEランクの芋虫やトカゲ、蛇、蜘蛛。水生昆虫や草など様々な物を集めている。偶にキングベアやボア類に追いかけられる事もある。
一緒に居て飽きないわ。
そして討伐の度に豆知識を披露してくれるの。私たちはアルノルド先輩に付いて討伐しているせいか知識も実力もそれなりになってきたのではないかな?
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