第90話

 正装した私はいつにもなく緊張して王宮の会場へと向かった。学院の卒業パーティは王宮の会場で行われる。平民にとって王宮の舞踏会は夢のまた夢と言われるほどのものらしい。卒業記念という感じなのかしら。


もちろんドレスコードはあるので学院からドレスを貸してくれるのだとか。貴族の親達は子供たちの卒業を祝いながらも挨拶回りをするものらしい。


会場に到着すると父は挨拶回りに離れた。ファルスは父からしっかり私と離れずエスコートする事を約束させられて。


「ファルス、今日はいつも以上に素敵よ?ほらっ、女の子達がファルスを見ているわ。隙あらばってやつかしら」


私は興味深そうにしていると、ファルスは顔には出していないが呆れている感じで口を開く。


「マーロアもだよ。気づいていないのか?鈍感すぎて心配だ」


「私を見ている?愛人候補ってこと?」


「どうだろうな?」


 私とファルスはくだらない会話をしながらクラスメイトに挨拶をしていると、陛下が入場されてお祝いの言葉を述べる。パーティの開始の合図と共に音楽が流れた。生徒達は自分のパートナーと共に踊り始めたわ。


警護で参加した舞踏会と違ってなんだかみんな嬉しそう。令嬢の殆どは卒業後に結婚が控えている。令息達も結婚と就職がある。羽を伸ばせるのは今日までなのかもしれない。かく言う私も明日から旅に出る予定だけれど。


レヴァイン先生は王都に到着しているのかしら。


「マーロア嬢、私とダンスを踊っていただけませんか?」


ファルスはそう言って手を差し出す。


「えぇ。お願いするわ。ダンスなんて久々ね」


「そうだろう?このためにしっかりと足を鍛えているから大丈夫」


「もうっ、子供じゃないんだから踏まないわよ」


 お互い笑い合いながら踊り始める。言うまでもなく息はぴったり。難易度の高いダンスだってお手の物よ?クルクルと軽やかにターンを決めて踊り終えると、次を踊ろうと待ち構えている令嬢達。ファルスは捕まってしまったわ。


行ってらっしゃいと軽く手を振り見送る。


「マーロア嬢、一曲どうかな?」


 後ろから声が掛かり、振り向くと、シェルマン殿下とエレノア様が立っていたわ。私はすぐに礼をする。


「お久しぶりです。シェルマン殿下、エレノア妃殿下」


「もぅ、まだ妃殿下ではないわ。マーロア、お久しぶり。偶に会えると思っていたのだけれど、案外会わないものね」


「そうですね」


「今度お茶会に呼んでもいいかしら?」


「エレノア様、とても嬉しいのですが、私、明日から冒険者として旅に出るので当分参加は出来ないと思います」


「明日から旅に出るのね。寂しくなるわ。私の分まで旅を楽しんできてね。私達はもう踊ったから次はマーロア、踊って頂戴」


「有難き幸せですわ」


 私はシェルマン殿下のエスコートで中央まで歩き、ダンスを始める。


「マーロア、いつも有難う。明日からと言っていたな。父の横を見てごらん?私と踊った後、彼と踊るといいよ」


「シェルマン殿下、いつも陰ながらご配慮頂きありがとうございます。陛下の隣にいる護衛騎士の方ですか?」


 私はさっと陛下の方に視線を向けると騎士服を着た一人の男性騎士と目が合った。レヴァイン先生だわ!私は逸る気持ちを抑えて殿下とのダンスを続ける。


「今日のために急いで帰ってきて会場入りをねじ込んだらしいよ。弟子の成長した姿を見たいとね。明日から気を付けて行ってくるんだよ?ファルスはどうするのか楽しみだ」


「ふふっ。お気遣い有難うございます。ファルスはきっと生涯騎士として頑張っていくと思いますわ」


 シェルマン殿下は微笑みながら踊りを続ける。曲が終わると、私はシェルマン殿下に礼をして私に声を掛ける令息を躱しながら騎士の元へと歩いていく。レヴァイン先生は軽く手を振ってくれたわ。


「レヴァイン先生、来てくれたのですね」


「あぁ、間に合って良かった。大きくなったな。すっかり淑女になっているじゃないか」


「頑張ったんです」


「マーロア嬢、一曲踊っていただけませんか?」


「陛下の護衛は良いのですか?」


「あぁ、後ろにヘンドリックが居るし大丈夫だ」


どうやらヘンドリックさんが認識阻害を掛けて見えない位置から護衛をしているらしい。レヴァイン先生は満面の笑みを浮かべて端の方で礼をしてから踊りを始める。


 レヴァイン先生と踊るのは数年ぶり。ずっと先生は踊る事が無かったはずなのにとても上手だった。


「先生、踊りを忘れているかと思ってましたわ」


「これくらい覚えてなければちょっと恥ずかしいからね。二人とも闘技大会から成長したかな?」


「もちろんですわ。魔力も飛躍的に伸びましたの。(トイレと友達になったのは内緒だけれど)剣術だってヘンドリックさんやドゥーロさんから一杯教えてもらったし。ファルスはどうかは分からないけれど」


「そうか。二人の成長を楽しみにしていたんだ。明日からは忙しくなるが準備は出来ているかな」


「もちろん!先生、私冒険者でBランクに上がったんです」


 久しぶりの先生に一杯話したい事が次々と湧いてくる。先生はニコニコと笑顔で話を聞いてくれたわ。ダンスだってすぐに終わっちゃうくらい楽しかったの。


 ファルスも私がレヴァイン先生と踊った事に気づいたようでダンスが終わった後、令嬢たちを振り切って私達の所にやってきたわ。


「レヴァイン先生、来ていたんですね」


「ファルス、卒業おめでとう。前より更に背が高くなったか?」


 私達は久しぶりに会った先生と喋りたくてバルコニーに出た。追いかけて来ていた令嬢たちは私達の様子を見て空気を読んだのか追いかけて来ることは無かった。


 バルコニーに着くと待ちきれなかったようでファルスはソワソワとしながらも先生に近況報告をしたわ。先生はうんうんと聞いている。


そしてその中で話をしていたのが第四騎士団副団長はファルスの父であったらしい。私が知っても良かったのかしら?と思ったけれど、ファルスはどうせバレる事だし隠す事もしていないと言っていたのでそのまま聞く事にしたわ。


レヴァイン先生はよく似ているなと思っていた位の認識だったみたい。ファルス自体は現在第六騎士団に所属しているのだとか。これは爵位の無い平民で編成されている騎士団らしいわ。


 第四騎士団までは爵位のある人で編成されていて第五騎士団以降は爵位のない平民の騎士団で成っている。爵位が無くても騎士として活躍すると騎士爵が貰える場合があるので侮ってはいけない。騎士爵を貰って第一から第四騎士団のいずれかに異動するのが平民騎士の夢だとか。


ファルスのお父さんが第四騎士団の副団長という事は、ファルスは貴族の子となるのよね。ビオレタ自身も元伯爵令嬢だったのだし。ただ、ファルスのお父さんが認めるかどうかという話だわ。


その辺は深く聞くのはちょっと、ね?そして今の騎士団はとても楽しいらしくファルスに合っているのだとか。毎日の訓練がとてもキツイけれど、しっかりと評価されているらしい。良かったわ。

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