第3話 知りたくないけど知りたい

 時は遡ること一日前。昼。食堂にて。

「で、翠...どういう事?」

「い、いや、だって蒼蔵さんの名前聞いた瞬間、真っ先にお前の事思いついて...だってこんな偶然そうそうないだろ?」

「...」

「あかくんとあおちゃん...良いコンビになるんじゃね?」

「そういうのは、いらない」

「本当かよー?って、げっ!」

 翠は、僕の後ろを見たまま動かない。何かあったのかと思い、振り返るとつい最近よく見たあの人が立っていた。

「紫崎さん...?」

 紫崎さんは、僕ではなく翠をみている。ちょっと怒っているかもしれない。いつもより、目付きがきつい。翠の顔がどんどん青ざめいていく。

「おい、どうかしたのか?」

「ご、ごめん!あか、俺ちょっと急用が...」

「え」

 すると翠は、すっと席を立ち逃げるように行ってしまった。

「幹里君!待ちなさい!」

 後を追うように、紫崎さんも駆けて行った。だが、何かを思い出したのか途中で足が止まり、僕の方を見て言った。

「あなた、あおちゃんの気持ちを踏み潰したって本当?あおちゃん、昔から人を探しててやっと見つけたかもしれないってあんなに嬉しそうだったのに!これ以上、あおちゃんを傷つけないで!」

 僕は、少しの間時間が止まったかのような感覚に陥り、頭がぐるぐると回った。紫崎さんは、昔からと言った。昔からとは、いつからなんだろう?それに、僕が気持ちを踏み潰したって...。思い当たる節は無い...とは言いきれない。あの時彼女は、泣いていた。

「そういえば...あの時」

 思い浮かんだのは、彼女の目。青く光った気がした。どういうことなんだろう。僕の見間違いだったのだろうか?いや、でも...。

「駄目だ、もう関わらないでくれって言ったんだから...」

 だが、さっきの紫崎さんといい、彼女といい知りたいのに知りたくない。僕と彼女には何か繋がりがあるのだろうか。知ってしまったら、面倒くさいことになる予感がして嫌だったが、知ることで何か良いことがあるかもしれない。僕にとって有益になる事に賭け、食堂を後にした。

 まずは、蒼蔵さんとコンタクトを取らなければならない。男子だったらまだ良かったものの、女子だ。ハードルが高すぎる。そんな時に思い出したのは、あの男だった。

「翠、ちょっと頼みがあるんだけど」

「うわぁっ!ってあかか、どうした?」

「いや、あのさ...って!」

「しーっ!」

 翠は、僕の肩をぐいっと寄せておどおどしている。ここは、図書室。声が大きかったのかもしれないが、こいつの場合は違う気がする。いや、絶対に違う。翠の視線の先には、紫崎さんがいる。

「なんかやったの?」

「いや、ちょっとな...」

 話によると、翠が紫崎さんに頼み事をしていたらしい。その変わり、紫崎さんからのお願いを聞いて欲しいと言われていたらしい。

「で、何を頼まれたんだ?」

「いやさ、それが紫崎さんが誰かいい男子がいないかって言ってきてよ!あの、紫崎さんがだぜ?」

「紫崎さんが?」

「そう!あの委員長が!だから、言われた通り紹介したんだよ!そしたら、怒って追っかけてきて...俺、なんかしたかな...」

「あぁ、そう、忙しそうなら僕は、ここでお暇します」

「おい!ちょっと待て!お前にも手伝って貰うぞ!」

 こんなことになるなら、来なければよかった。心底思う。だが、こうなってしまった以上協力するしかない。

「解決したら、次は僕だからな」

「了解!了解!」

 ミッションは、この図書室から紫崎さんにバレずに出ること。廊下に出るには、カウンターの前を通らなければならない。だが、そのカウンターの前に紫崎さんが居る。窓は空いてないから外に出ることも出来ない。第一、窓を開けたら音でバレる。

「よし、じゃあこうしよう。まず、あかがここで騒ぐ。そしたら委員長は、必ずここに来る。その間に俺が図書室を出る」

「おい、それじゃあ僕が怒られるじゃん、却下だ却下」

「お願い、俺のために犠牲になって!」

 次の瞬間、翠は室内を走り回り、適当に本を落とし始めた。ガタガダガタ...!!

「ちょ!お前!」

「ごめん!」

 翠は、そのまま図書室の扉の方へと走っていった。

「誰ですか!ここは、図書室です!静かに...貴方は!」

「え!いやっ、僕じゃ...」

 紫崎さんは、ジリジリと詰め寄ってくる。顔を見なくても怒っていることが分かる。や、やばい...。

「あなたのせいで、あなたのせいで!あおちゃんに怒られちゃったじゃない!」

 僕の予想とは反対に紫崎さんは、怒るどころか、ワーワーと泣きわめいたのだ。やばい...。このままだと、僕のせいになってしまう。泣き止んでもらわねば。

「紫崎さん、落ち着いて...ね?」

「う、ヒック...。元はと言えば...、朱家君...あなたのせいなんだからね...」

「僕...?」

「そうよ!」

 とりあえず本を片付け、彼女を席に座らせた。僕は、彼女が落ち着いたところでさっきの話の詳細を聞くことにした。

「さっき、僕のせいって言ってたけどなんの事かな?それに、食堂で言ってたことも気になるし...」

「貴方に話すのは、心外だけど...仕方ないわね、私とあおちゃん...蒼蔵さんは、幼稚園の頃から幼なじみなの。でも、中学校を卒業する時に引っ越しちゃって...」

「そうだったんだ...だから、食堂の時あんなこと言ってたのか」

「そうよ!あおちゃんが人を探してるって聞いたのは、小学校の時よ。なんでも、いじめられてたのを助けてくれたって。で、その時に約束したんだって言ってたわ。また、会おうって」

「約束...?もしかして、それが僕...だと?」

「確信じゃないけどね、特徴が一致してるって、すごく嬉しそうで...私も嬉しかった。長年のあおちゃんの願いがようやく叶うんだって!でも...あなたは!」

 すると彼女は、僕の方を見て今まで以上に睨みつけた。

「だから、もうその人の事なんて忘れて欲しくて、他にあおちゃんが気に入りそうな男子を幹里君に紹介してもらってたの。でも、あおちゃん怒っちゃって...。そのせいで私までぎくしゃくしちゃったじゃない!」

「ご、ごめん...」

「謝るなら、あおちゃんに直接言って!じゃあね!」

 そう言って、紫崎さんは図書室から出ていった。残された僕は、考えていた。約束...。記憶はない。それに、そんな人とあった覚えもないが...。このまま考えていてもらちがない。結局は...。

「蒼蔵さんに話を聞くしかない...」

 それに、もう一つ。自分の過去をもっとちゃんと振り返って彼女との繋がりを探るしかない。家に何かあるかもしれない。僕の目のことも。あかが嫌いになった理由も。

「あ、そういえばいつから青が好きになったんだっけ?」

 探ることは沢山ある。知らなければならない。蒼蔵さんに会うのはその後だ。あれから彼女とは、すっかり疎遠になってしまっている。彼女と次話す時は、素直になれることを願って。







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