第89話

 到着したのはイェレ先輩の研究室。


やはり綺麗に整頓されているわ。私達はイェレ先輩とお茶を飲んだ後、ギルドへと足を運んだ。ギルドでは私達の任務が完了したことを報告して報酬を受け取る。アルノルド先輩の研究室へその後お邪魔してワイバーンの処理を手伝ったわ。


魔石は良いのが取れたと思う。卵は半分ギルドに買い取って貰って残りの半分は騎士団に寄付する事にしたらしい。ワイバーン師団でも作る予定なのかしら?きっと師団を作るより団員の食糧になりそうな気がする。


ワイバーンの肉は食用には向かないので後で焼却処分になるみたい。爪や牙は錬金の材料となるらしい。翼膜が今回一番欲しかった物なんだとか。翼膜を丁寧に剥がしながら先輩と雑談する。


「アルノルド先輩、ウインドショットは離れれば離れる程命中率が下がるのはなんとかならないですか?」


「そうだな、命中率は練習するしかないが、射程を伸ばすことはできるかもしれないぞ?」


「例えば、石や鉄の玉に魔法を乗せて飛ばすんだ。風は勢いを失うが石は風が押し出した威力分の飛距離は伸びるから威力が強ければ強いほど遠くに飛ぶんじゃないかと考えている。今の研究が終わったら試作品を作ってみる」


「本当ですか?有難うございます」


ワイバーンの下処理も終わり、私はアルノルド先輩に魔石の加工品を貰って邸に帰った。


先輩から貰ったのはブローチ型の魔石。衝撃緩和の陣が彫られていたわ。見た目は上品な紫の宝石が付いているように見える。魔石は磨き上げられていて素敵な仕上がりになっている。宝石と遜色がないように見えるのは私だけかしら?魔石の方が効果を付帯出来て見た目も綺麗なのに宝石の方が何倍も値段がするのよね。


因みにランクの低い魔石は色が付いているけれど、濁っているのが殆ど。ランクが高ければ高いほど魔石の色が透明に近づいているの。伝説級の魔獣は宝石よりも輝き、硬度も高いらしいわ。あくまで聞いた話だけれどね。


私は家に帰ってから残りの一日はのんびりと過ごした。疲れを残して仕事はしたくないもの。




 テラは入学する二か月前に戻ってくると言っていたけれど、なんだかんだと入学半月前に邸に帰ってきたわ。随分と逞しくなって戻ってきたのよね。お父様もテラの変貌ぶりに驚いていたわ。


もちろん良い意味でね。村での生活が彼の精神も鍛えたようですっかり大人びて領主代行をすぐにでも務める事が出来そうな感じ。テラが帰って来てから新調する服も多くて次期侯爵としての挨拶回りやお茶会に顔を出す事が決まってとても忙しそうにしている。


 夕食は家族三人で摂る事にしているのだけど、村の話や魔獣の話、これからの話など話題は尽きる事が無かった。少しだけれど水入らずで過ごすこの時間が私にとってとてもかけがえのない物だと実感しているわ。


テラは学院で文官科に入るそう。騎士にはならないけれど、邸に帰ってきてからも鍛錬は続けているみたい。そうそう、レコはというと、テラと一緒に王都に戻ってきたわ。私はレヴァイン先生と冒険の旅に出るけれど、レコも来ないかと誘ってみたの。けれど、レコは『俺は貯金が貯まったんで当分王都で暮らします。俺を待っている女は多いんでね』って言っていたわ。相変わらずね。レコはなんだかんだと言いながらテラに付いてくれるみたい。



 そうして、とうとうやってきた卒業式。


 卒業式の当日の朝早くにファルスは我が家に帰ってきたわ。久々に会ったファルスは精悍な顔になっているような気がする。


「ファルス、お帰りなさい。待っていたわ」


「マーロアお嬢様、ただいま戻りました」


ファルスは制服を着ていてオットーに今日までの出来事を報告している様子。ここではユベールの代わりであるオットー。ファルスの頑張りを褒めていたわ。父からも褒められていた。


そして今日ばかりは、と従者モードで私の後ろを歩き、馬車に乗り込んだ。馬車の中でいつものように近況報告をしあう。


どうやらこの半年の間にファルスの本当の父親を知ったみたい。父親の方もファルスが自分の息子じゃないかと気づいたようで結構大変だったと言っていたわ。またの機会に聞ければいいわ。


あまり人の家の話に首を突っ込むのは不味いかなって思うもの。



 私たちは久しぶりに学院の門をくぐり、会場へと到着した。久しぶりに会うクラスメイトに小さく手を振り、微笑む。式が始まると学院長先生からのお祝い、卒業生からの言葉としてシェルマン殿下が壇上に立ち卒業を迎える言葉を話した。


卒業式はすぐに終了となり皆は卒業パーティに向けていそいそと帰っていく。ここからが本番という感じなのよね。


 私達は邸に帰ると、侍女・侍従達が早速卒業パーティに向けての準備に取り掛かったわ。とはいえ、ファルスは男なので用意も殆どないから当分は従者の休憩室で休んでいるのだと思う。


私はアンナに連れられて湯浴みから始まり、マッサージ、ドレスを着せられてお化粧と髪結い。目まぐるしい侍女達の動きにすでにぐったりしている。体力はあるけれど、こういうのは、ね。普段から舞踏会に参加していればそこまでではないと思うのだけれど、偶にしか着飾らないのでアンナ達は鼻息を荒くして着飾ってくれている。


「お待たせいたしました、お嬢様。完璧です。お嬢様程の美女はどこにもおりません」


アンナから鼻息が聞こえて来そうな感じがする。いつも綺麗にしてくれているから気にも留めず鏡を覗き込むと、美女が映っていた。


「アンナ、これが、わ、私?」


「えぇ。先日王宮侍女のリディア様がこの邸に来られた時に指導があったのです。私自身、ずっとお嬢様を如何に美しく見せるかと追及していたのですが、リディア様は私とは違った視点で……」


アンナが興奮して色々と熱く語り始めた。よほどリディアさんの指導が良かったのね。後でお礼をしなければいけないわね。


そうしている間にオットーが時間ですと呼びに来た。父とファルスは玄関で待っているらしい。私は急がなきゃ、と立ち上がり玄関ホールまで歩いていく。後ろからアンナに『お嬢様、ゆっくり、優雅にですよ』と注意されてビクッとなったのは仕方がない。



 玄関ホールには正装した父とファルス、それにテラも居たわ。


「マーロア姉様!とっても綺麗です!僕も行きたい」


「ふふっ。テラ、有難う。いい子にして待っているのよ?お土産は必要かしら?」


「姉様。僕はそんなに子供ではありませんよ」


テラを軽く抱きしめてから父の方を見る。


「マーロア、とても美しい。自慢の娘だ」


「……お父様。今まで有難うございました。ようやく卒業ですわ」


「あぁ。卒業おめでとう。さぁ、いこうか」


「マーロアお嬢様のその美しさに月も星もみな嫉妬してしまいます。どうかこの私にエスコートという素晴らしい役目をお与え下さい」


そう言いながらファルスは私に手を差し出す。


「もうっ、ファルスったら。エスコートをお願いするわ」


そう言って差し出された手に手を重ねる。


「姉様、いってらっしゃい」


テラに見送られながら馬車に乗り込んだ。

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