第82話
「ベールマー伯爵、とても香りの良いお茶ですね。美味しいわ」
「分かるかい?ゴンボット商会の方で最近取り扱い始めた茶葉でね」
「そうなのですね。このお茶ならアイスティーにしても美味しそうですわ。リーも飲んでみる?」
私はリディアさんにお茶の事を振ってみる。
「お嬢様、お行儀が悪いですよ。お嬢様がお気に召されたのなら旦那様にお願いすると取り寄せて下さると思いますよ」
「だってあまりに美味しいですもの。リーに覚えて貰いたいわ」
私とのやり取りを見ながら伯爵が入ってくる。
「なら、グラスを持ってこさせよう。折角だからアイスティで私も飲んでみたい」
そう言いながら執事にグラスを持ってこさせた。執事はグラスに少し冷ました紅茶を注ぎ私に渡した。
「リー、お願いね」
私はリディアさんにグラスをお願いすると、リディアさんは私の代わりに魔法でアイスティにしてくれたわ。
それを伯爵は見逃すはずもなく絵を描いているようにみせながらこちらの様子を窺っている。私はそっとイヤーカフに魔力を流した。
「エフセエ侯爵令嬢様は魔法が使えないと聞いていたのですが、本当なのですか?」
「ええ。妹や母が周知して回っていたのでご存じだと思いますが、魔力を持っていないのです。家族にもそのせいで疎まれていますから……。普段はこの腕輪で魔法を使うので問題ないんですけれどね」
ちょっと切ない顔をして話をする。
「そうだったのですね。辛かったですね。エフセエ侯爵令嬢様は学院卒業後、どうなさる予定なのですか?」
「私を貰ってくれる奇特な貴族はいらっしゃいませんし、国を出て仕事に生きようと思っておりますの。嫡男もいるので私一人が居なくなっても問題ありませんもの」
ふふふっと微笑みながらアイスティを口にすると、先ほどとは少し違った味がするわ。
「では、私と一緒に隣国で働きませんか?貴方なら共に過ごしたい男性も多くいらっしゃいます」
伯爵は先ほどと打って変わって冷たい表情になった。どうやら飲んだのは睡眠薬のようだわ。体が怠くて瞼が重くなってくる。
きっちりと零師団には音声が流れているかしら。私が駄目でもリディアさんがいるから大丈夫よね。
「……ご冗談を。私はもう帰りますわ。リー行きましょう」
ふらつきながらも立ちあがった時。
「おやおや、ようやく薬が効き始めたな。リーと言っていたな。君の主人を傷つけたくなければ素直に言う事を聞け」
私はそこで意識を失った。
気が付くと、薄暗い石畳の上に寝ていたようだ。うぅ、まだ少し頭が痛いわ。体を起こして周りをよく見ると、どうやら地下牢と思われる場所のようだ。私の隣には声が出せないように口と手足を縛られたリディアさんが横になっている。
そして部屋の隅には怯えて壁に張り付くようにしている女の人が数名いる。どれくらい時間が経っているのかよく分からない。そして腕輪や指輪などの装飾品は全て盗られているわ。
幸いな事に足に付けてあった小型ダガーは三本とも無事のようだ。周囲をしっかりと確認した後、リディアさんを座らせて口を縛っていた布を取り払う。
「大丈夫?」
「えぇ、なんとか」
よく見るとリディアさんには首輪がされている。
「リー、この首輪は?」
「魔力封じの首輪だと思われます。お嬢様、怪我はございませんか?」
「私は大丈夫よ。それにしてもここはどこかしら?」
「ここは伯爵邸の離れにある地下牢だと思われます」
「……そう」
私はリディアさんを縛っていた両手、両足の縄も時間は掛かったがなんとか解く事が出来た。ダガーがあればすぐに切れるのだけれど、そうしないのには理由がある。
壁際に女の人達がいるからだ。
怯えているが、中には仲間も含まれていたり、脅されて逃げようとする仲間を裏切る人がいたりするため。私はリディアさんと捕まった時の様子を話しながら彼女達に見えないようにそっと極秘便を仲間に向けて飛ばした。
これで何とかなるわよね。
そして彼女の着けていたイヤーカフは取られなかったようでそっと私に渡してくれた。
私はイヤーカフをそっと着けて怖がるふりをしながら壁際の女の人達に声を掛けた。よく見ると私とそう歳は変わらないようだ。着ている服から見て平民や侍女をしているような人達ばかりで貴族の装いをしているのは私だけのようだった。
「捕まってからずっとここで過ごしているの?」
一人の女の人が口を開く。
「私がこの中で一番長い間いますが、私が来て二週間ほど。その間に女の人達が連れてこられては商人のような男達と伯爵が来て順に気に入った子を数名何処かへと連れていく感じよ」
人身売買をしているのかしら。
「みんなは孤児院出身なの?どうしてここに?」
すると彼女達は口ぐちに言い始めた。孤児院に居た子や身寄りが無い子。スラムで暮らしていた子を中心に無理やり攫われてきたり、商会で失敗してここに連れてこられた子もいたりした。
ある程度彼女達からの情報を得ることができたわ。
後は団長さん達が助けてくれるのを待っていればいいのかしら。不安になりながらリディアさんにしがみつく。
「お嬢様、大丈夫です。リーが付いています」
そうしてどれくらい経ったのだろうか。
自分たちで脱出するのは簡単だが、団長からの脱出命令が来ていないので今はまだ待機をしなければならない。私は待機をしている間に入り口付近に設置されている鉄格子に触れてみる。
どうやら普通の鉄格子のようだわ。
いざとなればここをこじ開ければいいわね。
そう思っていると、バタバタと複数の足音が聞こえてくる。どうやら誰かがここに来るようだ。私は鉄格子から離れてリディアさんの所に戻ってしがみつく。
「お目覚めですかな?マーロア嬢」
やってきたのはベールマー伯爵と数人のガラの悪そうな男達だった。
「ベールマー伯爵!何でこんなことをするの!?お父様が黙っていないわ!」
私はリディアさんにしがみつきながらそう口にすると、伯爵は、ハハッと笑い始めた。
「エフセエ侯爵が助けてくれる?それは無理さ。君が助けられる頃には令嬢としての人生は終わっているだろうね」
「どういうこと??」
「君は今からこの男達に慰み者にされるんだ。しっかりと君をしつけた後、奴隷として隣国に売り飛ばす。貴族令嬢を奴隷にしたい奴が沢山いてね。躾けられた従順な子が欲しいと注文が入っているんだ」
「けっ、汚らわしいわ!!」
伯爵の話を聞いて怒りを覚える。
団長、許可はまだなの!?
イライラしてぶっ飛ばしてしまいそうよ。
私はイライラしていたが、それはリディアさんも同じだったみたい。むしろリディアさんの方が怒っている様子。『ロア、私の首輪を外して頂戴』リディアさんが耳元で囁く。
私は伯爵から見られない位置で首輪に手を翳し、そっと魔力を流し首輪を解除した。
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